第19話「ギスギス作戦会議」
俺は自室の扉を開け、中に入る。
「ッ...」
俺は中の様子に思わず息を呑んだ。
この部屋は俺が魔法を放出した部屋である。
ある程度荒れているのは予想していたが、そうではない。
老人が居たであろう場所。
そこから扉までは、ほとんど...いや、完全に無事だ。
傷一つないと言えるだろう。
しかし、そこから窓までは、消し飛んでいる。
壁は炭化し黒く、机は原型がない、ただの木くずの山となっていた。
どんな能力を使えばこうなるんだ...?
ふとベットを見る。
どうやら位置的に無事なようで、俺の荷物も問題ないようだ。
「はあ......。」
俺はため息をつきながらベットに入る。
あの少女と老人は一体何だったんだろう...?
思い返せすだけで全身が強張る。
老人はまあ良い。
いや、良くはないが、ただ常軌を逸している程強い。
今は神だの何だのは一旦置いてそう認識すれば良い。
だが、問題はあの少女の方だ。
俺は少女を交渉で言いくるめるつもりだった。
黒の神やカーミラにつていの情報も、今回の戦争についての情報。
一時的にだが金と戦力も...。
それらすべてを、上から、感謝される形で受け取ろうとしていたのだ。
慢心があった訳では無い。
戦っている最中は叫んでいたが、気合や勢いをつけるための物であり、熱くなり周りが見えなくなる事は無かった。
それでも俺は少女とほぼ対等の契約を結ばされたのだ。
まあ...別にそれでも良かったのだが...。
問題は賢さで勝負した結果がほぼ対等であった事だ。
確かに俺と少女には情報量に差があった。
だが、それでも俺は圧倒できると思って居たのだ。
あの少女は賢い。危険だ。
「クッ......」
落雷のような頭痛が突然俺の頭に響く。
魔法を使った影響だろうか...。
痛覚は鈍くなっているはずなんだがな。
単純に疲労から来ているのかもしれない。
「今日俺...死んでたかもしんないんだよな...」
不思議とそう思った。
別に死にかけた事も、自分より強い奴に襲われた事もある。
でも、いつだって誰かが俺の横に居た。
ふと部屋を見る。
荒れ果てた、誰も居ない、寂れた部屋だ。
俺の呟きに反応する人間はだれ一人存在しない。
自分一人で戦わなくちゃいけない。
それを考えると、真の像から不安が押し寄せてくる気がする。
出来るとは思っている。
自身もある。
だが、それとは別になんとなく、怖く感じるのだ。
一人。
それはこんなに恐ろしいんだな。
「辞めよう」
考えても解決しない事を、長々と考えてしまうのは悪い癖だ。
俺は死ななかったし、この町の人含め誰も犠牲にする事は無かった。
そう思う事にしよう。
俺はゆっくりと目を閉じた。
――――
翌日
俺達は宿の一階に集まている。
あの部屋に三人は少し狭いし気が滅入ると少女が提案したためだ。
一階は酒場として機能しているのだが、誰も居ないせいか、少女が高貴な雰囲気を漂わせているせいか、喫茶店の様にも見える。
目の前の少女はハーブティーのような物をたしなんでいた。
近寄りがたい雰囲気だ。
すると少女は効率的な笑みを浮かべながら、口を開く。
「まず...昨日の非礼をお詫びします。申し訳ございませんでした。」
ペコリと頭を下げた。
心の籠っていない謝罪だな。
「いえ...こちらこそ、申し訳ございません。ので...恨みっこなしという事で...」
「もちろんです。」
少女また効率的な笑みを浮かべながら言った。
まあ、ここまでは社交辞令のような物だ。
本題はここからである。
「では、自己紹介と行きましょか」
「そうですね」
「「.........」」
沈黙が広がる。
先にこの人相手に、自分から身分を明かすのは控えたいところだ。
どう利用されるか分かった物ではない。
多分相手も同じことを考えてるだろう。
すると少女は諦めたような顔で、若干のため息を吐きつつ口を開く。
「では私から...私はラルド王国、第四王女ラルド・ノーリーン・ノーラと申します、訳あって身分を隠しているので私を呼ぶときはノーラさんとでも呼んでください」
「ッ......」
俺は思わず息を呑んだ。
嘘...では無い...よな。
この人から感じる所作や高貴さは貴族のそれだ。
何より庶民が王族であると偽った場合、拷問からの処刑。
貴族であれば、公開裁判からの処刑だ。
嘘をつくのは余りにリスクが高い。
「そうですか。今からでも改めましょうか?」
「まさか...対等なのですから」
そう言いながらノーラ王女はわざとらしく微笑む。
どうやら不敬罪などには当たらなそうで良かった。
この人の内心はどうなっているか分からないが、交渉的にも余り下から行きたくないしな。
ふと見ると受付は、下を向いている。
そうか、この人と初めからグルだった訳か。
するとノーラ王女は老人の方を指した。
「ちなみに、彼はベルト言います。」
「そうですか。」
正直俺はこの老人が少し怖い。得体がしれないのだ。
すると、ノーラ王女が若干体を乗り出して口を開けた。
「して...貴方のお名前は?」
「知っているいるんじゃないですか?ずっと前から。」
「......」
ノーラ王女はこちらをチラリと見た。
「本当に貴方は賢いのですね。クルト・モウアさん」
だろうな。
そうとしか考えられない。
首輪の跡。
それを隠さなかったのは誰かを誘い込むためだろう。
そして誰かとは俺である。
そう考えれば受付が俺に詐欺をしたのも、俺がクルト・モウアであるか確認のためだったのだろう。
人違いであった場合に帰らせる役割もあったのかもしれない。
あからさまな詐欺をされてまで、この宿を使う理由はないだろうしな。
「ありがとうございます。自己紹介はもういいですよね」
「.........はい」
少女がニコリと笑って言う。
そう言うしかないよな。
「えっと...これに関しては言わなくても良いのですが...ノーラ王女はどうしてここに居るのですか?」
戦争と言えば国家同士を除けば、基本的に領主同士の戦いだ。
そこに王女がいる理由が分からない。
15歳と言えば一応成人ではあるが、当然戦争の全てを任せられるような年齢ではないだろう。
「うーんそうですねえ...私は妾の子、それも平民との...なので少し嫌われているんですよ。王国自身が戦争になっても別にいい、そう考えているのも大きいでしょうね」
悲しそうな表情をした。
顔だけだ。
なんとなく分かった気がする。
この王女を失墜させたい、出来れば死んでほしい。
そんな思惑が王国内の王族や貴族間であるんだろう...。
嫌われている理由は、貴族の血統主義だからだろうか。
差別以外にも優秀過ぎる事も関係してそうだ。
「王国としては戦争を望んでいるんですか?」
「んー...望んでいると言うのは言い方が変な感じもしますが...戦争をするなら今。そう考えているでしょうね。」
「あー...なるほど...」
もしノーラ王女が今回の戦争で死ねば、戦争の火種とすることが出来る。
戦争の理由が正当ならば、他国も支援しやすい。
もしかすると中立の聖王国の支援だって受けれるかもしれない。
少なくとも戦争を有利に進める事ができるだろう...。
思惑としてはそんなところか。
この町は首都から近く帝国からは遠い、もしこの町を取られたとしても、取り返すことは容易だろう...。
待てよ...じゃ何でそんなとこ帝国は攻めて来たんだ?
「帝国側の目標は分かりますか?」
「それがですね...お恥ずかしながら、分からないんですよ。一応この町で生産している魔石を奪えると言う利点はあります。ただ...首都の位置関係的に支配し続ける事は難しいでしょうし......戦争を起こしたいとしか思えないと言うのが正直な感想です」
魔石とは一部の特殊な鉱石に魔法使いが魔力を込める事により生成される物だ。
使用すれば魔力を回復することが出来る。
確かに帝国としては欲しいには欲しいだろうが...世界大戦レベルの戦争を始める事とその戦争で不利になる事を受け入れてまでやる価値があるとは思えない。
「まあ普通に考えて、あの神だろう」
ベルの言った。
あの神とは黒の神の事だろう。
「まあ...僕も個人的にはそう思いますね」
「そう...ですか...。」
ノーラ王女が少し考え込むような動作をする。
三人とも同意見のようだ。
多分、帝国の上層部に黒の神の分体か、それに準ずる人間が居るんだろう。
「黒の神についての情報をお願いできますか...?」
「はい...ただ情報と言ってもこれと言った物は無くですね...。」
少女は良いにくそうにする。
これはなんとなく本心なんじゃないだろうか。
不思議とそう思う。
まあ...俺としても余り期待はしていなかった。
黒の神はそんな簡単に自分の情報を漏らすような奴に見えないしな。
「まあ...構いませんよ。」
「そうですかでは話させていただきますと...彼?彼女?は...どうやら火を苦手としているようです。ベルに聞いたところ未知を解明されるとか...」
ああ...そう言えば、自分の本質は未知であると言って居た気がする。
未知...闇と言い換えるべきか?
そして火...松明...まあ、連想していけばそうなるのかもしれない。
多分、彼女が俺の事を黒の神の敵であると判断したのも、俺が火の魔法を使えるからだろう。
そう考えれば嘘ではなさそうだ。
「それで...」
「それだけ...なのですよね。」
「......。」
俺は思わず黙り込む。
思ったより情報が少ないな...。
まあ、あるだけましか。
そう思うとしよう。
「なるほど...大体わかりました。では...僕の体についても聞いていいですか?」
俺がそう言うと横に立っているベルという老人が口を開けた。
「俺が話そう。」
「お...お願いします。」
「ああ...貴様の体は何と言えば良いか...まあ分かっていると思うが貴様は神...この世界で言うとこの第二等級になった訳だ。」
なるほどな...まあ、予想はしていた。
それは良い。
だが、ベルの語りで一つ気になった事がある。
「この世界とは...?」
「ああ...俺はこの世界に元々いた訳では無い、お前も...多分そうなんだろ?」
「そう......なりますね」
なるほど...俺の前世と同じ世界...じゃないよな。
首をノータイムで狙ってくるあたり殺しに慣れていた。
俺の前世にそんな奴は相当珍しいだろう。
まあ...それは良い。
神など分からない事の方が多いのだ。
「で...その神というのは結局何なんですか?」
「正確には知らん。だが、分かる事もある。恐らく神とは魔力の集合体。結晶のような物だ。人間ではない...のだと思う」
「な...なるほど...?」
イマイチ分かっていないのは、俺だけなんだろうか...。
「神とは、願いだ。切実で、重篤な誰かの願いから神は生まれるのだ。無から生まれてくるように見える辺り、神とは魔物に近いなにかだとは思うのだが...正確には分からん。」
「そ...そうですか。」
「そもそもだ。神とは出生からまともな奴など存在し無い。全てが異常な存在なのだ。言わば、生命体として矛盾を孕んだ、分類できない、その他の枠。それを『神』と呼称しているだけで...人間の言う神とは違い、崇められても、信じられてもいない。」
そう...か。
確かによく考えれば見ればそうだ。
神と言っても、別に宗教上で信仰されている訳では無いもんな。
超常生物を呼称しやすいようにそう呼んでいるだけだ。
「えっと...結局、神と人間のとの違いは、何かあるんですか?」
問題はそれだ。
「権能だ。これに関しては俺達がそう呼んでいるだけだが...。願いに付随する力を得るのだ。」
俺は自分の体をチラリと見る。
願い。それに思い当たる節があったのだ。
俺はあの時、温もりと、目の前の敵を殺すに値する力を願ったのだ。
目の前か真っ赤になるような強烈な怒り。
俺の体は異常な熱気に支配されていた。
俺は火を使えるのはそう言う事なのか...?
「その...権能を使うのに、何か対価のような物はあるんですか?」
「物による。対価は魔法の原則【どれほど常識離れした事象を起こすか】に従っている...はずだ。」
ベルは歯切れの悪い答えを言う。
まあ...俺も自分の体について良く知らないし、この人も自分の事を余り知らないのだろう。
それにしても対価か...。
余り考えつかないな。
疲労や頭痛は確かにあるが...あれはどちらかと言えば精神的な物な気がする。
「なるほど...それ以外には何かありますか?」
「ない。」
ベルはキッパリと言い切った。
この人の権能について知りたいところだが...。
流石に手の打ちを晒せと言うのは失礼だろう。
俺がそんな事を考えていた時である。
ノーラ王女が立ち上がり、口を開いた。
「さて、そろそろですかね...。」
そう言い残すと唇に人差し指を当て、手招きをすると、俺の背を向け歩き出した。
ベルも追従するようにノーラ王女の後ろを歩く。
俺について来いと言う事か...?
「......?」
まあ...別に良いだろう。
ついて行っても。
二人から思っていたより情報を得る事が出来た。
戦争の情報を得られたら御の字だったのが、神の情報まで得られたのだ。
嘘ではなさそうだし、信用しても良いと思う。
俺はそんな事を考えながら、ノーラ王女の後を追った。
すると、彼女は立ち止まる。
そこはノーラ王女の部屋だった。
「ここには...結界魔法の一種である消音の魔法が使われていましてね。音が外に漏れないんですよ」
彼女はそう言った。
瞬間的に俺はなぜこの部屋を使わなかったのかと、言いそうになる。
だが、その気は直ぐに無くなった。
空気が次第に張り詰めていくのを感じ、言い出せなかったのだ。
ノーラ王女の姿は窓からのぼやけた光が逆光となり、若干薄暗く見える。
それは高貴な彼女ではなく、修羅を経験した、生き抜いてきた、そう直観させるような闇と貫録があった。
「今から、私は戦争についての詳しい情報を話します」
「はい...。」
「協力をこちらからもし出ていて悪いのですが、一つ聞かせてください。」
「......。」
俺は思わず、少女の語りと、貫録に声を失う。
「クルトさんは...ちゃんと人、殺した事、ありますか?」
「「......」」
その一言を境に、空間に沈黙が生まれた。
彼女の表情は平然としている。
だがその中に、明確な影を俺は感じた。
この人は一体どれ程の事を経験して来たのだろうか。
俺には予想もつかない。
だが、少なくともまともな暮らしでは無かったのだろう。
存在してはいけない子。
それが彼女の立場なはずだ。
俺はその時、一つの疑問が浮かんだ。
この人は貴族連中のほとんどに嫌われているのだろう。
なぜ、今まで生きて来れた?
瞬間俺の中で回答が見つかる。
殺して来たのだ。
自分にとって敵になる物を。
全て。
「僕にはやらなければならない事があります。そのためなら、誰だって殺して見せますよ。」
俺はいつの間にか答えていた。
これは、理論や根拠では無い。
しなければならない。
だから...やる。
それだけだ。
するとノーラはニコリと笑った。
その笑みは効率的なものとは違い、悲しみに満ちていたように俺は感じた。
「貴方は...眩しいですね。目を背けたくなる。」
ノーラ王女は自虐的な笑みを浮かべる。
その言葉に俺は、初めて彼女の素を感じた気がした。
俺は眩しくなんかない。
ただ利己的に...自分のために殺しをやろうとしている。
薄汚れた人間だと思う。
彼女は俺のどこに眩しさを感じたのだろうか。
俺はそんな疑問を浮かべた時。
ノーラ王女は、手を大きく叩く。
その顔は効率的な笑みが浮かんでいた。
「さて、では作戦会議と行きましょうか。」
今のはなんだったのだろうか。
そんな俺の疑問をよそに、作戦会議は始まった。
――――
俺は彼女から概ねの情報を聞いた。
まとめると、まず、敵にはセシル・セルビスという軍師がついており、兵数は約1000程度。
対して自軍は三人である。
ノーラ王女を抜けば二人だ。
俺とベルだな。
経緯としては、ベルがこちらに来るはずだった兵士を全て斬り伏せ...そして自分が護衛に名乗り出たそうだ。
兵士は全て生存していたため王国はこれを反逆の意思はないとして処理したのだ。
そして護衛として任命したらしい。
大分無茶苦茶に思えるが...圧倒的な強者に対して法を執行するのは正直無理だ。
全ての兵を出撃させ犠牲を許容するならば、ベルを倒すことは出来るのかもしれないが、彼曰く「八割は殺せる」だそうだ。
王国側の損害を出したくない気持ちと、ベルに問題を起こさせ、ノーラ王女を失墜させたい勢力が上手く噛み合ったのだろう。
そもそもこの世界の戦争とはどれ程人数を集めるかではなく、どれほど等級的に優れた人間を集めるかで勝敗が決まる。
それを考えればさほど不思議ではないのかもな。
ちなみにノーラ王女からセシル・セルビズという男の経歴と地理地図を見させてもらった。
地理地図はまあ...良いとして。
俺の目に止まったのは戦歴だ。
ドルメルド帝国とは基本的にずっとどこかしらと戦争をしているような国であり、セシルもまた数多の戦に赴いていたようだ。
最近はまあ...世界情勢的にも帝国は威嚇程度の攻撃しかしていないが...。
それでもセシルが率いた戦争は全てが圧勝に終わっていたのだ。
彼の勝利は相手の作戦を利用した物がほぼ全てなのである。
敵が背後を襲われないように崖下に陣取るなら、逆に上から攻め込んだり、敵が軍の構成を対人攻撃に割り振り、魔物対策を手薄にし、安全な位置から進軍するなら、魔物を敵のところまで誘導したりなのだ。
まあ、賢いのもあるだろうが、俺はその作戦の取り方に違和感を感じたのだ。
相手の策や考えを予想するのは難しい。
なぜなら相手が最善の選択肢を選んでいると仮定しなければならないからだ。
自分が相手の状況であればAの選択を取る。
事実それが最善であっても相手は単純に思いついていないかもしれない。
相手の考えや選択を予想するのはどうしても不安定になるのだ。
そして、最も不可解だったのは、戦力的にかなり負けている状況だけではなく、セシルは戦力で有利を取っている状況でそれをしていたという事だ。
相手がその選択肢を取ると言う確信があるのである。
つまり結論単純にセシルの精神がイカレているのか、何か確定した情報を得られる手段を確保している、そのどちらかという事だ。
まあ現実的に考えて後者だろう...。
そして、情報を得る手段。
それはきっと【密偵】もしくはそれに準ずる物だ。
今分かっているのはそれくらいだろうか。
正直、思ったよりもずっと情報が多い。
どうやってこれほどまで情報を得たのか聞いたところ、はぐらかされてしまったが...。
多分。
今回は結構余裕だ。
なんとなく俺はそう思った。




