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無自覚勇者は『ヒモ』になりたい!  作者: サイトウ純蒼
第一章「ヒモを夢見る少年」
9/82

9.姫様、誤爆する。

「……すまないが、ウィル。もう一度話してくれないか」


 エルティアは金色の髪を掻き上げながら、心底困惑した表情で言った。

 漆黒のミノタウロスと戦闘中、目の前の茶髪の少年の声を聞いた辺りから不思議な力が体に湧き魔物と戦闘。初めての自由な魔物との戦闘に、全身に快感を覚えていたのだがそれより先の記憶がない。

 腹心である上級大将ルーシアも記憶が曖昧だと言う。今は王都からの応援部隊が到着し皆を治療してくれているが、どうも合点がいかないことばかりだ。問われたウィルが腰に手を当てて説明する。



「ああ、だから、俺が来た時には姫様がひとり無双していて、あの黒いミノタウロスもその剣でザックザック斬り刻んだって。そして燃えた。俺は応援していただけだ」


「……そうか」


 確かにエルティアの戦闘スキル『フレイム』は斬った相手を灰と化する。ただそれは自分との能力差が大きい場合のみであり、幾ら不思議な力が漲っていたと言ってもあの『厄災級』の悪魔に対してそうなったとはとても思えない。




「姫様!!」


 そこへ王都からやって来た調査部隊の責任者が報告に現れた。


「なんだ?」


 髭を生やした白髪交じりの老兵が報告する。


「はっ。例の漆黒のミノタウロスですが、燃え残った残骸、並びに目撃証言から推測しまして恐らく『古代種』かと思われます」


「古代種!? それは伝承に出て来る古生代時代の魔物ことか??」


「はい。信じられぬことですが……」


 エルティアとルーシアは絶句した。

 古生代時代と言えば勇者が現れ魔王を討伐したとされる伝承の時代。それが本当ならば、かの時代の魔物が現代に蘇ったということになる。ルーシアが尋ねる。


「『百災夜行』との関係は?」


 老兵が首を振って答える、


「分かりませぬ。いったい何が起ころうとしているのかすらも……」




(古代種ねえ……)


 ウィルが先ほど倒した漆黒の魔物を思い出す。

 確かにあのような魔物は広い『黄泉の洞窟』でも遭遇したことがない。古代に生息していたというのならそれも納得がいく。


「なあ、姫様」


「なんだ?」


 ウィルの問いかけに顔を上げて答える。


「姫様はなんでそんなに戦うんだ?」


 エルティアが苦笑しながら答える。


「決まっているだろう。私がこの国の姫だからだ」


「姫だから戦うのか?」


「そうだ。国のため、民のため王族が厄災の盾になることは至極当然のこと。そして私は……」


 そこまで言ったエルティアがやや上を向いてつぶやく。



「勇者様が現れるのをお待ちしておるのだ……」


「勇者様?」


 それまで黙って聞いていたルーシアが代わって言う。



「世に邪が蔓延るときに現れるという救世の英雄。それが勇者様だ」


「ふ~ん……」


 小さく返事をするウィルにエルティアが言う。


「だから私は勇者様が現れるまで必死にこの世を守る。いや守らなければならぬのだ」


 その目は決意に満ちた瞳。何人たりとも邪魔はさせぬエルティアの決意。ウィルが言う。



「じゃあ、俺が一緒に探してやるよ」


「何をだ?」


 やや驚いた表情をしたエルティアが尋ねる。ウィルが答える。


「何をって、その勇者様だよ」


「なぜおまえが一緒に探すのだ?」


 無表情でそう尋ねるエルティアにウィルが答える。


「いや、だって俺、姫様の力になりたいし。俺、きっと役に立つぜ」


「お前の目的は?」



「姫様のヒモ」


「帰れ」


「いや、だって俺がいれば……」


 まるで汚物を見るかのような表情になってエルティアが言う。



「貴様のような下等生物と一緒に行動などできぬ。人としての矜持はないのか? ヒモなんぞに憧れて……」


 手を額に当て、首を振るエルティア。


「いや、待ってくれよ。俺がいれば姫様だって……」


「気やすく私の名を口にするな。汚らわしい!!」


 もはやウィルの言葉など一切彼女の耳に届かない。しつこいウィルに対して思わずエルティアが抜刀しかけた時、傍にいたルーシアが一歩前に出て言った。



「僭越ながら姫様、私はこの男を同行させても良いかと思います」


「え?」


 言われた本人が一番驚くウィル。鞘にかけていた手を戻し、エルティアがルーシアに尋ねる。


「それはどういう意味だ?」


 黙り込むルーシア。彼女の脳裏にはおぼろけにあの『漆黒の悪魔』に対峙する目の前の少年の姿が蘇る。ウィルをじっと見つめてからルーシアが言う。


「はい。先の戦闘の際、私は背中に強い疼きを感じました。心地良い疼き。そして体の底から湧き上がる力を感じたのです」


「……」


 心地良い疼き。それは左胸に同じ疼きを感じていたエルティアにも当てはまる。ルーシアが言う。


「きっかけはその少年が現れ、叫んだ時からでした。何の因果関係があるのか知りません。勘違いかもしれません。だけど全く無関係だとも思えないのです」


「ルーシア……」


『王都守護者』と呼ばれ、簡単には人を認めないルーシアにしては珍しい言葉。その彼女が認めたのならば、とエルティアの心が揺らぐ。ルーシアが言う。



「ウィル。あなたの考えは極めて下賤で救いようのない恥ずべき思考です。人として終わっています。だが、あなたが真に姫様の力になりたいというのならば、私はそれを拒みません。どうですか?」


(どうですかって、これだけ真面目に人を貶せる奴ってある意味才能だぞ!!)


 むっとした表情のウィルを見てルーシアが尋ねる。


「嫌でしたか?」


「いいや、嫌じゃねえ。俺は姫様のヒモになるために、その傍にいたいんだ。だから姫様親衛隊に入ってやるぜ!!」


 ルーシアが呆れた顔で答える。


「そのような部隊はありません。とりあえず王兵、雑用係にでもなって貰いましょう」


「はあ? 雑用係!?」


 姫様のヒモになって贅沢、ぐーたらな生活を送るはずが王城の『雑用係』では話にならない。不満そうな顔をするウィルにエルティアが尋ねる。



「ならば聞くが、ウィル。お前のスキルは何なんだ?」


 スキル次第ではもっと上の仕事を与えてもいいと思ったエルティア。だがその言葉を聞いて唖然とする。



「お、俺のスキルは……、『虚勢』だ……」


 顔を赤らめ恥ずかしそうに答えるウィル。エルティアとルーシアも顔を赤くして驚き、尋ねる。


「きょ『去勢』!? お前、いったいどんな悪いことをしたのだ!!??」


 真っ赤になって尋ねるエルティアにルーシアが小声で窘める。


「ひ、姫様、お声が大きい!!」


「ひゃ!? す、すまぬ……」


 ウィルがため息交じりに答える。



「何もしてねえよ。まあ、あんたらみたいな奴らには、絶対俺の苦労なんて分からんだろうな」


「わ、分からぬ。さすがにそれは、分からぬ……、難儀だったな……」


 もぞもぞと答えるエルティア。


「ああ、マジで苦労したぜ。ま、もういいけどな」


 そう答えるウィルにルーシアが小声で尋ねる。



「じゃ、じゃあお前は『宦官』希望なのか……??」


「は? 宦官??」


 意味が分からないウィル。ただふたりの視線が、なぜが先程から自分の()()に向けられているのには違和感を覚える。エルティアがルーシアに言う。


「ルーシア、うちの王城に宦官職などないぞ……」


「ああ、そうでしたか。では彼の処遇はいかに……」


 そう言いながら再びふたりはウィルの股間を見つめる。さすがに気になったウィルがふたりに尋ねる。



「なあ、なんでお前らはさっきから俺の()()ばかり見て話すんだ?? 貴族の作法か??」


 そう言いながら自分の股間を指さすウィル。エルティアが答える。


「い、いや、お前にも話したくない過去が『そこ』にあってだな……、我らは別にそれを悪いとは言わずにだな……」


 そう言いながらもやはり視線が固定されるエルティア。結局この意味のない問答をしばらく繰り返してから、その恥ずかしい誤解は解けることとなる。




「……マジ、お前ら変態だな」


 呆れ顔のウィルがため息交じりに言う。エルティアが顔を真っ赤にして答える。


「ち、違うのだ!! 私は何も言っていない。ルーシアがだな……」


「姫様!! 人に責任を擦り付けるのはバルアシア王国の姫としてあってはならぬこと。よ、よいですか!!」


「ル、ルーシア、貴様……」


 姉妹のように仲の良いふたりの言い争い。ウィルが言う。


「別にいいぜ、俺は気にしていないから」


 そう言って貰えてようやく安堵したのか、エルティアが姫様らしい笑みを浮かべて答える。



「素直に無礼を詫びよう。すまなかった」


 姫が謝罪する姿を見てウィルが驚いて言う。


「いいって。あ、俺をヒモにしてくれたら全然許してやるぜ」


「そうだな。勇者様が現れて、この世を救ってくれたら考えてやろう」


「本当だな!? 約束だぞ。俺が絶対一緒に勇者を探してやるから」


「ああ、分かった。分かった」


 なんだかんだでウィルのペースに巻き込まれ、彼を王城の雑用係として雇うこととなったエルティア。王都へ帰還しながらエルティアが思う。



(まさかあのウィルが『野獣様』ではないよな……、いやあの方がヒモなんぞ目指すはずがない。私は何を考えているのだ……)


 一瞬ウィルを孤高の戦士である『野獣様』と重ねてしまったエルティア。すぐにそれを否定する。


(だけど彼は見たはず。私の呪われた『鉛色の翼』を……)


 あえて話題にはしなかったが、それは彼女にとってはあまり知られたくない事実。翼を見る度に辛い思い出ばかり甦る。そんなエルティアとルーシアの元にウィルが駆け付けて言う。



「そうだ、姫様。ひとつ聞きたかったんだ」


「なんだ?」


 やはり雰囲気は似ている。そう思いながら自分を見つめるウィルが言う。



「王兵に『アルベルト』って奴はいるか?」


「アルベルト? さあ、あまり聞いたことはないが……」


「スキル『ギガサンダ―』を使うんだけど、将校とかになっていないか?」


 ルーシアの顔を見つめるエルティア。首を振るルーシア。


「いない。そいつがどうかしたのか?」


「そうか。いや、何でもない。ありがとうな!!」


 そういって隊列後方に戻るウィル。



(そうか。アルの奴、王城で将校にはなっていないんだ……、生きているのかな……)


 幼少の頃に生き別れた弟アルベルト。いまだその安否は不明。優秀なスキルを持っているのですぐに見つかると思っていたウィルがやや落胆する。





「姫様」


「なんだ、ルーシア」


 金色の髪を靡かせて帰還するエルティアにルーシアが馬を並べて言う。


「『漆黒の悪魔』の討伐、おめでとうございます。民も喜ぶでしょう」


「そうだな。でも皆の協力があってのことだ。私ひとりでは何もできない」


 そう謙遜するエルティアにルーシアが言う。


「勇者様もきっとどこかで見ておられるはずです」


「そうだな。私もそう思いたい」


 ふたりは笑いながら一路王都へと戻る。

 だがその王都に『新たな魔物』が迫りつつあった。

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