49.好色伯爵から女嫌い伯爵へ
「そのマーベラってメイド、アンベール伯爵が捨てた愛人にしか思えないのだけれど?」
事情を聴いたアルマ姉さんは困惑した表情で告げる。
私はそれに同意するように頷いた。
「私も話しててそう思ったけれど、マーベラは最終的に否定したしその後すぐ解雇されたのよね」
「そもそも堂々と本妻相手に愛人ですとか宣言するメイドなんて物語ぐらいでしか見たこと無いわよ」
解雇されて当然だわ。呆れたように長姉は言う。
「執事にも呆れたけれど伯爵家はまともな使用人の方が少なそうね。信頼できる使用人は居なかったの」
「……向こうではシェリアに頼り切りだったから、特に親しくしていた使用人は居ないわ」
「そう、シェリアは?」
姉に話を向けられて私の侍女は少し考えた後に口を開いた。
「私も特に親しくした者はおりません。ただ一つ気になる点が」
「話して頂戴」
「離れに通っているメイドたちは皆比較的若くて整った容姿の者が多かった気が致します」
「ああ……ラウルね」
私はうんざりした気持ちで伯爵家次男の顔を思い浮かべた。
離婚歴のある無職で兄に家を建てて貰って美人の使用人まで通わせて貰っている。
ある意味勝ち組ではないだろうか。そのまま離れから一歩も出ず一生を終えて欲しい。
私の言葉にアルマ姉さんも似たような表情で溜息を吐いた。
「はあ……流石好色伯爵の子息って感じね」
「好色?」
私が聞き返すと長姉は一瞬不味いという顔をした。
しかし結局説明してくれるようだ。私はアルマ姉さんの紅色の唇を見つめた。
「先代のアンベール伯爵って文武両道で頼もしくて王家にも信頼され貴族達にも評判が良かったのだけれど、唯一にして最大の欠点が女好きなのよね」
「ああ……」
「でも愛妻家としても有名で庶子は一切いないらしいけれど、まあ欠点部分だけ伯爵家次男は引き継いだのねって……」
「母親似で顔は良いのだけれどね……というか女好きと愛妻家って同時に存在出来るものなの?」
私の疑問にアルマ姉さんは苦笑いして答えなかった。まあ、この国はそういうのが許されるのだろう。
簡単に言えば愛人を作っても子供産ませて無いから偉いとか言われる程度の民度なのだ。
「だから現伯爵は外見と剣の腕は父親似だけれどずっと独身で、皆に不思議がられていたわね」
「そう?父親の好色癖が嫌で女性も苦手になった可能性も考えられるけれど」
前世ではたまにそういう話を聞いた。父親の浮気が原因で男性不信になった女性の例もある。
「でも結果として本妻すら蔑ろにするようじゃ色々難しいわよね、アンベール伯爵家は後継をどうするつもりなんだか……」
「アルマ姉さん、そろそろマーベラの話に戻しましょう」
私がそう提案すると長姉はそうだったと頷いた。
「薬入りのお茶の件とそのメイドの件はなるべくアンベール伯爵にもお話しして。絶対口頭で。そして反応を私にも絶対教えて頂戴」
「わかったわ」
「それとメイドについては、私も出来る限り調べてみるわ……愛人じゃなくても何か引っかかるのよね」
アルマ姉さんの提案に否定する理由も無いのでお願いと頼む。
まあ確かにマーベラは色々おかしい人物だった。いっそただの愛人だった方がシンプルで助かるぐらい。
「あと両親だけれど、カロルを途中で拾ってから帰るそうだから明後日の夕方辺りになるみたい」
「カロル兄さんと一緒に戻ってくるのね」
「ええ、ただ色々忙しくなるわよ」
だからしっかり休んで体を全快させなさい。
そう言われ私はアルマ姉さんの指示で再びベッドへと放り込まれた。
一晩寝てからフェリクスに手紙を書いた。
体調不良で伏せっていた為返事が遅れたこととそれに関する謝罪。
そして会って二人で話をしたいという提案への承諾と、その為の条件。
了承した場合、対面するのは四日後以降を希望した。
その頃には両親が次兄と一緒に戻ってくるからだ。
ビジネスメールを書くような気持ちで手紙を書き終え万年筆を置く。
便箋のインクが乾くまでお茶でも飲もうかとシェリアを呼ぼうとして、少し考えて止めた。
彼女には伯爵邸から持って来た大量の日記帳を確認して貰う仕事を新たに任せている。
別に呼んだところで嫌な顔をしたりはしないだろうけど、今は良いかと思った。
「別に、そこまで喉も乾いていないし」
独り言を言いながら私はやることも無くて自室をうろつく。
公爵令嬢という立場に相応しい豪華な部屋だ。
広過ぎて間仕切りをした上でキッチンを併設したくなるレベルである。
ドレスなどを収納したワードローブは、この部屋以外に別室も丸々宛がわれている。
もう少し若くて心に余裕があれば着せ替えごっことかして遊んだかもしれない。
今私が成り代わっているマリアンは外見だけなら完璧に近い美少女だと思う。
もう十九歳なのでこの世界では一人前の女性扱いなのだが、ドレスやメイクのせいか少女っぽさが抜けきれない。
使う色からしてアルマ姉さんの装いと比べると明確に幼いとわかる。
公爵家の中でのマリアンは年の離れた姉兄に可愛がられる末っ子なのだ。
だからこそ自分より何歳も年下とはいえ王太子令息に年増扱いされたことに衝撃を受け、強く嫌悪したのだろう。
十歳以上離れたフェリクスを選んだのはその反動もあったのかもしれない。あとは長姉の影響か。
私は壁に沿って設置された大きな本棚から小説を手に取った。
そこまで高尚なものではなく、挿絵が多く娯楽色が強めのものだ。
内容は架空の国の王弟が架空の国の公爵令嬢と恋に落ちて様々な困難を乗り越え結婚するというもの。
ヒロインである令嬢は言われれば納得する程度にはアルマ姉さんの面影があった。
初版発行日が彼女が結婚してから半年後の日付なのも疑惑を深めていく。
ただこの本の内容が事実か長姉に確認したら否定されるのはわかりきっていた。
認めたら不味い描写がそこそこあるからだ。
架空の国の王太子が架空の国の公爵令嬢に恋をしていた部分とか、普通に不味い。
その恋心を隠して王の決めた相手と結婚しましたとか、作者が存命なのか心配になる。
万が一これが事実ならアルマ姉さんの妹であるマリアンと自分の息子を婚約させようとした王太子はかなり不気味だなと思った。
マリアンの記憶を参照すれば、そういうことをするかしないかといえばしそうな人物ではある。
王妃が隣に居るのに、親に跡継ぎを急かされ早婚だったことをへらへらと愚痴るような人だ。
簡単に言うと身分が超高くて顔がそこそこ良いノンデリカシーソフトセクハラおじさんである。
絶対義理の父にはしたくない。フェリクスと親しいらしいが、新婚生活とか普通にずけずけ訊いていそうだ。
流石に毎日妻には愛していないと伝えてますと馬鹿正直に答えてはいないだろうが。
そんなことを考えている内に便箋のインクが乾いたので封をした。
そして公爵家の執事の一人を呼び伯爵家に届けるよう頼む。
一仕事終えた気分で、その後は自分でも日記帳の破れを確認をしたり庭を散歩したりして過ごした。
だが次の日の朝、そのゆったりした気分が台無しになる手紙がアンベール伯爵邸から届けられる。
「……は?」
それは可能なら本日、会って話をしたいというフェリクスからの直筆だった。しばくぞ。




