39.揺れる馬車の中で
「ああ~疲れたっ」
揺れる馬車の中でアルマ姉さんは大きく息を吐き出す。
彼女の疲労の原因となった自覚はある。私は謝った。
「ごめんなさい、迷惑かけて」
「気にしなくていいわ、寧ろマリアン一人で行かせなくて良かったと本当に思っているもの」
「それは本当に感謝してる。まさかあそこまで変な家だったなんて……」
「私もそれなりに社交はして色々な貴族を知っているけどあそこまで異常なところは初めてよ」
しかも王家と繋がりがあるアンベール伯爵家がなんて。
アルマ姉さんはそう言うと頭痛を堪えるような仕草をした。
確かにフェリクスは王太子の側近だ。結婚式にも祝報と贈り物を頂いた。
私自身は王太子と直接会話したことは無いが、剣技大会で勝利したフェリクスに対し王族席から笑顔を浮かべていた姿は覚えている。
「もっと深く掘り下げたかったけど、あの場所に女二人で居続けることに危機感を覚えたのは確かよ」
アルマ姉さんはカーテンを指でずらし窓の外を見たようだった。
対面で座る彼女の膝には私の日記帳の一冊が置かれていた。
残りはトランクに詰めて荷台にある。
アーノルドが元庭師で五年前に筆頭執事になったと判明した直後、メイドが伯爵夫人室の扉を叩いた。
理由は前伯爵夫人が発作で苦しんで助けを求めているというものだった。
それに対しアーノルドは助け船が来たような反応をしてフェリクスに母の元に駆けつけるよう急き立てた。
息子より医者を呼んだ方が良いのではと私は思ったが、アルマ姉さんは意外なことに執事側についた。
自分たちはもう伯爵邸を去るから、母親の様子を見に行ったら良いと。
「日を改めてお伺いするからマリアンの部屋の施錠はしっかりして頂けるわね? 二度と不手際が起こらないように」
口元だけで微笑むアルマ姉さんの言葉にフェリクスは強張った表情で了解を口にした。
そして彼を呼びに来たメイドに荷物を馬車まで運んでもらい、出発して今に至る。
もう伯爵邸から大分離れているだろう。私はずっと言いたかったことを口にした。
「前伯爵夫人の発作って、本当だと思う?」
詐病と断定する証拠は無いが、あまりにも彼女にとって都合が良すぎる。
アルマ姉さんと対面して倒れ、アルマ姉さんにフェリクスが詰問された時にアーノルドを呼びに行かせ、アーノルドがアルマ姉さんに問い詰められた時に発作を理由に中断させた。
そこまで考えて私は首を傾げる。
発作を会話中断の為の道具として使うにしても、あまりにもタイミングが良すぎるのだ。
まるで私たちの会話を聞いていたように。
でも前伯爵夫人は当然だがその場にはいない。
私がモヤモヤしているとアルマ姉さんが窓の外を見ながら言った。
「彼女の発作が嘘だとしても、アンベール伯爵はそれを嘘だと指摘できないでしょうね。寧ろそちらの方が病的だわ」
予想よりずっと面倒なことになりそう。彼女はそう呟いて考え込んだ。




