68.ハク、最後の別れ。
魔王城地下。薄暗い地下牢に黒き四枚の翼を生やしたひとりの男が降りてくる。顔の半分を包帯で巻かれた元天使族。汚れた白のローブを着た堕天使ルーズが地下牢の前まで来て言う。
「ガルシアの娘め……」
魔王軍幹部の訪問に気付いた看守のゴブリンが敬礼して言う。
「グギッ!? これはルーズ様、どのようなご用件で!?」
「気にすることはない。私はこの下賤な女に用がある」
そう言うと薄暗い牢獄の中に収監されたバルアシア王女エルティアを見つめる。
「くっ、お前は……」
その邪を含んだオーラに気付いたエルティアが立ち上がり言う。黒き翼の堕天使。はっきりと見覚えのある顔。ルーズが言う。
「ガルシアの娘め、私は今すぐにでもお前を殺したい」
「……」
黙り込むエルティア。魔物に囲まれた魔王城。ようやく憧れた『六星』になれたと言うのにやはり体が震えて動かない。未だ変わらぬ『飾り姫』の名を思い唇を噛む。ルーズが言う。
「だが魔王様のご意向でお前は勇者を誘き出す餌となった。今すぐに殺すことはしない。喜べ」
エルティアの脳裏に茶髪の少年の顔が浮かぶ。そして振り絞る様に声を出して言った。
「貴様らなど、ウィルと『六星』で必ず……」
初めて会ったような父ガルシア。そんな父親に恨みこそあれど感謝はない。ただそれでも父親。目の前の薄汚い奴に殺されたことはどうしても許せない。
ズキュン!!
「ぎゃっ!!」
ルーズが小さく指を上げ、そこから漆黒の弾丸をエルティアの太腿に撃ち込む。流れ出る鮮血。エルティアが苦痛の表情を浮かべながら穴の開いた太腿を押さえる。ルーズが言う。
「苦しめ苦しめよ、ガルシアの子。くくくっ、その足ではもう逃げられまい。勇者を惨殺した後に、貴様にもこの私が地獄の方がましだと思えるような凄惨な死をくれてやろう」
ルーズは顔の半分の疼きを感じつつ、妙な高揚感に包まれながら地下牢を去る。
「くっ……」
太腿を押さえるエルティア。激痛を感じながらも、それ以上に何もできず皆の足を引っ張る自分が情けなく涙がこぼれた。
「ガルウウウウウウ!!!!(この私の本気を見せよう!!!!)」
ハクとジェラードの強さを感じた漆黒竜ドロアロス。仮には相手はあの『六星』。手を抜いたらやられる。その思いが黒き竜を本気にさせた。
「グガアアアアアアアア!!!!!!!」
耳を貫くような鳴き声を上げるドロアロス。黒き肢体から溢れんばかりの邪気が放たれる。あまりの強いオーラにハク、そしてその背に乗るジェラードが言葉を失う。ドロアロスが言う。
「行くぞ、若造……」
そう言ってからすぐに口を開け、叫ぶ。
「絶命の衝撃!!!!!!」
ドオオオオオン……
聞いた者の動きを停止させる衝撃波。その悍ましい波動がふたりを襲う。
「ぐぐっ!? なんだ、と……」
先程の衝撃波は耐えた。だが今回の衝撃波はそれを上回る威力。
(体が、動かねえ……)
動きが鈍くなったハク。自慢の白き翼が動きを止める。それをドロアロスは見逃さなかった。
ドオオオオオオオン!!!!
大きな尻尾を振り回し動きが止まったハクとジェラードを吹き飛ばす。
「ぐわあああああ!!!!」
そのままふたりはドンと大きな音を立て地面に叩きつけられる。ドロアロスが大きな口を開き静かに言う。
「消えろ、クズ共……」
集まる邪気。大きな口から大砲の様な漆黒の衝撃波が放たれる。
ドオオオオオオオオン!!!!
宙に舞うドロアロス。その口から地表に放たれた漆黒の衝撃波が、地面に叩きつけられて動けなくなっていたハクとジェラードを直撃。その威力は黒い土煙と、周辺の空間の歪みを巻き起こすほど強烈なものだった。
「が、ががっ……」
地面にめり込むように叩きつけられたふたり。全身の痛み、そして痺れが体の自由を奪う。ハクが思う。
(なんて圧倒的な力……、これが漆黒竜の本気か……)
かつて古の時代に魔王と共に勇者アルンと戦った漆黒竜。今回その魔王の加護を受け更ならる力を得て現世に甦って来た。ドロアロスが言う。
「これが大人の竜の力。分かったか? 若造っ!!」
地面にめり込んだまま漆黒竜の言葉を聞くハク。すぐ近くにはやはり地面にめり込んでしまったジェラード。自慢の長弓もバキバキに砕けてしまっている。自分が何とかこの状況を打開しなければ。そう思ったハクにジェラードが小声で言う。
「ハク殿。ワータシが、あの竜の隙を作りまーす……」
「お前、何を言って……」
弓もない。体も動かない。その男が竜の隙を作るという。ジェラードが続ける。
「その隙にハク殿はあいつを仕留めてくださーい。できますね? いや、できないと言わせないでーすよ」
ハクはその言葉を黙って聞いた。ドロアロスを仕留めろと言う。それができないなどと言えるはずがない。ハクが苦笑しながら答える。
「ああ、やってやる。ワータシさんよ、俺の全力を見せてやろうじゃねえか!!」
ジェラードは地面にめり込みながらそんなハクの顔を見てにっこり笑う。空で舞うドロアロスが再び大きな口を開け叫ぶ。
「これでとどめだ!! くたばれ、若造っ!!!」
開かれた大きな口に再び集まる強い邪気。それを見たハクの額に汗が流れる。だがそんな不安をその白髪の貴公子が一蹴した。
「穿け、我が蒼白の矢。貫け、かの敵を!!!」
上半身だけ起き上がったジェラード。弓は先の攻撃で既に砕かれなかったのだが、彼が弓を射る姿勢を取ると真っ白く大きな魔法の弓が現れる。
「ワータシさん、すげえ……」
思わずハクも見惚れる美しき純白の弓。ジェラードが気合を入れるとその周りに氷結の矢が出現する。それを見たドロアロスが急ぎ攻撃姿勢に入るが、それよりも先にジェラードの魔法矢が放たれた。
「貫けーーーーっ!!!! 我が氷結の矢っ!!!!!」
シュンシュンシュン、シュンシュン!!!!!
数多の蒼白の矢が地表から真上に浮かぶ漆黒竜へと飛ぶ。ドロアロスが攻撃を止め敵の攻撃に備える。
「この程度の矢、この私には……、なっ!?」
ジェラードの渾身の矢。それは強く硬くこれまで鋼鉄のように矢を弾き返していた翼を次々と貫通して行く。そして一瞬でその漆黒の体を氷結させた。
(ば、馬鹿な!?)
凍らされ、動きが止まったドロアロス。全くの予想外の威力に抗うことなく落下する。それを見たハクが叫ぶ。
「待ってたぜ!! この時を!!!!」
そう言うと白き翼をガバっと広げ、そのまま真上へと飛翔。
ドン!!!!
「グガアアアアアアアアア!!!!!」
まるで白い光弾のように天へと昇ったハク。そのまま凍ったドロアロスの翼を貫通する。
「馬鹿な!? こんな馬鹿なことが!!??」
片翼を失ったドロアロスが悲痛の叫びを上げる。撤退。翼を失った以上、一度戻って体勢を立て直さなければならない。
バリン、バリバリン!!!
ドリアロスが体に張った氷を強引に割り、片翼で逃げ始める。だがそんな古竜をその若き盟主は逃さなかった。
「いい加減、くたばれよ。てめえらジジイにはもう活躍の場はねえ」
そう言って大きく口を開けると小声で言った。
「ブレイクブレス!!!」
ドオオオン!!!
それはまるで砲弾のようなブレス。的確に個を落とす為の濃縮させた石化ガス。手負いのハクだが、片翼でよろよろと飛ぶドロアロスにそれを命中させることは容易であった。
ボフッ……
「なっ!?」
直撃を受けたドロアロス。見る見るうちに体の石化が始まる。
「や、やめろ!! やめてくれ、これでは私は……」
徐々に落下するドロイアスにハクが言う。
「じゃあな、三下」
ドオオオオオオン!!!!!
完全に石化したドロアロス。地面に衝突すると大きな音を立てて粉々に砕け散った。ハクがそれを見てからふらふらと地表に落ちながらつぶやく。
「仇は取ったぜ、ジジイよ……」
ハクはどんより曇った空を眺めながら、幼き頃から共に過ごした長老に最後の別れを告げた。




