72.族長ラフレイン
「はあはあ……」
魔界の荒野。どんより曇った空に瘴気漂う空気。その不毛の地にあまりにも似つかわしくない透け透けの服を着た赤いカール髪の女。魔法の杖を文字通り『杖代わり』にして肩で息をしながら立ち尽くす。
「さすがに、これだけの量は、厳しいですわね……」
勇者に仕える『六星』のひとり、エルフ族族長ラフレイン。魔王城より派遣された漆黒の魔物達率いる魔物集団を、たったひとりで相手にしていたがその魔力もほぼ限界に来ていた。
(瞑想異世界も消えちゃったし、どうしようかしら~)
彼女のスキル『全属性魔法』。そのひとつで魔法が優位に働く世界を展開する瞑想異世界。バルアシア王国上級大将カミングを圧倒したその異空間もすでに魔力不足で消滅。立て続けに強魔法を放ってきたラフレインは、もう立っているだけで精一杯であった。漆黒の魔物が言う。
「なんて強い女だ。俺達の仲間がこんなに……」
それでも過去経験のないほど全力で戦ったラフレイン。漆黒の魔物とは言え受けた被害は軽くない。他の魔物が笑いながら言う。
「ケケケッ、だがあいつ、もうダメそうだぜ~」
「ああ、弱ってる。弱ってる!!」
残った魔物達がラフレインを囲むように移動。漆黒の魔物が前に出て言う。
「お前、強かったぞ。だが、ここで死ね」
振り上げられる拳。咄嗟にラフレインが魔法を詠唱。
「大宙に彷徨えし数多の炎の因子よ、今ここに集い……、!?」
魔法を詠唱し始めたラフレイン。だがかつて経験のない因子が集まらない状況に愕然とする。
(これじゃ、魔法が放てな……)
ドオオオオン!!!!
「きゃああああ!!!!」
ほぼ魔力切れ。そんな彼女に容赦なく漆黒の魔物の拳が打ち込まれる。
「ギャハハハ!! 俺達が勇者に勝つぞおおお!!!!」
仰向けに倒れたラフレインを見て魔物達が歓声を上げる。想像以上に強かった勇者の仲間。だがさすがにこの圧倒的な量には敵わず、多くの仲間を失いながらもここまで追いつめた。
既に何度も攻撃を受け全身ぼろぼろのラフレイン。倒れ、仰向けになり曇った空を見ながら思う。
(少々疲れましたわ……、お姫さんは助けられたのでしょうか~)
こんな時に恋敵のことを心配するなどなんて余裕があるのだとラフレインが自嘲する。
(あら!?)
ラフレインはふと体の変化に気付きくすっと笑い思う。
(いやですわ~、ウィルのことを考えただけでこんなに体に力が漲って来て……)
「立てるか、ラフレイン?」
「え?」
ラフレインは仰向けになりながらその視界に入った茶髪の少年を見つめる。
「ウ、ウィル!?」
思わず甲高い声を上げる。そして差し出された手を握り上半身を起こす。ウィルが言う。
「あんなにたくさん倒したんか? さすがエルフの族長」
「ウィル、ウィルぅ……」
ラフレインは自然と涙が溢れ出た。そして湧き出す力。勇者が仲間と認めた者の全能力を向上させる常時発動能力。ラフレインは再び戦えそうになった体に力を入れウィルに言う。
「私も……」
そんな彼女を手で制してウィルが言う。
「座ってな。後は俺がやる」
力強い言葉。その勇者の言葉を聞いた瞬間、ラフレインは全身に心地良い刺激が走り黙って頷く。
「な、なんだ、あの小僧は!?」
漆黒の魔物達は突然やって来た茶髪の少年を見て首を傾げる。見た目は弱そう。だが妙に落ち着いている。漆黒の魔物が前に出て言う。
「オレが潰す。こんなクソガキ、一捻りで……」
「双剣炎演舞撃」
シュシュシュン!!! ゴオオオオオ……
一瞬。その一瞬の間に漆黒の魔物は少年の双剣によって斬り刻まれ、炎に包まれ燃え上がった。
「ゴガッ、ガガアアア……」
悲鳴も上げられず灰になって崩れていく漆黒の魔物。ウィルがグレム爺によって磨かれた青赤の双剣を見て言う。
「よく斬れるようになったなあ~、まあでも、やっぱ赤の切れ味はいまいちだけど」
「な、なんだよ!? あいつ……」
魔物達は復活した古の時代の魔物がいとも簡単に倒されるのを見て震え上がる。
「ま、まさか、あれが勇者……」
「勇者!? そんなの聞いてないぞ!!」
魔物達に動揺が走る。命令されたのは勇者の仲間の討伐。魔王と同等の強さを誇る勇者が出てきては話にならない。魔物の一体が叫ぶ。
「オ、オレは無理だあああ!!!」
その声を合図に残った魔物達が崩壊し始める。ラフレインが立ち上がりウィルに言う。
「ウィル、雑魚の討伐は私にやらせてくれる~?」
「え? ああ、いいけど……」
ラフレインはぼろぼろになった透け透けの服を少し正し、赤い髪をかき上げて言う。
「すごいわ、体の底から力が沸き上がって来る!!」
経験のないような高揚感。自身に安心感。勇者と共に戦える『六星』としての本能が彼女の限界を破壊する。
「大宙に彷徨えし数多の炎の因子よ、今ここに集い、その真理たる力を発揮し、果てまで堕ちよ……」
先程はもう自分の呼びかけに応えてくれなかった炎の因子。だが今はまるで向こうから喜び集まって来るような感覚を覚える。周囲にある因子、そのすべてをかき集めたラフレインが真っ赤に染まった空を見上げて言う。
「すべてを滅せよ、メテオフレイムっ!!!!」
ゴオオオオオ……、ドオオオオオオオオオオン!!!!!
「ギャアアアアアアアアアアアア!!!!」
圧巻な風景。四方に逃げるように散り始めた魔物達の中央に落とされた灼熱の隕石。勇者の加護を得て放たれたラフレイン渾身の一撃に、残っていた魔物達は阿鼻叫喚の中消滅していく。
「ふう……」
すべての魔力を使い果たし、その場にへなへなと座り込むラフレイン。ウィルがその肩を叩き言う。
「すげえ魔法だな、さすがエルフの族長」
ラフレインが穴の開いた透け透けの服から見える肌を隠しながら答える。
「ウィル、あなたは知っていて~?」
「え? なにを??」
ウィルが目をぱちぱちさせて言う。
「未婚のエルフの肌に触れた男性は、そのエルフを妻として迎え入れなければならないってことぉ」
「は、はあ!?」
またしても訳の分からない意味不明な習慣。前回の『宝石を贈る』ならまだ分かるが、今回は肩に触れただけ。そんなことでいちいち結婚していたらきりがない。ウィルが剣を収め逃げるようにラフレインに言う。
「お、俺、急ぐから!! じゃあまたな!!」
「あぁ、ウィルぅ~!!」
ウィルは魔力を使い果たし動けなくなったラフレインを残し全力で駆け出す。
(ウィル……)
ラフレインは魔王城に向かって走り去る茶髪の少年を見て思う。
(この体の疼き、それはもう勇者ってだけじゃないわよね……)
強い男にめっぽう弱いラフレイン。座りながら燃えるように火照る体を自分で抱きしめ、甘い溜息をついた。




