70.アルベルトの狂気
「おい、ワータシさん。あんた、大丈夫か……?」
漆黒竜ドロアロスとの死闘を終え、地面に仰向けになり動けなくなったハクとジェラード。そんな白き竜が公子に尋ねる。どんよりとした雲を見つめながらジェラードが答える。
「しーばらく無理ですね。ハク殿は大丈夫でしょうか?」
その言葉にハクが痛む体に力を入れ起き上がって答える。
「痛てえけど、大丈夫だ。あんたはしばらくここで休んでろ。俺は先に行く」
「無念ですけーど、そうさせて貰いましょう。あーとから追いかけまーす」
ハクはそれに小さく頷き、痛む翼を大きく広げ宙に舞いながら言う。
「無理すんなよ! じゃ、またあとで!!」
「あーなたこそ!!」
ジェラードは仰向けになったまま羽ばたいて消えて行くハクに手を振る。
「本当にすごい方だ。ワータシはなぜあんな方々に矛を向けていたのでしょうか」
ジェラードはそう小さく言うとすっと目を閉じた。
(想像以上に広い。ここでどうやってエルティア様を見つけ出すか……)
魔王城にひとり潜入したルーシア。気配を消し、闇に身を潜めながら主であるエルティア救出を考える。
魔王城は想像よりもずっと広い。門兵などはおらず意外と容易く潜入できたが、内部は薄暗くて視界も効かずエルティアの所在など全く分からない。そして体の芯にビシビシと感じる強い圧。恐らく魔王のものだと思われるが、正直この状況で単騎長くはここに居たくはない。
(仕方ない、少々荒くなるが適当な奴を捕まえて問いただすか……)
ルーシアは呼吸を止め城内の柱の影から影へと移動する。そして巡回していた警備兵らしきゴブリンを背後から音を立てずに襲撃。倒れたゴブリンの口にオリハルコンの長棒を突き刺して小声で尋ねる。
「バルアシアの姫様はどこにいる? 言わねばこのままこの棒を貫通させるぞ」
静かだが圧のある声。この数秒の動きにルーシアは最大の集中をもってあたった。口に長棒を突っ込まれたゴブリンが真っ青な顔で答える。
「ウガガッ、下。ち、地下牢にいる……」
指で床を指し震えながら答える。ルーシアは素早く長棒を抜き、クルっと回すとそのままゴブリンの頭を強打。意識を失って動かなくなるゴブリンを確認してから再び柱の影へと無を隠す。
(地下牢。待っていてください、エルティア様!!)
ルーシアはそのまま音もたてずに闇の中へと消えて行く。
「……行ったカ?」
そのすぐあと。床に倒れていたゴブリンが目を覚まし、消えて行ったルーシアの方を見て小さく頷く。そして素早く起き上がり詰め所がある部屋へと急行。上官に報告する。
「『六星』侵入確認!! 銀色の髪に長棒使い、一名。地下牢に向かいやした!!」
ゴブリンの報告を聞いた上官が不敵な笑みを浮かべ大きく頷く。そして言う。
「さあ、ネズミ狩りだ」
それに応えるように待機していた屈強な魔族達が一斉に立ち上がった。
「ギガサンダー!!!!」
ドン、ドオオオン!!!!!
堕天使ルーズはその赤髪の『六星』が放つ電撃攻撃をかわしながら思った。
(雷使いがいるとは知っていたが、これは想像以上ですね……)
古から魔王と共に戦ってきたルーズ。数々の魔法使いやスキル使いを見てきたが、ここまで強力な電撃を多発できる者は見たことがない。威力だけでなく狙いも正確。無尽蔵化と思われるほどのスタミナ。どれをとっても一流である。
(だが……)
ルーズが両手を広げ叫ぶ。
「闇に彷徨えし邪の因子よ、今我の命に従いここに集え!! 闇の波動!!!」
そして放たれる闇の波動。攻撃に専念していたアルベルトが腕を前に立て防御姿勢を取る。
ドオオン……
「くっ……」
ルーズの闇の波動。それ自体にアルベルトにダメージを与える程の威力はなかったが、四方に広がる波動を回避するのは難しく直撃を受けざるを得ない。ルーズが思う。
(でもねえ、戦い方が正直すぎるのよ。真面目な青年、ってとこでしょうか?)
闇の波動を放ったルーズがひとりほくそ笑む。そして再度両手を広げアルベルトに向かって叫ぶ。
「さあ、これはどうかな?? 闇に彷徨えし邪の因子よ、今我の命に従いここに集え!! 闇の波動!!!」
再び放たれる闇の波動。アルベルトがその攻撃に備えようとした時、突如ルーズが彼の後方に目をやり叫ぶ。
「あっ、お前は勇者!?」
思わずアルベルトが『勇者』と言う言葉に反応し、後方を振り返る。
(いない!? しまっ……)
敵の虚言と分かり前を向くアルベルト。すぐに目の前に闇の弾丸が迫っていることに気付いた。
ドン……
「ぐはっ!!」
ルーズの放った闇の弾。それは彼が最も得意とする漆黒の衝撃弾。闇の波動を囮とし、虚言を交えた攻撃であった。
闇の弾丸は彼の左腕を直撃。アルベルトが流れ出る鮮血を押さえる。ルーズが笑いながら言う。
「ぎゃはははっ!! 当たった、当たった~!! 真面目すぎるんだよ、お前は!!」
アルベルトは右手にべっとりついた血を見てから笑って答える。
「やはりとんでもねえ下衆だな。お前。殺すのに何の躊躇いもなくなったよ……」
「なに?」
ルーズの顔から笑いが消える。代わりにふつふつと怒りの感情が湧き出してくる。ルーズが怒りの形相で言う。
「おい、若造。ちょっと調子に乗りすぎじゃないのか? お前などこのルーズ様が本気を出せば瞬殺すら可能だぞ?」
怒りながらも余裕を見せるルーズ。アルベルトは一旦下を向き、悪魔のような顔となって頭を上げる。
「!?」
その表情。魔族でありながらルーズが一瞬怯むような恐ろしい邪気を持った表情。アルベルトが薄ら笑いを浮かべながら言う。
「躊躇いなく殺せるよぉ、兄様も姫様もいないここでぇ~、ガルシア様の仇、お前を丸焦げにできるぜぇ~」
まるで人が変わったかのようなアルベルト。さすがのルーズもやや引きつりながら言う。
「な、なんだと言うのだ? お前、一体どうした……」
笑い。引きつったような笑み。そんなアルベルトがルーズに答える。
「俺もよぉ、ちょっと前まで魔物だったんだぜ。ガルシア様に止められていたが、最も残忍な方法で人間を殺すイメージを毎日欠かしたことが無くてよぉ。それをお前に試せるんだぜ? ああ、笑いが止まらねえぜ……」
魔族の幹部ですら引くようなアルベルトの表情。完全に何かがキレた、いやスイッチが入ったと言うべきか。少し後退したルーズが言う。
「気味の悪い男だ。とっととくたばれ……」
そう言ってルーズが再び攻撃をしようと手を前に出した時、その異変に気付いた。
ゴオオオオオ……
「!?」
地面を揺らすような低い音。全身に掛かる圧。ふと空を見上げると、いつの間にか天一面に分厚い雷雲が覆っている。
「これは……」
敵の雷撃攻撃。これまでは部分的だったその雷雲が、今は辺り一面に広がってゴオゴオと不気味な音を立てている。本能的に危険と感じたルーズが素早く移動しようとすると、その赤髪の騎士が言った。
「逃げんなよ、腐れ外道が!! ギガサンダァアアアー!!!!!」
ゴゴゴゴ、ドン、ドン、ドオオオオオオオオン!!!!
空一面に広がった雷雲から次々と落とされる雷撃。それはルーズひとりを狙ったものではなく、この辺り一面すべてを破壊する広範囲攻撃。効率など関係ない。目の前にあるものすべてを破壊する超越的攻撃。
ド、ド、ドオオオオオン!!!!
「ギャアアアア!!!!!!」
無論、高速移動などできないルーズがその雷鳴の餌食となり悲鳴を上げる。雷撃によって焦げた半身。激痛がルーズを恐怖へと駆り立てる。ゴオゴオと地響きのような音を背に、アルベルトがゆっくりとルーズへ近付く。
「まだ死ぬなよぉ。くくくっ、てめえは生き伸びて来たことを後悔するような最高の恐怖を味わせてやるからよ~」
ルーズは決して『六星』の品格に合わない目の前の狂人を見て震え上がる。アルベルトが右手を上げ小さく言う。
「雷鳴天翔」
倒れたルーズの周りに刃のような電流が無数に出現。アルベルトはまるで氷のような冷たい笑みを浮かべて言った。
「さあ、地獄の始まりだ」
ルーズは思わずその呼吸が止まるほどの震えを感じた。




