第9話「惨劇」
数日が経った。
あの事件以降、あのガリガリの少年からの接触はない。
接触は無いというより、多分あれはもう黒い神ではないんだろう。
彼の家の様子を窺った所普通に生活していた。
どういうタイミングでどうやって化けていたのかは分からないが、彼から敵意のような物は感じなかった。
もう大丈夫だろう。
ちなみに名前はキールというらしい。
初めて知ったな。
彼の名前を今まで知る事は出来無かったのは、恐らく魔法だろう。
ただ、俺の知る限りそんな魔法はない。
多分だが、神のみが使える魔法のような物があるんだろう。
いったいどれほどの魔力を使用したのだろうか...?
そもそも魔力を消費するだけでこんな事が出来るものなのか...?
俺はどうやら魔法それ自体に対する理解が足りていないらしい。
魔力とはそもそも何なのか、なぜそんな超常的な事が出来るのか...。
一応魔法の教本を読んだり、父さんに聞いてみたが特に回答は得られなかった。
多分父さんが知らない、知識が無いという事では無くこの世界の人間がまだ解明していないのだろう。
まあ魔法の事はゆっくりと調べていくとして...。
問題は数日後教会で魔物と戦うという訓練があるという事だ。
まあ魔物といっても山脈の麓まで移動し第八等級の魔物と戦うだけだ。
第八等級の魔物は知能もなく、小動物より少し大きいだけ。
しかし厄介なことに精神汚染の能力はしっかりと持っているのだ。
端的に言うと、早いうちに精神汚染を食らって耐性をつけて置こう、という事である。
ここまでは良いのだが...。
今日は教会の本部、へルネス聖王国から第五等級の騎士が一人と第六等級の騎士が二人ほどやってくる。もし万が一にも俺達が強力な魔物と遭遇した時、討伐するためだ。
うーむ...怪しい。
第五等級の騎士と言うのは、国防において相当の戦力なはずだ。
確かに第四等級や第三等級の騎士に勝てはしないだろうが、それでも大切な戦力だ。
いくら聖王国が中立の立場にあるとはいえ、ドルメルド帝国とラルド王国が睨み合っている状況で、送り出すだろうか。
しかもここ、コルケット村は田舎とは言え王国領だ。
神父のような戦力を持っていない人間ならいざ知らず、第五等級の騎士なんて他国領にそう易々と入れないはずだ。
一応関所もある訳だしな。
何かそのリスクを受けてでも行うべき目的があると考えるべきだろう。
ちなみにこれをアリアに相談してみると「前回はこんな事なかった」とつぶやいていた。
そもそも前回のループで俺はいなかったし、それを当てにするのは良くないだろう。
今は村の入口で騎士たちを教会のみんなで待っている状況だ。
新しく村に騎士が来るというのは珍しく、入口に少し人だかりが出来ている。
「お!見えてきたぞ!」
近所の農家のおっさんが言う。
よく見ると遠方に馬車が見える。
「スゲえ!本当に来るんだよな!」
ガキ大将のハルトが興奮している。
そういえば将来は騎士になりたいと言っていた気がする。
なれると良いね。
「失礼のないようにしてくださいよ...」
神父がハルトをなだめている。
ちなみに神父は40代くらいの中肉中背の中年だ。
黒いローブを着ている。
俺がそうして二人の会話をボケっと聞いていると、馬車はいつの間にか村に到着し、そこから騎士が降りて来た。
一人は茶髪の自信に満ち溢れた青年だ。
とても爽やかな好青年という印象だな。
ちなみにほとんど甲冑を着ていない。
確かアリアが、剣士の中で速さを武器にしている者は鎧を嫌う場合があると言っていた。
多分この人はそうなのだろう。
そして後の二人は同じ甲冑をつけている。
顔が見えないな。
おそらく前者がリーダーで第五等級。
後者が第六等級だろう。
「長旅ご苦労様でした、よくお越しくださいましたね...」
神父が前に出る。
「はい。今回はお呼びいただきありがとうございます!」
茶髪の剣士が言う。
見た目通りとても爽やかな声だ。
格好いい。
イケメンという奴なのだろう。
見ると奥様方が若干うっとりしている。
「あの男、強い」
アリアが俺に耳打ちする。
「アリアより?」
「まさか」
するとアリアはニヤリと笑った。
この子にとってはイケメンとかは余り関係ないらしい。
ちょっとだけ安心した。
俺は不細工とまでは言わないが、突出して顔が整っている訳では無いからな。
すると茶髪の騎士は膝を折り、俺達に目線を合わせる。
「こんにちは!私の名前はケイン。よろしくお願いします」
そう言い手を伸ばした。
子供相手でも丁寧なんだな。
騎士道って奴なのだろうか。
それとも聖教の方にそういった教えがあるのかもしれない。
「おお!俺はハルト!よろしく!!」
ハルトが興奮気味に手を伸ばし、握手をする。
彼は12歳。
前世なら小学六年生。
情緒としてはこんな物なのかもな。
「神父様。そちらの準備が整いましたら。直ぐにでも行きましょう!」
ケインが言う。
「まあ構いませんが...長旅お疲れでしょう...?すこし休憩なさったらどうですか?宿はありませんが、教会には一応休める設備はありますよ...?」
「いえ問題ありません!」キッパリと言った。
少し急ぎすぎでは無いだろうか。
ここから聖王国領まで、最短経路でも馬車で10日から15日ほど。
確率は低いが魔物だって出るときは出る。
楽な旅では無かったはずだがな。
「そ、そうですか...お連れ様も大丈夫ですか...?」
二人の甲冑を着た騎士に話しかける。
「あ、ああ!大丈夫だ...そうだよな!」
「お...おう!」
うーん、何だろうか...。何かおかしい。
顔が見えないので大雑把な推測には成るが、この二人の感情は恐怖だ。
「ねえアリア...もし何か不測の事態が起こったら、頼んだよ」
一応そうアリアに言っておく。
いまいち彼らの目的が分からないな...。
まあ、でも俺の考えすぎという事もある。
あの二人は魔物と戦った事がないから怖がっている...とか。
「...?ええ、もちろん」
アリアは言う。
良く分かってないらしい。
そうしていると神父がこっちを向く。
「分かりました...予定は変わりましたが...では皆さん今から準備をお願いします。」
「「はーい」」
―――――
そうして俺達は一度家へ帰り準備をし、この場所に戻って来た。
俺は母さんから短剣を一本借りて来た。
ハルトは大人用の剣を装備している。
重そうだ。
少なくとも振れそうにはない。
まあ格好をつけたい年頃なんだろう。
分かるよ。
俺もそう言う時期はあった気もする。
ちなみにあのガリガリの少年は年齢を理由に親に止められたようで、今回は不参加である。
ハルトと同じくらいの年齢に見えたがな...。
親が過保護気味なのかもしれない。
ふとアリアを見ると、
彼女は短剣と大人用の剣の中間程度の長さの剣を装備していた。
アリアは少し鍛冶の心得があるらしく、自分で作ったと言っていた。
大人用の剣を折り、研いだそうだ。
重心の位置がぶれないようにするためか鍔も削っている。
一体どこで鍛冶技術を学んだのだろうか...。
そんな事を考えている時だった。神父が馬車を取ってくる。
「では行きますよ!」
神父は言う。
そうして俺達は馬車に乗り込んだ。
――――
俺達は今神父が持ってきた馬車に乗っている。
ケイン達の馬車は後ろから追従していた。
「本当に、ついて来てしまって良かったのですか...?」
馬を操りつつ神父が俺に聞く。
俺がこの中で最年少だからだろう。
まあ、そう見えるよな。
「ええ、問題ないですよ...両親にも許可を取っています」
俺は第五等級の精神汚染を食らっても問題はなったし、精戦闘力的にも俺は一応第八等級の魔法なら使用できる。
問題ないだろう。
「そうですか...まあそれならいいんですが...」
そもそも馬車に乗ってしまったんだ引き返せないだろう。
「心配しなくても大丈夫だぜ!俺が魔物をぶっ殺してやるからな!」
ハルトが立ち上って言う。
俺は知らなかったのだが、いつのまにかアリアと和解していたようで、割と普通に話しかけてくる。
精神年齢に差があるし当たり前か。
俺としてもあれは若干やり返し過ぎな気もするし、当人同士が解決しているなら口を挟むことは無い。
ちなみにハルトは一応アリアに謝罪したようだ。
平和で何よりだと思う。
「ええ...頼もしいですが...余り前に出すぎないでくださいね...」
神父がなだめる
「おう!分かってるぜ!」
本当に分かっているのだろうか...。
まあアリアもいるし、騎士もいる、戦力は十分すぎるか。
そう思いアリアを見ると、思い切り寝ていた。
よくこんな揺れる馬車の上で寝れるよな。
俺はもうお尻が爆発しそうだ。
俺はそんなことを思い他愛ない会話を繰り広げていた。
20分ほど経っただろうか、馬車が止まった。
ハルトが真っ先に馬車から飛び降り、俺達も追って馬車から降りる。そうして俺達の山脈探索が始まった。
――――
山脈は鬱蒼とした森が広がっており。
若干傾斜がついている。
当たり前だが、地面は整備されておらず、岩肌が露出している所もある。
危ないな。
騎士三人組が最前列。
神父が最後尾で中間に俺達という布陣だ。
前にいる騎士達が魔物を警戒しつつ、神父が俺達が遅れていないか見てくれている訳である。
ウキウキなハルトと対照的にアリアはとても眠そうだ。
彼女は大体の物ごとに興味が無い。
長い年月を生きていたのだろう。そりゃあそうか。
ちなみに俺といる時、彼女は眠そうでは無い。
どうやら俺は彼女にとっての楽しみや、新鮮さを提供できているらしい。
それが結構嬉しい。
そうして歩き始めて10分程度が経っただろうか、少し開けた場所に出てきた。
ここらへんで探索に入るのだろうか。
傾斜がついていた休みづらいが、正直少し疲れた。
ここらで休みたい。
俺はそんな事を考えながら、少し前を歩いているハルトを見る。
とてもウズウズしていた。
そういえば歩いている時余り話していなかった。
魔物を警戒している騎士の邪魔にならないよう配慮していたのだろう。
12歳でそういった配慮が出来るのは素晴らしい事だと個人的には思う。
そんな事を思い、ハルトを見ていると、もう限界だと言わんばかりに口を開いた。
「なあ!あんた騎士なんだろ!どれくらい強いんだ!」
まあ...よく耐えた方だと思う。
初めて魔物と対峙するという事で緊張もあったのかもしれない。
「そうですね。どれくらい...と言われれば難しいですが、第五等級程度ですね。」
ケインは足を止めて言った。
「そうなのか!固有魔法は使えるのか?!」
「ちょっと、ハルト君!」
神父が少し怒鳴るように言う。
怒鳴れてはいない。
神父は優しいし、余り声を張り上げるような人では無いのだ。
怒鳴るという事は固有魔法を聞くのは良くない事なのかもしれない。
「一応第四等級の固有魔法を一つだけ使用する事が出来ます。そうですね...。神父様。少し良いですか?」
「はい...?」
ケインは神父を呼びつける。
神父はゆっくりと近づいた。
「ええ...どうしました...?」
どうしたんだ...?
話の流れ的に神父は関係ないように思えるが...。
魔法の実演でもするのだろうか。
攻撃魔法と違い第四等級の魔法は、全てが攻撃という訳では無い。
まあ、ほとんどが攻撃らしいが...。
でも、なんだろう...。
凄く嫌な予感がする。
根拠はない。
ただそう思った。
するとケインが呟いた。
「......ありがとうございます」
ケインの茶髪が揺らめく。
その動きを俺が認識した刹那。
甲冑の騎士二人と神父の首が飛んだ。
一瞬の静寂が生まれる。
音もなく、生き物の声すらしない。
そんな恐怖を駆り立てる静寂だった。
俺の見ている世界がゆっくりになっていく。
なんだ...?何が起きた?
俺の頭が瞬間的に真っ白になる。
何も理解出来無い。
いや、理解したくないのだ。
すると地面に神父の首が落ちた。
ボトリという音が俺の耳に入った気がする。
俺はその音源を見た。
見てしまった。
その時、神父の生首と目が合う。
その顔には驚愕すらなく、ただ困惑の表情が残されていた。
首元からは大量の血液。一体何が起きたんだ?
息が出来ない。陸で溺れてしまいそうだ。
俺の全身から嫌な汗が滲みでる。
声が出ない。
動けない。
俺が目の前の事を飲み込めずにいた時、アリアの声が響いた。
「逃げて!!!!」
「う...うああああ!」
ハルトが半狂乱になりながら山脈を下って行く。
その声と鼻につく鉄さびの臭いが目の前の現実を俺に理解させていく。
神父は殺されたのだ。
ケインに殺されたのだ。
その時あったのは『なんで?』という疑問だった。
神父は子供たちを愛していた。
そして愛されていた。
死んでいい人じゃなかった。
何で...?
その時俺の頭に言葉が浮かぶ。
『おまえのせいだ』
ああ...そうかもしれない。
いや、確実にそうだ。
この騎士に関して不審な点は山ほどあった。
なぜ見落とした?なぜ大丈夫だと思った?
俺なら気づけたんじゃ無いのか?少なくとも、こうはならなかったんじゃないのか?
いくつもの疑問が頭の中で渦巻く。
俺は動かない頭で一つの解を導いた。
ああ...そうか。俺は慢心していたんだ。
何とかなると思っていた。
神に二度も邂逅し生き延び、対等とは言えないまでも、ある程度渡り合ってきた。
今回も何とかなると、どうにでもなると...そう思ってしまったのだ。
だが現実はこれだ。
何も出来ていない、
俺がもっと予想できていれば、俺がもっと考えていれば、事前に母さんを呼ぶなり、アリアに神父を守ってもらうなり、なんだって出来たはずだ。
足先が冷える、寒い訳じゃない。
動けない。
気づくとアリアと剣士が斬り合っていた。
俺はどうするのが正解だ?何が出来る?どうすれば良い?
思考がまとまらない。
今の俺には何も出来無い。
自分のミスで目の前の惨状を引き起こし、挙句尻ぬぐいを他人にさせてしまっている。
俺が頭を使う担当だったのに、気付かなきゃいけなかったのに...それしか出ないのに。
その瞬間だった。
「クルト!!...ハルトを頼む!」
アリアがそう叫んだ。
「ッ...!」
俺の肩が跳ねた。
そうだ...ここは山脈。
魔物が居る。
第六等級程度ならいても不思議はない。
それに遭難のリスクもある。
追わないなければならないんだ。
呆けている暇なんて無い。
アリアに頼むと言われたのだから。
頼む...その一言だけで勇気が湧いてくる。
この子の言葉は勇気が湧いてくる。
進むべき道が見える。
いつだってそうだ。
彼女の言葉は温もりをくれる。
俺なら出来ると自信をくれる。
俺は一歩を踏み出した。
その一歩で俺の頭は再び回転を取り戻した。
「アリア...ケインは任せるよ!」
俺はそう言い残しハルトを追った。
三人称視点です。
―――――
激しい剣戟と轟音が山にこだまする。
アリアは基本的な身体能力で劣っているものの、圧倒的な技術によって打ち合えていた。
正確に言うと、一撃一撃の攻撃を完璧に流しているのである。
ケインは攻撃を行う度に、若干姿勢を崩されていた。
それにより連撃で抑え込めないのだ。
するとケインは距離を取る。
彼は目の前の少女が己の身体能力では突破出来無い明確な障害であると認識したのだ。
アリアは動かない。
「はあ......はあ...」
彼女は既に肩で息をしていた。
年齢的に体力がそこまで備わっていないのだ。
ケインのこの行動は彼女からしてみればある種ラッキーであった。
アリアはクルトが山を降りていくのを横目で見る。
彼女はクルトに一抹の申し訳なさを感じていた。
自分であれば、ケインの剣を止められたかもしれない。
それが出来ていれば彼にこの凄惨な現場を見せる事もなかったと考えたのだ。
事実としてケインが三人を殺した時、アリアはあの場に居た中で唯一動揺していなかった。
それどころか瞬時に魔力を体に循環させ、臨戦態勢に入ったのだ。
動けなかった訳では無い。
しかしケインが不審な行動を見せた時、咄嗟に神父ではなく、クルトを守るように位置取ってしまったのだ。
アリアは剣を構え直す。
正中線に剣を置く中段の構えだ。
するとケインはゆっくりと口を開いた。
「逃げなくていいのですか?」
「逃がしてくれるの?」
「.........」
ケインは黙る。
逃がすつもりなど当然ないのだ。
「ねえ...高潔な騎士様が子供を脅かつもり?そもそもあの甲冑の二人は仲間じゃ無いの?」
アリアは言う。
本気で訳を聞きたい訳では無い。
それはクルトの役目であると思っていたから。
だが、クルトが離れる時間を稼ぎたいのだ。
「問題ありません。私は騎士である前に聖教徒です。我が主がそうおっしゃるなら、私は己を捧げると決めたんです。彼らもそのためなら満足していますとも」
ケインは格好の良い笑みを浮かべる。
その瞬間アリアは周囲に霧がかかっている事に気づく。
「やられた...。」
彼女の口から漏れた。
ケインの言葉に意味があったかは分からない。
だが、それは時間稼ぎだったのだ。
奇しくも両者の思惑は一致していた訳である。
こんな事なら速攻を仕掛ければよかったと一瞬彼女の頭によぎる。
それほどにこの魔法や厄介だったのだ。
アリアはこの固有魔法について知っていた。
これは【手探りの強制】という第四等級の水魔法である。
己の姿を霧の中に隠し奇襲をするという魔法である。
物理的な威力こそ無い物の範囲と持続性に優れた魔法だ。
もう既にアリアの目の前にケインは居ない。
霧は更に濃くなり、もう一メートル先程度しか見えていない。
もうどこから襲われても分からないのだ。
「騎士を捨てた...か......。」
ボソリと呟く。
アリアは騎士と言う身分から、余り卑怯な真似はしないだろうと考えていた。
確かに何の根拠も無い物であったが、騎士とはそう言う生き物なのだ。
名誉、栄誉、見栄、名声、この類の物に命を掛け、死ぬ。
それが当たり前。
そのはずだった。
だが、ケインは騎士である事を捨てたのだ。
何の目的かは分からないが、プライドを捨てていた。アリアは知っている。
こういう相手がどれ程の脅威になるかを。
瞬間。
アリアは捕縛する事を諦めた。
殺す事に決めたのだ。
アリアは思い切り息を吸い込む。
「花よ、咲き誇れ~貴方の胸の~なかあああで~!!!純氷よ、凍てつかせ~貴方のそば~まあああで~!!!」
彼女は歌い出したのだ。
出来るだけ大きな声で。
そして彼女は構えを解き、両手を広げる。
「私はここに存在しているぞ!!!!全力で...」
全力で来い。
そう彼女は叫ぶつもりだった。
その時、もうケインは彼女の後ろで剣を構えていたのだ。
刹那、斬りかかる。
狙うは首元。
確実なる死角。
殺意の籠った確実に殺すための一撃。
勝った!
ケインは反射的なそう思った。
轟音が鳴る。
首と剣の接触音だ。
アリアの首は飛び宙を舞う。
そのはずだった。
ケインの目の前にあったのは、宙を舞っている折れた自分の剣であった。
アリアの首元へ視線を移す。
そこには分厚い氷に守られた首があった。
彼女の歌はただの挑発では無い。
【純氷よ】の部分。
あれはクリエイトアイスの詠唱なのだ。
ケインは三人を殺した時。
わざわざ一度で殺すために呼びつけた。
別に一人ずつでも良かったのに、わざわざ呼びつけたのだ。
逃げられないようにするためかとも彼女は考えたが、にしては逃げたクルトを必死に追うような様子は無かった。
故に、一度で殺したがるのはケイン独自の癖だと考えたのだ。
首を狙うという癖。
それを利用し、魔法を使った訳である。
彼女の魔法は小さく、首元に集中する代わりに圧倒的な堅牢さを実現していた。
「なんでッ...!」
ケインはほんの一瞬。
ほんの一瞬だけ動揺した。
それは一秒以下。ほんの少し、ほんの少しだけの心の揺らめきだった。
「経験の差。」
アリアはそう呟きながら冷酷に剣を振るう。
瞬間。
茶髪が宙を舞った。
斬られた彼の首がボトリと地面に落ちる。
ケインの首から噴水のように血が噴き出し、アリアの体へ力なくもたれかかった。
勢いがついていたので前側に倒れてきたのだ。
血が彼女の頬を濡らす。
気分が悪くなるような生温かさに、鉄さびの不快な匂いが鼻につく。
この体では初めての殺人である。
彼女はいつもそうだった。
殺人の後は強烈な不快感に襲われる。
慣れる事は未だ無いし、きっとこの先も生涯無いだろう。
そう感じる程の不快感。
だが、それでも彼女は何度繰り返しても今の選択を取っていたし、間違えているとは思わない。
しかしそれとは別に拭えない不安と後悔に全身を包まれているのだ。
人間を人間たらしめる何か大切な物が崩れ去って行く感覚である。
ふと見ると、ケインの飛ばされた首は安堵と安らぎ表情を浮かべていた。
それはとても異常な様子であり、この世の物とは思えなかった。
思わず身震いする。何か入ってはいけない領域に入った気がしたのだ。
「やめよう...」
彼女は【考えるをやめろ】そう自分に言い聞かせる。
死んだ者は蘇る事は無いのだ。
そう無理やりに自分を納得させ、山脈を下り始めた。
五分程度が経っただろうか
「何で...うう...痛いてえよお......」
「大丈夫だから、な?」
二人の声が聞こえた、近寄って見るとハルトが足に傷を負っている。
コケて傷を負い歩けなくなっているところをクルトが見つけたのだ。
彼女は少し安堵する。
するとクルトが何かを察したような顔でアリアに駆け寄ると、慎重に口を開いた。
「アリア...ごめ...」
クルト止まる。
何かを少し考えているようだ。
「アリア......ありがとう。」
そう小さく、だが力づよく言うと彼女の顔に付いた返り血を袖で拭き取り始める。
アリアはそれにほんのりとした温かみを感じた。
血液の不快な温かみではなく、人間的で心が落ち着くような温かさだった。
彼女はきっと割り切って先に進むことは出来無い。
だが、まだ頑張ろうと思えていた。
もし良ければ☆☆☆☆☆から評価。
感想をお願いいたします。
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