66.僕も頑張るよ。
人々が絶望と言う暗闇に覆われた時、その暗き世界に光を灯すのはきっと『勇者』と呼ばれる存在なのだろう。
怪我をした王兵、心配そうに王都から見つめていた民衆、そして仰向けになったままその圧倒的な力を見せつけられたカミングはそう思った。
「双剣・流星乱撃!!!!」
突然現れた茶髪の少年が両手に持った二本の剣で、次々と漆黒の悪魔達を斬り倒していく。王兵や上級大将ですら全く相手にならなかった恐るべき魔物達。それがまるで赤子の手をひねる様になぎ倒されていく。
(あれは、雑用係のウィル……)
もう疑う余地はなかった。
ルーシアやエルティアが何度も何度も皆にその強さを訴えていた雑用係。最初皆はその話を鼻で笑ったが、やはり彼女らの話が正しかった。あの姿はまさしく勇者。皆の心に希望と言う光を灯してくれる存在。
(分かっていた。心のどこかで分かっていた。だがそれを認めたくなかったんだ……)
この状況で初めてその心境に気付くカミング。想いを寄せる姫が誰か他の男を優しい眼差しで見つめる。それは姫に仕える上級大将として、そして男として認めたくなかった。だが思う。
「僕の、完敗だ……」
仰向けに倒れたカミング。澄み切った空を見て小さくそうつぶやいた。
「どけどけどけ!!!! 早く姫様を助けに行かなきゃいかんのだ!!!!!」
対照的にウィルは、再び戻った双剣を手に目に映る魔物達を斬りまくった。
(姫様が居なくなったら、俺の『ヒモ生活』が!!!!)
憧れの『ヒモ生活』。その実現に絶対欠かすことのできない姫様と言うピース。こんなところでもたついている訳にはいかない。その思いがウィルを更に激しく動かした。
「グルルル!!(なんだあいつ!!)」
「グギャアア!!!(勇者だ!!!!)
強き漆黒の魔物達とは言え、磨かれた双剣を手に、苛立ちで鬼神と化したウィルの前にはまるで抗うことなく斬られていく。
「すごい!!!」
「すげーぞ!! 頑張れ!!!」
それを見ていた王兵や民衆の中から応援の声が上がる。規模は小さいが『百災夜行』よりも深刻な状況。皆それを肌で感じていたから突如現れた小さな勇者を声を上げて応援した。
「はっ、はあああ!!!」
当のウィルはグレム爺によって磨き上げられた新生青赤の双剣によって次々と漆黒の悪魔達を斬り倒していく。だがほんの少しだけ違和感があった。
(よく斬れる。だけどやっぱ赤の切れ味は変わらない……)
綺麗に磨き上げられた双剣。だがその見た目と違い、依然として赤色の剣の切れ味が悪い。それでも今は良かった。先般までのまるで『叩いて斬る』ような状態から比べれば雲泥の差だ。
「はあ!!」
ウィルが最後に残った漆黒のワーウルフを仕留めふうと息を吐く。そしてすぐに半身だけ起き上がったカミングの下へ行き声をかけた。
「大丈夫っすか、カミング上級大将?」
カミングはしばらくウィルを見つめてから小さく答えた。
「……ありがとう。僕は大丈夫だ。さ、お前は早く行け」
「うすっ!!」
ウィルはそう答え小さく頭を下げるとすぐにハクの部下のドラゴンの下へと駆け出す。カミングはドラゴンの背に飛び乗るウィルを見つめながら目を閉じ、小さく頭を下げながら心の中で言う。
(ありがとう。君が居なければ僕は本当にすべてを失っていた。肩書だけ大きくなってしまった僕。君に負けないようもっと頑張るよ……)
そしてカミングは意識が遠くなるのを感じ、そのまま地面へと倒れるように意識を失った。
一方、それよりもずっと前。先に死霊スケルトンが湧き出す魔界の入り口にやって来たルーシア達『六星』は、その異形な空間の歪みを前に声を失っていた。
「……これが魔界への入り口なのか?」
周りには討伐されたスケルトンの山。ハクひとりがそれを美味そうにバリバリ食べている。ラフレインが言う。
「なにこれ~、マジきもいんだけどぉ」
エルフの森の近郊にある魔界の入り口。現世と魔界のとの間に生まれた空間の歪みが不気味に光っている。歪みの向こうは黒色系のうねりが渦巻いており、通常の感覚ならここに立ち入ることは無理だろう。ルーシアが先頭に立ち言う。
「行くぞ」
愛しの姫君を奪われた怒りが何よりもルーシアを動かす。
(兄様の為にも!!)
それに無言でアルベルトが続く。
「ワータシはこのような場所は似合わないのですがね~」
そう言いながらミント公国公子ジェラードも続く。ハクが青い顔をしてその不気味な空間の歪みを見つめるエルフ族族長ラフレインに言う。
「おい、怖気づいたんか? 何なら俺の背中に乗って行くか??」
馬鹿にした口調。それを聞いたラフレインが首を振って歩き出す。
「じょーだんじゃないわ! これ以上トカゲの背中に乗るぐらいならあっちの方がましですわ!!」
そう言ってかつかつと皆に続いて歪みへと向かう。最後に残ったハクがバルアシア王城の方を見て小さく言う。
「早く来いよ。ウィル」
そう言ってから最後にハクも空間の歪みへと足を運んだ。
「ここが、魔界……」
ルーシア達『六星』が空間の歪みを抜けると、そこにはどんより分厚い雲に覆われた薄暗い世界が広がっていた。締め付けるような空気。じんわり汗が出るような圧迫感。不毛の大地。呼吸をするだけで苦しくなる。思わずラフレインが口にする。
「なんて気持ち悪い場所なの~」
真っ赤な髪。下着が透けそうな衣装を着た彼女は最もこの光景に似合わないと言える。アルベルトが地面の異変に気付き皆に言う。
「何か来ます!!」
その言葉に皆が武器を取り構える。
ガガッ、がガガガッ……
皆の視線の先にある地面。そこが至る所で見る見るうちに盛り上がり、その中から白骨の魔物が這い上がって来た。エルフ族が最も嫌う死霊系の魔物。ハクが言う。
「おっ? こりゃスケルトンじゃねえか!!」
対照的に骨が大好きなドラゴン族にとっては嗜好品が湧き出してくる状況。嬉しそうにそれを見て笑う。ルーシアがオリハルコンの長棒を構え皆に言う。
「早速の歓迎だ。みんな、軽く準備運動でもしようか」
「おう!!」
その言葉を皮切りに『六星』達が迎撃を開始する。
ルーシアの『爆裂』、アルベルトの『ギガサンダー』、ラフレインの『全属性魔法』、少し距離を取ってジェラードの弓での『アイスヴァ―ン』。そしてハクは嬉しそうに宙を舞いながらバリバリとスケルトンを捕食していく。
(圧倒的な戦力差。これなら……)
そんな状況を余裕をもって見ていたルーシアが、改めて今回集結した強豪達の戦いを見て思う。彼らとなら魔王討伐は無理でもエルティア救出までなら可能かもしれない。
そう感じたルーシアの目に、突如それを否定するような巨大なドラゴンが現れた。
「グゴオオオオオオオ!!!!!」
分厚い雲を背に空より舞い降りた一体の黒き竜。それはまだ彼女の脳裏に鮮明に焼き付いている最悪の悪夢。ハクが大声で言う。
「てめえはドロアロス!!!!」
漆黒竜ドロアロス。ミント公国を破壊し、ドラゴン族の長老を絶命させた因縁の敵。ドロアロスがハク達の前で翼を広げ叫ぶ。
「貴様らはこの俺が潰すっ!! グゴオオオオオオオ!!!!!」
魔界に来た『六星』達。いきなり魔王側近の漆黒竜との戦闘を強いられる事となった。




