42.アルマ姉さんの電光石火
公爵邸に戻るとシェリアが真っ先に出迎えてくれた。
そうして日記帳を全冊持ってこなかったことと施錠を徹底しなかったことを深く謝罪された。
でも指示をしなかったのは私なので彼女は悪くない。
伯爵邸を出ると決めたのも唐突だったので、私の指示に抜けがあっても気づく余裕は無かっただろう。
今回はちゃんと伯爵夫人室の鍵を持って来た。
本音を言うとあの部屋の鍵自体新しいものに取り換えたかった。
スペアキーが幾つもあってラウル他が入り放題だし。
フェリクスに釘は刺したがいまいち信用は出来ない。
実は公爵邸についた直後、複数の男性の使用人と馬車で伯爵邸に引き返そうかとちょっとだけ思った。
伯爵夫人室の自分の物を根こそぎ積んで持って帰った方がすっきりするかと考えたのだ。
それと今回の日記帳みたいに後から必要になって無いのも困るし。
ただアルマ姉さんに「今日は止めておきなさい」と言われたので断念したのだ。
下着や貴重品等は今度こそ全部持って来たし、あの部屋には家具以外はもう着ないドレスとか最悪処分されても構わないものしかない。
ただアルマ姉さんはそれらを私の大切な物のようにフェリクスに対して念入りにアピールしていたが。
捨てられても構わないが勝手に捨てられてもモヤモヤするだろうから私はそれを止めないでおいた。
私とアルマ姉さんは一旦分かれてそれぞれの部屋で余所行きから着替えた。
そして公爵家の応接室で合流した。長男のリンツ兄さんも居た。
お茶を飲みながらアンベール伯爵邸での出来事を彼に報告する。
主にアルマ姉さんが話してリンツ兄さんは百面相をしながらそれを聞いていた。
彼は十回以上「嘘だろ……?」と呟いていた。
やはり誰が聞いてもあの家の内情はおかしいのだ。
少し前までは私もその家の一員だった訳だけれど。
そして概ね話し終えたアルマ姉さんが口を閉じる。
公爵家長男であるリンツ兄さんの言葉を待っているのだ。
私も背筋を伸ばして兄の声を待った。
「ちょっと待って、それってフェリクスも犠牲者じゃ……痛い!」
深刻そうな表情で呟いたリンツ兄さんの額をアルマ姉さんが電光石火、扇子で叩いた。
「私たちはそういう話をしたいわけじゃないのよリンツ」
「わかってるから暴力止めろよ!本当手が早いな……よくその執事をぶん殴らなかったと感心するよ」
涙目になりながら言う彼にアルマ姉さんが呆れたように言う。
「私が向こうの得になることをする筈無いでしょう」
「でもフェリクスの弟が目の前に居たら一発ぶん殴りたいとは思っているだろ?」
リンツ兄さんの問いかけに彼女は無言で紅茶を飲んだ。
長兄はそれを追及することは無く話題を変える。
姉に叩かれるのが怖いのか私側に視線を向けてきた。
「俺は別に無責任に同情した訳じゃないぞ?」
「はあ……」
「母親や弟が原因でフェリクスがマリアンを拒んだなら、そこを解決すれば二人は上手くいくんじゃないかと思ったんだよ」
もし私がカップを持ってたら取り落としてただろう。
対面のアルマ姉さんが般若みたいな形相に一瞬なった。それを見て驚いたらなんだか落ち着いた。
私はゆっくりと口を開く。
「それは無理だと思うわ。今の私は彼に対し愛情が無いし彼も私の事なんて何とも思ってないでしょう」
それでも相手への気持ちを探せと言われれば私がフェリクスに抱いているのは苛立ちと憐れみだ。
彼は何を考えているのかよく分からない。
「リンツ、もしかしてマリアンとアンベール伯爵の結婚を無理やり継続させようと思ってないでしょうね……?」
地を這うような声でアルマ姉さんが言う。リンツ兄さんは違うと必死で首を振った。




