22.間抜けはみつかったようです
「と、扉を壊す……?!」
「ええ、だって他に方法が無いのでしょう?」
「そんな……たとえ公爵家といえ、流石に無法が過ぎます!」
扉を壊すというアルマ姉さんの言葉に当然だが執事は反発した。
いや、本当に当然なのだろうか。公爵家の人間に伯爵家の人間が口答えをするということは。
伯爵家を出る時自室に鍵をかけるのを忘れたこととと言い、今私の感覚は前世寄りになってしまっているところがある。
フェリクスへの強い恋心を捨てる為ほぼ別人になった反動なのかもしれない。
公爵令嬢として生きてきた記憶と知識はあるがそれを無意識では活用出来ない。
基本は平等という思想で生きてきた前世の感覚のせいで、本当に自分がそこまでしていいのかという葛藤も時々生まれる。
しかしそんな中途半端な私と違いアルマ姉さんには迷いが無い。
「無法?この家の女主人が自室の扉を破壊することの何が法に触れるというのです」
「それは……」
女主人という言葉にハッとした。そうだ、伯爵夫人は伯爵家の女主人でもある。
執事とはいえ使用人にここまで下に見られるなんて本来なら有り得ない。
けれど実際そうなっている。そして私を見下しているのは執事だけではない。
理由はいくつかある。
まず私が伯爵家当主であるフェリクスに妻として拒まれていること。
そして今まで私が伯爵家の使用人たちにまで媚びるように接していたこと。
これは心優しい女性だということをフェリクスにアピールする為の下心ありきだった。それと……。
私が考え込んでいると、執事のアーノルドが思いついたように声を上げた。
「し、主人というならば、私は伯爵様から直々に施錠を命じられました!たとえ奥様と言えども……」
「それは嘘よ」
次に声を上げたのは私だった。だってそれは違う。それぐらいはわかる。
「貴方は先程命じたのは坊ちゃまだと言った筈」
「ええ、ですので旦那様の……あっ」
「……今自分でも気づいたと思うけれど、フェリクス様の事は旦那様と呼んでいるのよね貴方」
「じゃあ、坊ちゃまと呼んでいるのは?」
アルマ姉さんに尋ねられ私は答える。
「次男のラウル様の方ね」
「は? 何故伯爵家次男が伯爵夫人の部屋を施錠する権利を持っているの?」
「さあ……でも、この執事が彼を猫可愛がりしているのは知っているわ。そして二人して私を馬鹿にしていることもね」
「成程、典型的な勘違い駄目執事ね。そんなのを雇い続けているアンベール家は本当に残念な家だわ」
「な、フェーヴル公爵家といえども流石に言葉が過ぎます!」
顔を真っ赤にして怒る執事をアルマ姉さんは冷え切った目で見つめた。
そして彼女は丁寧に紅を塗られた唇を開く。
「言葉が過ぎるのはお前の方よ。伯爵家を一番貶めているのは執事のお前の言動だわ。……家ごと取り潰されたいの?」
「ひっ」
「使用人に対し躾が出来なかったマリアンは確かに女主人失格よ。でもね、ここまで無礼な使用人なんて私は生まれて初めて見たわ」
「ぶ、無礼な真似など……私はただ、命令をされて」
「言い訳は要らないの。今すぐ鍵を持ってくるかお前の主人をここに連れてきなさい。お前に私たちと会話する権利など無いのよ」
「はっ、はい……直ちに!」
親子程違う女性に凄まれた執事は顔を白くし脱兎の勢いで駆けて行った。
その後姿を見ながらアルマ姉さんは呆れたように呟く。
「あの執事、上の立場の人間を見下すのに随分慣れ切っているわね」
伯爵家から離職させられた後に他の家に勤め直すのも難しそう。
彼女に言われ私は気まずい思いで説明した。
「多分、私が前まで使用人たちにも好かれたくて色々贈り物をしたり何をされても怒らなかったからだと思うわ」
「使用人たちに好かれることでアンベール伯爵に優しい娘だと好かれると思ったのね? 恋愛小説ならそうなるでしょうけれど」
「そうね、そうはならなかった。寧ろ今のように使用人の質を下げたことで逆に嫌われたかもしれない。……別にもう好かれたいと思わないけれど」
私の言葉にアルマ姉さんは少し考え込むような素振りをした。
「……あの執事の貴人を軽んじる態度、マリアンが来てからにしては随分と年季が入っている気がするのよね」
「え?」
「あら……あの男、鍵じゃなく主人の方を連れて来たってわけね」
私が聞き返そうとした瞬間、姉は視線を正面に向けた。
私も同じ方を振り向く。
汗だくの執事と、彼と同年代らしき女性がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。




