38.大出世過ぎるでしょう
「たいこうとは、一体何なのです?」
「……は?」
今度は私たちが呆気に取られた番だった。
アーノルドは色々非常識な執事だ。しかし伯爵家の執事であるのは確かなのだ。
なのに大公家を知らないとはどういうことだ。
「シスタードロシア様は知っていますが……」
私たちの視線に気が付いたのか執事は言い訳をするように言う。
それは知っていて当然だ。国の女性たちの母とか呼ばれている偉大な方なのだから。
この国の人間なら赤子以外は彼女について知っている筈だ。
「……貴方、フルネームをまだ聞いていなかったわね」
アルマ姉さんがアーノルドに問いかける。
しかし彼は何を言われているのかよく分からない顔をしていた。
「私の名前はアーノルドですが……」
「彼は貴族の出身では無いのです」
何でそんなことを聞くのだと表情に出しながら執事が答える。
それに被せるようにフェリクスが補足をした。
「つまり、平民ってこと?」
思わず呟く。ならば大公という爵位を知らなくても仕方ないだろうか。
一瞬納得しかけたがそれはおかしいとすぐ考え直した。
だってアーノルドはただの平民ではなく伯爵家の執事なのだから。
その考えは執事の抗議によって止められる。
「何ですか、平民だからと馬鹿にするのですか!これだから……」
「止めろ!アーノルド!」
「何故私の方を叱るのですか、貴方は……!」
「王の弟の妻の立場で言うわ、黙りなさい」
顔を赤くしフェリクスに食ってかかろうとしたアーノルドはアルマ姉さんの言葉に黙った。
今度こそ彼女の地位がわかったのか顔を真っ青にする。
ここまでわかりやすく説明してやっと理解できたのか。私は少し呆れた。
「伯爵、彼はいつから執事の職に就いているの?」
アーノルドが黙った後、アルマ姉さんはフェリクスに問いかける。
何故そんな質問をするのだろうと不思議に思ったが、確かに彼が執事に成りたての可能性もあると考え直した。
しかしラウルやフェリクスへの態度を考えるとそれも薄い気がする。
フェリクスは数秒目を泳がせた後で唇を開いた。
「……五年前です」
結構最近だ。私は若干驚く。
二十七歳のラウルを坊ちゃん呼びしていたからもっと昔から働いていると思っていたのに。
五年前のラウルは二十二歳。年齢だけなら立派な大人である。
答えを聞いたアルマ姉さんは更に質問を続けた。
「その前は?」
「……庭師です」
私は目を見開いた。思わず驚いて声を上げそうになるのを必死に耐える。
アーノルドに又馬鹿にするのかと騒がれるのも面倒だからだ。
庭師から執事、しかも筆頭執事だ。
大出世だと全く感心出来ないのは彼がその地位に相応しい働きをしていないからである。
色々滅茶苦茶な家だが定期的にくじ引きで職業交換でもしているのだろうか。
私が馬鹿みたいなことを思っているとアルマ姉さんが納得したように頷いた。
「成程ね……そういえば五年前って、先代のアンベール伯爵が亡くなられた年よね」
「……はい」
何故かアーノルドと同じぐらい顔色を悪くしながらフェリクスが答えた。




