33.一か月十万文字のペースでした
「不思議な話よね、マリアンの為に渡したお金なのにそちらの弟様の為に使われるなんて」
にこやかな表情だがアルマ姉さんの瞳は冷たい。
公爵家が末娘の嫁入りで渡した支度金が、本来の用途で使われていないのだから当然か。
しかも家一軒建てられるレベルの大金。寧ろ私が欲しいぐらいだ。
娘の我儘の為にそんな額を出させてしまった父には申し訳無いと思う。
フェリクスの有責で離婚できれば支度金は戻ってくるだろうか。
そこまで考えて、私は日記帳のことを思い出した。
「アルマ姉さん、実は伯爵夫人室に今すぐ入れそうなの」
会話を邪魔することに少し気まずさを感じながら私は口を開いた。
お金についても話し合わなければいけないが、まずは日記帳の確保だ。
「あら、そうなの?」
「ええ、フェリクス様が伯爵夫人室の鍵のスペアをお持ちだったから……」
「へえ……まあ、御当主様なのだから当然よね」
一瞬だけ探るような目をして彼女が言う。
「大公家の女主人として申し上げるけれど、鍵の管理はもっと厳しく行った方が良いと思うわ」
「……今後、気をつけます」
「気をつける程度で改善すれば宜しいけれど。では妹の部屋を開錠して頂ける?」
アルマ姉さんが扉の前をフェリクスに譲る。
私はそんな彼女の横に移動しながら、先程から気になっていたことを尋ねた。
「前伯爵夫人と執事のアーノルドは?」
「彼なら御婦人を部屋に休ませに行ったわ。医者は要らないそうよ」
「だからここに居なかったのね」
「まるで騎士が姫君を運ぶように抱きかかえてね、よろよろしていたけれど大丈夫かしら」
「ええ……」
執事ってそんなことまでするだろうか。
しかもアーノルドは中年と老人の間の中肉中背の男性だ。
安全面から考えても一人で運ぶべきではない。
「不躾なことを言ってしまうけれど、この家って使用人が少ない気がするわ」
「それは……確かにそうね」
姉が小声で耳打ちする。私も同意した。
彼女の指摘通りこの家には公爵家の半分も使用人が居ない。だから嫁いでから不便に感じることは多少あった。
でも私には実家から侍女のシェリアがついてきてくれたし、公爵家と伯爵家では家格が違うのだからそういうものだと納得した。
何よりフェリクスに嫌われたくなかったから不満なんて漏らさなかった。
今は嫌われたくないなんて全く思っていないが。
もしかしてこの家にはそこまで財産が無いのだろうか。
だったら私との結婚を承諾したのもわかる。
理解できないのは、何故その上で私に毎日愛していないと言い続けたのかだ。
そんなこと言われていたら好きな相手だって嫌いになるだろう。
支度金だけ頂戴してさっさと離婚したかったのかもしれない。
でもそんな理由で離婚したなら公爵家から睨まれるのでは無いだろうか。長姉だって大公家に嫁いでいる。
大公夫人と聞いて青くなったフェリクスを思い出しているとアルマ姉さんに袖を引かれた。
「マリアン、開いたみたいよ」
そう言われて私は視線を正面に向ける。確かに伯爵夫人室の室内が見えた。
散らかしてはいないが自室なので人に見られるのは少し気恥ずかしい。
私は部屋に入り、硝子張りの本棚に近づく。
「良かった、割られていない……」
本棚に鍵はかけていたが硝子を割れば日記帳は簡単に取り出せる。
そこまでして欲しい物でも無いだろうが、ラウルなら嫌がらせでやるかもしれないと少し不安だったのだ。
「しかし……予想より多いわね。トランクに入り切るかしら。作家でも目指していたの?」
アルマ姉さんが陳列された大量の過去日記を見ながら冷や汗を流す。
フェリクスも驚いたような顔をしていた。
一人寝の暇な夜を一年も続けていたのだから仕方がないと思う。
そう嫌味を言ってやろうかと考えたが、まだ気があると勘違いされたくないので止めておいた。




