第7話「不法侵入」
一年が経過した。
俺は現在7歳。アリアは11歳だ。
教会に入学?した訳だが、クラスメイト?は俺とアリアの他に、体の大きなガキ大将のハルトとその取り巻きのガリガリの男の子が居た。
まあ現在過疎化中の村って感じの人数だな。
二人はあれから絡んでくる事は一度もない。
相当懲りたようだ。
教会でのお勉強と、俺が前世の事を話せたおかげで、父さんにこの世界の事を気兼ねなく話す事が出来てる。
そのためこの世界の常識をある程度知る事が出来た。
まず東にこの教会の本部があるへルネス聖王国。南にドルメルド帝国。西にラルド王国。この三国が三大国と言われているようだ。
ちなみにここはラルド王国領、コルケット村だ。
問題はこの三大国について名前や位置以外に情報がない事だ。
俺はこの三大国の政治や情勢はほぼ何も知らない。
授業で扱った事はないし、教会に居る神父様に聞いてもはぐらかされてしまったのだ。
まあ...まず間違いなく何かを隠している。
そして俺はこの空気感に覚えがある。
『冷戦』だ。
まあ...覚えがあると言っても歴史の教科書に載っていた事の丸暗記だが...。
なので数日前、俺は少し汚いが神父様に誘導尋問をかましてみたのだ。
「神父様、ラルド王国とドルメルド帝国、どっちが先に戦争を仕掛けると思いますか...?」
「......何を言っているのか分からないな...お母さんに聞いたのかい?」
そう神父様は俺に言ったのだ。
これは明らかに反応がおかしい、心当たりが無いのなら、笑い飛ばすか、俺の言葉の意味を尋ねる言葉がでるはずだ。
例えば
「どういう事?」「どういう意味?」
と言った言葉が来るはずなのだ。
それに俺は感情が分かる。
俺が話しかけた瞬間、疑念や警戒に近い感情があった。
まず確定と見て良いだろう。
この二国間は睨み合いの状況だ。
恐らくへルネス聖王国が中立、ドルメルド帝国とラルド王国が一触即発と考えて良いはずだ。
教会は王国領、帝国領にも存在すると神父は言っていた。
それを考えれば、恐らく中立の条約のような物があるのだろう。
下手なことを言うとその中立の条約を破ってしまうのではないか...。
そう言う思いが神父の中にあるのだろう。
実際多少喋ったところで罪にはならないだろうし、そもそも見つかりはしない。
だが、聖教の中で上層部の言葉は神の言葉であり、それを破る事は神を裏切る事に他ならない。
辺境の小さな教会とは言え、管理運営を任されるほどの人だ。
相当に信心深いのだろう。
そんな人が神の言葉を破れる訳がないのだ。
まあ概ね世界情勢についてはこんな感じだろう...。
俺が思っている以上に世界大戦は迫っているらしい。
うーん...俺はこの世界情勢に若干違和感がある。
この世界の文明レベルで睨み合いの長期戦に縺れ込むのは珍しい...。
というか本来有り得ないはずだ。
前世での冷戦の発生原因は、核兵器が存在していたことが大きい。
核を使って攻めれば、相手も核を使うだろう。
そのため自分から攻め込む事は出来ない。
かと言って相手に攻め込まれれば核が飛んでくる。
さて、どうしたもんか。
この考えを両国が持つ訳だ。
もちろん思想的な対立もあったものの、これが冷戦の基本的な構造だった。
この世界に当たり前だが、核兵器は存在しない。
前世での核兵器の役割...。
きっとそれは【固有魔法を使える人間】が補っているんだろう。
父さんに聞いたことがある。
第三等級の魔法。
その中で一番威力のある固有魔法であれば、首都レベルは無理だったとしても町程度なら破壊出来る。
少なくともその町の経済活動に支障をきたす程度の被害は与える事が出来るらしい。
しかも物によるが固有魔法は魔力の消費が低い。
つまり、核兵器と違い、何発も打ち込む事が出来るという事だ。
それに王国なら第二等級や第一等級の魔法を使える人間がいるかもしれない。
そうなれば首都を一撃で破壊出来る可能性すらある。
つまり、人間を核兵器として運用している訳だ。
度し難い...。
そしてあの神が言っていた『時』にいついてだが、恐らくまだ訪れていない。
何か行動を起こしたいところだが、現在の頼みの綱は神のあの言葉だけだ。
体を鍛える事や常識を学ぶ以外にやることが無いのがむず痒い...。
いや、嘘だな。
正直楽しんでいる。
体を鍛えて、好きな人と遊んで、学んで。
もちろん世界が危険な状態にあるのは分かるのだが、この生活が楽しいのだ。
前世の生活と比べれば不便は多い。
だが、楽しい。
何より安心できる。
多分これは俺の求めていた平和に近いだろう。
ちなみに俺の体は数々の筋トレによって、そこそこの筋量はついていた。
服を着た状態で分かる程ムキムキという訳ではないが、脱げば明確に筋肉がついているのが分かる。
俺の印象も中性的な子供から、髪の長い男の子くらいには成ったはずだ。
そして今はこの事をアリアに報告にするために、あの悪夢と出会った場所から少し坂を上がった、旧花畑に来ている。
俺達はここを拠点としているのだ。
秘密基地に近いだろう。
目の前には木の棒で大きいジャングルジムが形成されている。
アリア作だ。
少なくとも一軒家と同じくらいの大きさはあるだろう。
このジャングルジムでアリアは運動しているのだ。
彼女曰く、柔軟性も向上させる事ができ、自重によって体に負荷をかける事で筋力も上がる、最適な訓練らしい。
あれで強くなっているかどうかは分からないが、アリアが楽しそうなので良しとしよう。
ちなみに花畑は危険という事で教会が焼き払ったようだ。
前世のように環境意識とかはないらしい。
当たり前か。
「アリアー!」
俺は叫ぶ。
「なに...?」
真後ろで声がした。
「ッ...!」
俺の肩が跳ねる。
「びっくりしたなぁ、それ辞めてくれよ」
「いいじゃん」
そう言いながら彼女は少し笑う。
アリアはたまにこうやって驚かせてくるのだ。
音もなく背後に立っているので割と怖い。
俺は彼女が運んできた丸太に腰掛ける。
一体どこから取って来たのだろう。
「ねえアリア...多分、帝国と王国、そろそろ戦争しそうなんだけどさ、どうする?」
アリアは片手で懸垂をしながら俺の話を聞く。
懸垂によって良く鍛えられた腹筋が見えている。
彼女の体はしっかりと引き締まっており、しなやかさと筋力を両立している。
美しい。
彫刻的なカッコよさがある。
「あー言って無かったけ?...」
アリアは言う。
知っていたのか...。
早く言っといてくれよ、俺が気づかなきゃどうするつもりだったんだ
「そういう大事な事は早く言ってくれる?」
「あー...クルトを信じたんだよ、気づいてくれるってね」
そう言いながらニコリと笑う。
まったく、調子の良い事言いやがって...。
「あのさあ...」
俺がため息混じりの言葉を漏らすとアリアが懸垂を辞め俺の方へ飛んでくる。
「ごめんごめん。怒ってる?」
俺の顔を覗き込むように見ている。
俺の視界の中は彼女の長いまつ毛と、綺麗な金髪が目に入る。
ゆっくりと俺の中の憤りがなくなっていくのが分かる。
はあ...これが惚れた弱みか。
最近、俺はアリアに物怖じせず話しかける事が出来ている。
前まではアリアに嫌われないように気をつけながら話しかけていたが、今は、何も考えず話している。
もちろん最低限の配慮はあるが、前とは別の気楽さがあるな。
「怒ってないよ、もうやめてね...」
「そう?よかった...」
少し安心したように笑う。
心なしかアリアはこの一年間でよく笑うようになった気がする。
まあそれでもダウナー系というか、めんどくさがりというか...。
まあ...そこら辺の気質は変わっていないが、全体的にはいい傾向だと思う。
「で、何かこう...情報とか無い?未来を知っている訳だしさ」
「まあ...当てあるにはある。ブルグって町に二年後、戦争が起きる。ドルメルド帝国が発端で。」
ブルグの町か...そう言えばあの神はこの町を救えと言っていた。
繋がってきたな。
「ブルグってここと同じ王国領だよね...?それが世界大戦の発端になるの?」
「いや...直接的な発端ってわけじゃないと思う。ただこの事件以降、国民が睨み合いを意識するようになる。」
「そうなると国民印象が悪くなる?」
「そういう事...世界大戦が起きるとしたらこの辺りの、ある種の歪から生まれると思う。だからブルグの戦争を止める必要がある。」
なるほどな。
確かにその戦争を止める事が出来れば世界大戦を止めるとまでは行かないが、遅らせる事は出来るだろう。
そして、小競り合いを止める事が出来ればおのずと貴族連中の目に止まる。
話す機会があるかもしれない。
お近づきになれたら、世界大戦を止めるのにグッと近づくだろう。
まだ、予測に過ぎないが、ある程度道筋が整って来たな。
「ちなみにさ、その小競り合いを止めるための作戦とかってあるの?」
「そりゃ...全員斬れば...」
ええ...ここまでの推理はかっこよかったのに、結論それなんだ...。
「まあ、良いよ。そこら辺は俺が考えるから。ちなみにアリアが生きてた時、戦争は起きてたの?」
「あー...私は最高でも15までしか生きた事ないからわかんない。少なくともそこまでは戦争らしい戦争は起こってないと思うけど」
15歳か。
前に10から15歳の内に何らかの方法で死ぬと言っていたな。
あの時俺は自分の事で手一杯で聞けていなかったが、よく考えれば意味が分からない。
その黒い神に魔法?を掛けられたと言っても、そのタイミングで必ず死ぬ理由が分からないんだよな。
ちなみにこの世界に人生をループするような魔法は無い。
俺はこの一年間ループについてよく聞いてこなかった。
聞いていい物かも分からなかったのだ。
俺の場合前世でなぜ死んだかの記憶はないが、もし、記憶があるならトラウマになってもおかしくないと思う。
それを一回ではなく、何十回。
いや、覚えてないと言っていたくらいだ。
何百回という単位かもしれない。
それを思い出させるのは悪いと思ったのだ。
だが、やはり気になる。
というか、アリアのループは多腕の神が言って居た黒い神関係なので、聞くしかない。
聞いていいだろうか...。
いや、もう少し彼女を信用しよう。
この子なら気を悪くしても許してくれるはずだ。
「その10から15で死ぬってところ、ちゃんと教えてくれない...?」
「教えるも何も...普通に生きてたらなぜかそのくらいの年月に死ぬってだけ?」
「そうなった原因に心当たりは無いの?」
今回のループでもそのあたりで死んでしまうなら、何らかの対処をしなければならない。
「あー...ないね。15の誕生日に黒い神が居たってだけ。それ以外は何も分からない。」
「そっかあ...」
黒い神ねえ...。
個人的にだが神と言えば伝承に記されているイメージがある。
そもそも神ってのは昔の人が解明不可能な物を無理やり納得するために作った物だ。
何かしらの書物に記されていそうだが...。
ふと俺の中に一つ作戦が浮かぶ。
「ねえ...アリア...教会って忍び込めると思う?」
「............本気?」
アリアが少し動揺している。
教会。
それは聖教では神を崇めるとても神聖な場所だ。
聖教はこの村でもある程度信仰されているし、ラルド王国でも強く信仰されている。
戒律は法律に多大な影響を与えている訳である。
つまりだ、教会への侵入は大犯罪という訳である。
見つかれば奴隷落ち最悪で死罪もあり得る。
だが、どうしても俺は教会に入りたい。
なぜなら、教会には伝承を記録した書庫があるのだ。
この世界で歴史書は貴重だ。
神学的、道徳的な教科書とされている節があるし、歴史上の出来事を神の意向を示す物として書かれているため、読む事自体が信徒の特権となっているのだ。
信徒に成るには長期間の指導や献金が必要な場合もある。
流石に面倒だ。
だが、ブルグに行く前にどうにかして歴史書を読んでおきたい。
「歴史書を何とかして読みたいんだよね...。相手の視界に入らないように相手を気絶させたり...出来る?」
「出来はするけど...良いの?」
「良い...とは?」
「もっとこう......俺は世界大戦を止める!正義の味方だ!みたいな感じだと思ってたから。教会の侵入は重罪だし...。」
「まあ...。俺はあくまでも自分が平和に生きたいから戦争を止めようとしてるだけだからね」
「そっか......良かった。」
アリアは安堵したように言う。
それは...良かったのか?
「じゃあ今日の夜。ここに集合して教会に侵入する。アリアはそれで良い?」
「うん。分かった。作戦は任せる」
そう言うと彼女はあのジャングルジムに戻って行った。
――――
俺は今、旧花畑に居る。
日は完全に落ち、辺りは暗闇に満ちている。
明かりと言えば月明かりのみだ。
ちなみに月と言っても、この世界では月と呼ばれていない。
月と同じ役割を持つというだけで、月ではないからな。
ふと俺は空を見る。
そこには溢れんばかりの星空があった。
綺麗だ。
前世では汚い排気ガスと、気分の悪くなるようなビル群の光によって、まともに空なんか見えなかったもんな。
俺は周辺を見回す。
その時だった。
「来たよ。」
俺の真後ろで声がする。
「ッ...!」
思わず俺の肩が跳ねた。
「だからそれ驚くからやめてって...!」
「いいじゃん。」
アリアはいたずらっぽく笑った。
可愛い。全く...。
「それで作戦はあるの?」
アリアが聞く。
「うーん...正直無いんだよね。アリア頼みというか...」
神父と鉢合わせた場合、俺達を認識される前にアリアが気絶させる。
正直それぐらいしか思いつかない。
「あっそうだ。これも用意したんだよね」
俺はそう言いながら用意していた革袋を開く。
それは灰と導眠草の花粉を混ぜた粉である。
教会が導眠草を焼き払った後、何とか数本導眠草が生きていたので、それの花粉を採取し手のひらサイズの、言うなれば睡眠爆弾を作った訳である。
「これで...神父を眠らせる作戦......どう?」
「私の方が速い。」
「だよね...。」
そうなんだよな。
俺の反射神経で、神父に気づき、これを撒きぶつける。
それを認識されずに...?流石に無謀だ。
「まあ...一応、無いよりましじゃん?」
「まあね。」
「じゃあもう行くけど...アリアは準備とか要らないの?」
「あー...。じゃあちょっと待ってね。【純氷よ。】」
彼女はそう言うと、手の中に氷が集まり、剣の形に固まった。
第五等級のクリエイトアイスという魔法だろう。
エメラルドグリーンの綺麗な剣である。
いや、剣と言うべきでは無いだろう。
刀だ。
鍔は無いものの、日本刀に近い。
確か聞いた事がある、武器の耐久性を無視して破壊力や殺傷能力だけを求めると、こういった形の武器に落ち着くと。
「どう?凄いでしょ?」
アリアはどや顔だ。
実際凄いと思う。
詠唱破棄が出来るのは特別に才能のある人間か、何十年という単位で同じ魔法を使い続けるという常軌を逸した努力を成し遂げた人間だけだ。
彼女はいつも筋トレや素振り、彼女なりの剣術の型?のような物を練習している。
恐らく才能で成り上がって来たタイプではない。
努力の出来る人間はとてもカッコイイと思う。
「うん。アリアは凄く格好良いよ。」
すると彼女は少し驚いた顔をする。
「...........ありがと。」
アリアは小声で言った。
照れている...気がする。
暗くて良く見えないな。
「じゃ。行こっか」
「うん」
―――――
俺達は教会まで歩いた。
今俺達は教会の門の前に居る。
教会の内装は入口から講堂のような形に長椅子と長机が連なっており、俺たちは勉学に励んでいる。
目的地はその奥にある書庫だ。
そこに歴史書があるはず...。
ちなみこの門は、もし魔物が村に来た時の緊急避難所的に利用されるので、鍵は使われていない。
書庫の方は鍵があるか分からない。
まあ...もし鍵があるなら、壊すか...。
一応、粗雑な鍵であれば俺はピッキングが出来る、と思う。
文明的にそこまで複雑な鍵でも無いしな。
「じゃあ入るよ...」
アリアがコクリと頷く。
俺はそーっと出来るだけ音を立てないように少しだけドアを開けた。
俺たちは教会に侵入する。
当たり前だけど暗いな...。
でも、流石に火魔法は使えないよな...。
そんな事を考えながら少し歩いた。
その瞬間だった。
「空き巣とは関心しないね」
暗い部屋の奥から聞こえて来た。
「ッ...!」
その瞬間講堂全体が明るくなる。
なんだ?何が起こった?
魔法か?
俺の頭が一瞬真っ白になる。
そこに居たのは俺のクラスメイト。
前にアリアを虐めて?いた、ガリガリの少年だった。
教会の講義台に足を組み座っている。
待てよ。
今...詠唱したか?
「あの...」
俺は記憶を巡らせる。
この少年の名前を思い出そうとしたのだ。
その時気づく。
俺はこの子の名前をしらない。
一年だ。
俺は一年この少年と一緒にいた。
知らないなんてことは無い。
必ず俺の耳に入っているはずなんだ。
だが、思い出せない。
俺は見た物聞いた物、全て覚えているのに。
この不可思議な感覚、この心が凍るような恐怖感。
圧倒的な威圧感。
俺は覚えがある。
俺が多腕の神にであった時だ。
その時、目の前にいる少年は人間では無い。
俺は反射的にそう思った。
するとアリアが弾かれたように、あの少年へ突撃していた。
彼女の刀が少年へ当たる。
その瞬間だった。
アリアは力が抜けたように倒れた。
「ビックリしたよ。全く。」
少年はそんな事を言いながら倒れるアリアを抱きかかえ、床に寝転がせた。
俺の心臓が鼓動しているのが分かる。
まずい、多分あれは固有魔法の一種だ。
それは分かる。
だが、それ以外が何も分からない。
アリアは大丈夫なのか?
こいつは誰だ?
俺の中で疑問が渦巻いている。
落ち着け。
何とかして落ち着くんだ。
こいつには勝てない。
いや、勝とか負けるとかじゃないだろう。
何とかしてアリアと一緒にここから逃げる事だけ考えるんだ。
「秘密を探るのは気分がいいんだよね。少し分かるよ。未知が無くなる音がする。それはきっと素晴らしい事に違いないのだからね。」
俺の真後ろから声がした。
俺は振り返る。
そこには中性的な少年にも少女にも見える子供がいた。
赤黒い髪をなびかせている。
その顔は人形のようであった。
見ていると気分が悪くなり、恐怖を催す。
そんな異常な美しさだ。
背丈から考えて12歳程度だと分かる。
見るとあのガリガリの少年は居なくなっていた。
恐らく、こいつが少年の正体だったのだ。
瞬間気づく。
こいつだ。こいつがあの多腕の神が言う、黒い神なのだ。
俺の脳は、危険だ、今すぐ逃げろと叫び出している。
俺の額に冷や汗が浮かぶ。
落ち着け。
何とか切り抜けるんだ。
俺の役目だろ。
一挙手一投足に気をつけながら俺はゆっくりと喋りかける。
「私たちがここに無断で侵入したことは謝罪します...申し訳ありませんでした...すぐにここから出て行きますので...」
「ああ少年、君はミラ姉に守られているのだね。全く僕も面倒な約束をしたもんだよ」
意味が分からん。ミラ姉...?守られている...?
「それにしても人間とは...あの子も未だに良くわからない事をするね。まあそんなところが可愛いとも言えるんだけどね。君もミステリアスな子は好きだろう?」
今なんて言った?俺の中に困惑が浮かぶ。
ミステリアス、そんな言葉はこの世界に存在しないのだ。
俺の前世の言葉である。
俺がそんな事を思って居ると、この人間に似た何かは突然自分の腕を千切り取った。
その傷口から出たのは、宇宙色としか形容できないドロッとした液体だった。
その千切り取った腕はゆっくりと灰になって消えていく。
その瞬間だった。
「ッ...!」
俺の意識が落ちかける。
「ごめんね。本当に。でもやらなきゃなんだ。友達なんだよ」
俺の耳に入ってくる。
その言葉には少しの悲しみが乗っていた気がする。
その刹那。
俺の脳みその中に言葉が駆け巡る。
『このまま意識が落ちれば何かが終る』
それに根拠など無かった。
だが、それはきっと正しいと思う。
俺は咄嗟に持ってきた導眠草と灰の混合物を少量口に含んだ。
正直俺の意識が落ちた後、どうなるかは分からない。
だが、俺とアリアなら何とかなるはずだ。
何の根拠も無いが俺はそう思った。
そうして俺は未来に託し、俺はそうして意識を落とした。
もし良ければ☆☆☆☆☆から評価。
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