29.寧ろお前が謝れと言いたい
「そんな訳ないでしょう」
吐き捨てるように私は口にする。強く否定しないといけない気がした。
その家ごとにルールが違うのはわかっている。
だけどフェリクスが当然のような顔をして言うから違うと首を振った。
「兄だからって弟に一方的に利用され続けるのはおかしいです」
「利用……俺が?」
不思議そうな顔をする伯爵家当主にまさか本当に気づいていなかったのかと内心驚く。
「されてますよね、彼の代わりに養育費を払って子供の様子を見に行っている」
「だが、ラウルは養育費を払えないから俺が払わないと……」
「払えないのはどうしてですか」
「それは……俺が、小遣い程度しか与えていないから」
「二十七歳になって兄から小遣い貰ってるのがおかしいと思いますけど、彼ってやっぱり働いて無いのですか?」
「ラウルは昔から体が弱くて、疲れるとすぐ熱を出すから……」
「へー……」
説明される度にどんどん心が冷えてくる。
そして私が当初からラウルに感じていた謎の嫌悪感の理由が薄々わかって来た。
彼は前世の私の妹に似ているのだ。
とにかく年長者におんぶにだっこな娘だった。何度彼女の宿題を代わりにさせられたかわからない。
面倒な手続きは基本家族任せで、遊ぶことだけは得意な妹だった。
ただ彼女を金銭面で面倒を見ていたのは両親だし、私は距離を置きたくて高校卒業後すぐ他県で就職した。
それきり私は実家にはろくに帰らず二十代で死んだ。妹はその頃大学生ぐらいだろう。
どんな顔かも覚えていない。
面倒ごとを押し付ける時の口癖が「だって仕方ないじゃん」だったことは覚えているのに。
そんな風にラウルと妹を重ねた結果、フェリクスと前世の自分まで重なって見えてしまう。
ただ私はこんな風に洗脳されなかったけど。
でも実家から逃げられなかったら私もこうなっていたのだろうか。ゾッとする。
「……そういえば、ラウル様はどうして伯爵夫人室に鍵をかけたのでしょう?」
これ以上、フェリクスが弟の無自覚奴隷状態であることを知りたくなくて話題を微妙に逸らす。
しかしそれは確かに知りたいことでもあった。
まあ十中八九嫌がらせだとは思うが。
私の質問にフェリクスが若干気まずそうに返す。
「鍵をかけたのは、その鍵を隠す為だと思う」
「どういうことですか?」
意味がわからなくて再度質問した。
「恐らく……君に謝って欲しいからだと思う。あいつは昔から謝って欲しい時に相手の大切な物を隠す癖があるんだ」
「それって最早牢屋にぶち込まなきゃいけないレベルのカスでは?」
私は又しても自分が公爵令嬢であることを忘れた。
そもそも謝って欲しいってなんだ。
唯一の救いは流石にマリアン(私)はここまで堕ちてないと自覚出来たことだった。




