34.遺書みたいなものです
末妹が日記を欠かさず書いてることを知っているアルマ姉さんすら過去日記の量に若干引いている。
仕方が無いだろう。時間だけはあってやることが無かったのだから。
新婚だというのに夫婦らしいことは一切出来なかったし。
あんな扱いされる位なら初日に実家に帰れと言ってくれた方がマシだった。
一年も耐えてしまった私もどうかと思うけれど。
以前の私が何で怒りもせず実家に帰りもせず耐え続けたのか今の私は理解出来ない。
同一人物なのに本当に別人のようだ。
前世の記憶を取り戻す前のマリアンは私にとって小説の登場人物並みに遠かった。
しかも全く共感できないタイプのキャラだ。
そんなことを分厚い日記帳が並ぶ様を見ながら思う。
以前のマリアンがとても大切にしていたこれを見ても何も心が動かない。
証拠としては有用らしいのでさっさとトランクに詰めて持ち帰ろうと冷めた心で思った。
ふと思い出してフェリクスの方に視線を向ける。
「まさかとは思いますけど、私が自分の日記帳を持ち帰るのを邪魔したりしませんよね?」
予想していない質問だったのか彼は驚いた表情で返した。
「そんなことする訳が無いだろう」
「そうですか、安心しました」
私は形だけの笑みを貼り付けて言う。
「まあ、妻相手に愛する気は無いと毎日言い続けるのも普通はする訳ない行動ですけどね」
俯いて無言になったフェリクスを放置して私は普段から身に着けているネックレスを外した。
小振りの宝石と共に小さな鍵がついている。これが本棚の鍵だ。
私はそれを手に持って本棚を解錠した。虫除けのハーブの匂いと紙の匂いが漂い出す。
日記帳は一冊だけでも頭を殴りつけたら痛いだろうなという厚みがあった。
劣化していないか念のため一冊開いてみる。そしてパラパラと中を確認した。
「うわ……」
「どうしたの? 虫食いでもあった?」
私が嫌そうな声を上げたせいでアルマ姉さんが不思議そうに訊いてくる。
「文字が滲んで読めない部分が結構あるのよ」
ちゃんと証拠になるのかしら。
困ったように言うとアルマ姉さんも困ったような顔をした。もしかしたら悲しそうな顔かもしれない。
マリアンは日記を書きながら泣くことが多かった。
自分に酔っているとか悲劇のヒロイン気取りとか言われても言い返せない。
でも彼女の悲しみ自体は本物だったのだろう。嘘泣きなどする必要なんて無いのだから。
今の私には遠すぎて最早他人事だけれど。
ただ、それでも過去のマリアンの為に一つだけ試してみたいことがあった。
私は大量にある日記帳の一冊をフェリクスの方へ差し出す。
「旦那様、貴方に恋心を殺される前の私の日記を読んでみませんか?」
ある意味遺書みたいなものですよ?
私にそう言われたフェリクスの方がまるで死人の様だった。
何で過去の私、こんな人の為に笑顔を貼り付けて一年間耐え続けたのだろう。
さっさと泣き喚いて怒れば良かったのに。話し合えば良かったのに。幻滅しても良かったのに。
そうすれば私みたいな別人にならずに済んだかもしれないのに。
本棚に並んでる日記帳が過去の自分の骨壺のように思えた。




