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無自覚勇者は『ヒモ』になりたい!  作者: サイトウ純蒼
最終章「姫様が好きだったんだ。」
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69.堕天使降臨

「来たか、ルーズ」


 魔王城最上階。この城の主である真っ黒な肉体美の美しい魔王バーサスは、緊急招集を受けやって来た堕天使ルーズを前に眉間に皺を寄せている。ただならぬ雰囲気。ルーズが尋ねる。


「何かあったのでしょうか。バーサス様」


 腕を組み難しい表情を浮かべるバーサス。ゆっくりと口を開く。



「ドロアロスが討たれた……」


「!!」


 一瞬言葉を失った。

 自分と同じ最高幹部である漆黒竜。先の戦いで受けた傷も癒え万全の態勢で『六星』迎撃に向かったはず。何が起きたのか。バーサスが言う。


「白竜にやられたようだ」


「白竜……」


 未だ鮮明に残る古の時代の戦い。勇者アルンと共に戦った白竜ワイト。だがその白竜はドロアロスが印籠を渡したはず。ルーズが尋ねる。


「まさか、あの若い白竜が……」


「そうだ。『六星』は確実に力をつけている。間もなくこの城にもやって来るだろう。ルーズ。古代の魔物達を連れ、『六星』共を根こそぎ討ち取れ」


「御意」


 ルーズは頭を下げながらそこまで迫った戦いに高揚感を覚えた。






「ねえ~、もう疲れたよ~、足痛ーい!! これ以上走れな~い!!」


 漆黒竜ドロアロスをハクとジェラードに任せ、魔王城へと急ぐルーシア達。どんよりとした空気。走り辛い漆黒の大地。黙々と走り続けていた一行だが、やはり耐久力のないエルフの族長様が先に音を上げた。立ち止まったルーシアが言う。


「族長殿。こうしている間にもエルティア様に危険が迫っております。無理を申しますが何卒我慢を……」


 透け透けの服。下着が見えそうなラフレインの姿は最もこの魔界に似合わない。赤い髪をいじりながらラフレインが答える。


「もお~、ここって空気悪すぎでぇ髪も痛んじゃってるわ~、最悪ぅ~」


 まるでルーシアの話を聞かないラフレイン。そんな彼女を無視するかのように、同じく赤髪のまだあどけなさの残る元黒騎士アルベルトが魔王城の方角を見ながら言う。



「出迎えが来たようです」


 その視線の先には黒い魔物の一団。三人の方へとまっすぐ向かって来ている。ルーシアが言う。


「魔王軍でしょうか」


「恐らく」


 ラフレインもカールの掛かった髪をクルクル指で巻きながら迫り来る一団を見つめる。



「これは……」


 思わずルーシアが口にする。それはこれまで何度も苦戦を強いられて来た複数体の漆黒の魔物。その後ろにも凶悪な魔物達が続く。ルーシアはオリハルコンの長棒を手に、アルベルトも剣を抜きそれに対峙する。ラフレインが言う。



「ここは私が何とかするわ~、ふたりは先に行ってちょうだい」


 思わぬ族長の発言。ルーシアが言う。


「あの数をおひとりで? 無茶だ。私達も一緒に……」


「疲れちゃったの~、もう歩けないからここで()()ちゃんの相手をするわ~」


 余裕の笑みを浮かべながらそう言うラフレインにアルベルトが尋ねる。



「本当に良いのですか? あの漆黒の魔物、あれは決して雑魚などではない」


 その目に映るのはこれまで散々苦汁を舐めさせられて来た漆黒の魔物達。ラフレインが答える。


「大丈夫よ~、ウィル、いえ勇者に会ってからすっごく力が漲っててね~。そろそろ爆発しそうなの~」


 黙ってラフレインの話を聞くルーシアとアルベルト。ふたりは顔を見合わせ頷くとラフレインに言う。



「分かりました。我々は先に魔王城へ向かいます。恐らくあの遠くに見えているのがそう。ここはお任せ致します」


 ルーシアとアルベルトは武器を戻すと小さく頭を下げ、魔物を迂回するように再び走り始める。その走り去るふたりを見ながらラフレインが小さく言う。


「あ~、だるぅ~。でも仕方ないか。私がピンチになればきっとウィルが来てくれるはずだしぃ」


 そう言って目の前にやって来た漆黒の魔物率いる軍団に目をやる。


「うわ〜、これ全部あたしひとりでやるのぉ~?? 超モテモテじゃん」


 ラフレインは苦笑しながら人差し指を立てて小さく言う。



瞑想異世界メディテーション・ワールド


 魔物達をまとめ誘う白の世界。

 静寂。エルフ族の族長と魔物達だけが存在するこの虚構の空間で力のぶつかり合いが始まる。ラフレインが言う。


「ダルいけど始めましょうか~」


 そう言いながら魔法の詠唱を始めた。






「はあはあ、これが、魔王城……」


 多くの仲間を残し全力で駆けてきた魔界。その先にあったのは美しいほど禍々しい漆黒の城。どんより曇った分厚い雲の下、何者をも寄せ付けぬオーラを放っている。

 ルーシアはその敵の居城を見上げ思わず武者震いする。アルベルトが言う。


「この中に、兄様あにさまの想い人が」


 無言で聞くルーシア。ウィルの想い人がエルティアかどうかは知らないが、きっとその姫様は助けを待っている。目の前にいる。そう思い、強い高揚感を覚えたルーシアの前にその招かざる敵将の姿が現れた。



「忌々しき『六星』め……」


 魔王城より舞い降りたその悪しき四枚の翼を持つ元天使族。顔の半分を包帯で巻かれ、汚れた白のローブを纏った堕天使。魔王城を背にしたその悪しき堕天使ルーズはこの世界で最も醜い存在に見える。アルベルトが前に出て言う。



「貴様は、ガルシア様の……」


 主、ガルシアを討った宿敵。自分を育てここまで導いてくれたいわば父親同然のガルシア。その仇が目の前にいる。アルベルトが剣を抜き構え、そしてルーシアに尋ねる。


「ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」


「なんでしょう」


 この緊迫した状況。至って冷静でまるで感情を表さないアルベルトにルーシアが戸惑いながら答える。



「私はやはり人間なんでしょうか」


 質問の意味が分からない。ただ答えは明白だ。


「無論そうでしょう」


 兄の為、『六星』とは言え誰かの為にこの危険な魔界までやって来ている。それを聞いたアルベルトが言う。


「恨みや復讐以外の人間の感情を捨てて来たはずなのに、兄様への想いや、そしてガルシア様への気持ちがこんなに私を熱くさせるんです」


「アルベルト殿……」


 ルーシアは感じた。アルベルトから発せられる強い怒りのエネルギー。ただそれはこれまで『黒騎士』として戦ってきた怨念とは一線を画す別物。明らかに正のエネルギー。強い意志。


(これほど強い方が仲間になってくれた。なんと心強いことなのだろう……)


 ルーシアは自分の前に出たアルベルトの背中を見てそう思う。



「ルーシア殿」


 前を向いたままそう言うアルベルトにルーシアが先に答える。


「分かっている。あいつは貴殿がやるのでしょう」


 少しの沈黙。その後にアルベルトが言う。


「ガルシア様や兄様、そして今私の周りにいるみんなは、再び自分に人としての道を示してくれた。ガルシア様の敵討ち。是非このアルベルトに任せて頂きたい」


 そう話す彼の言葉には強い決意が感じられる。誰にも目の前の獲物を譲らない。静かな口調とは逆にアルベルトの気持ちが溢れ出ている。ルーシアはオリハルコンの長棒を背に戻すと彼に言う。



「私も大切な姫様の元へ一刻も早く行きたい。存分に暴れてくれ。ではご武運を!!」


 ルーシアはそう言い残すと単騎魔王城へと突入する。




(強い圧、この私が動けぬとは……)


 ルーズはじっとこちらを睨みつけるアルベルトの視線に体の自由を奪われていた。少しでも動けばやられる。強い殺気と圧の前にやすやすと『六星』の城内侵入を許してしまった。



「だが!!」


 ルーズから邪の覇気が放たれる。


「場内には我が軍の精鋭達が、そしてバーサス様がいらっしゃる!! ネズミ一匹、何も案ずることはない!!」


 そう言うと強い視線を向ける赤髪の騎士の前へと降り立つ。無言のアルベルト。ただ放たれる殺気は異常なほど強い。ルーズが言う。



「お前は確かガルシアの配下だったな」


 包帯に巻かれた歪な顔。声色は吐き気を促す。アルベルトが答える。


「そうだ。ガルシア様は我が主。その仇、このアルベルトがここに討たん!!」


 ルーズが薄ら笑いを浮かべなら言う。



「馬鹿な男よ。長年会いもしなかった娘を守るために死ぬとは。くくくっ、まさに無駄死に。まあ私にとっては幸いでしたがね」


 無表情だったアルベルトの額に青筋が立つ。そして剣を前に小さく言った。



「ギガサンダー」


 元黒騎士こと『六星』アルベルトと、元天使族の堕天使ルーズの戦いがここに始まる。

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