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無自覚勇者は『ヒモ』になりたい!  作者: サイトウ純蒼
最終章「姫様が好きだったんだ。」
79/82

79.青赤の双剣

 ドオオオオオオオオオオン!!!!!


(姫様ーーーーーーーーーーーっ!!!)


 魔王バーサスに首を掴まれたエルティア。その腹部に容赦なくバーサスの衝撃波が打ち込まれる。中庭中に響く衝撃音。これまでと比にならないぐらい大きく、地面を揺らす。



(俺は、俺は何をやっている……)


 倒れたままその絶望的な光景を目にしたウィルが涙を浮かべ内心叫ぶ。


(大切な人を守れなくて、何が勇者だ。何がヒモだ……)



「ほお、まだ息がありますか……?」


 そんなウィルの耳にバーサスの声が聞こえる。ぐったりとしたエルティア。すでに虫の息。だがまだ意識がある彼女にバーサスが言う。


「さすが天使族の血を引く女。簡単には死にませんね。でもこれで終わりですよ」


 再び彼女の腹部に手をあてるバーサス。ぐったりと垂れ下がった鉛色の翼。エルティアが後方で倒れるウィルに向かって小声で言う。



「ウィル……」


(ひ、姫様……!?)


 ウィルが全身の激痛に耐えつつ起き上がろうとする。エルティアが言う。



「頼みがある……。もし、生き残れたら……」


 エルティアが両手を天に上げ目を閉じて言う。



「私と、ずっと一緒に居てくれないか……」



「姫様っ!!」


 下らない言葉を聞いたバーサスの表情が歪む。だがそれが幸いしエルティアに一瞬の時間を作った。



降神こうしん極光きょっこう……」



「グガアアアアア!!!!!!」


 眩い光。

 父親である天使ガルシアが、堕天使ルーズに放った光の魔法。闇に生きる者に対して効果が倍増する天使族の秘技。バーサスが顔を押さえ後退し叫ぶ。



「熱い熱い熱いっ!! ウガアアアア!!!!!」


 顔を押さえ悲鳴を上げるバーサス。エルティアはそのまま地面に投げ捨てられ仰向けになって思う。



(ウィル、逃げて……)


 もう動けない。指先ひとつ動かせない。だが魔王に大きなダメージを与えられた。これでウィルが逃げ出せればきっと何とかなる。将来力をつけて魔王を倒してくれる。そう思ったエルティアの目にその非情な光景が映し出された。



「クソオオオオ!! この天使族の女っ!! 許さぬぞ!!!!!」


(!!)


 全身火傷のような傷を負ったバーサス。だが放たれる邪気は更に大きくなり威圧感を増している。エルティアにとっては捨て身の攻撃だった。しかしそのダメージは彼女の想像よりずっと小さなものであった。ウィルが立ち上がり剣を構えて言う。



「や、やめろ……、お前の相手は、この俺だ……」


 怒り狂った魔王に弱き勇者などもう眼中にない。ただただ自分を攻撃した天使族の女を殺すことだけに意識が集中していた。バーサスが右手を上げ邪魔するウィルに言う。


「黙れ、お前は黙ってろ!!!」


 ドン!!!!



 衝撃波。これまでで最も強力な衝撃波。

 だがそれは弱ったウィルを黙らせるには十分の威力であった。迫るバーサスの攻撃。意識朦朧とするウィルにそれをかわす余力はもうなかった。



 ドン……



「えっ……!?」


 ウィルは目を疑った。

 自分に放たれた衝撃波。何とか耐えることを考えた瞬間、その目の前に鉛色の翼を生やした美しき女性が盾となって自分を守った。



「ひ、姫様!? 姫様ぁあああああああ!!!!」


 目の前で倒れるエルティア。ウィルが痛みを忘れて駆けつける。



「姫様、姫様、姫様っ……」


 ウィルの腕の中で口から血を流すエルティア。美しかった顔は血に染まり、青白くなっている。エルティアが小声で言う。



「ウィル、ありがとう……、お前に会えて、私は、幸せだった……、この先もずっと一緒に居たかったけど、ちょっと、難し、ごほっごほっ……」


「姫様、もう喋るな。治る。治る治る……」


 ウィルの目からボロボロと涙が溢れ出る。そしてようやく気付いた。


(そうか……、俺はヒモなんかになりたかったんじゃない。憧れていたのは事実だけど本当は違う。俺は、本当は俺は……)




 ――姫様のことが好きだったんだ



 ゴオオオオオオオ……


 その瞬間、ウィルの後方で感じたことのない強い圧が放たれる。



「な、なんだ!?」


 思わずバーサスが後退りするほどの強力な力。ウィルはエルティアを一度ぎゅっと抱きしめてから言う。



「治れ」


(あっ……)


 エルティアの体が少しだけ軽くなり、そして痛みが和らぐ。ウィルが笑顔で言う。



「姫様、ちょっと魔王倒してくるわ。だから帰ったら一緒にさ……」


 ウィルの腕の中にいるエルティアの頬に涙が流れる。ウィルが言う。



「豊穣祭、行こうな」


「……うん」


 エルティアは笑顔でそれに応え、そしてそれを見たウィルは彼女を地面に寝かしゆっくり立ち上がる。



「き、貴様……」


 ウィルの後ろから放たれる強い圧に寄って動けなくなったバーサスが体を震わせながら言う。


「な、何なんだ、それは……」


 ウィルは無言で後方に歩き、地面に落ちていた()()を拾い構える。



「やっと、動いてくれたか……」


 手にした双剣。これまで沈黙を貫いていた赤き剣がゴオゴオと炎のように燃えながら強い圧を放っている。それに呼応するように青の剣も静かな青きオーラを放つ。持っているだけで主に力を与える双剣。ウィルが再度剣を構えバーサスに言う。



「よく分かんねえけど、これでお前を倒せる」


 漲る力が溢れ出す青赤せいせきの双剣。対峙するバーサスもようやく拳を構えて答える。



「死にぞこないの勇者が。剣を持った程度でこの私に勝てると思ったか!!」


 バーサスは油断していた。これまでの圧倒的な優勢のせいで『自分は勇者に勝てる』のだと。バーサスが拳を振り上げウィルに突撃する。


「やはり貴様から殺してやるぅううう!!!!」


 迫る魔王。だがウィルは微動だにせず双剣を構える。



 シュン……



「え……!?」


 バーサスは歩みを止め立ち尽くす。


「ギャアアアアアア!!??」


 全身から流れる鮮血。真っ黒で美しい彼の肉美から血が噴き出す。少し離れた場所にいるウィルが言う。



「お前だけは絶対に許さねえ」


 ウィルが剣を構え静かに言う。



「双剣・雷撃らいげき斬導波ざんどうは!!!」


 消えるウィル。そしてその気迫に怯んだバーサスに、突如バリバリと空気が爆ぜる音と共にまるで雷撃のような攻撃が撃ち込まれる。


「ギャガアアアアアアア!!!」


 弟アルベルトのお株を奪うような雷の攻撃。斬撃と雷撃を同時に食らったバーサスが流れる血を押さえながら言う。


「な、何が起こったと言うのだ……」


 まるで見えない。大したことのなかった敵の攻撃が震え上げるほど効く。ゼイゼイと息をする魔王。明らかに状況が変化していた。





「おい、大丈夫か? 起きられるか??」


 ハクが倒れたままのルーシアの元へ行き体を起こす。ルーシアが答える。


「ああ、大丈夫です。それよりこの状況は……?」


 少し前から意識を取り戻しウィルとバーサスの戦闘を見つめていたルーシア。一方的にやられる彼らを前に全く動けない自分に苦しんでいたのだが、突然事態が変わった。そこへ同じくボロボロになってやって来たアルベルトが言う。


「兄様、何か雰囲気が変わられた……」


 ウィルから放たれるオーラがこれまでのものとは全く違う。神々しさを纏ったと言うか、それはまるで別人。ルーシアが言う。



「あの双剣……、剣も全然違う。一体ウィル様に何が……」


 それを聞いたハクが大昔長老に言われた言葉を思い出す。



「あのよ、前に長老に言われたことがあるんだが、あの双剣。ええっと青赤せいせきの双剣だっけ。それぞれに名前がついていてよ……」


「名前? 双剣にですか?」


 そう尋ねるルーシアにハクが頷いて言う。



「ああ、そうだ。青の方は『怠惰たいだの剣』って言って、赤の方は『至誠しせいの剣』だったはず」


「怠惰の剣に至誠の剣……」


 そうつぶやくルーシアにアルベルトが言う。


「文字通り取れば『怠ける剣』に『正直な剣』ってところでしょうか……?」


「怠ける……、それってまるでヒモになりたいって言っていたウィル様のようですね……」


 ルーシアはウィルがやって来てから『ぐーたらな生活』がしたいと日々口にしていたことを思い出す。そして気付いた。



「あ、その怠惰の剣は青の剣。あの剣は『斬れる』とウィル様は仰っていましたよね?」


「ああ、赤は切れねえっていつも言っていたぞ」


 ハクがそう答える。同じくそれに気付いたアルベルトが言う。



「まさか青の剣は兄様が()()だったからそれに反応して……」


 ルーシアも頷いて言う。


「その可能性が高いです! だから今、何があったのか知りませんが、恐らくウィル様は何かに素直になられたのかと……」


 意味が分からないハクが尋ねる。


「ちょっとどういうことだよ? 俺にも分かるように説明してくれ」


 ルーシアが立ち上がって言う。


「ええ。つまり青赤せいせきの双剣と言うのはそれを持つ勇者の想いに応える剣のようなんです。ウィル様は当初とにかく怠惰でヒモになりたいと楽することばかり考えておられました。私もまさか彼が勇者だとは想像もできなかったのです。だから『怠惰』を司る青の剣が反応し、しっかりと仕事をしていた」


「つまりウィルがだらしないから青の方は切れたってことか?」


「そうです。そしてこれは想像なのですが、赤の剣。ウィル様はやっと自分の気持ちに素直になりエルティア様に接された。だから『至誠』を司る赤の剣が反応したのです」


 それを聞いたハクが目を見開いて言う。


「おお、それってまさかウィルと姫さんが()()()になるってことか??」


「つ、つがい……」


 アルベルトが思わず苦笑する。ルーシアが顔を赤くして言う。


「つ、つがいかどうかは知らぬがあのお二人、ようやく互いに自分の心に素直になられたようです」



 ルーシアはエルティアを背に守る様に立つウィルの、赤き炎と青きオーラを放つ双剣を見て思わず目頭が熱くなった。

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