48.報連相はしっかりするタイプです
リンツ兄さんが去った後侍女のシェリアを呼ぶ。
「温かいお茶を淹れて頂戴」
そう言いながら私は椅子に座った。
立ち話には向いてない内容をそれなりの時間話していた気がする。
体が少し冷えていた。アルマ姉さんに言いつければ間違いなくリンツ兄さんは叱られるだろう。
そうだ、アルマ姉さんとも話さなければいけない。
リンツ兄さんと違って彼女は大公夫人となってから公爵邸で暮らしていない。
ただ私が出戻ってからはかなりの頻度で邸内にいる。もしかしたら泊っているのかもしれない。
私の部屋がそのまま存在していたようにアルマ姉さんの部屋も整えてあるだろうから。
「マリアンお嬢様、蜂蜜入りのハーブティーです」
「有難う。ところでアルマ姉さんは今家に居るのかしら」
「申し訳ございません、今確認してまいります」
湯気を立てるお茶とクッキーをテーブルに置いたシェリアは少し慌てた様子で詫びて来た。
多分アルマ姉さんの状態を把握していなかったことへの謝罪だと思うけれど、そこまで責任を感じることは無いと思う。
しかし侍女でこの責任感なのに、伯爵家の筆頭執事の所業を考えるだけで頭が痛くなる。
元庭師だとしても執事になる前の研修とか無かったのだろうかと疑問は尽きない。
「もしアルマ姉さんが居たら暇な時にお見舞いに来てほしいと伝えて貰える?」
「はい、わかりました」
私の頼みをすぐ承諾してシェリアは退室していった。
お見舞いに来て貰うという形なら先程のように立ち話にはならないだろう。
この家の長女であるアルマ姉さんには確認したいことと伝えることがある。
まず両親はいつ帰ってくるのか、次男のカロル兄さんはいつ到着するのか。
シスタードロシアにはいつお会いするのか。私的にはフェリクスと対面した後の方が良い気がする。
それと私が伯爵家で恐らく睡眠作用のあるお茶を飲まされていたこと。
日記帳が部分的に丁寧に破られ盗まれていたこと。
容疑者の可能性が高いメイドのマーベラがクビになった翌日失踪していること。
これも忘れず伝えなければいけない。
それとセシル王太子子息についてもだ。
リンツ兄さんは私がフェリクスと離婚したら、彼と婚約させられるかもしれないと言っていたが王家が私にそこまで執着する理由が納得出来ない。
私個人というよりフェーヴル公爵家との関係を強めたいのかもしれないけど、私とセシルの年齢差も含めて常識からそこそこ外れている気がする。
アルマ姉さんがそれを見越して私の結婚相手を探しているというのなら、そこら辺について掘り下げて訊いても許されるだろう。
つまり私はアルマ姉さんに何を報告して何を質問すればいいのか。
「訊くことが、訊くことが多い……」
思わず呟いてしまう。長姉が来て話してる間に一つ二つ忘れてしまいそうだ。
「そうだ、メモして置けばいいのだわ」
私はポンと手を打った。でもこの世界の筆記用具は万年筆なので前世の記憶を思い出した今、正直字を書くことすら億劫だ。
それでも机に向かって渋々質問内容について箇条書きにする。メモアプリ寄越せとは言わないがせめてボールペンぐらいあればいいのに。
いつのまにか熱中しているとアルマ姉さんの呆れたような声が背後から聞こえた。
「お見舞いに来て欲しいって割には、随分と元気そうじゃない?」
「ア、アルマ姉さん……」
別に悪いことをしていたつもりは無いが、低い声で言われるとちょっと後ろめたくなる。
「ノックぐらい……」
「したわよ、でも何の返事も無いから倒れてるんじゃないかって入ったのよ」
口論で彼女に勝てるわけが無かった。
私は椅子から立ち上がりアルマ姉さんに今まで書いていた内容を見せる。
「何よ、これ」
「姉さんに伝えたいことと質問したいことが多かったから纏めて置いたのよ」
首を傾げる長姉にそう告げる。彼女は私の手から箇条書きのメモを受け取った。
別に渡すつもりでは無かったが、まあ口頭で話すのも紙面を読んで貰うのも変わりないだろう。
私はシェリアが二人分のお茶を淹れるのを横目で見つつアルマ姉さんの反応を窺った。
「お茶に……薬?」
やっぱりそこに一番引っ掛かるか。
二人用のティーテーブルに移動した私は、対面に座った姉にそう思う。
「マリアン、その薬ってどんな薬よ」
彼女の質問に私は答えた。
「多分眠り薬だと思う。今の所後遺症は無いわ」
「そう……」
「ただ薬が効いた時に失神して頭を打ったみたい。今はもう痛みは無いけれど」
「頭?! 本当に大丈夫なの?」
「……多分」
顔色を変えたアルマ姉さんに私は若干言葉を濁しつつ答える。
大丈夫じゃないから前世の人格になったのだとは流石に言えなかった。
本物のマリアンは天国だし、そもそも本来なら頭を打ったショックで寝たきりになっていたらしい。
何一つ大丈夫では無いが、それを説明は出来ない。多分頭がおかしくなったと思われる。
信じて貰えたとしても、その場合本物の妹は死んでしまったとアルマ姉さんは認めることになる。
更にマリアンの体は生きていて、だけどマリアンの記憶も持っているけれど中身は別人格。
なのに本物の妹じゃないと否定することはできない。
自分がアルマ姉さんの状況になったらマリアンに対し複雑とか通り越した気持ちになりそうだ。
そして聞きたくなかったと願うだろう。だから黙っておくことにした。
「ただそのショックで色々スッキリして、離婚しようと思ったのよ」
「……頭を強く打つと性格が変わる時があるって小説で読んだことはあるわね」
「それは私も見たことあるかもしれない」
私の場合は小説では無く前世で読んだ漫画だけれど。
「医者に診てもらった方が良いわね、それで何かわかるかすらわからないけれど」
「多分、様子を見てくださいで終わりそうだし無意味じゃない?」
この世界の医療レベルを想像しながら私は答えた。
アルマ姉さんは私の言葉に首を振る。
「だとしても、眠り薬で気絶して頭を強打して診療して貰ったという事実は作れるでしょう?」
「ああ……」
「出来たら眠り薬入りのお茶自体を調べたいのだけれど……無いのよね?」
「ええ、私が目を覚ました時にはカップ自体無かったの。だから今まで忘れていたのよ」
「なるほど……片づけたのはシェリア?」
アルマ姉さんの言葉にシェリアは自分では無いと否定する。
「お嬢様が離婚なさると仰った日ですが、私は屋敷を出ていて戻ったのはお嬢様たちが夕食を召し上がっている時刻でした」
「その時に伯爵夫人室には飲み残しのティーカップは無かったのね?」
「左様でございます」
「誰が片付けたのかしらね、まあ薬を入れた人間だろうけれど」
あの伯爵邸なら誰でも伯爵夫人室に入り放題よね。溜息を吐きながらアルマ姉さんは言う。
私はそんな彼女に失踪したメイドの話をした。




