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無自覚勇者は『ヒモ』になりたい!  作者: サイトウ純蒼
第一章「ヒモを夢見る少年」
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7.エルティアの誓い

 戦いは熾烈を極めた。


「はああっ!!!」


 ドオオオオオン!!!


 上級大将ルーシアによる爆裂攻撃。Sランク冒険者達による絶え間ない斬り込み。王都精鋭が守りを固めながらヒット&アウェイで漆黒のミノタウロスへの攻撃を繰り返す。



「グゴオオオオ!!!!!!」


 ただその黒き悪魔は強かった。

 どれだけ攻撃を加えようが致命傷には至らず、逆にミノタウロスの反撃を受けた冒険者や王兵がひとり、またひとりと倒れていく。


(このままでは敗れる……)


 エルティアが森の奥から無限に現れるゴブリンを見て首を振る。ミノタウロスと戦えない者はゴブリン討伐を行っていたのだが、何せ数が多すぎる。気が付けば冒険者と王兵のほとんどが倒れ、気絶していた。オリハルコンの棒を構えたままルーシアが言う。



「姫様……」


 全身の激痛。もはや立っているだけで精一杯。それに気付いたエルティアが少しずつ後退しながら言う。


「すまない。撤退する……」


 自分が何もできない皆への謝罪。最強布陣で臨んだにも拘らす壊滅状態になってしまった自責の念。不甲斐ない自分への怒り。目の前の恐ろしい悪魔への恐怖。様々な感情が入り乱れながらエルティアが決断する。

 そんな彼女の隣に立ち、ルーシアが優しく言う。


「あなたは素直な人だ。あなたと共に戦えたことを誇りに思います」


 ルーシアはエルティアの前に立ち、傷ついた体でオリハルコンの棒を天高く掲げる。


「ルーシア、何を!?」


 戸惑うエルティアにルーシアが背を向けながら答える。


「私が時間を稼ぎます。姫様はその間に皆と共に撤退をっ!!!」


 そう言い残し単騎、漆黒のミノタウロスに突撃するルーシア。エルティアが叫ぶ。


「待て、ルーシア!! 待つんだ!!!!」


 そう叫ぶエルティアをの声を耳に、ルーシアが残った力を振り絞りオリハルコンの棒をクルクル回しながらミノタウロスに肉薄する。



(姫様は私が守るっ!!)


 ドオオオオオン!!!


 爆裂。ルーシアの長棒がミノタウロスの足に直撃し爆発。長きに渡る戦闘。さすがのミノタウロスも体力が落ちてきており、この足への攻撃は効果があった。



 ドン……


 初めて姿勢を崩す漆黒の悪魔。ルーシアが叫ぶ。


「さあ、姫様。早くっ!!!」


 じっとこちらを見つめるエルティアにルーシアが命じる。エルティアは少しだけ動けるようになった体で後退しながら近くの王兵に言う。


「動ける者は倒れた者を救助し、すぐに撤退せよ。すぐにだ!!!」


「は、はい!!」


 気迫に満ちたエルティアの言葉。王兵もその迫力に押され、皆が負傷した仲間を背負いここから去っていく。その様子を横目で見ていたルーシアが思う。


(姫様、なぜ……)


 なぜ逃げない? 自分ひとりならどうとでもなるが、動けない姫を守りつつの戦いでは不利になるのは明白。

 そんな目の前の敵以外のことを考えたルーシアに一瞬の隙ができた。エルティアが叫ぶ。



「ルーシア、横っ!!!」


(え?)


 ドオオオン!!!!


「きゃああああ!!!」


 恐るべき漆黒の悪魔。バルアシア王国の精鋭をほぼ単騎で壊滅状態に追い込んだその悪魔は、戦いの中での重要な『流れ』を本能的に把握していた。



「ルーシア、ルーシア!!!!」


 最も危険だと判断した銀髪の騎士。長棒から繰り出される爆裂攻撃は何度も食らえば自分とて危ない。そう感じていたミノタウロスはずっと彼女の隙を狙っていた。


「ぐっ、ぐぐ……」


 廃村の端まで吹き飛ばされたルーシア。長棒の防御も間に合わず、直撃した古斧によって着ていた白銀の鎧は粉々に砕かれてしまっていた。幸い即死は免れたものの、もう動くことすらままならない。



「ルーシア、ルーシア……」


 エルティアが涙を流しながらゆっくりと歩みを進める。



「グゴォオオオオオオ!!!!」


 ただそんな彼女より先に好機と捉えたミノタウロスがルーシアへと近づく。倒れたままのルーシアが擦れた声で言う。


「姫、様……、お逃げを……」


 もうこの厄災級の悪魔には誰も敵わない。今は姫だけでも逃げて再び反撃の機会を作る。それが今エルティア姫の守護者としてのルーシアの務めであった。


 最大の危機。そしてそれは起きた。




 ドオオオン……



「触れるな……、ルーシアに触れるな……」


 突如エルティアから発せられた周りの空気を覆すような威圧。まだ残っていたゴブリンはその場で足がすくみ、ミノタウロスも一瞬その歩みが止まる。下を向き、体を震わせながらエルティアがつぶやく。


「それ以上、彼女に触れるなぁああ!!!!」



「!!」


 そう大声で叫んだエルティアの背中に、突然鉛色の()が現れる。美しくもあり、それはまるで正と邪を含んだ混沌としたような翼。天に向かって伸びたその翼は大きく揺らめき、エルティアは持っていた剣を強く握りしめ叫ぶ。


「ルーシアに触れるな!!!!」


 翼が羽ばたいたと思った瞬間、エルティアはミノタウロスの懐に入り剣を振った。



 ガン!!!!!


 それでもミノタウロスはエルティアの攻撃を古斧で防ぎ、後方へと後退する。倒れたままのルーシアが言う。



「姫様、お止めください!! 早くお逃げを……」


 翼を携えたエルティアが、剣をミノタウロスに向けながら答える。


「お前を置いて逃げられるものか!!」


 エルティアが鬼の形相で漆黒の悪魔を睨みつけた。





 彼女は幼い頃から不吉な翼を持った女の子だった。


「エルティア、その翼はできるだけ皆に見せないようにね」


「はい」


 母子家庭で育ったエルティア。若くて美しい母親が突然消えてしまうまでは、貧しいながらも彼女は幸せな日々を送っていた。父親は誰だか知らない。だが自分の背に生えた翼を見るに相手は天使族ではないのかと幼心にもそう思っていた。



「わーい、妖怪女が来たぞ~!!」

「気持ち悪っ、あっち行けよ!!」


 幼いエルティアには翼を隠すことはまだ難しいことであった。普段はできていてもちょっとした感情の乱れで現れてしまう。村の子供からは虐められ、大人達からは気味悪がられた。


「エルちゃん、遊ぼ!!」


 そんなエルティアにも一緒に遊んでくれる女の子がいた。鉛色の翼を見ても『きれいだね』と言って笑いながら触ったりしてくれた。エルティアにとって彼女は数少ない心開ける存在だった。

 だからそんな友人を目の前で失ったことは、ずっとエルティアの心を負の鎖として彼女を縛り上げる事になる。



「エルちゃん、あれなに!?」


 ある日、それはふたりで村はずれの草原で遊んでいる時だった。気が付くと空から怖そうな魔物がやってきている。禁止されてはいたが、花の王冠を作るために少しだけ集落を離れたのが原因だった。


「に、逃げよ!! 早くっ!!」


 ふたりは必死に逃げた。だが空を飛ぶ魔物にすぐに追いつかれ、友達が捕まる。


「きゃああああ!!!」


「や、やめて!!!」


 何が起きたのか分からない。

 エルティアが気付いた時には自宅のベッドの上で寝かされており、全身激しい倦怠感に包まれていた。傍で目を赤くする母親に尋ねた。あれからどうなったのか。何が起きたのか。



「……え?」


 エルティアは絶句した。友達は魔物によって殺され、村の人が駆け付けた時は翼を生やした自分と魔物が戦っていたという。彼女は泣いた。三日三晩、泣き続けた。

 その後この件によりエルティア親子は村を追放。以後、彼女は魔物を見るたびに恐怖し、体が動かなくなるトラウマを発症することとなる。




「もう死なせない!! 私の大切な人を、これ以上絶対にっ!!!!」


 鉛色の翼を生やしたエルティアが剣を向け叫ぶ。彼女の胸にはいつも自分に微笑んでくれた幼少の頃の友達の笑顔があった。






「さあ、王都に着いたぞ。クソガキ、もうあんな無茶なことは……、あれれ??」


 エルティアに命じられ茶髪の少年ウィルを後方に乗せながら王都に戻ってきた王兵。たどり着き、振り返るとそこに縛ってあった縄だけが残っていた。慌てて周りを見回すが誰もいない。


「おい!? どこ行ったんだよ、あのガキ!!??」


 王兵は真っ青な顔になって辺りを探し始めた。




「姫様に近付くチャンス!! 絶対に逃さねえぞ!!!!」


 縄を解き、ひとりミノタウロスの森へと走るウィル。『姫様のヒモになる!!』という強い思いを胸に全力で森へと向かった。

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