36.いったい誰が
私との結婚は強制では無かった。
けれどフェリクスは私を愛していないし愛するつもりも無かった。
そこまでは理解できる。
フェーヴル公爵家と親戚になりたいとか、支度金が欲しかったそういう打算でも納得するから。
ただ結婚した後急に愛してないと言い出して、初夜さえ拒んだことがずっと不思議だった。
前世の記憶が戻るまでは、ただ嫌われて拒まれているのだと悲しんでいた。
でも今の私はそれらに違和感を覚える。
そんなことをするなら結婚なんてする必要は無い。
嫁いできた私の実家が伯爵家より下の身分ならまだわかる。
私が妻帯者の肩書だけ欲しかったとか、そういう理由で結婚したとしても泣き寝入りするしかない立場なら。
でも全くそんなことは無い。私は公爵家の末娘だし長姉は大公夫人だ。
私がその扱いに怒って長姉や父に言いつけたらアンベール伯爵家の立場は悪くなる。
フェリクスはアルマ姉さんが伯爵邸に来ていただけで顔を青くした。
でもそれでも私の実家を退ける方法は一つある。
私がフェリクスでなく弟のラウルを愛するようになれば伯爵家は公爵家に責められることは無い。
そこまで考えて正直吐き気がした。
これはフェリクスに対して好きとか嫌いとか以前の問題だ。
前世の価値観があるせいでおぞましさに拍車がかかる。
「私と結婚したのは、弟に譲る為だったの……?」
震える唇で問いかける。フェリクスは顔を曇らせるだけだった。
「何故何も言わないの……? 違うかそうなのか答えるだけなのに?!」
私が続けて問いかけると夫は益々苦し気な顔をした。
何故彼がそんな表情をするのだろう。泣きたいのは私の方だ。
以前の人格のままだったらショックで寝込むか下手したら自殺するかもしれない。
愛されてないだけならマシという状態になるとは想像してなかった。
「落ち着きなさいマリアン」
私の肩をアルマ姉さんが軽く叩いて宥める。
「これでも落ち着いているつもりよ、でも流石に平然とできたら異常だわ」
「それはわかるけれど」
そう言いながら長姉は私からフェリクスに視線を移す。
こちらに落ち着けと言いながら彼女の視線も大分鋭い物だった。
「否定しないということは肯定だと受け取るけれど、アンベール伯爵はそれでいいのかしら?」
「……そう受け取られても仕方がないと思います」
やっと彼が絞り出した台詞にアルマ姉さんが軽く笑う。
「あら、随分卑怯な物言いをするのね」
ストレートな罵倒にフェリクスの表情が凍り付いた。
「こちらの言ったことは事実、でも自分の意思では無い、それを察して欲しい……こんな感じかしら、情けないわね」
アルマ姉さんが続けた言葉に私の夫は首を絞められたような顔をする。そして口を噤んだ。
これも姉に言わせれば肯定ということになるのだろう。
「……貴方の意思じゃないなら、結婚するよう指示したのはラウル?」
私が予想を口にする。フェリクスは少し迷って違うと答えた。




