第3話「棒振りの少女」
翌日
俺はゆっくりと目を開ける。
今日俺は情報を集めるため外を探検するつもりだ。
まあ...大した情報は無いだろう、それは分かっている。
世界大戦を止める情報が村の外に落ちている訳が無い。
だが、それでも俺は外に行くのだ。
半分は暇だから。
半分は行ってみたいからだ。
そんな事を考えながらリビングに行くと、朝ご飯を作っているミシーナが居た。
リドロフは居ない。
仕事だろう。
ちなみにこの世界は文明的に男尊女卑。
この家ではリドロフの性格から女卑とまでは行かないまでも、大体の家事はミシーナの仕事だ。
家事、時々狩。
それがミシーナの生活である。
一応家事は彼女から申し出ているので、恐らく何も思ってはいないはずだ。
「おはよう母さん!」
「おはよう!!!!」
子どもの俺より五倍ぐらい元気な声が聞こえてくる。
「母さん、森の方に探検に行っていい?」
「あんまり奥に行ったり、道から逸れたりしたらだめよ!」
ミシーナから気持ちの良い返事が返ってくる。
「ありがとう!」
まあ...この辺は治安が良い。
問題はないだろう。
「魔物にあったら全力で叫びなさい!飛んで行ってあげるから!」
...本気で言ってるのか?まあまあ距離があると思うのだが...。
そう思い俺はミシーナの顔を見る。
その顔は自身に満ちたどや顔だった。
どうやら本気のようである。
「まあ......行ってくるね」
「ちょっと待ちなさい!!!!朝ご飯だから!!」
ミシーナがバカでかい声を響かせながら、朝ご飯の野菜のスープとパンを俺に出した。
味は可もなく不可もなくと言ったところだ。
もちろん前世と比べれば不可だろうが、それは彼女が悪い訳では無い。
前世が飽食過ぎただけだ。
「ありがとう。」
俺は言う。
いつもある程度演じているが、これは本心だ。
俺は前世で自炊していたので、苦労は分かる。
毎日早起きという時点で苦しいのに、それを人のためにやるのだ。
俺には出来る気がしない。
ちなみに最初から彼女の料理がこうだった訳では無い。
ミシーナは所謂料理下手という奴である。
俺が生まれて少して、出産からある程度体力が戻ったのか食事を作り始めた時、彼女はよくまな板ごと野菜を叩き斬っていた。
申し訳ないがあの時は少し笑った。
まあ...そうして彼女は少しづく上手くなっていった訳である。
ミシーナのこういう所は本当に尊敬に値すると思う。
俺はそんな事を考えながら朝ご飯を食べた。
「行ってらっしゃい!!!」
俺が食べ終わるとミシーナの声が響く。
「行ってきます」
そうして俺は家を出た。
ちなみに一応木刀は持っている。
子ども用の訓練用だがな。
ちなみに町周辺に魔物はまず出ない。
少なくとも俺は見た事が無い。
仮にいたとしても第八等級。
そして、第八等級の魔物と言っても概ね、小動物に少しだけ知恵を与えた感じだ。
大きさ的に言えば30センチ程度らしい。
問題ないな。
――――
俺は30分ほど歩いた。
今は村を抜けて森の入口のようなところに居る。
よし、とりあえず少し道なりに歩いてみよう。
整備されている道は人の往来が多く、魔物がより少ないからな。
まあ...居るには居るらしいが...。
ちなみに母さんが狩りに行くのは山脈の方で、動物と魔物を狩っているらしい。
動物はもちろん食べ物として、魔物はそもそも狩れる人が希少で、皮や牙が高値で売れるそうだ。プレミアと言うやつである。
本来魔物狩りは複数人で作戦をたて罠にかけて行うらしいが、なぜか母さんは一人で突っ込んで無傷で帰ってくる。
恐らくこの世界基準で考えても相当強いと思う。
なぜそんな人がこんな辺境の田舎にいるのだろうか...。
まあ、変な詮索は辞めよう。
俺にも両親に言えていない事は多いのだ。
そんなことを考えながら俺はテクテクと歩いていた。
すると少し開けた場所が見えてくる。
空き地のようだ。
そして、そこには先客がいた。
俺は咄嗟に木の後ろに隠れる。
そこに居たのは少女で、金髪の短い髪を揺らめかせながら鬼気迫る様子で素振りをしている。
まあ少女と言っても今の俺より年上なのだが...10歳くらいかな?村の子供だろう。
俺は少女を見る。
一振り一振りが丁寧で引き込まれそうなくらい美しい。
まるで絵画のようだ...。
でも様子がおかしい。
何かにとりつかれたように素振りをしている。
こっちには気づいていない...か?
思わず隠れてしまったな...。
俺がそう思い出て行こうとした瞬間。
どこからともなく声が聞えて来た。
「よし、今だ!行くぞ!」
その時草むらから二人の子供が出てきた。
一人はガリガリ。
もう一人はガキ大将のような雰囲気を纏っている男の子だ。
どちらも少女より一回り大きい。
恐らく年上だ。
「おい!、お前!前に都会から引っ越してきたよそ者だな!この村の事バカにしてるんだろ!」
ガキ大将の方が言う。
「そうだよ!俺たちの村からよそ者は出て行けよ!」
ガリガリの方が同調した。
なるほどな...いじめってやつか。
多分あれだ、怖さからくる拒絶だ。
彼らは村の外に出たことがないのだろう。
それ故村の外の人が怖いのだ。
まあ村というのは排他的になりがちだしな...。
だからと言っていじめていい理由にはならないんだが。
俺は少女を見る。
「......」
何も言わない。
無視を決め込んでいる。
素晴らしい胆力だな。
うーむ今すぐ止めるべきなの分かっているが...正直な所余り面倒事には関わりたくない。
少女には申し訳なく思うが、少し様子を見よう。
悪人だと思って居た方が実は......という事もある。
止めるのは状況が分かってからでもいいはずだ。
俺がそう思って居た瞬間だった。
「無視すんなよ!」
ガキ大将のような男の子が石を投げた。
流石に暴力はダメだ。
止めるか...。
俺はそう思い立ち上がった。
その瞬間だった。少女が動く。
「な!」
ガキ大将が驚きの声を上げるのとほぼ同時。
少女は中段の構えで距離を詰めた。
そして斬りかかるかに見えたその瞬間。
少女がガキ大将の目の前で剣を空中に置くように捨てた。
剣とは戦闘中恐らく最も注意するべき物だ。
それ故にほぼ無意識に目線は剣を追ってしまう。
その剣に集まった視線を投げ捨てる事で利用したのだ。
視線は一瞬釘付けになる。
ガキ大将はあっけに取られていた。
その瞬間。
少女は左脇から背後に回り込み、後頭部へハイキックを叩きこんだ。
鈍い音が響いた。
「ッ...」
ガキ大将は声にならない声を出しながら、気絶する。
紛れもないKOだ。
強い、早い、そして美しかった。
歴戦の猛者のような、戦いなれているような、そんな印象を受ける。
「「......」」
少女とあのガリガリの子供が数秒間向かい合う。
ガリガリの少年は目の前で起きた事を理解したようだ。
「ひ、ひい!」
そう言うとガキ大将を引きずりながら帰っていった。
とんでも無い物を見てしまったかもしれない。
少しやりすぎている感じもあったが...。
まあ...体格差も年齢差あったし、出血もしていない。
喧嘩......という事にしよう。
「?......なぜ?」
少女が俺が隠れている木の方を向いてそう言った。
これはばれてる...よな?
と言うか『なぜ?』とはどういう事だ?
まあいい。
俺は隠れていた木から出た。
少女が俺と目が合う。
今対面して気づいた事がある。
感情が読めない。
あの神と出会った時ほどでは無いが読めない。
俺は基本的に所作で感情を推測している。
しかしその所作が洗練されているのだ。
目線、立ち方、呼吸の仕方、何もかもが合理的で、感情が入り込む余地がない。
それ故感情が読めないのだ。
一体どれ程の年月を武に捧げればこうなるのだろう?
どれ程の才能があればこうなるのだろう?
これは疑問というより、尊敬に近い。
この子は武の極致に至っている。
そう確信出来る立ち振る舞いだ。
なんで10歳程の少女が...?
「「......」」沈黙が広がる。
俺が喋りかけようとした時だった。
「ッ...」
喉に何かイガイガとした物が詰まったように声が出ない。
もちろん物理的な物では無い。
単純に何を話していいのか分からないのだ。
俺は基本的に相手の感情を窺って喋ることを決めている。
演じていると言ってもいい。
そうやって喋ってきたし、生きてきた。
俺はそうとしか生きられないのだ。
「「......」」長い沈黙が広がる。
するとこの少女はまた素振りをし始めた。
「...」
どうしようか...今帰ったら『あなたが嫌なので帰ります』と受け取られないだろうか...?
今この少女が俺に対して負の感情を抱いているかどうかも俺は分からない。
大丈夫だとは思うんだが...。
どうする...?
時間が刻々と過ぎて行く。
何か行動しなければ...。
俺の自分の心臓が聞いたことも無い速度で鼓動しているのを感じた。
焦っているのだ。
仕方ない...俺は数十秒迷った末にこの少女の見様見真似で素振りを始める事にした。
この子が剣に興味があるなら、嫌な気はしないのではないだろう...と言う予想だ。
まあ嫌な顔はしていないし...大丈夫なはずだ...多分...。
俺としても剣術に精通している人の素振りを見たいというのもある。
まあこれは半分嘘だ。
正直言ってしまうとこの行動はほとんどパニックによる物である。
俺はずっとコミュニケーションを避けていたし、なにせ感情を読まずに話すというのは生まれてから初めての事なのだ。
勘弁してほしい。
――――
三十分くらい経っただろうか、俺はずっと少女の横で素振りをしている。中々異常な空間が出来てしまった。
どうしよう...。
俺はそんな事を思いながら素振りをする。
少し肩回りが痛くなってきた。
というかこの少女はいつから始めていたんだろう...。
痛くなったりしないのだろうか。
俺は素振りをしながら、ぼーっと少女を見ていた時だった。
「...力が...入りすぎ......」
少女はそう俺に話しかけた。
消え入りそうな小さな声だ。
「ッ...!」
突然の声に思わず俺の肩が跳ねる。
アドバイスか...剣に関して右も左も分からないので、こういうのはすごくありがたい。
こういう時は感謝を言葉にするんだ。
よし!行くぞ!
「あ゛り゛か゛と゛う゛!!! ございます...」
自分でもびっくりするぐらい大きな声が出てしまった。
よく考えれば俺はこの世界に来てから家族以外とコミュニケーションを取っていない。
というか思い返せば前世でも数えるほどしか演技無しのコミュニケーションはしていなかったように思う。
その弊害だろう。
演技をしていないとどうやって喋ればいいか分からないのだ。
ふと少女を見ると俺に背を向けながら素振りをしていた。
気にしていない...か?。
何を考えているのだろうか...まあいい30分で二言もしゃべったんだ。
上出来だ。
うん...。
上出来ったら上出来だ。
すると俺の中に一つの疑問が浮かぶ。
この剣術は何なんだ?
ミシーナの流派なら怒られてしまうかもしれない。
今親との関係を悪くするわけにはいかなし...聞くしかないよな。
よーし喋るぞ、喋ってやるぞ!
「あ...あの...」
俺は言葉に詰まる。
緊張だろうか。
頭が熱を帯びている感じがする。
声が上手く出ない。
「.........ゆっくりで...いい...」
そう思ていると少女は言う。
じっとこちらを待ってくているようだ。
俺が想像していたよりも優しい子なのかもしれない。
「えっと......その...なんの流派を学んでいるですか?」
よしok!喋れたぞ。
すると数十秒の沈黙の後、少女は口を開いた。
「......我流」
どうやらこの子も余り話慣れていないようだ。
それにしても我流か...。
一応速心流では無いようなので大丈夫そうだ。
よし結構話したよな...頑張ったほうだ。
俺は素振りを再開した。
――――
そうこうして数日が経過した。
俺はこの子に剣を教わっている。
まあ教わっているというかこの子の横で俺が素振りをして疲れたら休憩。
暗くなってくる前に帰宅を繰り返している。
たまに素振りのやり方や形に関してのアドバイスを貰えるのだ。
一応会話も少しずつ出来るようになってきた。
ちょっとだけ筋肉もついて来た気がする。
ちなみにこの少女も余り遅くまでやっているわけではないようだ
そして俺がなぜこんな事をしているかと言うと、やることが無いのだ。
魔法に関しては魔力量的に第七等級の魔法の練習も無理。
第八等級に関しては覚えてしまったし、剣は母さんが教えてくれない。
読み書きは出来るようになったし、常識を知るというのは学校が始まってからだ。
あと一か月程ある。
なので俺は少女の横で一日素振りをして、たまにアドバイスを貰い、ありがとうと返事をする。
そう言うよく分からないルーティンで生活しているのである。
どうしてこうなったのだろう...?
まあこの少女の嫌がっているわけではなさそうだし、問題はないはずだ。
多分。
そして最近気づいたが、この少女の隣に居ると少し安心する。
多分演じなくて良いからだろう。
両親の前では子供を演じなくてはならない。
今両親からはどう見えているだろうと想像しながら毎日を過ごす訳である。
演じるのには慣れている物の、どうしても少し疲れる。
それにこの子は特段話しかけてこない。
回数にしてい一日に2~3程度。
だから俺もむやみに話しかける事はしない。
そこそこ異常な空間だとは思うが凄くラクだ。
この子の鬼気迫る様子もある程度緩和している気がする。
俺の気のせいかもしれないが、この子も俺と同じ感情なら嬉しい。
そんなこんなで俺は今日も彼女の横で素振りをしている。
俺が素振りを初めて数十分程経っただろうか。
俺はこの少女の邪魔にならない位置に座り込む。
単純に疲れたのだ。
いつもこのぐらいの時間に成ると体力の限界がくるのだが、最初に比べて長く剣を振れるようになった気がする。
この子のアドバイスのおかげかもしれない。
それにしてもこの少女は凄い。
毎度ほとんど休憩無しで素振りをしているのだ。
物凄い集中力と体力だな。
これを真似できる日は来るのだろうか...。
ちなみにこの子は俺が見た中で多分トップクラスで美しいと思う。
可愛いのでは無い、美しい...大人の女性のような、ある種の妖艶さを醸し出している。
まるで絵画のようだ。
鬼気迫る様子が若干緩和され、少し優しい顔つきになり、それがより引き立っている気がする。
まあ素振りしてる人の絵画とか見た事無いが...。
そう思いながら俺が彼女を見ていると、彼女が口を開いた。
「ねえ...あなたは何で剣を学んでるの...?」
なぜだろう...その言葉は儚くそして悲しそうに聞こえた。
とても消え入りそうで、今にも無くなってしまいそうだ。
急にどうしたんだ?
「......自分の身を守るため......です。」
最近は俺もタジタジだが喋れるようになってきた。
この子が俺が話すまで待ってくれているというのもあるだろう。
「そう......で...本当のところは...?」
少女は素振りを辞めてこちらを見ている。
いつも話すときは素振りをしながらなのに、本当にどうしたんだ?
というか見抜かれていたのか...。
「えっと...実は...カッコイイから、とかです...」
実際のところそうなんだよな...。
別に身を守るというのが嘘と言う訳ではないが、数年前までほとんど物理的な外敵のいない環境で過ごしていたのに、急に身を守るために剣術を...!というのはやはり難しい物がある。
それに剣術を上手くなっても本気で殺しに来る相手に太刀打ちできる気がしない。
俺は剣を振るっている時間よりペンを振るっている時間の方がずっと長かったのだ。
所謂価値観の違いである。
俺は恐る恐る少女の顔を見る。
少し驚いている...というか唖然とした様子だ。
カッコイイから...やはり言うのはよくなかったかもしれない。
この人のように恐らく本気で剣術を学んでいる人にとっては、カッコイイからと言う理由は少し不純に映るだろう。
怒らないでほしいな...。
「そう......」
少女はそれだけ言うとまた素振りをし始めた。
心なしか少し笑っていた気がする。
嫌味のような笑い方では無く、本当に心から笑み。
俺はそう感じた。
初めて笑っているところをみたな。
美しかった。
「すいません。言いたくないならいいですけど、その......貴方は何で剣を学んでいるんですか...?」
俺はなんとなく聞く。
不用意な質問は良くないかとも思ったが、単純に気になったのだ。
素人の俺から見ても、熟達していると分かるような剣術。
それに至るには一体どういうモチベーションや動機があったのだろうと、気になったのだ。
「カッコいいからよ......そう...カッコいいから」
そう言いながら、先ほどとは違い明確な笑みを浮かべる。
それは何か酷く重い物から解放されたかのような笑みに見えた。
特に理由はないが嬉しい。
だが、どこか儚くも感じた。
理由は分からない。
ほとんど本能に近いのかもしれない。
「大丈夫ですか?」
反射的に俺の口から漏れ出る。
この少女が背負っていた物が酷く重いような気がしたのだ。
「......もう大丈夫...」
素振りをしながら少女は一言だけ言う。
それはさっきまでとは違い力強さに溢れていた気がする。
なんだろう。
この子に関して俺は何も知らないし、分からない。
時間にしても数日程度。
だが、この子の笑みを見ていると少しだけ嬉しい。
その日話したのはそれだけだった。
もし良ければ☆☆☆☆☆から評価。
感想をお願いいたします。
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