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37.突然の発作

「まあそうよね、弟が当主である兄に命令するなんて普通の家なら有り得ないもの」


 アルマ姉さんが納得したように言う。もしかしたら嫌味も混じっているかもしれない。

 でも実際この伯爵家が普通では無いのは確かだった。


 私だってこの国の全ての貴族を知っているわけでは無い。

 寧ろ箱入り令嬢のマリアンは世間知らずな方だろう。

 更に今は前世の記憶まで戻ってきている。


 けれど現世と前世、どちらの価値観でもフェリクスとラウルの関係は異常だ。

 そして二人の母親の前伯爵夫人も外見通りの無害な人物では無いような気がした。


「貴族は家父長制で先代伯爵は大分前に逝去されているから、この家で一番偉くて発言権があるのは本来なら貴方の筈……次に伯爵夫人であるマリアンかしら?」


 どちらもそんな扱いをされていないようだけれど。

 アルマ姉さんの指摘に何故か私の耳まで痛くなった。

 伯爵夫人らしい扱いは受けてないし、伯爵夫人として毅然と振舞った記憶も無い。

 

 メイドや執事たちを増長させたのは私が彼らの機嫌を伺い過ぎたせいもあるだろう。

 だとするとフェリクスが使用人、特に執事に軽んじられているのも同じ理由だろうか。

 しかし伯爵家の長男で王太子とも親しく剣の腕も優れている彼が、使用人たちにへりくだる理由は思いつかなかった。


「でも私がこの家の執事と話した限りだと違うようね。彼は次男を守るために当主の貴方に罪を平気で被せた、それに……」


「だ、旦那様っ!!」


 アルマ姉さんの言葉を男の声が遮る。

 全員で声の方角に視線をやるとそこには執事のアルバートが肩で息をしながら立っていた。

 

「奥様が、又発作を……!」


 そう言いながら室内に足を踏み入れようとする彼をアルマ姉さんが制する。


「誰が入っていいと言ったの?」

「な……!」

「止まれ、アルバート!」


 怒りに顔を赤くした執事に今度はフェリクスが命じる。

 そして逞しい体格でアルバートの前に立ちふさがった。まるで言葉だけでは止められないとでも言うように。


「旦那様、奥様よりあの者たちを優先するのですか!!」

「そういう訳では……いや、それよりも母がどうした」


 執事に抗議されたフェリクスが弱気な返事をしようとして、途中で止めた。

 私とアルマ姉さんの存在を思い出したのかもしれない。だとしたら無礼な執事を叱りつけるぐらいしても良いのだが。


「奥様が又発作を起こされまして、すぐお越し下さい!」


 発作? 私は内心首を傾げた。

 前伯爵夫人は確かに線が細く儚げな人だが、発作を起こす病気持ちだとは聞いたことが無い。

 医者が定期的に伯爵家を訪れているという記憶も無かった。


「……わかった」


 私の疑念も知らずフェリクスは静かに返答する。溜息こそ吐かないが、確かに疲れたような気配はその声にあった。

 まるで介護疲れをしている人の様だ。


 しかし完全に私たちの存在が無視されている。何と声をかければいいか迷っているとアルマ姉さんが口を開いた。


「何やら取り込み中ね、私たちはこのままお暇します。妹がこの家で迫害された証拠は全部押収出来たしね」

「なっ」 


 姉の物騒な言葉に反応したのはフェリクスではなく執事のアルバートだった。

 しかしアルマ姉さんはその反応を無視してフェリクスにだけ話しかける。


「これがあれば私の知り合いの御婦人たちにも妹がどんな目に遭ったか信じて貰えると思うわ、この証拠が無ければ信じて貰えないぐらい有り得ない話だもの」

「アルマ姉さん、知り合いって?」


 私が質問すると彼女は優雅に微笑む。


「私も大公家に嫁いで十年経っているからね、その間に知り合った方々よ。シスタードロシア様とかね」

「たっ……?」


 アルバートが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

 本当にアルマ姉さんが大公夫人だと知らなかったらしい。それで伯爵家の執事をやれているのはある意味凄いと思った。



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