21.上には上がいます
アルマ姉さんに指示され私は公爵家の馬車で再び伯爵邸に戻った。
邸内に入って真っ直ぐ伯爵夫人室に向かう。
しかし扉には鍵が掛けられていた。
侍女のシェリアが施錠したのかと思ったが使った鍵を渡された覚えは無い。
私も部屋の鍵を持って家を出た記憶は無かった。
不思議に思いながらも鍵を借りに階下に行く。
使用人たちが掃除で施錠されてる部屋に入る時に使うことは知っていた。
すると玄関近くの廊下に執事が立っていた。
珍しく「お困りごとはありませんか」などと尋ねて来たので鍵の件を話した。
自分の部屋が施錠されて入れないから管理しているスペアキーを貸してほしいと。
しかしそれを聞いた彼はニヤリと笑いながら言った。
「申し訳ございませんが、出来かねます」
「は?」
「伯爵夫人室に鍵をかけるよう命じたのは坊ちゃまですので」
「何で私の部屋に私が入れないのよ」
「そう仰られましても……そもそも伯爵夫人の立場が嫌で実家にお戻りになられたのでは?」
明らかな嫌味を言われた為一瞬引っぱたこうか悩んだ。
しかし離婚時に不利になる要素は出来るだけ控えようと思い耐える。
フェリクスの家の執事なのだから彼に叱らせればいい。
「ならばアンベール伯爵様を呼んで頂戴。そして彼の前でもう一度今と同じことを言いなさいな」
「旦那様は御多忙な御方で今屋敷にいらっしゃいません」
馬鹿にするような笑みで返される。まるで今屋敷の主人は自分だとでも言いたげな顔だ。
しかしこの執事がどうして私にここまで悪意を抱いてるのかよく分からない。
記憶が戻る前は寧ろ使用人たちには親切にしていたと思う。フェリクスに気に入られたいという下心ありきだが。
いや、それも原因の一つか。つまりマリアンはこの使用人に軽く見られ馬鹿にされているのだ。
公爵家の人間と伯爵夫人、どちらの立場で叱責すべきか悩んでいると見慣れた姿が見えた。
「マリアン、随分と遅いから様子を見に来たわ」
「アルマ姉さん」
馬車で待機して貰っていたが、私が日記帳と共に戻らないので迎えに来たらしい。
足を踏み入れたことなど一度程度の伯爵邸でも彼女は全く臆した様子は無かった。
「貴方は自分の部屋に荷物を取りに行った筈だけれど……肝心の荷物が見当たらないわね」
「それなのだけれど……伯爵夫人室が施錠されてて、この家の執事が鍵を貸してくれないの」
「あら、そうなの?」
「申し訳ございません、上からの命令でございますので」
執事は慇懃無礼な笑みをアルマ姉さんに向けた。
それに優雅に微笑み返して彼女は口を開いた。
「気にしないで、伯爵家の扉ごとき叩き壊せばいいだけだから」
公爵家から頑丈な使用人たちを連れてくる理由が出来たわ。
フェーヴル公爵家長女の言葉にアンベール伯爵家の執事は今更顔を青くした。




