73.魔王の実力
魔王城中庭。エルティアを地下牢から救い出し逃げ続けたルーシア。だが次から次へと現れる魔物達によってこの広い中庭へと追いつめられる。そしてふたりの目の前にその最も凶悪な敵が姿を現した。
「き、貴様は……」
黒き体。美しさすら感じさせる肉体美。発せられるオーラはこれまであった敵とは比にならない。鋭い眼光。獲物を狩るその目はふたりを一瞬動けなくする。ルーシアが言う。
「魔王、バーサス……」
護衛兵、そして漆黒の魔物の前に立ち魔王城への侵入者を見つめる魔王。腕を組みながら言う。
「ひとつ問う。私の肉美は何点だと思う?」
「??」
質問の意味が分からないルーシア。オリハルコンの長棒を持つ手に汗がにじみ出る。返答がないふたりを見てバーサスが残念そうな顔で言う。
「答えられないのか? それともあまりに眩しくて回答に困っているとか?」
「質問の意味が分からぬ。どうする? ここで私とやりあうか?」
体の震えを感じながらも堂々としたルーシア。対照的にその後ろに立つエルティアは魔物、しかも魔王の登場に再び体が硬直する『飾り姫』となっていた。
(私は、こんな時にも……)
過去に経験のないような危機。漆黒の魔物を統べる敵のボス。多勢に無勢。幾らルーシアが強くともウィルが居ない状況で彼女が勝てる見込みは皆無だ。
(なぜ、なぜ動かぬのだ……!!)
脂汗と涙が溢れ出そうなエルティア。その彼女に背を向けルーシアが小声で言う。
「時間を稼ぎます。その間にお逃げを」
「なっ!? ル、ルーシア。何を馬鹿な……」
ルーシアがオリハルコンの長棒をくるりと回し魔王に言う。
「魔王バーサス、貴様は……」
ルーシアが単騎バーサスへと突撃する。
「貴様はこの私が倒すっ!!!」
「や、止めぬか!! ルーシア!!!」
悲痛なエルティアの叫び。だが彼女を守りたい一心のルーシアにはその声は届かない。バーサスは腕を組んだまま突撃してくるルーシアを見つめ言う。
「良い度胸だ。実に美しい」
ルーシアがオリハルコンの長棒をくるくる回し、バーサスに接近。自慢の長棒を叩きこむ。
ドン!!
バーサスはそれを腕を組んだまま片足で受け止める。ルーシアが叫ぶ。
「爆ぜろっ!!!!」
ドオオオオオオン!!!!
「バ、バーサス様!?」
焦ったのは周りにいた魔王の側近。決して侮れない銀髪騎士の爆裂攻撃の直撃。黒煙がバーサスの周りに上がる。ルーシアはそれを見ながら一旦後方に跳躍。エルティアも黙ったままそれを見つめるが、すぐにその顔が歪むこととなる。
「……良い攻撃だ。さすが単騎我が城に乗り込むだけのことはある」
「なっ!?」
無傷。片足を上げたまま話すバーサスを見てルーシアの背筋が凍る。
(疲労してはいるが、私の全力の攻撃。想像以上だ……)
ルーシアはまだ後ろにいるエルティアを思い強く長棒を握りしめる。
(何がなんでも姫様だけは逃がさねば。それが『王都守護者』たる私の役目……)
ルーシアがエルティアに取り立てられた頃を思い出す。自身がこうやって姫に仕えられるのもすべてエルティアのお陰。その大切な人を失う訳にはいかない。
「エルティア様」
真剣なルーシアの声。エルティアも覚悟を決め真面目な声で答える。
「ルーシア。私は逃げなどしない。お前と一緒に戦……」
「やつは強大です。とても我々だけでは倒せないでしょう。お逃げ下さい。あなたはバルアシアの光。これからも皆を照らさなければならないのです」
「ル、ルーシア! 馬鹿なことを……」
「お逃げ下さい。では……」
そう言い残すとルーシアは再びオリハルコンの長棒を手にバーサスへと突撃する。エルティアは途中拾った剣を握りしめひとりつぶやく。
「何が光だ。お前ひとりを照らすこともできず、何がバルアシアの光だ……」
エルティアの目から涙がこぼれ落ちる。
「はあああああ!!!」
ドン!!! ドオオオオオオン!!!!
ルーシアの爆裂音が中庭に響く。バーサスは側近らの参戦を手で制し、ひとりルーシアの攻撃に対処する。
ドン、ドドドドドオオオオオオン!!!!
連撃。ルーシアが左右前後に跳躍しながら次々と爆裂を打ち込む。
(くっ、これほどまでの力の差があると言うのか……)
だが一向にダメージが入らない。まるで鋼鉄の壁を叩いているような感覚。想像以上の強さの前に攻撃をしているルーシアの動きが鈍くなっていく。バーサスが言う。
「素晴らしき攻撃。お前、我が家臣とならぬか?」
「!?」
思わずルーシアの手が止まる。魔王の家臣。考えたことも想像もしたことがない。オリハルコンの長棒を手にルーシアが叫ぶ。
「ふざけるな!!! 貴様の部下などになる訳が……」
ドン!!!!
「きゃあああ!!!」
ルーシアの体にバーサスの蹴りが入る。初めての魔王の攻撃。直撃を受けたルーシアが後方へと吹き飛ばされる。
「ルーシア!!!!」
ルーシアが口から垂れる鮮血を拭い、長棒を構えて言う。
「この程度、まだまだっ!!!」
ドン、ドドドドドオオオン!!!
ルーシアの攻撃。やはりバーサスはそれを避けようともせずすべて身に受ける。魔王の周りに立ち込める黒煙。その黒き煙の中よりバーサスの鍛え上げられた足が勢いよく現れる。
ドン!!!
「ぎゃっ!!!!」
横蹴り。黒煙の中より現れた魔王の蹴りがルーシアにヒット。そのまま横へと吹き飛ばされる。倒れるルーシア。だが魔王はそんな彼女に容赦はしなかった。
「再度聞く。我の家臣にならぬか?」
「なっ!?」
いつの間にか倒れたルーシアの傍に立ち上から見下ろしながらそう尋ねる魔王。ルーシアはあまりの一瞬の出来事に驚くもギッっとバーサスを睨みつけ答える。
「断る。私がお仕えするのはエルティア様のみ!!」
ドフッ!!
「ぎゃああああ!!!」
真上から振り落とされる正拳。バーサスの肉美美しき右腕が仰向けになったままのルーシアの腹部を直撃。バルアシア王国自慢の白銀の鎧が一瞬で破壊された。
「ルーシア!!!!!」
少し離れた場所で叫ぶエルティア。こんな状況なのに恐怖からかピクリとも体が動かない。
(私は何をしている!! 私は、私はまたあの忌々しき『飾り姫』に……)
涙がエルティアの頬を流れる。家臣であり仲間であり大切な家族のような存在。その彼女の窮地に自分はまたしても何もできない人形と化している。
(ウィル、お願いだ。私に力を貸してくれ……)
ウィルなしではもう剣を振ることすらできない。あの絶対的安心感。負ける気がしない不思議なオーラ。彼無しでは自分の存在すら否定されそうな気持ちになってしまっている。バーサスが言う。
「その屈指ない目。素晴らしい。是非我が家臣に迎えたいのだが、そうだな。それを阻んでいる原因があるな……」
仰向けのまま動けないルーシアの傍でバーサスが腕を組み少し考え、そして視線をエルティアに向ける。ルーシアが言う。
「き、貴様!! 何を……」
バーサスが同じく動けなくなって佇立するエルティアに向かって言う。
「お前がこの女の主か。ならば至極簡単なこと」
バーサスの体から強力な邪気が発せられる。
「お前を、抹殺する」
「やめろおおおおおおお!!!!!」
高速でエルティアに肉薄するバーサス。狙いはエルティア。ルーシアの心を縛るエルティアの存在。その抹消に魔王が動く。
「くっ……」
動けぬまま魔王の接近を許すエルティア。高速で目の前に現れたバーサスが小さく言う。
「消えよ」
ドオオオオオオン!!!!
「きゃあああああああああ!!!!!」
魔王バーサス渾身の回し蹴りがエルティアの腹部を直撃。そのまま中庭の端まで吹き飛ばされる。
「エルティア様あああああ!!!!」
上半身だけ起き上がったルーシアの悲痛の叫びが中庭に響く。バーサスの配下達は一方的な攻撃に歓声を上げる。
「あがっ、がっ……」
中庭に倒れ動けなくなるエルティア。
(全身が、痛い……、これは別次元……)
魔物を統べる主。その力はこれまで対戦してきた者達と比にならない。腕を組み首をこきこきならしながらバーサスが言う。
「弱い。貴様も『六星』と聞いていたが勇者なきとは言えこの弱さは想定外」
バーサスが倒れたままのエルティアにゆっくり近づく。
「エ、エルティア様……」
ルーシアが起き上がろうとするもののバーサスのダメージが大きく体が動かない。
「くそっ、私は……」
仰向けに倒れたままのエルティアが近付くバーサスを見て涙を流す。こんなところでやられるのか。せっかく『六星』になれたと言うのに、何もしないまま終わってしまうのか。エルティアの目に溢れる涙。
――ウィル。助けてくれ……
「ギガサンダァアアアアアア!!!!!!!」
ドオオオオオオオオオオン!!!!!
「グッ!!??」
エルティアに近付く魔王バーサス。突如その彼を天から落ちる稲妻が襲った。エルティアがその声の主を見て言う。
「ア、アルベルト……」
赤髪のまだ幼さの残る騎士アルベルト。中庭の入り口に立ち、鬼のような形相でバーサスを睨み叫ぶ。
「兄様の想い人に対する蛮行!!! この私が断じて許さぬっ!!!!」
思わぬ助っ人に喜ぶエルティア。だがウィルの想い人が自分だと言われ、泣きながらもその顔は真っ赤になっていた。




