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過酷な世界で生きる  作者: バトルマスター幸恵
第二章 ブルグの町編
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第20話「怪物の尾を踏んだ男」


クルトとノーラの作戦会議から数か月が経過し、開戦まであと30日となった。

中年のくたびれた男は、少しうなだれるように椅子に座っている。

天幕の中には、ただ一人。

彼こそがセシル・セルビスなのだ。


そうしてセシルが若干うなだれるようにしていた時。

密偵役の兵士が垂れ幕の中に入って来た。


「セシル様...帰って参りましたよ...。」


それは兵士ではあるが、どこか親のような眼をする老人であった。


「コウ。言葉には気をつけよ。私はここの参謀兼...」


セシルの言葉を遮るようにコウという名の老人は口を開いた。


「分かっておりますとも...セシル坊ちゃん...」


「......。」


セシルは思わず黙り込む。

コウとセシルは血は繋がっていない。

それでも、兵士として最も長く連れ添った、所謂相棒であったのだ。


「では...私が集めた情報を話させてもらいますと...。軍の指揮を執っているのは第四王女であるノーラ王女。敵軍の状況は戦力が未だ集められておらず、こちらに攻め込まれる気配が無いため一度首都まで戻り貴族に援軍を頼むようです」


コウはそう言い切った。


「そうか...」


セシルは少しだけニヤリと笑った。


彼の作戦は【待つ】事なのだ。

密偵の情報が来るまで、相手の物資が無くなるまで、ジリジリと相手を蒸し焼きにしていく。

次第に相手は何をすれば良いか分からなくなり、焦って短慮な選択を取る。

それを密偵の情報を参照し、裏を付くというのが基本的な戦術であった。


セシルに言わせてみれば、このタイミングで援軍を呼びに行くというのは自殺行為。

なにせそこを攻め込まれれば指揮官の居ない状況で戦争が始まり、数少ない兵士を無駄にするのである。


セシルの頭に言葉が浮かぶ。

【今攻め込めば勝てる】と。


だが、彼は知っていたのだ。

楽な戦いはなく、そして不確定な要素は勘定に入れるべきではないと。


「目撃はしたのか?」


「していませんねぇ...」


「そうか」


セシルは考える。

ここからブルグへと攻め込む方法は概ね二つ。

草原から行くか、山脈から行くかである。


草原...通称【霧の草原】では文字通り濃い霧が生まれる。

奇襲に最適だろう。

しかしその分、軍全体の消耗は少なく、大体7日程度で攻め込む事が出来る。


山脈は単純に道が厳しく魔物が出るのだ。

軍の消耗が多く、大体15日程度で攻め込む事になる。

しかし魔物が生息している関係上、奇襲には向かないだろう。


セシルはその二択を正しく選ぶ。

それが勝利への道であると確信していた。


「そうか...ご苦労、詳細な情報は書面で頼む、下がっていいぞ」


「はいはい...セシル坊ちゃん。軽食などは...」


「いらん」


「......。」


コウは若干寂しそうにしながら垂れ幕から出て行こうとする。

その時だった。

セシルが口を開ける。


「しっかりと発見されたか?」


そう言うとコウは萎びた顔ながら、ニヤリと笑みをこぼした。


「はい。5日程前に。」


そう言うと垂れ幕から完全に出る。


セシルの密偵作戦はこうだ。

基本的に数十人という人数で、相手を捕捉。

そこから、コウ一人を密偵に向かわせ情報を得る。

そしてコウは発見され大体一か月程度の猶予を残し、帰還するのだ。


ではその一か月をどうするのか。

もし作戦を変えられてしまったら?

援軍を呼ばれたら?


端的に言えば、密偵は二人いるのだ。


一人は発見される役。

そしてもう一人がもう密偵はいないだろうと安心したところで情報を抜く役割だ。

心理学的に一度注意した物をもう一度注意するのは難しい。

探し物が一度探したところから出てくるのと同じで、一度探した場所をもう一度探そうとしても知らず知らずの内におざなりになってしまう物なのである。


コウはお世辞にも密偵が上手くはない。

老人で知識人ぶっているが、基本的に頭は悪く、異常なほど運動神経が良い。

馬のように足が速く、一般的な木を素手でへし折れるくらいには筋力がある。

発見されても帰還できるのだ。


セシルの中に、子供の頃、コウとよく遊んでいた事を思い出す。

彼にとってコウは大切な友人であり、半分親のような物なのである


「集中しなければな...。」


口から漏れる。

負ければみんなが死ぬ。

コウのためにも自分は勝たなければならない。

そう改めて決意したのである。



――――


そうして15日程経過し、二人目の密偵が返ってきた。


「只今戻りました!」


「ああ。クレイか...。」


セシルの前に、能天気そうな青年が笑顔で垂れ幕に入ってくる。

その笑顔は何処か犬のような子供っぽさを残していた。


「報告!騎馬兵400が草原に向かい、待ち伏せを行うと確認しました」


「そうか...。」


セシルは少しだけ笑う。

勝った。


そう反射的に考えたからだ。

もうすでに軍を動かす準備は出来ている。

今から山脈に向かえば、奇襲を企てている奴らに合わず手薄なブルグに攻め込む事が出来るのだ。

相手は一人目の密偵に気づいた後に、送られた情報を逆手に取るような作戦を練ったのだろう。

セシルはそう認識した。


「続けてくれ」


セシルがそう言うとクレイは若干俯き、不安そうな表情になる。


「えー...そしてですね...どうやら第二等級の存在が相手軍についているそうで...」


「は......?」


セシルは目を見開き困惑する。


第二等級や第一等級とは基本的に神話であった。

確かに数百年前、第二等級に分類される者が見つかったという記載は歴史書にある。

可能性は確かに存在している。

だが、セシルは言った。


「分かった。問題ない」


第二等級、それがもし相手に居るなら全てが無駄。

相手にそれが居たなら打つ手などないと、セシルは考えていたのだ。


「ッ...!」


セシルの言葉による物か、クレイの表情に元気が戻る。

彼は頭がそこまでい訳では無い。

コウ程何も考えていない訳では無いが...それでも賢いとは言えない程度だ。

潜入の能力は誰よりも高いが、それだけなのだ。


故にクレイは決めていた。

セシルを信じようと。

彼が大丈夫、問題はないと言えば問題無いのである。

そう思う事にしていたのだ。


「それ以外に特筆すべき事はあったか?」


「いえ...特には...」


「そうか。下がって良いぞ」


「承知しました。情報は今日中に書面でお渡しします」


そう言いながらクレイは一礼し、垂れ幕の外へ出ようとした。

その時である。


「待て...。」


セシルが言った。

クレイは立ち止まる。


彼は有利な立場に居た。

相手の立場を知り、相手の行動を読み、相手の裏をかいた。

それなのに謎の不安が彼の中で拭いきれなかったのである。

それは経験に即した物であり、根拠など無い。

強いて言えば簡単すぎるのだ。


「いかがいたしましたか...?」


「黙れ。そこに居ろ」


「はい!」


クレイは少しだけ嬉しそうである。

彼は個人的にではあるが、セシルを友人だと見なしている節があった。

付き合いもながい。

セシルも気に入っていたのである。


「はあ......。」


セシルはクレイの何も考えていない顔を見て、少し落ち着く。

自分は一人では無いと、そう思ったのだ。


瞬間気づく。

王女が最前線にいる、その不思議さに。


「その第四王女とやらはどういった扱いを受けていた?」


「扱い...ですか...。潜伏しているようなので普通、でしたね。」


「町の者からはどう扱われていた?」


「普通ですかねえ...。」


(その普通がどういう物が聞いているのだが...。)


セシルはそんな事を思いながら、一つの事実にたどり着いた。

恐らく、第四王女というのは余り好まれていないのだろうと。

クレイの口ぶりから王女は王女として認識されていない事が分かる。

それはつまり隠されていたのだ。

セシルはその原因を思い浮かべると、直ぐに気づく。


【血筋】


彼は平民からコウとクレイと共に成り上がって来たのだ。

それは異例中の異例であり、血統主義からくる迫害は想像を絶する物だった。

もし王女の血筋が平民だったとしたらならば、最前線に送られる筋は通る。

そこまで考えついた刹那、セシルは結論にたどり着いた。


今までの仮定が正しいなら、王国が援軍を差し出すはずがないと。

山脈側から移動させ、兵を疲弊。

そしてその内に援軍なり、撤退を行う...。

それを行う可能性は十分に存在すると。


「大丈夫ですか...?」


「ッ...」


クレイの言葉にセシルは肩を跳ねさせる。

額には大量の汗が浮かんでいた。

瞬間気づく。

自分が仮定の上に仮定を重ねている事に。

もしもそうだったのなら、もしもそうだったのなら。

そうやってもしもを重ねていくのは作戦では無く妄想である。

セシルはそう考えていた。


「あ...ああ。問題ない。」


「そうですか...。」


少しだけクレイは不安そうな顔をした。

セシルは若干の後悔をする。


ギリギリまで待つ作戦が裏目に出ていたのだ。

二択...。

セシルの中では草原側を選びたい気持ちが強いものの、それは仮定を重ねた物であり、端的に言うなら、選ぶのが怖いのである。


仮定とは積み木のような物であり、土台が崩れてしまえば、全てが無に帰すのだ。

土台がしっかりしていない状態で進むのは、余りに怖かった。


「少しでも良い。何か違和感はなかったか?」


「いえ...。申し訳ございません。」


クレイはペコリと謝罪する。


「そうか。構わん。」


(さて、どうするか...。)

セシルがそんな事を考えていた時だった。

クレイがボソリと口走る。


「400とは...厳しい戦いになりそうですね...」


「ッ...!!」


セシルはその言葉に目を見開いた。

彼はずっと戦わないようにするには、奇襲を受けないようにするにはどうすれば良いか考えていたのだ。

だが、クレイの一言によって気づく。

倒せば良い、と。


騎馬兵とは言え400人。

決して絶望的な戦力さではないのである。

何しろセシルには武力としてコウが居た。


彼は何度も戦争を潜り抜け、一度の開戦で、平均百程度倒すのだ。

もちろん今回もそれほど活躍するか分からないが、それでも敵兵をある程度減らすだろう。

セシルは確信した。


確かにセシルの軍は減る。

それでも勝利出来るだろうと。


(行ける。これなら行ける。)


セシルの仮定が合っていれば騎馬兵はおらず、もし間違えていたとしても倒せばよい。

単純な話であった。


「正しい二択...か。俺の勝利だ」


セシルはそう呟いた。



――――


五日ほど経過した。

厳密に言うと出発してから現在で五日目である。

自軍に無理をさせてしまっているが、もう半分以上進んでいるのだ。

あと2日もあればブルグに到着するだろう。


結論から言えば騎馬兵は存在し無かった。


(どうやら俺の仮定は会っていたらしい。今頃山脈側には罠でもあるだろうか)

そんな事を考えがら馬に乗っていた。


基本的に彼らの軍は100人の小軍隊を作り、一人の軍長を付け、それを10程作る事によって形成されている。

馬に乗っているのはその軍長と密偵兼護衛のコウとクレイそして伝令兵だけだ。


ちなみに彼が居るのは軍の最後尾である。

戦争とは戦闘に貴族が突撃する物ではあるが、彼は指揮官の役割も担っている。

そのため最後尾が最適なのだ。

彼は見栄や栄誉を重視しない。

勝つことが全てなのである。


それが成り上がれた理由であり、周囲の貴族から嫌われている原因の一端でもあった。

そうして彼が軍に追従する形で移動していると、前から伝令兵が馬に乗ってやってくる。


「報告!想定してたよりも地面のぬかるみにより軍が疲弊しております!」


「そうか...」


セシルは逡巡する。

このままいけば二日後に到着する訳であり、到着すればそのまま開戦となるのだ。

騎馬兵も結局存在し無かった。

疲弊した状態で開戦する訳にもいかない。


そうして導き出した結論はここで、休む事であった。


「では、各軍長に休憩命令を伝達しろ」


「承知しましたッ!」


伝令は元気よくそう言いうと、移動していく。


(考えていたよりも、ずっと難しい戦いだったな...。)

セシルがそんな事を考えていた時だった。


自軍の遥か後方で、パチリと爆発音が鳴った。

後ろを振り返って見てみる。

そこには雑木林から煙が立ち昇っていたのだ。


「なんだ...あれは...」


「確認してまいりましょうか?」


クレイが言った。


「必要ない。休んで置け」


「しょ...承知しました...」


クレイは引き下がる。


第八~第七等級の魔物にも火を吐く生態をもつ物もいる。

どうせそれだろうとセシルは思ったのだ。

無視するつもりだった。


その刹那、セシルの頭に浮かんだのは名も顔も知らぬ王女の事である。

結果的には騎馬兵は居なかったものの、もし矛盾に気づかなければ、クレイの一言が無ければ自分は危なかったかもしれない、そう言う自覚がセシルの中には存在したのである。

相手は紛れも無い強者。

不確定な要素はなくしたいかった。


(念のため確認に行くべきか...。)


「いや...クレイ、コウ、やはりついて来い。」


「もちろんでございます」


「はい!」


二人は返事をする。

そうして三名は雑木林まで移動した。



――――――


数十分が経過した。

三人は雑木林の中を歩いている。


そこは鬱蒼とした雑木林であり、乱雑に木々が生い茂っていた。

右を見ても、左を見ても目に飛び込んでくる風景は変わらない。

それがまた不気味であり、方向感覚を狂わせる。


セシルは若干この破裂音に罠の匂いを感じていた。

それ故精鋭部隊として三人でここへやって来たのだ。

セシルは二人にそう説明したいたが、実のところ建前である。

彼は誰も犠牲になってほしくないと思っていたのだ。


そうして数分ほど歩き、煙の元まで移動した。


「何も無いですね...。」


「......。」


何も考えていないクレイと対照的にコウは周囲を警戒していた。


「だな...。」


セシルが進軍中。

誰かに遭遇したという報告は聞いていない。

草原もある程度監視していたが、不審な人物も通っていなかった。


(杞憂だったか...?いや、調べるくらいはしよう)


セシルはそう思い、馬から降り、地面を確認するためかがんだ。

その瞬間だった。

セシルの真後ろで破裂音がなった。


「ッ...!」


彼の肩が跳ねる。

その刹那。

最悪の想像が彼の頭の中に浮かぶ。

彼の背に気分の悪い汗がつたうった。

両肩は重く、喉元に刃を突き立てられているような不快感が全身を襲ったのだ。



セシルは振り返る。


「ッ......!」


そこにあったのはクレイとコウの死体であった。

その死体は焼けており、首から上が無い。


「はッ...はあ...?」


彼の口から情けない声が漏れる。

目の前の異常な出来事を直ぐには理解出来無かったのだ。


吐き気を誘う肉の焼け焦げた臭いと、鉄の臭いを数倍にしたような血の臭いが彼の鼻についた。

それをゆっくりと感じ、目の前の事を事実だと彼の頭は認識していく。


「あっ...あっ......」


セシルが叫ぼうとするその瞬間だった。


「叫ばないでもらっていいですかね。」


セシルの後ろで聞こえた声には、隠しきれない苛立ちと、聞くものを惑わし、恐怖させるような狂気を含んだいた。

セシルは冷や水を掛けられたように、冷静になる。


いや、冷静にならざるを得なかったのだ。

一言間違えば死ぬ。

何の躊躇もなく、後ろの存在は自分を殺害する。

そんな直観が彼の中を貫くように駆け巡った。


瞬間気づく。

自身が決して関わってはならない類の怪物。

その尻尾を踏み抜いていた事に。


セシルの呼吸は段々と早くなり、全身からは発汗している。

嵌められた。

彼はそう認識していたが、そんな事はどうだってよかった。

それ以上に考えるべき事があったのだ。


クレイの言って居た第二等級。

【こいつだ】と。


「ど...どこに......」


貴様は何処に居た。

そう言うつもりであったが、声は恐怖によってまともに出ない。


「上ですよ。」


セシルはゆっくりと上を見る。

明るい空の中、一つの事に気づく。


見える雲が一本の線を引かれたように裂けていたのだ。

セシルは悟った。

後ろの人物が空を通って来たのだと。


二択。

それは間違いであったのだ。

決して二択などでは無い。


前、後ろ、右、左。

選択肢はほぼ無限にあったのだ。

それにセシルは今更気づいたのである。


「僕の勝ちです。降伏してください。」


セシルの後ろの人物は小さくそう言った。

二択だと思った時点で、既に負けていたのである。


諸事情により、一種間程休みます

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