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過酷な世界で生きる  作者: バトルマスター幸恵
第一章 過疎村編
14/23

間話「アリアという女性1/2」


アリアという女性は順風満帆に過ごしていた。

ラルド王国の首都ラルドに住み、毎日を過ごしていた。

彼女はタダの平民であったが、身分の話で困ったことは無かったし、両親に学校に通わせてもらう事もできている。

恋人はいなかったものの、友達はそれなりにいたし、なんの不安も無く過ごしていた。



そんなある日の事。

15歳の誕生日...寒く薄暗い日である。

その日アリアは誕生会という事で日が落ちるまで友達の家で遊んでいた。

就寝時、彼女は疲れていたがようだが、なぜか余り眠れていなかった。

ベットに入っていると、時間が無駄になっている気がしたので学園から出された課題を家で行っていた。

そんな時である。

彼女はふと後ろに気配を感じ、振り向く。



彼女の視界には、いつも通りの質素な自室が目に入った。

彼女の家は裕福ではないが、貧乏でも無い。

そんな一般的な家だ。

当然部屋には彼女一人...いつものと同じ、そのはずだった。

そのはずだったのに...ある言葉を聞いたのだ。


「ああ...面白くなりそうだね」


それはとても透き通るような声で、声を発していたのが男性か女性かその時の彼女には分からなかった。

瞬間彼女は音源の方向を見た、そこには闇に星屑を散らしたような、宇宙色としか形容出来ない液体が存在した。

それが床に水溜まりのを作っていたのだ。


その瞬間気づく。

その液体が自分の足から流れでている事に。

つい先刻彼女は学校で転びすり傷を負っていた。

その擦り傷から宇宙色の液体が流れ出ていたのだ。

彼女が驚愕していると、宇宙色の液体は有り得ない質量を持って膨れ上がり、人の形を成していく。



そこに居たのは。

中性的な、少女にも少年にも見える、赤みがかった黒い髪の人に似た何かがいた。

その顔は逃げだしたくなるような、この世の物とは思えないような、恐怖を催す美しさだった。

見た目は人間。

だが、彼女の目にはそれがまるで人間に見えなかった。


「いやー...全く傷口からは辛い物があるね。次は死体にしてみようか。」


アリアはその透き通るような声を聴いて、生まれて初めて死を感じた。

死が目の前にあるのを感じたのだ。

彼女の体に恐怖がまとわりつく。

思わず膝をついてしまいそうになる。


「うーん...まだ生きてもらうと困るんだよね」


その瞬間目の前の生命体が、揺らめいた。

彼女の視界が180度回転する。

今度は自分の状態を完璧に理解した。

自分の首が、切断され。

空中を飛んでいる、と。


その瞬間。

アリアの人生。

その一回目はそこで終了したのである。


次の瞬間全身に強烈な違和感と圧迫感をアリアは覚えた。

彼女が必死に耐えていると、唐突に世界が明るくなる。

彼女は赤子に成っていたのだ。

そうして彼女の二度目の人生は始まったのである。



—————


それから彼女は黒い神によって引き起こされる。

確定された死を避けるために全力を尽くした。


両親に15歳の誕生日。

旅行に出かけようと提案したのだ。

彼女は品行方正に過ごし、勉学は常に一位。

運動はそこそこであったがそれでも世間一般から才女、神童と呼ばれていた。

そんなおしとやかで優秀な娘が、初めて我儘を言ったのだ。

両親は叶えてあげたいと感じたのか、その提案を承諾した。

目的地はラルドから北に数日ほど移動したところにある海だ。



そうしてちょうど海に到着する日が誕生日に成るように調節し、アリア一行は移動していた。

数時間が経過しただろうか。

その瞬間。

彼女は上下に波打つような振動を経験した。

彼女が海に行くために乗っていた馬車が大破したのだ。


そこにはかつて両親だった物の肉片が飛び散っていた。

どうやら悪夢と呼ばれる魔物に襲われたらしく、彼女自身も右腕が千切れ飛び、大量に出血していた。


彼女は死ぬのが怖かった。

黒の神に殺された時。

あの瞬間に刻みつけられた恐怖は彼女の心を着実に蝕んでいたのである。

彼女は怯えて生きていた。

何が原因で死ぬか分からなかったからだ。

何かを失敗してしまうと、それが原因で自分が死ぬかもしれない。

そう言う強迫観念がずっと存在していた。

故に、才女、神堂と呼ばれるほど、努力して生きていたのだ。



彼女は痛みも忘れただ走った。

後ろからは悪夢が轟音を鳴らしながら追ってくる。

彼女は錯乱状態だった。

自分が死ぬと言う恐怖。

両親が目の前でしんだ衝撃。

こんなところに来なければという後悔。

全てが混ざり合い、何も分からなくなっていのだ。

彼女は時間も分からなくなるほど走った。



そうしてついに彼女は崖に追い詰められる。

あても無く走り回っていたのだ。

いつかはこうなっていただろう...その時彼女の中にあったのは、絶望でも後悔でも無かった。

彼女の中には希望と感動があったのだ。


彼女は見ていた。

崖したの生命の息吹を感じさせる。

圧倒的で威圧的な森。

そこからは鳥の囀り、風により動く木々の音が聞こえていた。

それはまるで生きている森であった。


そして遠方には、無限を想起させるような、地平線の彼方まである海。

そこからは海風により感じる潮の匂い、若干の波の音が聞こえていた。

首都から出た事のない彼女にとって、この世で最も美しいとすら感じていた。

そして何より、彼女は気づいたのだ。


世界が広いという事に。


アリアの世界はずっと狭かった。

学校と家の往復。彼女は自分が良い成績をとる事が死を遠ざける事に繋がっていると考えていた。

だが、そうでは無かった。

物理的な話である。世界は広い。

安全な場所はある。

死なない場所はある。

それに気づかされたのだ。


そして彼女の中に在ったのは、出来るならそこへ行きたい。

出来るなら、世界をもっと見てみたい。

そう言った感情であった。


「ああ...世界は......こんなにも美しい。」


彼女の口からそうこぼれる。

その瞬間後ろから追って来た悪夢によって、二回目の生涯を終えた。



それから何度も人生を謳歌し、その度死んできた。


彼女が最初に行ったのは自己の強化である。

恵まれた事に第五等級の魔法を数度使用しても平気な量の魔力を持っていたため、氷系統という比較的使いやすいとされる魔法を幾千回と使用し、氷系統の魔法を詠唱短縮で使用することに成功した。

これによって戦の中で距離を取らず、瞬時に魔法を使用できるようになったのだ。


次に考えたのは剣術の強化である。

筋力の強化と違い、剣術ならば次に持ち越すことが出来ると考えたためだ。

『もし次が無かったら...』そのことは頭に無かった。

ただ世界を見てみたいと、歩いてみたいと思ったのだ。



この時の熱狂はある種の狂気を孕んでいただろう。

そうしてもう何十回目かの人生を終え、彼女は強くなった。

何度も死に、何人も殺した。

感情は希薄にはり、ただ世界を歩く、見て回るという目的のために生きていた。

あの光景を求めて...あれ以上の光景を求めて...そう念仏のように唱える。

彼女にとってはそれでよかった。


いや、そうで無ければならなかった。

自分の境遇や黒の神について考えてしまうと心が壊れてしまうから。

考えないと言う最強の防御手段により自己の心を守っていたのだ。



彼女の精神の拠り所は二つ。


一つ目は世界を歩く、見て回るという目標がある事。

本当にそれをしたいのか、それをして何になるのかはもう本人にも分からなかった。

ただ自分には目的がある。

そのために生きていると言い聞かせ、自己暗示したのだ。

そうで無ければ何のために生きているか、本当に生きているのか分からなくなりそうだったから。


二つ目は剣術だ、彼女には剣術の才能が無かった。

恵まれた魔力量や平均的な学力とは違い、絶望的に才能が無かった。

だからこそ彼女は剣術を極めようとしたのだ。

終わりが無い...あと何回生き返り死ぬのか分からない。

長い...長い暇つぶし...。

それには剣術がちょうどよかった。



それに彼女はほんの少しだけ、楽しんでもいた。

才能は依然として無かったが、それはそれとして剣術好きだったのだ。

剣術は格好が良い、剣を振っている自分も格好が良い。

剣を振る理由はそれでよかった。

よく学び、よく訓練をし、よく勝利し、たまに負け...死ぬ。

そしてまた学び、訓練をして、以前より勝利し、そして負け...死ぬ。

それを何度も何度も何度も繰り返した。

その強さに対しての感情は盲信に近かった。

強くなれば何かが変わるはず、と。



そして数百回程彼女の人生は終了し、人生は始まった。

そしてその時。

レンティーナ・アリアに純粋な技量のみで勝てる剣士は片手で数える程度となっていたのだ。


何百回と座学を繰り返した事による強固な基礎。

物理的に自分の体で実験することにより作りだした、効率的な自分専用の筋力トレーニング。

圧倒的な実戦経験で培った土壇場の判断力。

詠唱短縮が可能になった氷魔法。

何度も死んだことによる恐怖そのものへの克服。

そして何より、時間の暴力と言える程の努力量である。


攻守共において隙は無かった。

しかし少し問題もある、それは彼女が己をごまかして生きているという点だ。

彼女はもう死んでもいいと思っていた。

死そのものに対する恐怖はとうの昔に消えた。

だが、彼女がやりたい事は既に無くなっていたのだ。


別にやりたい事も無いし、特段目的もない。

剣術が完成した今、現実逃避として己の能力を高め続けると言う手は封じられたのだ。



そのため彼女は自分には世界を見たいと、目的があると、そう言い聞かせそれに依存していた。

目的が無ければこの長い長い生を過ごすことが出来なかった。

何度も何度も死ぬ、家族と居れば家族ごと...友達と居れば友達ごと死ぬ。

助けようとしても助けられない。

なにせ真っ先に自分が死ぬのだから。


どれだけ己の能力を高めようとそれは変わらない。

まるで運命のように、そうなる事がすでに決まっているようであった。



問題はまだある。

剣術のプライドだ。

彼女は才能の無い。

本当にゼロから、いや、マイナスの状態から、数百年の鍛錬、座学、実戦によって最高峰へと上り詰めた自負。

自分に勝てる物など存在しないという自信があった。


彼女の精神はもうボロボロの状態だった。

幻覚や幻聴は見えていたし、訳の分からない吐き気や倦怠感。

何もしていなくとも冷や汗が止まらなかったし、呼吸は荒れていた。


それでも彼女の精神が完全に壊れなかったのは、己には目的があるという自己暗示、そして剣術では負けないと言う自信だった。

それらが彼女の終わらない人生の中で見出した微かな希望であったのだ。


実際一部の例外を除けば、時間だけで言うともっとも鍛錬をした人間だろう。

もっとも剣術に対して真摯に向き合い、もっとも時間をかけてきた。

なまじそれが事実なのが良くなかったのだ。



もう回数も分からなくなった、推定数千回目のある人生で彼女は両親を殺害した。

理由は母親が星空教という新興宗教にはまり、自分と父親を殺害しようとしたためだ。

アリアは母に襲われた。

そのためほぼ反射で彼女は母を殺害したのである。

そしてそれを見た父が発狂したのだ。

うるさかった。

それだけの理由で彼女は父を殺害したのだ。



何度か殺害した気もするが、一度も殺した事が無い気もする。

彼女はもうほとんど、前の人生の記憶を覚えていなかったのだ。

覚えていて数百年程度である。

それは単純に人間の脳みそとしての限界だった。

そのため彼女が両親を殺害したのが、初めてかどうかは分からなかったのだ。


彼女からしてみれば、記憶はないのに、辛いという感情だけが降り積もっているような感覚だ。

どうしようも無いのである。


ちなみに彼女は両親を殺害した事に罪悪感はなかった。

確かに気分は悪かったが、もう数百年以上気分が良い時期が無かったので、関係ないのだ。

泥水の中にインクを垂らしたような物である。


ふと彼女は外に出てみた。

今回の人生はこれで終わりにしようと思ったのである。

だから彼女はラルド王国首都で適当に人を斬っていた。

理由は特にない。

なんとなくである。

もう彼女の感情はほとんど無きに等しい。

どうでも良かった。


彼女の見ている世界は常に緑がかっており、人の顔も歪んで視認できいなかった。

恐らく壊れかけの精神状態によるものだろう。



そうして適当に殺しまわっていた時、化け物の集団が現れた。

ここは首都ラルド...恐らくどこかしらの軍隊が動いたのだろうと理解した。


彼女の顔を見た瞬間軍がはけ、一人の男が出てくる。

瞬間彼女は気づいた。

顔が見えるのだ。

男の周辺だけ、正常な世界に見えていたのだ。

緑がかっておらず、顔も歪んでいない。

これは彼女にとって数百年ぶりであった。


彼女は男を注視する。

その男は白髪のしおれた老人だった。


やせ細った...およそ生命の息吹を感じない...。

貧相な体である。

黒いローブを被っており、浮浪者のようだ。

老人は剣を装備している。

それはボロボロの一振りで壊れそうな剣であった。

さび付いている。さやから抜けるかも怪しい...そんな代物だ。

剣士として強いはずが無い。だが、それでも彼女は警戒していた。



なにか生命体としての次元の違いを感じていたのだ。

あれは恐らく神に関係する者。

少なくとも、部屋に入ってきたあの少女とも少年とも言えないあの物と関係があるのだろう。

彼女はそう結論付けた。

そうして睨み合いが数分間続いた後に戦いは開始された。


結論から言うと彼女は敗北した。

彼女が最上位の剣士と戦う時はいつも身体能力で負けている。

それは単純な魔力量の差だ。

第五等級の魔法をふす複数使用可能な魔力量とは、最上位のレベルの剣士と比べるとかなり少ないのだ。


最上位の剣士と言うのは、魔法に恵まれず、特殊魔法は使えなくとも、それを使用可能なほどの魔力量を備えている物である。

故に彼女は身体能力をカバーするように技量を伸ばしたのだ。



だが今回は違った。

身体能力で圧倒していたのだ。

相手はこちらの動きについてこれず、力は強いようだが動きは愚鈍である。


そしてその男は剣を抜いていない。

戦う気が無いのか、こちらを舐めているのか。

彼女にそれは判断がつかなかったが、身体能力で圧倒しているという事だけは分かった。


彼女は小手調べとして心臓を前から一突きにつく。

もちろん相手の技量が分からないので、いつでも剣の間合いから抜けれる体制を整えつつだ。

しかし彼女の期待と予想は裏切られた。



練習用の人形に刺すように、ズブリと心臓に刺さったのだ。

刺さった...それはいい。

だが問題は抜けなかった事だ。


見ると老人が右手で剣を握っている。

本来なら刺した時点で致命傷...動けるはずのない損傷だ。

それでも老人は元気にその場に佇んでいた。


予想外だある。

だが、彼女は予想外の事があるかもしれないと考えていた。

瞬間的に刀を捨て、後ろに引き、距離をとった。

それでも老人は動かない。

その刹那。

老人は呟いた。


「生命としての次元が違う」


その瞬間彼女の首が飛んだ。

彼女は確実に攻撃が当たらないであろう、位置まで距離を取っていた。

だが、それでも首を飛ばされた。

彼女はそれに、黒の神とであった時と同じ理不尽を感じた。


自分の体が見える。

これは黒の神に殺された時と同じ状況だった。

こんな事は相当の技量が無いと起こらない。

皮、骨、筋肉、血管、神経...首にある全ての物を一瞬で、かつ完全に斬り飛ばさなくてはいけない。


それはつまりあの老人が相当の技量があった事を示していた。

少なくとも彼女と同等だったのだ。

しかしその技量は戦いの中では、使われていない。


それほどの技量があれば、避けられる前提の突き攻撃なんて食らうはずが無いのだ。

それなのに食らった。

避ける必要が無かったのだ。

なぜならあの老人が言った通り、生命の次元が違うから。

心臓を斬られても問題ないから。


それらは座学や鍛練、死線をくぐり抜けた事による度胸や、判断力では決して補いきれない、絶対的な差だった。


己があと何十年、何百年と努力を続けたところで決して埋められない生命体としての差。

彼女はそれを心と頭同時に、かつ完全に理解してしまった。

そして彼女は思う。

私のこれまでの何十回もの人生達は何だったのか...?と。



最初は世界の風景を見るという純粋な目的だった。

そのために剣術を学びはじめ、剣術が格好良いから楽しいと感じ、戦いでの勝利を求めはじめた。

そうして彼女は最終的にプライドを持つに至ったのである。


別にそれは問題ではない。

問題なのは、そのプライドその物が彼女の個性となり、目的となり、依存になっていた事だ。自分は強い。目的のために自分は努力している。その事実だけで、彼女はギリギリの所で精神を保っていたのだ。その二つが彼女にとっての希望だった。


そして今、彼女の自分は強いというプライドは消え去ったのだ。


ここから何度蘇っても、何度死んでも、勝てはしない。

永遠に。

彼女にとっては本当に永遠に勝てないのだ。

それは彼女にとって生きる意味その物の喪失である。

レンティーナ・アリアの心はこの日、完全に壊れたのだ。



そうして彼女はまた数百回の人生を終えた。

だが、それでも彼女は死なない。

生きる意味が無くなっても。

既に彼女は世界の風景を見る。

その大本の目的さえ忘れ去っていた。


それから彼女は、生きていなかった。

死んでいないだけである。

ただボケっと同じ毎日、同じ一生を何度も何度も繰り返していた。

彼女にとって人生は無いも等しいのだ。

剣を振る理由はもうない。

それでも体だけが習慣で剣を振っていた。



なぜ剣を振っているのか。

強くなっているのか。

意味はあるのか。

誰に問うても、自分に問うても返ってくるのは静寂だけだ。


何十もの人生を終わらせた。

ただただ理由なく首都をでて、適当に歩いた。

体の赴くままに...

女の感覚としては夢を見ている状態に近いだろう。

思考はない。

植物に近い。



そんな無限とも言える狂気的な日常の中。

そんなある日。

彼女は一人の少年に出会った。



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