74.配下
「え? なんだ、この『退職届』ってのは?」
王都バルアシア。冒険者ギルドのギルド長は新人受付嬢マリンから手渡されたその書類を見て怪訝そうな顔をする。マリンがピンク色の髪を揺らしながら頭を下げて言う。
「短い間でしたけど大変お世話になりました! 私はこれから私の道へ進みます!!」
ギルド長が首を傾げて尋ねる。
「なんで急に辞めるんだ? 何かあったのか?」
マリンが顔を赤く染めて答える。
「いえ、特に何も。ただ運命の人に求婚されてしまいまして……」
そう言って両手で顔を隠し体をくねらせる。そこへ先輩受付嬢であるセレナが腕を組み現れる。
「なんだ、それってあのウィルって言う冒険者のことかい?」
マリンが恥ずかしそうに答える。
「あ、あ、いえ……、そんなことないですよぉ~」
そう言いながらもその表情はまさに肯定。セレナが呆れた顔で言う。
「確かにあの子ってすごく強いし将来有望な冒険者になるのは間違いないけど、でも言ったわよね? 冒険者だけはやめときなって」
マリンが首を振って答える。
「ウィル君は大丈夫です! 絶対負けないし、絶対死なないですから!!」
「いや、だからそういう問題だけじゃないって」
セレナが困った顔をする。代わってギルド長が言う。
「とにかく今忙しんだ。色んなことが立て続けに起こって冒険者への需要が高まっている。マリン、とりあえずこの紙は預かっておく。本当にウィルと一緒になるなら奴とここに来て証明してみろ。それからだ」
「え? ええ~!?」
一刻も早く仕事を辞めて花嫁修業をしなければならない。退職もできないなんてなんてブラックな職場なのかとマリンは深くため息をついた。
「……あれ? 魔王城ってどっちなんだ??」
その頃ウィルはひとり魔王城までの道に迷っていた。
「兄様の想い人への蛮行、このアルベルトが絶対に許さない!!!」
魔王城中庭。圧倒的力を見せエルティア達を追い詰めていた魔王バーサスに、突如その金色の雷撃が襲った。黒煙が立ち込める中、無傷の体で現れたバーサスが言う。
「お前は、いや、お前も『六星』か。この雷撃、さすがと言ったところか」
「!!」
アルベルトは渾身の雷撃が全く効いていないことにやや動揺する。だがすぐにその圧倒的存在感を放つ魔王に叫ぶ。
「兄様が居なくとも、貴様はこの私が叩き潰す!!!」
そう言って両手を上げ大きく息を吐く。
「ほお、雷雲か……」
その直後から魔王上に集まり始めるオレンジ色の雷雲。バーサスはそれを腕を組み見上げながら感心する。余裕ある態度にアルベルトが苛立ちの表情で言う、
「その顔を泣き面に変えてやる!! 食らえ、ギガサンダー!!!!!!」
一点に集まる雷雲。そしてアルベルトの声と同時に真下にある魔王城に向けてその雷撃が落とされる。
ドオオオオオオオオオオン!!!!!
轟音。衝撃。
周りにいた魔物を含め皆がその地面を震わせるような天からの鉄槌に驚き恐怖する。
「これがギガサンダー……」
離れた場所にいても伝わる空気の痺れ。大気の歪み。その自然の摂理すら超越したアルベルトの雷撃に上級大将ルーシアですら改めて驚く。
「……素晴らしき雷撃。だがこの私の肉美の前には残念ながら意味を成さないようだな」
(!!)
渾身のギガサンダー。その直撃を受けたはずのバーサスが余裕の表情を崩さずにその黒煙の中から再度姿を現す。アルベルトが叫ぶ。
「なぜ!! なぜ貴様はそのように平気な顔を……」
バーサスが筋肉について埃を手で払いながら答える。
「なぜって、そりゃ簡単なこと。私が強いからだよ」
「くっ……」
全く意味が分からない。だが渾身の雷撃でほとんどダメージが入らなかったことで一気にふたりの立場が逆転する。アルベルトが剣を抜き言う。
「ならばこれで貴様を倒す!!!」
アルベルトが剣を天に掲げ集中。再び空に現れた雷雲が、アルベルトの頭上に集まり黒く濃厚な雷雲を形成。同時にアルベルトが剣を振り下ろして叫ぶ。
「受けてみよ、雷鳴天翔・龍撃!!!!」
雷雲からの電撃。その激しい雷撃が一筋の光、そして竜の姿へ変化し魔王へと襲い掛かる。
「……美しい」
バーサスはやはり余裕の表情のまま右手を上げ小さく言う。
「消えよ」
ドン!!!!!
「なっ!?」
バーサスの右手から放たれた衝撃波。それは今まさに自分へ襲い掛かろうとしていた電撃の竜を捉え破壊する。じりじりと空気が焦げる音が辺りに響く中、バーサスが感心した表情で言う。
「大したものだ。人間の身でありながらこの攻撃。やはり『六星』は危険な存在」
漆黒竜ドロアロス、そして堕天使ルーズの気配が一瞬大きく高まってから弾けるように消えた。恐らくこの『六星』達にやられたのであろう。だがそんなことはどうでもいい。バーサスが言う。
「お前、我が家臣とならぬか?」
「な、なんだと……」
強い部下が必要。魔王と共に勇者を倒す強い部下が。バーサスの思いがけぬ言葉にアルベルトが体を震わせながら答える。
「兄様の想い人を傷つけたキサマなどの……」
手にした剣をぎゅっと握りしめバーサスを睨みつけながら言う。
「味方などになれるか!!!!!!」
そして跳躍するようにバーサスに接近。
「サンダーボルトぉおおお!!!!」
電撃属性を剣に付与。バリバリと電撃を放つ剣を手に魔王へと斬りかかる。
ガン!!!!!
バーサスがその攻撃を腕で受け止める。
(硬い!!!)
まるで鋼鉄のような腕。だがアルベルトも怯むことなく連撃を行う。
「はああああ!!!!」
体をくるりと回転させ、その勢いで更に剣を打ち込む。
ガンガンガンガン!!!!!
さすがのバーサスも片手だけでは防ぎきれず両手でその攻撃をいなしていく。
「はははっ!! いいぞいいぞ!! 美しい、美しき攻撃!!!」
全精力を込めた剣撃。だが対するバーサスはまだ余裕すら感じられる。一向に攻撃が入らなく焦り始めたアルベルトに僅かなスキが生まれる。
ドフ……
「ぐはっ!!」
バーサスの蹴り。剣の嵐の合間を縫った鋭い一撃がアルベルトの腹部に入る。
「ぐほっ、うぐぐぐっ……」
後方に飛ばされ、蹴られた腹部を押さえるアルベルト。魔王の攻撃。それは想像以上に強力なものであった。アルベルトがゆっくり立ち上がりバーサスを睨みつけて言う。
「貴様は、私が倒す……」
余裕の魔王。その実力はアルベルトの想像以上であった。現時点では勝てない。だが退くことなど全く彼の頭にはなかった。バーサスが尋ねる。
「再度聞く。私の家臣になるつもりはないか?」
「断る!! 私は兄様と共に生きる者。貴様などに……」
バーサスはやや寂しそうな表情となりため息交じりに言う。
「そうか。非常に有能な男なのでぜひ自身の意思でとは思ったのだが、致し方ない」
「何を言っている……?」
剣を構えたままのアルベルト。魔王の意味する言葉が理解できない。何かの異変に気付いたルーシアが言う。
「アルベルト殿!! お気をつけて、何か来ます!!!」
「!?」
その言葉と同時に魔王バーサスが両手を前に突き出し叫ぶ。
「超越的幻想」
バーサスから放たれる光り輝くオーラの発光弾。それが光速でアルベルトの頭を貫通する。
「えっ……?」
呆然と立ち尽くすアルベルト。エルティア、そしてルーシアが叫ぶ。
「アルベルト殿!!!!!」
「私は、わたし、は……」
やがてその美しき瞳が白く濁った色へと変化する。バーサスが思う。
(やはり彼奴が一番心に闇を抱えているな。こうも容易く我が術にかかるとは)
バーサスが蒼白な顔でアルベルトを見つめるルーシアを指さし言う。
「行け、アルベルト。まずはあの女を始末せよ!!」
それを聞いたルーシアが首を振って叫ぶ。
「な、何を言うか、魔王バーサス!! アルベルト殿は……」
「……御意」
「!!」
剣を持ちバーサスに一礼してからアルベルトがゆっくりとルーシアの方へと歩み出す。
「ば、馬鹿な!? こんなことが……」
無表情のアルベルト。だがそこから放たれる殺気は決して虚妄でも何もなかった。




