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1.愛してない?私もですけど

「分かっていると思うが、君を愛することは無い」

「そうですか、私もです」


 夕食の席で唐突にそう言われ私は返事をする。

 夫であるフェリクスはワイン入りのグラスを取り落とした。


「きゃあっ、旦那様!」


 メイドが悲鳴を上げてそんな彼に駆け寄り、色々世話をする。

 いい年して赤ん坊みたいだ。今年三十歳になる夫を私は冷めた目で見た。


 いやおかしなことでは無いのだ。貴族が身の回りの世話を使用人にさせるのは。

 ただ私は先程自室で頭を打った結果、前世の記憶を思い出した。


 以前の私は日本という国で一人暮らしをしていた二十五歳の会社員。

 死因は交通事故。


 今の私はマリアン・アンベール。十九歳になったばかりの伯爵夫人だ。

 去年から目の前でワインを零しまくっている彼と愛の無い結婚とやらをしている。


 正確にはマリアンはフェリクスを愛しているが、向こうは全くそうではないという状態だ。

 なので結婚式当日から毎日のように「君を愛することは無い」と言われ続けてきた。


 確かにフェリクスという男は顔とスタイルはすこぶるいい。

 青みがかった黒髪と鋭いが形の良い赤い瞳。長身で鍛えられた体つき。

 剣の腕も確かで国王が主催する剣技大会で十年連続優勝している。王太子の側近でもある。


 そんな彼にマリアンは一目惚れをした。

 なので公爵である父に頼み込んで独身だったフェリクスと見合いをし、結婚までこぎつけたのだ。

 だが夫が彼女を愛することは無く夫婦用の寝室には鍵がかけられたまま。

 愛せないと言われたマリアンは毎日泣きながら新妻だというのに独り寝の夜を過ごしていた。


 前世の記憶を取り戻した今は思う。

 マリアンって、馬鹿な娘だなと。


 顔も体も良くて家柄も高くてこんなにも目立つ男が三十になるまで独身というのがおかしい。

 結婚出来ない理由が必ずあるに違いない。いわゆる地雷物件という奴だ。


 実際娘に恋心を打ち明けられた公爵夫妻もやんわりとそう窘めていた。

 でもマリアンはそんなの関係ないと我儘を押し通した。若さって怖い。


 結果夫のフェリクスに毎日愛することは無いと拒否されて、泣き暮している。

 最初は愛されるかもしれないという希望を抱いていた、でも最近は実家に帰りたいとばかり思っていた。

 彼の地雷部分は今ならわかり過ぎる程わかる。前世の記憶を取り戻した今はフェリクスが爆弾にしか見えない。


 なのに実家に帰れなかったのはマリアンの意地だ。

 両親が止めたのに絶対結婚すると言い張ったから、やっぱり無理でしたと泣きつくことが出来なかったのだ。

 でも前世の記憶が戻った今はたとえ親に怒られようと呆れられようと、この結婚生活を続けるよりはマシだと理解している。


 私はワインで汚れたジャボをメイドに外されたまま呆然としている夫を見る。

 そして告げた。


「愛してないとかいちいち言わないで結構ですよ、私も貴方のこと全く愛していないので」

「……は?」

「それと離婚しましょう、愛の無い結婚でも別にいいけどモラハラ夫は無理なので」


 それでは失礼します。

 食事を終えた私はそう言って自室に戻った。この国での離婚方法について詳しく調べなければ。

 それと実家の公爵家にも手紙を書こう。やることはいくらでもあった。


 

 

 食堂に夫とメイドを置いて一人で夫人部屋に戻る。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 そう言って私を迎えたのは実家から連れてきた専属侍女のシェリアだ。

 今年二十五歳になる彼女は乳母の娘で、私が赤ん坊の頃から仕えてくれている。

 私はシェリアに部屋着に着替えさせて貰いながら報告した。


「私フェリクス様と離婚すると決めたわ」


 彼女は一瞬仕事の手を止めたが、すぐに喜びの声を上げた。


「まあ、それは良い決断をされました!」

「やっぱりシェリアもそう思うのね?」

「お嬢様が毎日目を腫らして起きてくるのを見れば誰だって思います!」


 侍女のシェリアは夫人部屋と扉で繋がっている専属侍女室で寝起きしている。

 それでも私が毎夜ベッドで泣いていたことはバレていたらしい。

 前世の記憶が戻った今はよく一年間も泣き暮していたなと感心する。


 私は目の前の姿見に映る美女を呆れた目で見た。着替え終わり今は厚手のネグリジェ姿だ。

 ピンクブロンドの髪に水色の瞳。びっくりするぐらい目が大きくて睫毛も長い。

 化粧していないのにそのまま雑誌のモデルになれそうな美人だ。


 マリアンは公爵家の三女に生まれ、その地位と可愛らしさで周囲から甘やかされて育って来た。

 結果、異性を見る目は養われず顔だけで相手を好きになった挙句不幸な結婚をしてしまった訳だが。


「本当に伯爵様は酷いことをされます、結婚までしておいてお嬢様に指一本触れないなんて」

「あはは……」

「こんなに美しく愛らしいマリアン様に手出ししないなんて……男性としての機能が無いのでしょうか?」


 私は憤慨したり不思議がったり忙しいシェリアに曖昧に笑う。

 確かに結婚してから一度も夫婦としての交わりが無かったのは悲しかった。

 でも離婚すると決めた今は寧ろそれで良かったと思う。 


 だが確かに今の私は美女だ。肌はすべすべで胸もそれなりに大きいし腰も括れている。

 そして記憶を取り戻すまでは旦那様大好きと毎日アピールしていた。それこそ胸元が開いたセクシーなドレスを着たり。


 フェリクスがマリアンに一切愛が無くても一度も手を出そうとしなかったのは確かに凄い。

 愛してなくても平気で女を抱く男なんて幾らでもいるのに。

 たとえば、転生前の元カレとか。


 そんなことを考えていると強く扉が叩かれる。


「フェリクスかしら」


 首を傾げつつ私が扉を開けようとするのをシェリアが止めた。


「まず私が対応致します、お嬢様は奥に」

「私もここにいるわ。彼に話があるというならさっさと済ませて眠りたいもの」


 そう答えるとシェリアは私に上着を一枚着せてから扉を開けた。

 しかし廊下に立っていたのはフェリクスではない。

 先程までワインを零した彼の面倒を甲斐甲斐しく見ていたメイドだ。

 確か名前は。


「貴方……マーベラだったかしら?」


 私が呼びかけると茶色い髪のメイドは、こちらを強く睨みつけてきた。


「奥様は少し勘違いしてるんじゃないですか?」

「は?」


 予想外の言葉に私は口をぽかりと上げる。

 シェリアの目がマーベラと同じくらい吊り上がった。


「無礼者!」


 シェリアは迷いなくマーベラを平手打ちした。パァンと良い音が響く。

 信じられないような顔をして伯爵家のメイドは廊下にへたり込んだ。


 私も驚いたがシェリアを咎めるつもりはない。

 マーベラは伯爵夫人で元公爵令嬢である私に無礼を働いた。

 勘違いしてるんじゃないですかという発言には明確に悪意があった。


「な、何をするのよ、私が誰だかわかっているの?!」


 衝撃から立ち直ったのかマーベラは顔を真っ赤にしてシェリアに抗議をする。

 私は侍女を手で制して口を開いた。


「ごめんなさい、ちっともわからないわ。貴方が何様なのか私に教えてくださる?」


 様の部分に圧力を込め私はマーベラに問いかけた。

 途端に赤かった顔が青くなる。でも私は容赦するつもりはない。


「伯爵夫人である私に対し勘違いしてると指導できる身分を貴方はこの屋敷で持っているのかしら」

「そ、それは……でも私はフェリクス様の乳母の娘です!」

「だから何だというのです」


 シェリアが冷淡に答える。

 彼女も私の乳姉妹だがそれを笠に着て無礼な態度を他者に取ることは無い。

 主人である私に恥と迷惑をかけると理解しているからだ。


「それならばマリアン様は伯爵の奥方。何故メイドの貴方が上から目線で声を掛けられると思ったのですか」

「う、上から目線なんて私は……」

「勘違いしてるんじゃないですか、でしたか。これが上から目線でなくと何だというのですか!」


 シェリアが厳しい口調で言うとマーベラは助けを求めるようにこちらを見た。

 一見不思議な行動だが思い当たる理由はあった。


 嫁いでからフェリクスに冷淡な態度を取られていたマリアンはすっかり自信を無くしていた。

 そして媚びることにしたのだ。フェリクスだけでなく彼に近い人物たちにも。


 マーベラはその内の一人だ。

 理由は彼がフェリクスの乳母の娘で、メイドだが令嬢付きの侍女のように彼の身の回りの世話をしていたからだ。

 マーベラは恐らくシェリアと同じくらいの年齢だろう。外見は勝ち気そうな美女だ。


 そんな相手が夫にべったりとしているなら普通は嫉妬するだろう。

 しかしマリアンは箱入りお嬢様だったのでメイドと主人がそういう関係になるなんて全く考えなかったのだ。

 

 だからわざとらしい位過保護にフェリクスの世話を焼くマーベラに対し牽制どころか愛想を振りまいた。

 丁寧に接し何度も贈り物をして気に入られようとした。

 フェリクスに対し自分を売り込んでくれないかという下心で。


 だが結果は虚しくマーベラはマリアンを自分より下の人間だと認識した。

 そして小姑のようにチクチクと嫌味を言ったり嫌がらせをするようになったのだ。


「……今までの私の態度も悪かったわね、でも勘違いしているのは貴方よマーベラ」

「なっ」

「多分私が旦那様に対し生意気なことを言ったと叱りに来たのでしょうけれど、貴方は私と彼の関係に口出しする権利なんて無いの……所詮ただのメイドなのだから」


 そう冷酷に告げる。マーベラが鬼の形相になった。

 私を守るようにシェリアが一歩前に出る。侍女の肩越しにマーベラの叫び声が聞こえた。 


「私はただのメイドじゃないわ、取り消しなさい!」

「ただのメイドじゃないってどういうこと?……もしかしてフェリクス様の恋人とか?」

「そっ、そうよ!私の方が貴方よりずっと彼に愛されているんだから!!」


 シェリアが再び腕を振り上げるのを私は止めた。

 そして怒りと興奮で涙目になっているマーベラに笑顔を浮かべる。


「そうなの、ではフェリクス様は貴方という恋人がいながら私と結婚したのね。……我が公爵家には内緒で」


 貴重な有責証言有難う。私の言葉にマーベラは口をパクパクさせた。


 

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