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過酷な世界で生きる  作者: バトルマスター幸恵
第一章 過疎村編
11/23

第10話「過酷」

俺はアリアの頬につてい血を拭く。

すると、目に見えてアリアの顔色が変わっていた。

返り血から察するケインを殺したのだろう...。

人殺し。

重い物を背負わせてしまった。

出来るならその業を俺も背負っていきたいと思う。


咄嗟に謝るのではなく、感謝に切り替えれてよかった。

こういう時は不謹慎でも、謝罪ではなく感謝だ。

それが正しいかは分からないが、そうすべきだと俺は思った。


「痛てぇよお...」


ハルトが今にも泣きそうだ。

足に傷が入っている。

一応俺の服を少し切り取り巻き付けた事で止血は出来ている。

そこまで傷も深くはなさそうだが早急に手当てをした方がいいだろう。

この世界には十分な医療設備がない。

もし膿んだりしたら手遅れになる可能性もある。

とりあえず村に戻らなければ...。


「アリア、少し肩を貸してくれない...?」


「いや、大丈夫。私が持つから...。」


そう言ってヒョイとハルトを担いだ。


「グ...痛てえって...」


ハルトが悪態をつく。

痛そうだ。

可愛そうに...。


「アリア...あんまり雑にしちゃダメだよ...」


「ええ...分かってる。行こう」


「そうだね」


そうして俺達は山を降りて行った。



――――


十分程経っただろか...俺達の乗ってきた馬車が見えてくる。

ハルトも落ち着いたようで、アリアの背で少し眠っている。

沢山の事が起こった。

今は寝かせてあげよう。

彼も疲れたのだろう。

俺も疲れた。


俺達は馬車に乗り込みハルトを丁寧に寝かせる。


「じゃあ行くよ。」


アリアはそう言うと馬の手綱を握っていた。

どうやら彼女は馬を操れるらしい。


「うん...村までお願い」


ゆっくりと馬車が動き出す。

流石に疲れた...。

結局あの騎士たちの目的は一体何だったのだろうか。

分からない。

気の狂った狂人だったとしても、あの甲冑を着た二人は仲間ではないのだろうか。

あの二人から感じた恐怖。あれは死への恐怖とも受け取れる。

その場合、自分達が死ぬことを知っていた事になる。

なぜ...?ますます意味が分からない。


俺がそんな事を考えていた時だった。

大地が揺れた。


「ッ...!」


俺は全身を強張らせる。

なんだ...?


大地の揺れは30秒程度で収まっていく。

なんだ...?何が起きた...?

地震...にしては短いよな。

そもそもこの世界に地震なんてあるのか?

少なくとも俺が過ごして来た7年間では無かった。

なんだろう。

物凄く嫌な予感がする。


「クルト、大丈夫...?」


アリアが振り返って言う。


「うん...問題ないよ、ハルトも大丈夫」


ハルトはぐったりとしているが、血も出ていないし、熱も無い。


「よかった」


「アリア...何か物凄く嫌な予感がするんだ、出来るだけ早く村に向かってほしい」


「了解。」


そうして再び馬車が動き出す。

ふとアリアが何かに気づいたような仕草をする。


「ねえ...魔物の気配ってした...?」


前を向きながら静かに言った。

その一言で空気が変わるった気がした。


俺達はそもそも魔物狩りが目的で山脈に入った。

ケインがあの凶行を行うために魔物の少ないルートを移動していたとしても、あそこまで居ない物なのか...?

いやアリアが疑問に思って居るという事は、普通一体くらい遭遇しているのだろう。

それが気配すらしない。


「してないね...全く、普通ならどれくらいで魔物に出会うの...?」


「うーん、そうね...私たちは、山脈に入って1時間はあったし、本来なら、少なくとも一体は確実に出会ってるはず。」


「...なるほど」


ケイン達が先に魔物を倒していたのか...?

いや、聖王国からの道のりと到着時間を考えると、そんなことをしている時間は無かったはず。

誰かが糸を引いている、まあ大体予想はつくが...。


「実際なんで襲って来たんでしょうね...」


「ああ...多分。裏に居るのはあの黒い神だよ。」


「...どうして...?」


「目的を予想しても少しずつ矛盾するんだよ、戦争の火種をつけるため、王国との交渉材料にするため、単純にこの村を襲うため、全部もっとやりようがあったはず...全ての目的に矛盾があるんだ」


それはつまり、今現時点での俺達には見えていない何かしらの目的があるという事だ。

あいつは未来が見える的な事を言っていた。

もし本当に未来が見えると考えれば、この行動が未来に置いて、何かしらあいつに有利な作用をすると考えられる。

もしそうなのだとすれば、現時点で相手の行動が意味不明に映るのは当然だ。


まあ総合的に考えて未知なる神。確率は低いがカーミラの可能性もある。それか俺の知らない神か...とりあえずこ辺りだな。



「...そうなんだ。まあとりあえず村に向かいましょうか」


アリアは理解して居なさそうだが、信じてはくれているようだ。

俺達はそうして、村へ向かった。






――――


恐怖を駆り立てるような静寂の中。

そこには四人の死体があった。

一人は神父と二人の甲冑を着た男。

そしてケインである。


二人の甲冑を着た男。

その斬り飛ばされた首から、闇に星屑を散りばめたような色の液体が流れ出ている。

誰が見てもそれは、この世には存在しない色であろう事は理解できるだろう。

その時だった。

液体はひとりでに動き人間の姿をかたどっていく。


「プッ...ハア!うーん...なかなか死体移動は苦しいものがあるね」


そこには、少女にも少年にも見えるような姿の人に似た何かが赤黒い髪をなびかせ、ただ佇んでいた。体の一部が服を型取り色がつく。

それはもう既に一般に服と言われる物体へと変わっていた。


おもむろにケインの頭を持ち上げる。


「おーい、起きてくれないかい?」

ケインの目がパチリと開く


「ッ...!私はいったい何を...?」


ケインはどうやって喋っているのか首だけで命を保ち、生きていた。


「...は?え...私は...一体...どうなって?」


「うーんそうだね。生き返らせた、とはちょっと違うけど...。まあ少し命を延長させたのさ、時期死ぬよ」


非情にも神はそう告げた。

ケインは少し驚いた様子だったが、次第に落ち着いたようだ。

受け入れているようにも見える。

この状況で命が少し伸びただけでも幸運であるとそう考えたのだ。


「我が主カルンスタイン様。私を含め四人分。これで人数自体は達しております。これで...良かったでしょうか?」


不安そうに問う。

カルンスタイン様とは聖教で崇められている神である。


ケインはこの神とある種の契約を結んでいた。

それは四人分の死体を集める事。

アリアを入れて四人のつもりではあったが、これでも問題はないのだ。

そして神側が出した条件はケインの妹がかかっている病を治す事である。

彼の妹は血を吐き衰弱していた。

病名は消耗病。つまり結核である。

それの治癒を神は申し出たのだ。


「うーん...そうだねえ...時間稼ぎはしてくれたし、死体も用意してくれた、ギリギリセーフってとこかな...あそうか、伝わらないのか...大丈夫。君の妹は僕が治してあげよう」


その一言を聞き満足したのか、ケインはゆっくりと目を閉じアリアとの戦いを思い返す。


ケインは聖教徒である。

神の教えは絶対であり、従わなければならない。

当然ケインはこの神との契約など無くとも従うつもりだった。

だが、日に日に弱って行く妹。病状故に隔離するしか無く、もう数か月咳しか聞こえていない。

それ故、欲が出たのだ。

ほんの少しだけ、信仰とは別に、元気な妹を見たいと、欲が出たのだ。

ケインは思う。


欲故に負けたのだろうと。

ほんの少しだけ、聖教徒である自分と、ただの兄貴である自分で、揺れてしまったのだ。



「我が...主に......感謝............を」


そう言い残し。

ケインは意識を落とした。

絶命したのだ。


「............バイバイ。出来れば...安らかに眠るんだよ。」


その声は母親のようなある種の慈愛に満ちていた。

それが演技なのか、本心なのかは誰にも分からないだろう。


そうして黒の神はパチンと指を鳴らす。

神ケインの妹が不治の病から生き返った少女として有名になるのは、まだ先の話である。






―――――


俺達は馬車を出来るだけ飛ばして村に戻ってきた。

現在地は村の入口に当たる。

俺達は馬車から降りた。

ハルトは疲れて眠っているので、馬車に残したままである。

無理に起こすのも悪いと思ったのだ。


「なんだよ...これ...」


俺は村を見る。

そこには業火によって燃えている俺の村があった。

俺が七年過ごして来た村だ。

ここにはみんなが居た。

不便ながらも俺が望む全てがあった。


見ると大量の悪夢の死骸、そして山脈で嗅いだのと同じ血液による鉄さびの匂いと、それとは別に肉が焼けるような強烈な吐き気を催す匂いがする。

俺の唇がベトベトする。

油が蒸発し空気中に舞っているのだ。

気分が悪い。


一体何が起こったんだ...?ふと横を見るとアリアも放心状態になっていた。

目の前がチカチカとする。

現実だと分かっているのに認めたくない。


「モウア!」


そう聞きなれた声が聞こえてくる。

父さんだ。

父さんの体は無数の傷、砂埃でドロドロになっているが致命傷ではなさそうだ。

無事とは言い難いだろう。

だが、少し安心した。

生きていたんだ。


「父さん...どうなってるの...?」


俺が現状を聞くために父さんに話しかけた。

その瞬間だった。アリアが俺を守るように前に出る。


「逃げろ、モウア!」


俺の視界の端から黒い影が入り込んだ。

二体の悪夢だ。

甲高い音が鳴る。

アリアの氷刀と突っ込んでくる悪夢のかぎ爪がぶつかったのだ。


もう一体が俺の脇を通り抜ける。

俺の見ている世界がゆっくりになった気がした。

俺の背中に脂汗が滲む。

俺達の後ろ。

そこには当然馬車がある。

そして、その中には寝ているハルトが居るのだ。

俺は咄嗟に振り返る。


それと同時に轟音がなった。

俺の目の中に、悪夢によって破壊された馬車が飛び込んでくる。

体当たりによって粉砕されていたのだ。


「ハルト!」


咄嗟に声がでた。

ゆっくりと、崩れた馬車から大量の血液が流れ出ている。


馬車からは呻き声一つしない...。

死んだ。

潰れて死んだ。

俺の頭は冷酷にもそう俺に告げた。

俺の頭は素晴らしく良い。

多分常人の何倍も。

だから一度異常な事態に直面したなら、二度目の異常な事態はもっと早く理解出来る。

出来てしまう。

ハルトはもう、この世にはいない。


「【破り難き土骸(アルエド)】」


父さんが言った。

その瞬間。地面から二体の土の人形は生え、その手が悪夢達を刺し貫いていた。

魔法の図鑑に載っているのを覚えている。

これは魔法は第四等級の土魔法だ。

こんな事が出来るなんて...知らなかった。


「モウア...!大丈夫だったか」


そう言いながら父さんは俺を包み込むように抱き着く。

俺の体は温もりに包まれた。

少しだけ...少しだけだが、落ち着いてきた気がする。


ハルトが死んだ。

冷静になどなれはしない。

だが、それでも俺の頭は回り続けていた。

悲しむのは後で良い。

今はただ、この状況を切り抜ける事だけを考えるんだ。


「父さん...俺は大丈夫だけど..みんなは...?」


「......。この先の森、そこを抜ければレオスという町がある。少し歩きでは遠いが、そこに逃げるんだ。」


父さんは一瞬の沈黙の後。

矢継ぎ早にそう言った。


そうか、そうだよな。

みんなは無事では無い。

そんな事、村の惨状を見れば直ぐに分かったはずなのに、父さんに聞いてしまった。みんな大丈夫だよ、と。

父さんのいつもの優しい顔を期待してしまったのだ。


見たところ悪夢の襲撃にあったのだろう。

レオスに逃げる事。

それ自体は賛成だ。

それ自体は。


「父さんも、母さんも...みんなで、今から一緒に逃げるんだよね?」


父さんの後ろの火はパチパチと恐ろし気な音を立てて、村全体を燃やしている。

それが父さんの死を暗示している気がして、物凄く気分が悪い。


「ごめん。」


父さんは短くそう言った。


俺は父さんの意図を察してしまった。

ここで死ぬ気なのだ。

魔物は追ってくる。

誰かが止めなければ森は突破出来ないだろう。

レオスまで追ってくる可能性もある。


誰かが止める。

その誰かを父さんはやろうとしているのだ。

父さんが固有魔法を使ったのを初めて見た。

その力があれば出来るのかもしれない。

ああ...分かってるよ。

だから何だと言うのだ。


「嫌だよ...ねえ。父さん...。」


父さんを抱きしめる力が自然と強くなる。

自分でも我儘を言っているのは理解している。

言ってもどうしようもない事なのも理解している。

でも、それでも、言わずにはいられなかった。


「お願いだよ父さん。母さんを連れてさ......アリアと...みんなでさ...。」


俺の声は自然と震えていた。

言葉が上手く出てこない。

なんでだよ。

俺が何したってんだよ。

やっと家族に成れたのに...こんなのあんまりじゃないか。



なんでだ...なんでなんだ。

俺は平和に暮らしていたかった。

それだけなのに。

やっと見つけたのに...。

これを引き起こしたのは、恐らく黒い神だ。

悪夢は群れる魔物では無い。

それにケイン達の目的が不透明な事からもそれは推測できる。



俺があの神に変に絡んだのがいけなかったのか?

俺が世界大戦を止めるなんて、思わなければ良かったのか?

まさか。そんな訳はない。


平和に生きたい。

安全に、楽しく暮らしたい。

それは極々平均的な欲求のはずだ。

安心を望んで一体何が悪い?

平和のために尽力する事の何が悪い?

悪い訳が無い。悪いのは黒い神だ。



「父さんお願いだよ...。」


俺は擦れる声で言った。

その瞬間。父さんが口を開いた。



「僕だって...嫌だよ...。」


俺の心臓がドクリと鼓動した気がした。

俺の背に汗がじんわりと滲む。

得も言えない罪悪感が俺を貫いた気がした。


これは父さんの、心の底から出た本音だ。

そりゃあそうだ...。

当たり前だ。嫌に決まってるよな。

俺は父さんの頼りがいのある、優しい胸から離れた。

俺の言葉は全て父さんの決断を鈍らせる事になる。

俺が近づけば決意が鈍る。


今の俺には何もできない。


「ごめん。」


俺はそれだけ言い残してアリアと共に、レオスへ走りだした。

ふと俺の頭の中に世界大戦の事が浮かぶ。

そう言えばまだ、父さんと母さんには言えていなかった。

もし、それを言えていたのなら今の状況は変わっていたのかもしれない。

根拠はないし、論理的な繋がりも無い。

言うなれば願掛けに近いだろう。

だが、不思議とそう思ったのだ。






―――――


リドロフは走る息子とアリアの背を見ていた。

今さっきの言葉について逡巡する。


「僕だって...嫌だよ...。」


あの一言は決して言うべきではなかったのだ。

最も良くない時に、最も良くない言葉が口からこぼれてしまった。

確かにモウアを遠ざける事は出来た。

だが、あの言葉は酷く傷つけてしまった。

恐らく癒えようがないくらいには。

リドロフはそう思った。


そして彼の中にあったのは、【謝罪】だった。

自身の息子に対しての謝罪。

不義理をしたことへの謝罪。


「ごめん...。」


今度はモウアに聞こえないように、自分の口を手で押さえそう言った。


そうしてリドロフは村の中へ移動する。

周囲には火によって倒壊しかかっている家。

そして、悪夢によって踏み荒らされたみすぼらしい畑。

さらに、その畑の上には何十匹もの悪夢の死骸があった。


悪夢のかぎ爪は若干緑に変色している。

悪夢は群れる魔物ではない。

これが原因かとリドロフは思った。


周囲を見回す。

死骸の中心にはミシーナがいた。


彼女はほとんど一人で悪夢を倒していたのだ。

ミシーナが悪夢を討伐している内にリドロフがモウア達を見つけるという作戦である。

リドロフはミシーナに駆け寄った。

彼女の体は既にボロボロだ。

致命傷は抑えているものの、全身から出血している。

特に腹部からの出血がまずい。

血が止まらず、川のように血が大量に流れている。


「ミシーナ!モウアは逃がした、きっと大丈夫だ。」


リドロフは力強くそう言った。

根拠はなかった。

だが、そう言うべきだと思ったのだ。


「そう、よかった...」


いつもの大きな声ではない。

しおらしい、消え入りそうな声である。


「ミシーナ...まだ頑張れるかい...?」


リドロフは言う。

彼は自分でも言って居る事が非情であるとは理解していた。

ミシーナを休ませて上げたかったし、もう戦わせたくなかった。

だが、こう言うしかないとも理解していた。

リドロフはミシーナと長く苦楽を共にしてきた。

だからこの一言が正しいと知っていたのだ。


ふとリドロフは山脈の方を見る。

そこには雪崩のように迫ってくる悪夢達がいた。

恐るべき速度で村に向かっているようで、地響きは村まで聞こえている。

数としては数百と言ったところであろうか、まず間違いなく死ぬ。

二人ともそう直観した。


「全く...。貴方って人使い荒い時あるわよね。」


そう言いながらミシーナは少し笑う。

リドロフに頼られているのが嬉しく、まんざらでも無かったのだ。


「火の神アグニよ穢れなき火を生み出したまえ、第八等級、ファイヤーボール...」


ミシーナは小さな火の玉を手の中に生成させる。

それを腹部の傷に当てた。


「ッ...!」


彼女は苦悶の表情を浮かべる。

肉の焼ける臭いと音が響き渡った。

無理やりに止血したのだ。

するとミシーナは息を整え、そして口を開いた。



「私は!ラルド王国直属!元第四大隊副隊長!速心流免許皆伝者!第四等級クルト・ミシーナ!」


戦場を震わせるような咆哮で名乗りを上げた。

速心流に伝わる作法である。

速心流は技の性質上、戦う時死と隣合わせになる。

もし死んでしまった時誰かに覚えていてもらえるように、死に近づいた時臆さないために、そう宣言するのだ。


ミシーナがリドロフの方を見る。

つまりやれという事だ。リドロフは速心流ではないし、そもそも剣士ではないのだが、それはミシーナにとってはあまり関係の無い事である。


「僕は、ラルド王国直属、元第四大隊隊長、第三等級クルト・リドロフ...」


リドロフはそう言った。

リドロフとミシーナは約10年ほど前、騎士であったのだ。

歳により退役した訳である。

そして二人は平和を求めこの村にたどり着いたと言うのが、二人の簡単な経歴だった。

ふとリドロフは自身の息子を思い浮かべる。


「そうか...言ってなかったか...。」


リドロフは呟いた。

彼は息子に自分たちの事をまるで話していなかった事に気づいたのだ。

信用していなかった訳では無い。

彼は自身の息子と話す時、一人の男としてある種の敬意に近しい物を持って話していた。


だが、そこには子供と親という絶対的な関係があった。

つまり対等では無かったのだ。

親子であって友達ではない。

信用はしていても頼ろうとはしていなかった。

親だから、守ってやらねばと思って居たのだ。

リドロフは後悔している訳では無い。

まして罪悪感を感じている訳でも無い。


ただ、自身の経歴を話していない事が、喉に小骨が引っ掛かったような気がしたのだ。

話していれば何かが変わったかもしれない、と。



「さて行きましょうか!」


ミシーナが言った。

良い意味で空気を読めていない大きな声である。

空気が若干軽くなったようにリドロフは感じた。



「ああ...分かってるさ。」


リドロフがそう呟くと、ミシーナは少し安心するような表情を浮かべ、さも当然のように悪夢達に突撃した。

数は数えきれない程。

ほぼ確実に死ぬ。

だが、そんな事ミシーナには関係のないのだ。


リドロフはミシーナを追う形で悪夢に突撃した。

魔物たちはもう目の前まで迫っている。

そうして、二人の戦いが始まったのだ。




―――


戦い始めて数十分が経過した。

基本的にミシーナが前に出て一撃で一匹切り殺す。

その隙を狙っている別個体をミシーナの後方にいるリドロフが魔法で牽制。

ないし殺害を行う。

そして万が一にも囲まれないように、少しづつ下がりながら戦うのだ。

魔物の群れを相手取る時の基本的な戦術である。


ミシーナの動きは素晴らしく洗練されている。

一撃一撃は正確に悪夢の頭部を叩き潰し、確実に絶命させる。

一撃必殺。速心流の真価であった。

そして、その圧倒的な攻撃を支えるようにリドロフが第四等級魔法【破り難き土骸(アルエド)】を使用し、悪夢による攻撃をミシーナに当たらないようにするのだ。

連携は完璧。

安定もしている。


その頃になると目に見えて数は減り、既に半分を切っていた。

現役の時ならいざ知らず、今の二人では勝機はないとリドロフも負けず嫌いミシーナでさえ思っていた。無論諦めている訳では無いが、戦場で生きて来た勘が言っていたのだ。

これは無理だと。


だが、今はどうだ。

村はもう完全に崩壊し、地面は荒れ果て無残な姿に成っているものの、悪夢の勢いは完全に止められ、数を減らしている。

ミシーナの動きは疲れによってかなり鈍っており、数度攻撃を受け流血しているが、致命傷はなく、まだまだ動けている。

リドロフも同様に数度傷を負ったが、致命傷では無いし、魔力も彼の体感では六割程度残っていた。

勝てるのではないか?そんな希望がリドロフの中に生まれた。

その瞬間だった。


「ああ...クソ...!」


ミシーナがリドロフの横で膝をついた。

囲まれないよう距離を取るため、そこまで引いてきたのだ。

咄嗟にミシーナを中心に固有魔法によりドーム状に土壁を作る。


「どうした!大丈夫か...!?」


「ええ...もんだいな...グッ!」


ミシーナが顔中からから出血していた。

顔色は青白く汗が滲んでいた。


「毒...なのか...?」


リドロフは呟いた。

悪夢は毒を持つ魔法ではない。

だが、そもそも悪夢は群れる魔物では無い。有り得ない事は既に起きている。もう何が起きてもおかしくないのだ。


ふと悪夢のかぎ爪が変色している事を思い出す。

恐らくそれのせいだ、と。リドロフは直感した。

モウアに会った時、もうすでに攻撃は食らっていた。

あの時既に毒は体内を侵していたのだ。


「ああ...クッソ.....」


ミシーナが悔しそうに言った。

速心流は読んで字のごとく、特殊な体技で心拍数を急上昇させ、身体能力を爆発的に上昇させるのだ。

そのため、リドロフより毒の回りが早くなった訳である。


「リド...ごめん...。」


見る見るうちにミシーナの顔から生気がなくなっていく


「ああ...そう言う事か...。」


リドロフは察した。

ミシーナは戦っている最中、毒に気づいていたのだ。

だが、言わなかった。

もう手遅れなのも知っていたし、言えば動揺させてしまうと反射的に思ったから。


「リド...落ち...ついて...」


声が次第に小さくなる。

リドロフは出来るだけ耳を近づける。

彼の手は震えていた。


「あいつらを......倒...し...て...」


そうしてミシーナはゆっくりと目を閉じ、死んだ。

感動的でも、劇的でもない。

それはあっけない死だった。

毒で人間は死ぬ。

簡単なミスで人は簡単に死ぬのだ。


「ああ......嘘だ...。」

それは小さな小さな、慟哭だった。


「ッ...!」


リドロフの顔中から出血していく。

全身が重く、とても眠たい感覚にリドロフは襲われた。

死ぬ。

そう直観する。

その時だった。

ミシーナの一言が彼の中で反芻する。


【倒して】と。



「ああ......倒してか......君らしいね......。」


リドロフがもう長く生きられない事をミシーナは知っていた。

だから、【生きて】ではなく。

【倒して】と言ったのだ。

息子のために。


リドロフは髪をかきあげた。

その姿はいつもの情けない姿ではなく、男らしい覚悟を決めた姿だった。

昔騎士をしていた時と同じ髪型である。


「全く。仕方ない...最後の一仕事と行こうか」


リドロフはドーム状の土壁を解除した。

悪夢によるかぎ爪が彼の体を貫いた。


「ああ......綺麗な星空だ。」


優しく呟いた。

空には美しい星空。

見る者を惑わせるような妖艶さと、見ていると引き込まれて、戻れなくなるような、そんな美しさが存在していた。


リドロフは毒のせいか痛みを感じていない。

数十体の悪夢は彼がもうじき死ぬと察しているのか、ニヤニヤとリドロフを見ていた。



「虫...共が......」

精一杯の悪態をつき、最後の魔法を使用した。



リドロフは固有魔法を二つ使用できる。

一つは【破り難き土骸(アルエド)】という第四等級の魔法。

そしてもう一つは【星呼び(ルナ=エラ)】という第三等級の土魔法である。

それは人間の限界点に存在する魔法だった。


リドロフの体はゆっくりと灰に成って行く。

第三等級とは彼が現役だった時の肩書だ。

第三等級の魔法など、もう逆立ちしても使えない。

だが、リドロフは身体の全てを使用し、星呼びを使用したのだ。


ふと地上に影が生まれる。

そして空にあったとのは【星】だった。

所謂隕石である。

村に落とせば完全に原型ごと吹き飛ばし、町に落とせばその破壊力により経済を止める。

そんな魔法だった。


その時、彼の頭にあったのは自身の息子がよぎる


「.........モウア......生まれて来てくれて.........ありがとう。」


そう言い残し、リドロフの意識は落ちた。

今日、この日。

リドロフは灰になって死んだのだ。




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