20.証拠は大切です
「貴方は初夜すら迎えて無い上に結婚してまだ一年でしょう。結婚自体を無効にできる可能性が高いわ」
「……結婚自体を無かったことに?」
「ええ、確かに結婚式はしたけれど、伯爵家の意向でかなり地味だったし賓客も少なかった。きっと皆すぐ忘れるわ」
アルマ姉さんは力強く微笑んだ。
確かに私とフェリクスの結婚式は地味だった。
三十歳にもなって派手な式なんて恥ずかしいと言われたからだ。
両親が費用は公爵家が全部出すと言ってもそういう問題ではないと拒否された。
フェリクスとどうしても結婚したかった私は、実家を説得し伯爵家からの希望を受け入れた。
公爵家と伯爵家の結婚なのにほぼ身内だけの式になった。
兄や姉たちのように大勢から祝われる豪華な結婚式を自分も当たり前にすると思っていた。だから少し悲しかった。
(……その時に目が覚めていれば良かったのにね)
過去の自分に対し苦々しく思う。
でも人生、どう転がるかわからない。地味な結婚式をしたことが逆に良かったとなるなんて。
「それで夫婦関係が無かったことの証明だけれど、マリアン……貴方って昔から毎日日記を書いていたわよね?」
アルマ姉さんに言われ少し考えてから頷く。前世の記憶を思い出してからは習慣を忘れていたが確かに私は十年以上前から毎日日記をつけていた。
誰にも言わず書いていたそれを何故姉が知っているかは今は追及しないでおく。
「日記に夫婦生活が無いことに対しての記述はある?」
「ええ、愛していないと言われたことと夫婦用の寝室が施錠されていることを毎日忘れず書いているわ」
「それをシスタードロシアに御見せすればきっと同情して手助けをして頂けると思うわ。でもその前に私が確認してもいい?」
「えっ、アルマ姉さんに私の日記を?」
「何よ、恥ずかしいの?」
「それは、恥ずかしいに決まってるわよ……」
マリアンの日記は日記というより最早私小説だ。夫に愛されない伯爵夫人の孤独がたっぷりと綴られている。
合わない人が読んだら悲劇のヒロイン気取りかとバッサリ断罪されるだろう。
「だって誰も読まないと思って、自分が世界で一番不幸みたいな感じで書いてるし……」
「嘘を書いて無ければ問題無いわよ、それに悲しんでいるとわかる方がシスターにも同情して貰えるわ」
アルマ姉さんに言われて渋々と頷く。物的な証拠など無いのだから日記を提出するのは仕方ない。
この世界では録音も気軽にできないし動画撮影なんて技術すらまだ無いのだから。
「わかったわ、今持って……あっ」
「どうしたのよ?」
「私、一番新しい日記帳だけ持って来て他は伯爵家に忘れて来ちゃった……」
「不味いわね……処分される前に今すぐ伯爵邸に向かうわよ!」
紅茶を一気に飲み干すとアルマ姉さんが颯爽と立ち上がった。




