26.意図しない出迎え
私は反射的に玄関に置かれた大きな彫像の陰に隠れる。
入って来たのがラウルなら面倒なことになるからだ。
しかし扉をゆっくり開けて屋敷内に足を踏み入れたのは彼の兄だった。
恐らく外出していたのだろう。
だがフェリクスは伯爵家当主なのに従者もつけず戻って来た。
そして扉を自分で閉めた後に立ち止まる。だが彼を出迎える使用人の姿はない。
執事のアルバートは今伯爵夫人室の前でアルマ姉さんとやり合っている。
でもフェリクスに出迎えが無いのはいつもの事だ。
以前は私が気付けば玄関まで出迎えていた。彼を愛していたからだ。
でもその時も使用人の姿は無かった。
当時の私は皆気を使って夫婦二人きりにしてくれているのだと思っていた。
でも今はそうではない気がしている。
私が盗み見ていることに気付かないのかフェリクスは溜息を一つ吐くとそのまま歩き出す。
私はその広い背中に声をかけた。
「フェリクス様」
彫像の陰から出てきた私を振り返った彼が見つめる。
特に驚いた様子も無いからもしかしたら私が隠れていたことに気付いていたかもしれない。
「……マリアン嬢」
声をかけたは良いが、何で声をかけてしまったのかは自分でもよくわからなかった。
「あの、お帰りなさいませ」
とりあえずそう挨拶すると彼は今更驚いた顔をした。
離婚すると屋敷を出て行った人間に家族のように接されて妙だと思ったのかもしれない。
でも他に適当な挨拶が思いつかなかったから仕方がない。
「ああ……ただいま」
戸惑いながら挨拶を返される。私は微妙な空気を壊したくて口を開いた。
「あのですね、ラウル様が伯爵夫人室の鍵を持って行ってしまったらしいのですが」
「……ラウルが?」
弟の名を出した途端フェリクスの顔に疲労が浮かぶ。
いや屋敷に入った時点で疲れた顔はしていた。彼は何をしに外出したのだろう。
好奇心を覚えたが振り払う。今はもっと重要なことがあるからだ。
「そうです。伯爵夫人室を勝手に施錠し、鍵を持って行ったせいで私が部屋に入ることが出来なくなっています」
「鍵の管理なら、アーノルドが……いや彼の所から持って行ったのだろうな」
溜息を吐きながら自己完結したフェリクスを前に、私はうっすらとこういったトラブルは一度や二度では無いのだろうなと思った。
「伯爵夫人室の鍵なら俺も持っている、それを貸そう」
どうやら扉を叩き壊す必要は無くなりそうだ。私は少し安堵した。
「有難う御座います」
「いや元々は弟がやらかしたことだ、本当にすまない」
そう言って謝罪する彼の顔は玄関を開けて入って来た時と同じだった。
うんざりしたような、それでいてうんざりすることに慣れ切ったような諦めた顔。
「もしかして外出していた理由はラウル様の尻拭いですか?」
知らず口から出た言葉に一番びっくりしたのは私自身だった。




