第4話「悪夢、そして苦慮」
俺がこの少女と出会ってから、数十日ほど経過した。
俺は今日も今日とて素振りをしている。
この数十日程は特に何もない。
ただ、剣を振っていただけだ。
体に変化はそれ程ないが、体力はついてきた気がする。
体力がついたのは良いのだが、この素振りに意味はあるんだろうか。
強くなってる気がしない。
こういうものなのだろうか。
一応俺のコミュニケーション力は少し成長したと思う。
少しスラスラと言葉が出る訳ではないが、喉の奥のイガイガは幾分かましになった気がする。
ちなみにあの日から、ガキ大将の少年とガリガリの少年は絡んできていない。トラウマとかにならないと良いんだが...。
そしてこの少女についてだが、正直何も分かっていない。
なぜこんなに剣術が熟達しているのか、なぜ剣ばかり振っているのか。
分からない事だらけだ。
でも、それで良いと思う。
今の関係性は凄くラクだ。
俺はこの子に気を遣っていないし、この子も俺に気を遣わない。
演じる事もないし、当然詮索する事もない。
確かに気になる事は多いが、それ以上に俺はこの関係性を崩したくないのだ。
俺は思っているよりも、家族を演じる事にストレスを感じて居るのかもしれない。
もちろん両親は嫌いではないのだが...。
そうして俺が素振りをし始めて、一時間ほど経っただろうか。
うん...流石にそろそろ剣を振るのも疲れてきたな、俺はそう思い、少し隆起しているところに寝っころがる。よこではあの少女が素振りをしていた。
それにしてもこの少女はすごいな、ほとんど休憩していないんじゃないか?
多分剣の振り方が素晴らしいんだろうな。
無駄な力が入っていないし、体幹の強さが段違いなのだろう。
素人目から見てもこの子の素振りは美しい。
汗が飛び、煌めいているように見える。
カッコイイ。
ふと俺の視界が霞む。眠いのだ。
そう言えば俺はまだ六歳だった。
年齢的な問題もあるのかもしれない。
今までこんな事なかったんだがなあ...。
まあ良いだろう、寝てしまっても。
この数十日で魔物は見なかった。
それにこの子も居る。
流石に魔物が襲ってきたら起こしてくれるはずだ。
多分。
俺はゆっくりと目を閉じる。
静かな森に、時たま聞こえる鳥の囀り。
そしてそよ風。
気分が良い。
俺はそんなことを思いながら眠った。
――――
ゆっくりと目を開ける。
体が若干重いが、気分は晴れやかだ。
思ったよりしっかり寝てしまったな。
ふと周囲を見る。
少し日は落ちかかっていた。
少女も寝てしまったようで、俺のすぐ目の前で丸まっている。
「それは.........ずるいよ......まって...。」
寝言を言っているようだ。
悪夢でも見ているのだろうか、若干目に涙が浮かんでいた。
「起きてください...」
少女を揺らす。
起きるまで待ってあげたいが、日が落ちてしまうと流石に危ないと思ったのだ。
この子の親も...居るか分からないが心配するだろう。
少なくとも俺の両親は確実に心配する。
早く帰らねば。
「んん...?」
少女は身を捩る。
起きたか...。
「そろそろ、日も落ちるし、帰りませんか?」
よしよし、いい感じに喋れるようになってきたぞ...
「...帰らない」
「じゃあ一緒に帰え...えぇ?」
咄嗟に俺が言いよどむ
「なぜ......ですか?」
「魔物を殺すため」
「そう......ですか。でも...ここら辺に魔物、居なく無いですか?」
「居る。今は夜だから」
夜...か。
確かミシーナが、魔物は夜の方が活性化して強いから早く寝るのよ!と言っていた。
子供に夜更かしさせないための教訓だろうと思っていたが、本当だったのか。
「なぜ、魔物を殺す必要があるんですか?」
「...あー...言わない」
少女は面倒そうな顔をして言う。
「一緒に帰りませんか?」
「先に帰ってて良い」
うーん...。
この子の決意は固いようだ。
俺は見た目は6歳でも精神年齢は立派な大人なである。
少なくとも自分ではそう思っているのだ。
魔物やなんやらが居る世界で、子供をこんな時間まで外に放って置けない。
両親には悪いが仕方ないか。
仕方ないか。
「じゃあ僕も一緒にここに居ます」
俺はそう言った。
流石に子供を一人にして置けない、保護者が必要だろう。
そもそもここで魔物と言っても、第八等級のみのはずだ。
それなら俺の魔法でもなんとかなるだろう。
それに危険かもしれないが、魔物の精神汚染と言うのも経験してみたいという考えもある。
いざ急に魔物と出会って、精神汚染で何も出来ませんは目も当てられない。
「...そう。」
少女に嫌な顔は浮かんでいない。
大丈夫だとは思う。
ウザがられたりしていないだろうか。
「ちなみにどうやって魔物を倒すんですか?」
「...斬る」
斬るか、まあ、そりゃ斬ったら倒せるだろうが...。
「そもそも、どうやって魔物と出会うんですか?」
「...大きい音を立てる」
そりゃデカい音を立てれば寄ってくのかもしれないけどさ...。
俺は少女を見る。
何だろう...。
もしかするとこの子は何かを考えてるように見えるだけで、特に何も考えていないのかもしれない。
その......ミシーナと同じタイプというか...。
なおさら一人にして置けなくなったな。
すると突然少女が木刀を地面に叩きつけた。
そしてドンと大きい音がなる。
なるほど、これで魔物を呼ぶ気なのか...。
「「......」」
沈黙が生まれる。
一分ほどの時間が経過した。
少女がこちらを見る。
「ああ...今なのね...」
そう言うと、憐れむような、苦しそうな表情で俺を見た。
なんだろうか?俺はその表情の意味が分からなかったのだ。
俺が少女の思考に目を取られていた。
その瞬間。
ガサガサと草むらから音がした。
「ッ...!」
思わず俺の肩が跳ねる。
少女は覚悟を決めたのか、険しい表情になっていた。
すると黒い影がゆっくりと出てくる...。
大きい、大きすぎる。蜘蛛だ。
2メートル半はあるだろう。
そして顔には人間の皮のような物が張り付いて、ニヤニヤとこちらを見て笑っている。
人面の蜘蛛と形容したらいいのだろうか。
そして蜘蛛の背中から人間の生足が一本生えていた。
まずい。
俺は本能でそう感じた。
根拠などない。
俺と言う一匹の生命体がこれは危険だと、俺の頭の中でアラートを鳴らしているのだ。
自分の心臓が驚くほど鼓動しているのが分かる。
気分が悪い、胃がひっくり返りそうだ。
俺はこの魔物を知っている。
魔物辞典でこの魔物を見たことがあるのだ。
この魔物はアラクナス。
そして別名。
「第五等級、悪夢...」
この魔物からは溢れんばかりの殺意と悪意を感じる。
そもそも魔物の等級は概ね人類に対する脅威度で分けられているのだ。
第八等級から第六等級までは、体の大きさ、単純な強さである。
しかし第五等級の魔物とは隔絶した差が存在する。
それは『悪意』の有無。
なぜだか魔物が持っている、人間に対する憎悪。
それとはまた別の悪意。人間を出来る限り害してやろうと言う、知性の混じった悪意である。
そもそも第五等級とは数十人の大人たちが小隊を組み、作戦を立て、準備をし、情報を集めたうえで討伐に打って出るレベルだ。
そんな魔物がなぜこんな所に。
俺は再び魔物を見る。
魔物はニヤニヤとこちらを見ていた。
何も動きは無い。
だがその表情に明確な悪意が見える。
このままでは死ぬ。
確実に。
俺はそう確信した。
最悪だ。
せめて敵が人間だったら、いや話の通じる生命体であれば、俺なら何とでもできたはずなのに。
「私が時間を稼ぐ...逃げて」
少女が俺の前に立つ。
よく見ると少女の足が震えている。
俺は見た目は6歳だが、精神年齢だけは大人のつもりだ。
そんなことは出来無い。
改めて少女を見てみると呼吸が荒い。
過呼吸に近いだろうか。
立っているのがやっとと言う感じだ。これが精神汚染なのか?
よし...落ち着け。
悪夢はこっちを見てニヤニヤしている。
俺は情報を共有すべく少女に話しかけた。
「この魔物は、異常な硬度を持っているせいか、こちらの魔法や剣を受けたがる特性があります」
完全にこちらを舐めているからこその行動だろう、攻撃をすべてを受けきり相手の体力が無くなり、何も出来なくなった人間を殺すのだ。
それが一番人間が絶望すると知っているから...そしてついたあだ名が悪夢である。
そう言う魔物なのだ。
「なので今なら少し猶予があります、しかし逃げる人間が居る場合その人間を優先的に狙います」
恐らく、第五等級の魔物が持つ悪意のせいだろう。
人間を誰も逃がしたくないのだ。
「そう......私が戦う。その時に逃げて。それなら多分大丈夫。」
そう言うと少女はゆっくりと悪夢との距離を詰めていく。
この少女、ここで死ぬ気だ。
俺はそう直観した。
その瞬間色々な思いが頭の中を駆け巡る。
ダメだ。
この少女はここで死なせたくない。
自分以上に。
不思議とそう思った。
俺は別に善人ではない。
他人を自分より優先して考えた事などほぼないだろう。
大抵は自分優先であり、それが間違っているとも思わない。
だが、今日この日。俺は多分初めて自分より他人を優先したのだ。
この子の横なら素で居れた。
それを壊されたくないと、そう思ったのかもしれない。
作戦はある。
正直怖い。
だが、俺は覚悟を決めたのだ。
「水の神へケトよ穢れなき純氷を生み出したまえ、アイスロード!」
できるだけ早口で詠唱し、悪夢の足元に氷を広げる。
「......!!!」
少女が驚いているようだ。
「村に行って誰か助けを呼んてきて下さい!」
少女に向かってそう叫ぶ。
それと同時。
俺は逃げた。
深い森の風上に当たる方向に逃げたのだ。
「うおおおおお!」
自分を奮い立たせ、全力で走る。
悪夢はこちらにギロリと視線を向ける。
瞬間。
俺の真後ろで轟音が鳴った。
どうやら悪夢は足を取られているようだ。
しかしすぐに追ってくるだろう。
「...ッ!」
悪夢の轟音と共にあの少女は苦虫を嚙み潰したような表情で、村の方向へ走った。
今悪夢は、俺をターゲットしている。
基本的に魔物はターゲットした人間をすぐに変えることは無い。
つまり少女が村に助けを呼ぶのが一番俺が助かる確率が高いのだ。
不服だっただろうが察してくれた訳である。
ありがたい。
俺はそんな事を走りながら考える。
「ギィエエエエ!!」
俺の後ろで悪夢の叫び声が聞こえてくる。
予想通り悪夢が追ってきているようだ。
「アイスロード!アイスロード!アイスロード!」
自分の真後ろの道を凍らせる。この道は若干登り坂になっているのだ。
これで少し時間を稼げればいいが...。
「...クッ!」
足や横腹が痛くなってきた。
意識が落ちそうになる。
気分が悪い。
視界が若干霞む。
どうやら魔力が切れて来たらしい。
でも追いつかれれば死ぬ!走れ!走るんだ!
俺は自分に言い聞かせた。
数秒経っただろうかほとんど真後ろで轟音が鳴った。
もうほとんど追いつかれている。
もう少しなんだ、もう少しなはずなんだ...。
「来た...!」
俺の目の前に開けた場所が見えてくる。
俺は大きく息を吸い、出来るだけ呼吸を止めた。
それとほぼ同時。
俺は目的の場所に到着した。
俺の目的。
それは今日の昼頃の強烈な眠気のその正体だ。
植物図鑑に載っていた、自分の花粉を吸った生物に、眠気を誘う花。
通称【導眠草】の群生地。
それが風上側にあると俺は推測したのだ。
周囲は青、白、紫など様々な花が大量に生えた花畑のようになっている。
どれも導眠草だ。
「ギィエエエエ!!」
叫び声を上げて、悪夢が向かってくる。
タイミングはドンピシャだ。
「風の神ウェンティよ穢れなき純風を生み出したまえ、第八等級 ウィンドショット!」
息を出来るだけ吸わないように詠唱をした。
すると俺の手から悪夢に向かって、風の玉が噴き出した。
これで何とか花粉を吸わせるのだ。
頼むから効いていてくれ......。
「ギィエエエエ!!」
俺の願いとは裏腹に悪夢は物ともせず俺に突っこんできた。
どうせ逃げられないんだ。
やるしかない。
「火の神アグニよ穢れなき火を生み出したまえ、第八等級、ファイヤーボール」
俺は自分の足元の向かって火を当てる。
瞬間。
その爆炎によって軽い俺の体は吹き飛ばされた。
「ギィエエエエ!!」
見ると悪夢は俺の元いた位置に突っ込んでいた。
何とか避けれたようだ。
「ッ...!」
俺の手に刺すような痛みが走る。
どうやら手の平を火傷しているらしい。
「風の神ウェンティ......よ穢れなき純風を生み出したまえ...第八等級.........ウィンド......ショット」
俺は最後の空気を振り絞り悪夢に向かって風の玉をぶつけた。
「はあッ!」
俺の息が限界になり、反射的に息を吸ってしまった。
ああ、クソ...。
俺の目が意識が急速に落ちていく。
その瞬間だった。
「ギィイイ...」
悪夢の動きが徐々に遅くなり、徐々に動かなくなっていく。
よし...なんとか効いていたようだ。
流石に体の大きさの違いで効きだすのに時間がかかったらしい。
俺の頭の中に名も知らないあの少女が浮かぶ。
どうしてこんな事をしたのだろう。
だが、嘘のように満足だ。
ちなみにこの導眠草の花粉には抗体を得やすいという特徴がある。
つまり、俺と悪夢がここで永眠することは無い。
時間が経過すれば起きるという事だ。
多分、体の大きさ的に悪夢の方が速く起きるだろう。
俺は目を覚ました時、無事でいられるだろうか、いや、目を覚ます事は出来るだろうか。
まあ...良い。
多分少女は逃げれた。
それで良い。
目標は達成したのだ。
もう既に勝っているような物だ。
そうして俺は満足感に包まれながら目を閉じた。
――――
俺はどうなった?体に痛みはない。
と言うか全身の感覚がない。
何もないのだ。
真っ暗な世界にいるような、水面にプカプカと浮いているような気がする。
俺は死んだのか?死んだらどうなるんだ?
神と邂逅した世界のような場所に行くのか、地獄や天国のような場所があるのか、それとも自我すらなくなるのか。
まあ少女は救えただろうし、別にいいか...。
そうして俺はゆっくりと祈るように目を開けた。
どうやら寝ていたらしい。
目に飛び込んできたのは、木製のよく知っている天井だ。
俺は寝室で寝ていたらし。
外はすっかり朝になっている。
少女が見つけてくれたのか?ベットに座って考える。
体がだるい。
酷い耳鳴りだ。
頭も痛い。
いや痛いというより重いとう表現の方が近いかもしれない。
多分魔力を大量に消費したからだろう。
俺は第八等級の魔法を数回使っただけで、魔力がなくなったわけだ。
俺はあの悪夢と会敵した時の事を考える。
もしあの花畑が無かったら、もし悪夢に花粉の耐性があったら、もし想定よりも悪夢の足が速かったなら、俺は確実に死んでいた。
額に嫌な汗が滲んでいる。
そして自分の右手の指先が震えていることに気づいた。
今回生き残ることが出来たのは運が良かったとしか言いようがない。
死ぬ確率の方がずっと高かった。
別に死ぬのは怖くない。
ただ両親を悲しませたくないのだ。
俺は自分で考えていたよりも緊張していたらしい。
まあとりあえずリビングに行こう、誰かいるはずだ。
「モウア...!」
俺がリビングに移動すると、リドロフが俺の小さな胸に飛び込んできた。
「モウア、モウア...ごめんな...ごめんな...」
泣きそうな顔だ。
声も震えている。
「僕の方こそ、ごめんなさい...もう少し早く帰っていたあの魔物とも遭遇しなかったのに...」
これは本心だ。
あの時の眠気は抗おうと思えば抗えるレベルだった。
きっと花粉の濃度も薄かったのだろう。
あのタイミングで少女と家に帰って居たら、両親に心配をかけることも、少女を危険に晒すことも無かったはずだ。俺の責任...とまでは言わないが、回避できた危険だった。
「いいんだ...いいんだ、生きてさえ居てくれば、それでいいんだ...」
その言葉は俺には酷く重く聞こえた、生きてさえいれば...か、正直俺は死にたくは無いが、死んでも仕方ないくらいには考えていた。
父さんが俺の小さい胸から離れ、そして真剣な顔して口を開く。
俺はそれが彼なりの覚悟に見えた。
「モウアよく聞きなさい、今から言う事はモウアが他の子よりもずっと賢い事を信用して言うよ...。実は父さんはあの状況を見てある程度察しがついているんだ。それでね父さんはねモウアに生きていて欲しいんだ。他の家の子供よりもずっと。もちろん皆で平和に生きるのが一番いい、一番いいんだ...。でもね、いつか選ばなければいけないときは来るんだ、確実に...。」
その言葉に生々しい何かが俺の両肩にのしかかっているように感じた。
「俺はその時は俺はモウアを生かすこと選ぶよ、今回モウアが無傷だったのは運の要素が大きいんだ、分かっているだろうけどね...だから...その...何というかだな...」
リドロフはいい淀んでいる。
当たり前だが自分の息子が死にかけて、動揺しているんだろう。
六歳に言ってはいけない事を口走っている。
だがリドロフの言いたい事は分かった。
俺に生きていて欲しいのだ。
他人を犠牲にしても、自分を犠牲にしても...。
まあそれを直接言いにくいのは分かる。
だがそれでも知っていて欲しいのだろう。
「...分かったよ父さん、大丈夫、父さんに言いたい事は分かってるよ...」
俺は本物のクルト・モウアでは無い。
心配も優しさも信頼も悲しみも何一つとして届いていない。
本物のクルトには何一つ届いていないのだ。
その事が無性に申し訳なくなる。
この人に今すぐにでも謝りたい...洗いざらい吐き出してしまいたい。
しかしそんなことをすれば余計にこの人に負担をかけてしまう。
少なくとも今のままではいられない。
だから俺が最低限出来るのは、この善性の塊のような人を心配させないようにするしかない。
この気持ちの悪い関係を続ける他ないのだ。
頭がおかしくなりそうだ。
「少しトイレに行ってくるね」
「あ、ああ...分かった」
――――
俺はトイレに移動する。
「お、おえええ!」
俺は吐いた。
黄色い胃液が出る。
そうか俺、何も食べていなかったな。胃酸で喉が痛い。
口の中が臭い。
吐き気が止まらない。
リドロフの優しさは俺に対してではない。
モウアに対してだ。
しかし届いているのは俺。
俺がモウアの演技をしているだけなのだ。
俺は両親の優しさを踏みにじっている。
リドロフの俺に対する感情を数字で表すなら、大体愛情が八割、心配が二割と言うところだった。
しかしさっきの話をしている時、愛情が八割、信頼が二割程度に感じたのだ。
つまり俺は信頼されている訳である。
息子としてではなく、一人の男として信頼されているのだ。
それなのに俺は両親を裏切っている。彼らは俺に心を開いてくれているのに、信頼してくれているのに。
「お、おえええ!」
トイレは便を水流を使わずに家の外に送りだす、汲み取り式のいわゆるボットン便。
その鼻につく匂いが俺の吐き気をまた誘う。
俺は...俺は...いったい何をしているんだ...?
また前世のように偽って、演じて...これでは前世と何も変わってはいない。
何も成長してい居ない。
俺はこの六年間家族ごっこをしていたにすぎないのだ。
両親は俺を本当の子供として接してくれているのに。
「はあ...」
俺のため息が漏れる。
これ以上考えるのはやめよう、俺が落ち込んでいると、両親はきっと心配する。
両親に迷惑はかけられない。
――――
俺はリドロフのところへ戻り、平静を装う。
また演技をするのだ。
吐き気を耐えながら話しかける
「父さん、さっきの話よく分かったよ、ありがとう」
頭が痛い。
耳鳴りがする。
魔力欠乏による体調不良ではない、恐らく体が拒否しているのだ。
「そうか...分かってくれるならいいんだ...分かってくれるなら...次からは魔物に出会ったら、すぐに母さんを呼ぶんだよ」
そうリドロフが言う、いやいや...流石に無理だろ、あの森までは数キロはあった。
間に合わないだろうし、というかそもそも聞こえないのでは?
「わ、わかったよ...父さん...」
一応そう答えておく
「そういえば、どうやって僕を見つけたの?」
「...それはね、この前引っ越してきた家の娘さんが家まで呼びに来てくれたんだ...二人とも無事でよかった...本当に...」
そう言いながら俺の頭をなでる。
ほう、やはりあの少女だったか...。
この家まで呼びに来たねぇ...俺は自分の家どころか自分の名前すら教えていない。
そもそも俺は村に呼びに行って欲しいといったのだ。
そしてこの村には治安維持に使われている教会がある。
普通はそこに呼びに行くだろう。
本当にあの少女はいったい何を隠しているのだろうか...?
「そうだ、母さんはどこに行ったの?」
「あー...悪夢を倒してから、教会があの魔物の発生原因を調べると言ってね。その護衛に行ったんだよ。だから、今は山の中かな。」
なるほど...。ミシーナの強さは思ったよりも有名なのかもしれない。
というか、教会が動くなんて、相当大事になってしまったようだ。
そんな事を考えていると、ふとあの少女の顔が浮かぶ。
「そっか...あの女の子は...?」
そうリドロフに問いかける
「ああ...あの子かぁ...そうだねぇ...」
何か言いにくいこともあるんだろうか...?無事ではあるはずだが...とその時だった。
ドン!ドン!とドアを叩く音がする。
リドロフがドアを開ける
「こんにちは...」
そこにはあの少女が立っていた。
少女と目が合う。
「ッ...!」
少女は驚愕の表情を浮かべている。
何だ...?
「ああ...こんにちは、昨日はありがとうねぇ...本当に、本当に...」
リドロフはそう言いながら、少女の手を強く握っていた。
「うん...大丈夫。それよりモウア君を借りていいですか...?」
なんだろう
この少女から不機嫌な雰囲気を感じる。
「...?遊びに行くのかい?モウアは起きたばっかりなんだ...だからもう少し休ませてあげて...」
「大丈夫だよ父さん、僕遊びに行ってくるよ!」
俺は言う
この少女がなぜこの家を知っていたか聞かなければいけないし...ここに居ると吐き気で死んでしまいそうだ。
「本当に大丈夫なのかい...?本当に...?」
「うん!大丈夫だよ!」
やっぱりリドロフは心配性だな、そうして俺はこの少女と家を出た。
もし良ければ☆☆☆☆☆から評価。
感想をお願いいたします。
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