表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無自覚勇者は『ヒモ』になりたい!  作者: サイトウ純蒼
最終章「姫様が好きだったんだ。」
81/82

81.豊穣祭前日

「祝いだ、祝い!! そら、飲め飲め!!」

「わはははっ!! 新しい勇者に乾杯~!!!」


 ウィル達一行が魔王バーサスを倒してから約一週間、バルアシア王国ではお城や城下町で毎日のように宴が開かれた。『百災夜行』も漆黒の魔物ももう現れない。勇者ウィルの名前は国中の人々の胸に刻まれた。



「あれ? 勇者様がいらっしゃらないぞ~??」

「どこ行ったんだ??」


 最初こそ嫌々その宴に参加していたウィルだが、元々騒がしいところが苦手な彼はすぐに身を隠すようになった。目立たぬよう姫様のヒモで居たい。魔王はいなくなったが今の世界は彼にとってあまり望んだものではなかった。




(はあ、なんで俺が変装なんてしなきゃならないんだよ……)


 王城の中庭。箒で落ち葉を掃きながらウィルがため息をつく。最初は不満だった雑用係の仕事。だが皆に追いかけ回され忙しい時間を送るうちに、この誰にも邪魔されない地味な仕事もいいんじゃないかと思うようになった。上官である黒ひげや一部の王城中枢の人間のみが知っているウィルの居場所。変装して目立たぬよう雑用係の仕事をこなす。


「おい、本当にいいのか? こんなところで落ち葉なんて掃いてて」


 ウィルが勇者だと知った時黒ひげは腰が抜けるほど驚いた。だが帰って来て再び『雑用係の仕事がしたい』と言ってきた彼は、以前と変わらぬうだつの上がらない人間でった。


「いいっすよ。騒がしい場所苦手なんで……」


 そう答えるウィルの顔は疲れで生気のないものであった。


「しかしお前が勇者だったなんてな。ほんと驚いたよ」


 当初黒ひげは勇者ウィルに対する失礼な態度を咎められるのではないかと心配していた。だが戻って来た変わらぬウィルを見てその不安は杞憂だったと安堵した。ウィルが答える。


「いや、だから俺は勇者なんかじゃないですよ……」


 何度も否定してきたその言葉。ただただ『ヒモ生活』と大切なエルティアのために戦った結果。『六星』の面々やグレム爺など周りに助けられた方が大きい。



「ウィル君~!!」


「がっ!?」


 そんなウィルの下へピンク髪の眼鏡をかけた女の子が走って来る。ウィルがフードの下から顔を出し言う。


「マリン!? なんで俺って分かった??」


 変装している。一見では分からないはず。マリンが不思議そうな顔で答える。


「えー、だって愛する旦那様の匂いがしたし」


「犬かよ、お前……」


 呆れるウィルに黒ひげが笑って言う。



「勇者様になるとこんなに可愛い女の子が寄って来るんだな。まあ楽しくやれよ」


「やだ~、おじ様ったら! 本当のことだけど照れちゃう~」


 否定もせず全力でそれを肯定するマリン。立ち去る黒ひげを見てからマリンが言う。



「ウィル君。今色々忙しい時期だと思うけど、私達の挙式の準備も進めなきゃね!」


「なんでお前と式を上げるんだよ」


「えー、約束したじゃん! マリン、今花嫁修業頑張ってるんだよ」


「勝手に頑張れよ」


「ギルドももう直ぐ辞めるし」


「なんで? お前食っていけるのか?」


 マリンがウィルの腕に手を回し胸を押し付けながら言う。



「旦那様が食べさせてくるんでしょ~」


「ば、馬鹿、放せって!!」


 全く会話がかみ合わないマリン。逃げようとするウィルの背後からその低い声が響いた。



「随分と、楽しそうじゃないか……」


「げっ!? 姫様!!」


 振り返るとそこには金色の髪が美しいエルティアが立っていた。動揺するウィルが言う。


「ち、違うんだ、姫様!! これかこいつが勝手に……」


「その割には顔は嬉しそうだな……」



「あ、姫様。こんにちは」


 深刻なあっけらかんとしたマリンが言う。エルティアが無表情で言う。


「女、用もないのになぜ王城へきているのだ?」


 マリンが少し驚いた顔で答える。


「あ、はい。私の主人に呼ばれまして……、ね? ウィル君」


 ウィルの顔が真っ青になる。


「ば、馬鹿なこと言うなよ!! 俺は呼んでねえし、会う約束なんて……」



「仲がいいんだな、お前達……」


 エルティアが言った言葉。それを聞いた瞬間ウィルの背中に悪寒が走る。


「ひ、姫様ぁ……」


 泣きそうな顔のウィルにエルティアが言う。


「私にはあのような都合のいい言葉を言っておきながら、これがお前の本性なのか?」


「ち、違うって! 俺本当に姫様のことが……」


「もういい!! お前など知らぬ!!」


 エルティアはそう言い放つとウィルに背を向け立ち去っていく。



「ひ、姫様ぁ……」


 置いて行かれたウィル。マリンがそんな彼の頭を撫でながら言う。


「姫様、最近お忙しそうでご機嫌悪いのでしょうね。可愛そうなウィル君。マリンが慰めてあげるね」


「いや、だからいいって!! じゃなあ!!」


「あ、ウィル君!!」


 マリンは逃げるようにその場を去るウィルを不満そうな顔で見つめた。






「まったくどうしてあいつはあんないい加減なんだ!!」


 ウィルと別れた後、ひとりぶつぶつ不満を言いながら城内を歩くエルティア。そんな彼女の前に銀髪の美しい女性が現れ尋ねる。


「エルティア様、どうなされました?」


 イライラが溜まるエルティア。そんな彼女を見て心配したルーシアが声を掛けた。エルティアが答える。


「な、何でもない」


「あなたは本当に素直な方だ。ウィル様との間で何かあったんですね?」


(な、なぜ分かる……??)


 驚いた表情のエルティアにルーシアが言う。


「どうして分かったのかとお考えでしょう? それより明日の豊穣祭にウィル様をお誘いされたのでしょうか?」


 いよいよ明日から始まる豊穣祭。最終日の大篝火の一緒に踊った男女は結ばれると言う云われがあるお祭り。エルティアが頬を膨らませて答える。



「そ、それを確かめに行ったのだが、あいつはまた別の女と一緒に居て……」


 思い出してまた苛立つエルティア。ルーシアが言う。


「エルティア様。今や彼は勇者なんですよ。国や、この世界を救った英雄。放っておいても女など集まってきます」


「そ、それはそうなのだが……」


 国中にウィルの存在や名前が知れ渡ってから彼の生活は一変した。『日常を取り戻したい』とのことで変装し、再び雑用係をしているが間違いなく世間の目は変わった。落ち込むエルティアにルーシアが言う。


「私の可愛い姫様。どうか彼の前では素直でいてください。クズでいい加減な男ですが、姫様も素直になる必要はおありかと」


「……分かっている」


 分かっているが思ったことと反対の行動をとってしまう。初めての感情に戸惑うエルティアにルーシアが言う。


「大篝火では是非ウィル様と一緒に踊ってください。楽しみにしております」


 ルーシアはそう微笑んで言うと軽く頭を下げて立ち去っていく。



(分かっている、分かっているのだが……)


 エルティアはふうとため息を吐き、窓から見える祭りの準備をする景色をじっと見つめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ