50.お巡りさん、こいつらです
確かに私は数日寝込んでいた。
だからって昨日送った手紙の返信が今日会いたいは有り得ないだろう。
携帯やらメールやらが有った前世で、相手が熱愛中の恋人だったとしても正直眉を顰める。
更に送り主は離婚予定の夫だ。こちらを舐め切っているとしか思えない。
苛立ちで手紙を破りそうになるのを耐える。
離婚を有利に運ぶのに何が必要になるかわからないことを日記帳の件で学んだ。
朝食を食べ終えていて良かった。空腹なら余計に苛々して即破っていたかもしれないから。
手紙にもう一度目を通す。
病気が快復して良かったというシンプルな労わり。これはいい。
その後に申し訳ないが早急に会いたい。出来れば本日みたいにシンプルに書いてある。前文が台無しである。
どう見てもフェリクスに都合良いから回復を喜んでるようにしか思えない。実際そうかもしれない。
私がまだ寝込んでいても今日会いたいとか手紙に書いたのだろうか。
いっそ急に熱が出ましたとか返信してもいいかもしれない。
「マリアンお嬢様」
手紙を睨みつけていると傍らに控えていたシェリアに声をかけられる。
もしかしたらかなりの時間無言でいたのかもしれない。
「わかってるわ……返事待ちをされているのよね」
そう、手紙を届けに来た伯爵家の人間はまだ帰っていない。
私からの返事を運ぶ役目があるので馬車の中で待機しているらしい。
当然その話を使用人から聞いた時、返信は公爵家が届けるから帰って貰うようにと指示した。
しかしどう言ったのかわからないが、相手は気にしないで構わないと居座り続けているらしい。
「いやそちらが常識を気にしなさいって話だわ……!」
ここが前世だったら路上駐車で警察に通報して伯爵家の使いを馬車ごと引っ張って貰うのに。
つい手紙を強く握りしめてしまう。
本当はアルマ姉さんやリンツ兄さんに相談したい。
しかしアルマ姉さんは自分の屋敷に帰ってしまったしリンツ兄さんは早朝に外出してまだ戻ってきてないらしい。
両親はまだ旅行から帰ってきていない、つまり今この屋敷に居る公爵家の人間は私だけなのである。
そして今日会いたいという内容も不味い。リンツ兄さんがその時に屋敷にいるか分からない。
アルマ姉さんに助けを求めるにしても、彼女に用事があれば無理だろう。
「……決めた、断りの手紙を書くわ」
決意したら早かった、シンプルに本日は無理です。急に言われても困りますという内容を書いて即折りたたんで封筒に入れる。
インクが滲もうが構わない。向こうが悪いのだ。
「シェリア、これを……」
伯爵家の使用人に渡すよう頼もうとした瞬間、外から扉が叩かれる。
私が許可すると何故か顔を紅潮させたメイドが飛び込むように入って来た。
「も、申し訳ございませんっ」
不作法に気づいたのか謝罪する彼女に私は構わないと答える。
「それよりどうしたの、随分慌てているようだけれど」
「あの、アンベール伯爵家の御当主様と、その執事らしき人物が馬車の前で口論を……」
「……男の使用人をありったけ集めてそこに集合させて」
私は溜息を噛み殺しつつそう指示をした。
熱は下がったが入れ替わるように頭痛の原因がやってきていたらしい。しかも二人。
公爵邸の玄関を出てすぐ横、車寄せのような場所に二台の馬車があった。公爵家の物では無い。
私が指示する前から使用人たちは集まっていたのだろう。メイドたちの姿もある。
危機を察してなのかただの野次馬なのか、それとも両方なのか私には区別がつかなかった。
ただここまで人が集まっているということは、騒ぎから大分時間が経っているのだろう。
私を呼びに来たメイドも判断に迷ったのかもしれない。
今公爵邸には当主もその後継もいない。
一番身分の高いのは出戻りみたいに帰って来た頼りない末娘だけで、しかも数日間寝込んでいたのだから。
ドレスに着替え扇を携えた私はシェリアと共に現場に急ぐ。大股で走り出せないのがもどかしい。
近づく程、使用人たちの隙間から争う二人の男性が見えてくる。
信じたくないが、片方はアンベール伯爵家の筆頭執事で片方はその当主だった。
今見ている公爵家使用人の何割がそれを理解しているだろう。
いや身分がわからなくても公爵家の玄関で騒いでいるだけで非常識なことは明確だろう。
「良いからお前は伯爵邸に戻れ、話はそこで聞く!」
「いいえ、これは旦那様の為なのです!旦那様こそお帰り下さい!!」
いや本当さっさと伯爵家に戻って好きなだけ取っ組み合って欲しい。
私は聞こえてくる諍いにそう思った。
伯爵家という単語が出ているから、男の使用人たちも取り押さえるか判断に迷ったのだろう。
騒がしいが今の所暴れておらず口喧嘩レベルというのも理由かもしれない。
私はアルマ姉さんがしていたように扇子をパチリと鳴らした。しかし男二人が騒がしくて全然響かなかった。
「ここがフェーヴル公爵家の敷地だと知っていて、騒いでいるのかしら?」
仕方なく声を張り上げる。流石にそれは聞こえたのか皆が一斉にこちらを見た。少し緊張する。
フェリクスも驚いた顔で私の顔を見つめていた。
私が公爵家に居るのは知っているのだから驚く理由は無いと思うのだけれど。
だが彼の反応はまだマシな方だと私はその直後に理解する。
「ほら御覧なさい、言った通りに現れたじゃないですか!来るまで待てば絶対出てくるのですよ!」
前世誰かのストーカーでもやってたんですか。そう突っ込みたくなるようなことを言いながら執事のアーノルドは私を指差す。
彼が平民だということも数年前は庭師だったことも、この場で知るのはフェリクスと私とシェリアぐらいだろう。
だとしても公爵家の人間に伯爵家の使用人がやっていい仕草でも言動でもない。
私は扇を握りしめながら言った。
「アンベール伯爵家当主様、まずその狼藉者をどう対処するかお聞かせ願えますか?」
話はそれからです。私は青褪めるフェリクスを睨みつけながら言った。




