18.白い結婚が生まれるまで
「あら知らない? 少し前に人気小説のテーマになったのに」
「悪いけれどその小説自体知らないわ、少し前っていつ?」
私が質問するとアルマ姉さんは少し考え込み答えた。
「……十年?」
「私その頃九歳だけれど?」
十年前は全然少しでは無い。
姉さんもそのことに気付いたのか少し気まずそうな表情になった。
「大人になってから読んだから少し前だと思ったのに、まさか十年前なんて……」
違う、勘違いを気まずく思っているのではなくショックを受けている。
私は慰める為口を開いた。
「まあ大人になると急に一年が早く過ぎるようになるし、姉さんは色々忙しいから仕方ないわよ」
「マリアン貴方……なんか急に大人びたわね、まだ十九歳なのにいっぱしの口を利くようになって」
「そ、そんなことより白い結婚制度について教えて頂戴アルマ姉さん」
疑うような視線を向けられ内心焦る。
前世で二十五歳まで生きた記憶があるなんて話せる訳がない。
しかもこの世界ではなく彼女たちにとっては全くの異世界である地球の日本で暮らしていたなんて。
幸いアルマ姉さんは深追いすることは無かった。
「そうね、白い結婚は婚姻関係にはなったけど一度も肉体関係にならなかった夫婦たちの制度なの」
「……成程、そういうことね」
「女同士だから飾らない言い方をしたし、これからもするけれど大丈夫?」
だからリンツ兄さんを急かすように退席させたのか。納得がいった。
「気遣ってくれて有難う、私なら大丈夫よ」
「そう? 屋敷を出る前の貴方なら性的な話題は顔を真っ赤にして嫌がると思ったのだけれど」
「……一応結婚した身ですもの、男女の行為は一度もしたことは無くてもね」
「確かに結婚する前に初夜の心得位は聞かされるものね。白い結婚制度というのは法では無く教会が定めたものなの」
「教会が?」
「貴方が赤ん坊の頃だけれど、姑に子供が出来ないことを責められて追い出された貴族女性が居てね」
「そんな、酷い……子供って女性一人だけで作れるものじゃない!」
「そうよ、しかもその夫婦は夫が一方的に肉体関係を拒否していたのよ。自分は誠実だから愛人以外と関係は持たないって」
「いや誠実な奴は愛人持たないでしょうよ」
思わず自分が貴族令嬢だと忘れて前世の口調が出てしまった。
しかしアルマ姉さんは気にした様子も無く話を続ける。
「それで追い出された女性は実家にも受け入れて貰えず修道院に駆け込んだのよ、その修道院の院長が国王陛下のお姉様だったの」
「それって、シスタードロシア様のこと?」
「そうよ。話を聞いた彼女が激怒して他のシスターたちを引き連れ貴族の家に突撃して姑と夫と愛人を同席させた上で貴族女性の無実を証明したの」
シスタードロシア。国の女たち全ての母と呼ばれどの身分の女性からも愛され尊敬されるシスター。
聖母のように穏やかに微笑んでいる印象しか無いけれど、そんな苛烈さも持っていたとは。
「無実の証明って、姑の前で夫に全部白状させたの? 夫婦の間に何も無かったから白い結婚ってこと?」
「そうよ、神に誓って真実だけを話すと宣言させてね。結果夫は妻に謝罪し多額の慰謝料を払って離婚したの」
「……姑は謝罪しなかったの?」
一見ハッピーエンドに聞こえる話だったが、私はそこが気になった。
今姉から聞いた貴族夫婦の関係は少しだけ私とフェリクスに似ている。
肉体関係を夫が一方的に拒否している部分が。
もし私が何年も耐えていたら、同じように子供が出来ないことを姑や周囲から責められたのだろうか。
少し暗い気持ちになった私を見て、アルマ姉さんは安心させるように言った。
「大丈夫よ、結婚に関して貴方に非が一切無いとは思わないけど私は絶対味方だから。ついでにその姑は破滅したわ。」
嬉しいことを言われたが後半の情報が気になり過ぎて感動出来なかった。




