47.兄の提案
部屋を訪れたのはリンツ兄さんだった。
応接室に移動しようとしたが長話はしないと断られた。
廊下に立ったままの彼から凝った装丁の紙箱を渡される。
それはマリアンが好きなパティスリーの菓子詰め合わせだった。
「お見舞いね、有難う」
私は受け取り素直に喜ぶ。本物のマリアンならそうする筈だし私もお菓子は好きだ。
しかしリンツ兄さんはそうだと答えず気まずそうな表情を浮かべた。
全然顔立ちは違うのにフェリクスを思い出す。
「違うの?」
「いや、違わないけど……」
煮え切らない返事をする長兄に私は溜息を吐いた。
「何か言いたいことがあるなら言って欲しいのだけれど?」
「うっ……マリアン、なんか強くなったな」
焦ったような顔でリンツ兄さんが言う。
私は内心で呆れた。夢で会った本物のマリアンの方が私よりもずっと強かだと思う。
フェリクスと結婚した理由も、死を受け入れてフェリクス似の天使と即上手くやってることも含めて。
でも彼女はその強かな性格を誰にも気づかせなかったのだろう、少なくとも男性陣には。
「別に、そんなことはないけれど」
だから本心でそう返した。
けれどリンツ兄さんは何か勘違いしたのか申し訳なさそうな表情になる。
そして謝罪するポーズで私に対し頭を下げた。
「その……マリアンが熱を出したのって俺がフェリクスとの離婚を反対したと思ったからか?」
予想外の発言に私は思考が止まる。その発想は無かった。
嫌な事を言われただけで熱を出すとか脆弱過ぎるし、そもそもどういう仕組みだ。
けれどリンツ兄さんは一人で納得したように喋っていく。
「お前が繊細な人間だって忘れてたよ、昔からちょっとショックなことがあると寝込んでたのに……」
それ普通に仮病ですね。私は過去の記憶と照らし合わせて胸の内で呟いた。
マリアン本人は不快な気持ちを体調不良と判断していたので厳密には違うかもしれないが、私の感覚だとやっぱり仮病だ。
「セシル殿下に暴言を吐かれた時は一週間部屋から出てこなかったし……」
セシルって誰だと一瞬考えて十二歳の王太子子息だと思い出す。
彼が七歳の頃の初顔合わせでこんな年増嫌だと言われたのだ。当時のマリアンは十四歳。
可愛いとか将来が楽しみとか言われても当然年増呼ばわりなんてされたことはない。
私としては王太子子息の気持ちもわかる。
七歳なんて小学校低学年だ、それで結婚相手候補が中学生ですよとか言われたらふざけるなぐらいは思うだろう。
ただ勝手に中学生を嫁候補にしてるのは小学生側の親である王太子なんですけど。
公爵家長女のアルマ姉さんがライバル視してる王弟に嫁いだから、自分の息子に公爵家末娘のマリアンを嫁がせてバランスを取ろうとしたのだと思う。
でもセシルが年増は嫌だと断固拒否、しかし他に親側の満足する候補が居ないせいでキープ状態でマリアンは十八歳になるまで婚約者皆無だったのだ。
なのに何故フェリクスとの結婚が許されたかといえば彼が王太子側の陣営の人間だから。
本物のマリアンは頭お花畑だけれどそこら辺は意外としっかり企んでいたのだ。今はもう天国で自由にやってるが。
私が考え込んでいるのを誤解したのかリンツ兄さんが再び慌てて謝った。
「す、すまん。あの方のことは思い出したくなかったよな!」
「……別に謝る必要は無いわ。 それよりも用件を教えて頂きたいのですけれど」
長話になるなら応接室に移動したい。熱は下がったとはいえ立ち話はまだ辛いのだ。
私が目でそう訴えると長兄は何度か目を逸らしてやっと口を開いた。
「マリアンが寝込んでいる間にフェリクスから手紙が届いて……アルマ姉さんが確認したら二人きりで会いたいって内容なんだが」
やっぱり無理だよな。そう自信無さそうに訊いてくる彼に私は少し考えて答えた。
「公爵邸なら構わないわ。そして向こうは従者すら伴うのは禁止で」
私の答えにリンツ兄さんは目を丸くした後にわかったと答えた。
「でも、意外だな……」
「何が?」
「こんなに直ぐ会ってもいいと言い出すなんて」
頭を掻きながらリンツ兄さんが言う。私は少し考えて口を開いた。
「なら今からでも発言を撤回しましょうか?」
私の言葉に長兄は失言を悔やむように首を振る。
その表情で私は確信する。彼は私とフェリクスを対面させたがっている。
「いや、その必要はないよ。うん、変な事を言って悪かった」
「リンツ兄さんはそんなに私とフェリクス様を復縁させたいの?」
ストレートに質問する。長兄は一瞬表情を強張らせたがすぐ普段通りの柔和な物に戻した。
「復縁をさせたいというか……怒らないか?」
「内容によるわね」
「アルマ姉さんみたいなことを言い出したな……ただ俺はフェリクスの本音が知りたいだけだよ」
「本音?」
「本音というか何を考えているのか、考えて生きていたのかかな」
それは私も正直興味ある。
けれど口に出してリンツ兄さんに味方だと思われたくないので黙って置いた。
「あいつは学生時代から優秀で、でもあまり自分のことは話さなくて、俺もあいつも長男同士だから何か気になるんだよな」
「それは、リンツ兄さんも弟や妹に困らされ続けていたから?」
「いやそんなことは……どちらかというとアルマ姉さんの方が」
「ふうん、じゃあ私がフェリクス様と離婚しても構わないのね」
「それは、お前がその方が幸せなら当たり前だよ……ただ」
「ただ?」
「……絶対あの子供と結婚するのが嫌なら次の嫁ぎ先を決めてから離婚した方が良い」
瞬間氷を飲み込んだようにヒヤリとした。リンツ兄さんが言う子供が誰のことかはすぐわかった。
王太子子息のセシルだ。
しかし長兄の言葉の意味はあまり納得出来ない。
確かに私はフェリクスと別れたら独身になる。しかし一度結婚した事実は消えない。
そんな人間にまだ王家が婚約を求めてくるなんて有り得ない。そこまで考えてあることに気付いた。
「婚姻無効証明……」
「そうだ、そしてお前が離婚の際に協力して貰うのは誰だ?」
「……シスタードロシア様、ね」
そして彼女は王の姉。バリバリ王家の人間である。
「そういうことだ」
澄まし顔の兄を恨めし気に見る。八つ当たりだとわかっているが、又悩み事が増えてしまった。
「アルマ姉さんにも同じこと言った?」
「俺が言う前にあの人なら察してるだろ。きっと今頃お前好みの顔の男の縁談探してるに違いない」
「仕事が早すぎるわ」
「でもお前は絶対あのチビと結婚したくないんだろ」
「チビって……」
「名前は言うなよ、首が飛ぶ」
「分かってるわよ、それと結婚は絶対したくない。確実に不幸になるとわかっているから」
「だよなあ。あんな口の腐った小僧に絶対俺は妹を嫁がせたくないよ」
リンツ兄さんがここまで王太子子息を嫌っているとは知らなかった。
もしかしてフェリクスにやたら肩入れするのはセシル憎しもあるのだろうか。
ただ彼は彼で問題の塊で結婚してはいけない男だったのだが。
離婚と同時に再婚を考えなければいけないなんて全く思わなかった。
私は溜息を吐いた。今からでも本物のマリアンが交代してくれないだろうか。




