第5話「生きる事に決めた日」
俺は今、少女と田畑の間の道を歩いている。
このまま歩いて行けば森に到着してしまう。
大丈夫なのか...?
「「......」」
少女は何も言わない。
なぜだろう。
とても気まずい。
今まで喋らなくとも気まずさなど感じなかったのに。
仕方ない。
俺から話しかけよう。
「えっと...ケガとか...無い...ですよね?」
「無い。助けてくれてありがとう。私があの魔物を呼んだのに......。ごめん。」
少女は言う。
いくら感情が読みづらいとはいえ、これが本心である事くらいは分かる。
「仕方ない...ですよ。あんなところに第五等級の魔物が居るなんて予想出来無いじゃないですか。それに...あそこに残ると言ったのは僕です。」
「うん.........ごめん。」
俺の言葉は余り少女に響かなかったのか、本当に申し訳なさそうな顔でまた謝罪する。
俺は当然気にしていない。
全部自分がやりたいからやった結果なのだから。
確かに怖かったが、それはきっとこの子も同じはずだ。
「えっと...そういえば名前。聞いて無かったですよね...教えてもらっていいですか...?」
「レンティーナ・アリア...アリアでいい。」
「そう...ですか...。この方向は森の方向ですが、大丈夫なんですか?」
流石にまたあの魔物と出会ったらアリアを助ける自信がない。
「教会が森の方に調査に出かけてるから、魔力の濃度が減ってる。今は安全だと思う。」
「わ...わかりました。」
「「......」」
俺の一言を最後にまた沈黙が生まれる。
なんだろう、この気まずさは。
―――――
十五分程度歩いただろうか。
歩くうちにこの少女と出会った森の開けた場所についた。
悪夢が暴れたせいで木々が倒れてしまっている。
ふとアリアの方を見ると覚悟を決めた顔をしていた。
「あなた...いったい何年生きてるの?」
少女は言う。
俺の背中に嫌な汗が流れた。
は?どういう事だ...言っている意味が分からない。
俺が前世の記憶を持っていることがばれているのか...?
だとしたら一体どこで。
基本的に6歳を演じてきた。
そもそもこの子とは数十日前に知り合ったばかりだ。
確かに不審な点はあったかもしれないが...。
「6歳だよ?」
平静を装い、とぼけてみる。
「そう...別にそれでもいいけど。」
「アリアさんは、何年生きてるんですか」
そうアリアに問いかける。
年齢が見た目とずれている。
そんな発想普通はしない。
俺の前世のようにあらゆる創作物で満ちているなら別だが、この世界の人間にそんな発想は無いはずだ。
だが、少女は言った。
それはつまり、自分が見た目と年齢がずれているか、あるいはそう言う人間に会ったか、可能性があるのだ。
アリアの秘密はこの辺りにあるのだろう。
詮索して申し訳ないが、最初に聞いてきたのはアリアだ。
勘弁して欲しい。
そう思っていると、ゆっくりとアリアが口を開いた。
「......もう覚えてない。」
その一言を皮切りに空気が変わった気がした。
「私は何度も何度も人生を生きているの」
俺は思わず息を呑む。
それは...つまり、人生をループしてるってことか?。
俺の頭の中で、これまでの彼女の言動と行動の辻褄が合っていく。
確かにこの子の言葉を何の根拠も無く信用するには発言が、荒唐無稽すぎる。
だが、この世界には神が存在する。
有り得ない話ではないのか?
「それは......どういう...」
「最初に15歳になった時、黒い神が居たの。そこで死んだ。そしたら、母さんのお腹の中に居た。そこから、何故だか15歳までしか生きられなくなったの。それまでに、何かが起こり私は死ぬ。」
少女は淡々と言う。
さもそれが当たり前かのように。
理解が追いつかない。
黒い神だと...。
ふと俺はあの手が多い神が言っていた言葉を思い出す。
戦争を止めたいのなら殺せ、と。
その黒い神にこの少女は何か魔法のような物を掛けられたという事か?。
少女を見る。
いつも真剣な表情だが、今まで一番真剣な表情をしていた。
嘘では無いのだろう。
辻褄も合う。
「なる......ほど。なぜそれを今言ったんですか?」
問題はそこだ。
「なんで......かな。分からない。ただ、もう誰も死んでほしくない、本当にそれだけ。」
「そうですか。でも僕は大丈夫ですよ。死ぬのは...怖いですが、別に大丈夫というか。今回は上手くいった訳ですし」
「嘘をつかないで。気づいてないでしょうけど、今、貴方酷い顔。」
俺が酷い顔...か。
確かに精神的に辛い事最近多かったが、顔に出るほどじゃ無いはずだ。
それに俺は物理的に何も傷ついちゃいない。
大丈夫に決まっている。
「......大丈夫......ですよ」
俺は言う。
少しだけ喉に何かが引っかかった気がした。
「嘘よ。貴方は理性で抑えただけ。そう演じているだけ。」
少女は断言する。
その言葉は俺の両肩に重くのしかかったように感じた。
「ッ...!」
俺の頭に自分の前世と今の家族が浮かぶ。
本能を理性を抑える。
演じる。
俺はそうやって前世も含めて約30年間生きてきた。
確かに辛い事も多いさ。
だが、俺がそうすれば円滑に回る。
俺が我慢すれば解決するのだ。
それに一体なんの問題がある?。
そもそもこの子には何も関係ないはずだ。
口を出される筋合いはない。
「だったら、あの時。どうすれば良かったんですか?」
俺の声はほんの少しだけ大きくなっていた。
苛ついているのか...?
少女相手に...?
いや、年齢的には少女じゃないんだったな。
落ち着け。
この子に当たるな。
俺が今少しだけ精神的に辛い事と、この子は関係ない。
俺がこの子に怒るのはただの八つ当たりだ。俺はそう自分に言い聞かせた。
すると少女はゆっくりと口を開く。
「私が居た。」
「でも...貴方は震えてたじゃないですか...。」
「うん。でも私が居た。」
少女は言う。
返事になっていない。
犠牲が二人になるだけじゃないか。
「無理ですよ。僕達二人じゃあの魔物には勝てなかった。」
「そうかもね。じゃああなたの両親だったら?」
「母さんは......教会の護衛を任されるくらいなので、勝てたかもしれませんが...居ない人の話をしても仕方ないですよ」
誰々が今ここに居れば...!。
そんな議論は無意味なのだ。
だって、実際にそこに母さんは居なかったのだから。
この子は一体何が言いたいんだ?。
いい加減、イライラとしてきた。
この子の言動が、俺の精神を見透かしているようで、好きではないのだ。
「じゃあさ。あの場所に貴方の母さんが居て、貴方は頼れたの?」
「ッ...!」
俺の額に汗が滲んだ。
なんとなくこの子が言いたい事が分かった気がしたのだ。
「それは...」
「貴方の中に『誰かを頼る』って選択肢はちゃんとある?」
遮るように言う。
「.........」
俺は言葉に詰まった。
言い返す言葉が浮かばなかったのだ。
「私はあなたが思っているよりずっと強い。確かに勝てたとは言わないけど、あの魔物の誘導は私がやるべきだった。」
そうか...。
確かにな。
頭から抜け落ちていた。
「貴方の両親は強い。貴方が考えているよりもずっと、だからちゃんと頼ってあげて。」
俺の頭に両親の顔が浮かぶ。
彼らは確かに俺に優しくしてくれた。
信頼もしてくれた。心配もしてくれた。
そんな事は分かっている。
分かっているんだ...。
でもそれは本来のモウアに対してだ。
俺に対してではない。
それがとても申し訳ない。
すると少女は俺の肩を掴んだ。
とても優しくて、温かかった。
「私のために、私を信用して」
懇願するような声だ。
泣いてしまいそうな顔だ。
やめてくれよ、何でそんな顔をするんだよ。
「...ずるいですよ...そういう言い方は...」
俺の口から漏れる。
ああ...やっと分かった。
この子は優しいんだ。
自分の秘密を言ってまで、俺と対等に話したかったのかもしれない。
この子だって、今の自分の状況に手一杯なはずだ。
まずこの子の発言を信じる大人は居ないだろう。
苦労や苦痛は計り知れない。
だが、それでも、この子は俺を助けようとしてくれている。
俺が死んだら悲しむ人がいる。
両親はもちろんこの少女も悲しんでくれるかもしれない。
頼った方が良いのだろう。
分かったさ。
でも...それでも...
「でも..頼り方なんて知らないんですよ...」
口からこぼれてしまった。
俺は人に頼った事は無い。
頼り方なんて知らないのだ。
知らない事は怖いのだ。
うつむいた顔を上げられない。
アリアが自分の秘密を話してまで言ってくれたのに。
あの子の顔を見るのが恐ろしい。
失望されてしまったかもしれない。
落胆されてしまったかもしれない。
怖い...。
その瞬間だった。
俺の両頬にアリアが手を添え、自分の顔の近くに引き寄せた。
俺の目に美しい金髪に整った顔立ち、長いまつ毛に健康的な肌が見える。
そこには失望など無かったのだ。
「だったら、私は勝手に助ける事にする。」
アリアは言う
頼らなくてもいい...勝手に助ける...ね。
俺の心が少し軽くなった気がする。
「あなたは、死ぬのが怖いし、人に頼る事が出来る。」
彼女は断言した。
アリアは手を離す。
俺は力が抜けへたり込んでしまった。
「...なんですか...それ...滅茶苦茶じゃないですか...。」
「私はそうは思わない。」
力強く言う。
もう別にいいじゃないか。
もう偽るのは辞めよう。
両親について俺の事を話そう。
洗いざらい全て。謝って。
きっと困惑するだろう。
でもきっと彼らは助けてくれる。
助けてもらおう。
少しだけ......疲れた。
その時俺は両肩の重圧が軽くなるのを感じた。
「分かり...ました。ちょっとだけ...頼ってみますよ。」
「うん...それだけ聞けたらいい...」
そう言ってアリアは木刀で素振りを始める。
今思えばこの素振りはある種の備え、だったのかもしれない。
アリアは自分の秘密を暴露してまで俺に接してくれた。
俺もこの子に素を出すべきだろう。
そうするのが一番良いと感じる。
俺の前世の事を話すのは怖い、それでも俺は言うべきだと感じたのだ。
――――
俺はそうしてゆっくりと洗いざらいすべてを打ち明けた。
俺の元居た世界について、世界大戦について、俺の世界大戦を止めて平和に安らかに生きるという目標について。
話している最中、俺は不思議と晴れやかな気分だった。
流石に神について話すのは危険だと感じたので話さなかった、そのせいで根拠が乏しくなってしまったが、それでもアリアはうんうんと頷きながら聞いて...最後に「わかった...」と一言だけ俺に言った。
ただそれだけ。
たったの一言。
それで俺は救われた気がした。
俺の事情を聴き終わると、彼女はいつものように素振りをし始めた。
「あと言い忘れてたけど、敬語。必要無いから」
ふと思い出したかのようにアリアは言う。
「そっか...分かった」
なぜだろう。
自分でも驚くほどスムーズに敬語を辞られた気がする。
俺は完璧に演じなければならないと考えていた。
前世で失敗した分今世で完璧に。
両親には幸せを、と。
少し限界が来ていたのかもしれない。
そもそも精神年齢が20代の大人が6歳の少年を演じるのは、土台無理だったとも言える。
「酷い顔、少しはましになって良かった。」
そう言いながらアリアは微笑んでいるように見える。
俺はこの少女に助けられた。
まあ少女と言っても俺よりずっと年上なんだろうが...。
うん。
分かった事がある。
俺はこの子が好きだ。
一緒に居て楽しいのだ。
守りたくなったし、助けたくなった。
まあ、助けられたんだが。俺はそう言う人間性に惹かれたのだ。
もしかすると、俺が気づかなかっただけでずっと前から惹かれていたのかもしれない。
「ありがとう...」
「別にいい...。私も貴方に助けられたから。」
「まあ...悪夢のあれは...仕方ないよ」
「そっちじゃない。」
「......?」
ちょっと良く分からない。
確かにアリアは俺と最初に会った時よりも、柔和な顔になったとは思うし、少し饒舌になったと感じる。良い影響は与えられているとは思うが、助けたと言われれば微妙である。
「別にいいよ。私の事は。ちなみに私がこの村に来たのは二度目なの。その時クルト・モウアという少年はいなかった。時期的に、死産か何かだったんだと思う。だから......その......上手く言えないけど、貴方がクルト・モウアで良かったんじゃない?」
そうか。
俺は本来のモウア君の人格を乗っ取ってはいなかったか...。
まあ本来死産なのだとしたら、喜ぶべきではないのだろう。
それは分かるが正直少し安堵した。
被害者は居なかったらしい。
「これからアリアはどうするの?世界大戦云々もあるし...」
アリアは素振りをやめる。
「別にどうもしない、世界大戦に関してはどうも出来ないし...。私はただ、平和に暮らしたいだけだから。あ。そうだ、私貴方について行くことにする。」
思いついたように言う。
それは...俺としては大歓迎なのだが、俺の事を信用しすぎでは無いだろうか。
俺は彼女に、神関係について話していない。
そのため大分説得力は落ちてしまっていると思うのだが...。
「本気なの...?」
「ええ...あなたが良いならだけどね...」
「もちろん俺は良いけどさ、本当にいいの?少なくとも安全ではないと思うよ」
俺は正直アリアに危険な目にあって欲しくない。
なぜなら好きだからだ。
でも一緒に居たい同じご飯を食べて同じ感情を共有したい。
一緒に居たいのだ。
同時にそうも思う。
難しい所だな。
ふと見るとアリアが少し驚いたような顔をしている。
何だ...?ああ。そうか、俺の一人称か。
俺はずっと、一人称を僕で統一していた。
私という一人称は少し女性感がでてしまうし、俺はまだ幼子なので『俺』という一人称は歳相応な感じがしなかった。
だから、僕で統一していた訳である。
今思い返せばこれも演じていたという事になるのかもな。
見るとアリアは少し微笑んでいる。可愛い。
「別にいいよ。ついてってあげる。あなた弱そうだし、それに私がいないとぽっくり死にそうだし...。」
そんな軽く...。
俺はアリアを危険に晒したくない。
でも正直なところついてきて欲しい。
戦力的にも申し分ないだろうし、なにより一緒に居たい。
「私はずっと生きて来たの。そうなるとね。時間が凄く早く感じるの。でも、クルトと会った数十日は、私の数百年より長かった。」
「そっか」
俺はその瞬間。
彼女に言われた誰かを頼る選択肢が脳裏によぎった。
俺には戦力が無い。
だが、頭脳なら誰にも負けない。
頼る、か。
「分かったよ。分かった...。じゃあさ...そも......戦闘を頼んでもいいかな?」
「もちろん。私が戦闘担当ね」
そう楽しそうに言う。
その感じで行くなら俺は頭脳担当か。
「わかった。じゃあこうしよっか。俺が頭脳。アリアが戦闘。俺達は誰も死なせず、誰も殺さない。当然アリアもこれ以上死なない。そして世界大戦を止める。」
そうして俺は手を伸ばす。
まあ...自分でも夢物語だと思う。
誰も死なずに、誰も殺さない。
無血開城を世界単位でやるのだ。
恐らくどこかで血は流れるだろう。
だが、目標ぐらいは大きく行かないとな。
「ええ...分かった。それで行きましょうか。私たちの平和のために」
そう言ってアリアは俺の手の平を握った。
この世界に握手の文化があるかは知らないが、伝わって良かった。
彼女の手はとても温かい
俺は多分、彼女の温かみを忘れる事は生涯無いだろう。
俺はそう確信した。
世界大戦を止めたい。
アリアと一緒に過ごしたい。
そしてなにより平和に生きたい。
これらを全て叶えるのは傲慢かもしれない。
でも、そうだったとしても、俺はやる。
もう自分の心を偽るのはやめだ。
俺は俺のやりたいようにやる。
なぜならやりたいからだ。
今ここから誰かのための人生ではなく。
俺のために。
俺の目的のために生きるのだ。
俺は今日から俺として生きるのだ。
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