63.グレム爺さん、大興奮!?
「ごめんなさい。実はうちではできないかも……」
王都バルアシア随一の鍛冶工房。その王都最高の腕をもってしてもウィルの預けた赤と青の剣は磨けないという。ウィルが尋ねる。
「できないかもって、それはどういう意味で……」
その傍から鍛冶師グレムの声が響く。
ガンガンガンガン!!!!
「かーーーーっ、ぺぺぺぺっ!!!」
剣を叩く音。工房の奥で半裸の老鍛冶師グレムが、びっしょり汗をかきながら手にした金槌でウィルの双剣を叩いている。
「なんでツバ吐きながら叩いてんだよ……」
自分がいない間、一体どのように鍛えていたのか想像したくない。だがウィルの訪問に気付いたグレムが手を休め、カウンターへ駆けてくる。
「あー、お前!! 双剣の持ち主の!! ぺぺっ!!」
そう言いながらもどんどん唾を飛ばすグレム爺さん。
「や、やめろって!! 唾が飛ぶだろ!!」
そんなこと構わずにグレム爺さんが言う。
「ダメじゃ!! この剣、硬すぎてどんな研磨石でも磨けんのじゃ!!」
そう言ってウィルに話すグレム爺の顔はげっそりやせ細っている。相当苦労したのか心労なのか分からないが、言葉の勢いほど元気はない。リコが言う。
「そうなんです。うちにある一番硬い研磨石でも全然ダメで……、これは本当に伝承の勇者様が使っていた青赤の双剣かもしれませんね」
「マジか……」
工房に置かれた双剣は確かに預けた時と同じ状態。ここでダメならもう諦めるしかないのか。そう思ったウィルがグレム爺の妙な行動に気付く。
「くんくん……、この匂い……」
上半身半裸で汗だくのグレム爺。カウンターに立ちながら鼻を動かし周りを見回す。そしてギルド嬢マリンの指にある七色に光る透明な石を見て興奮気味に叫ぶ。
「なんじゃーーー!! この石は!!!!!」
「きゃっ!!」
突然グレム爺がマリンの手を握り顔を近付けまじまじと見つめる。
「こ、これは、一体何という石じゃ!!!!」
マリンの指にはめられた指輪。少し前に『ウィルモンド』と命名されたばかりの新種の宝石。ウィルが答える。
「ああ、それは新しく見つかった宝石だって」
「なんじゃと!? そんなものがまだあっただと!! ぺぺぺぺっ!!!」
マリンの手を握りながら興奮したグレム爺が唾を飛ばす。
「きゃあ!! 汚いっ!!」
「いい加減にして、おじいちゃん!!!」
ガン!!!
「ぎゃっ!!」
見かねたリコが手にしたハンマーでグレム爺の頭を強打。そのまま崩れるようにドンと床に倒れる。マリンがハンカチを取り出しすぐに手を拭きながら言う。
「もー、やだぁ!! 汚い~」
そう言って手を拭うマリンの指にある美しい宝石を、今度はリコが手にし言う。
「ちょ、ちょっとこれ、見せて貰えませんか??」
「え? あ、はい……」
あまり乗り気はしないが見せるだけと思って指輪を外しリコに手渡す。
「うわ~、本当に綺麗……」
それを頭上に掲げ光を通して見つめるリコ。透明なのに七色に輝くウィルモンドはまさに唯一無二の存在。うっとりそれを眺めるリコが、無意識に工房に置かれたウィルの双剣の元へ行く。
「あ、あの、ちょっと!?」
慌ててマリンが声を出すもリコの手は自然にその双剣に当てられ研磨を始める。
「や、やめてくださーい!! それはウィル君に貰った大事な指輪で……」
「お、おじいちゃん!! 削れたよ、削れた!!!!」
リコがそう叫ぶと、顔を青くするマリンのことなどお構いなしに床で倒れていたグレム爺が飛び起きる。
「なにいいいい!!!! 削れたじゃと!!!???」
そのまま突風のごとくリコの傍に行き、ウィルモンドで研磨された双剣を見て涎を垂らす。
「ほ、ほんとじゃ……、これは凄いぞ!!」
そう言いながらだらだらと涎が止まらないグレム爺。リコから指輪を奪い、研磨水をつけ双剣を磨き始める。
シャカシャカシャカ……
「す、素晴らしい……、こんな石があったとは……」
全身から噴き出す汗。よだれに鼻水に唾、感動して涙まで流すグレム爺の床はいろんな液体でびしょ濡れだ。そんな光景を見てマリンが泣きそうな顔で言う。
「いやーん、私の大事な指輪が……」
こちらも涙目。だがグレム爺はそんな彼女のことなど構わず、カウンターに来て大声で言う。
「こ、この石はどこで手に入れたんじゃ!? お、教えてくれーー!! ぺぺぺぺっ!!!」
そう言いながら首を回し店内のあちらこちらに唾を飛ばすグレム爺。
「きゃあ! 汚い!!」
「うわ、やめろって、爺さん!!」
慌てて逃げ始めるウィルとマリン。そこへ素早くやって来たリコがいつものハンマーでガンとグレム爺の頭を叩き卒倒させる。リコがマリンに言う。
「この石って本当にどこで手に入れたんですか?」
「い、いや、それよりその爺さんは本当に何とかしてくれ。って言うか大丈夫なのか……?」
思わずウィルが床で泡を吹いて倒れているグレム爺を見て尋ね返す。リコが答える。
「あ、全然大丈夫です。こうやって時々寝かさないと、おじいちゃん全然寝ないですから」
そういう次元じゃないだろ、と思いつつ苦笑するウィルの横でマリンが答える。
「これは私の未来の旦那様から貰った宝石です」
「おーい」
隣で突っ込むウィルを無視してマリンが言う。
「だからまずそれを返してください。この宝石は『宝玉の洞窟』で採って来た物です。必要ならまだいくつか残りがあるはずです。ね? ウィル君?」
先の『推し権』から戻ってきた際、袋の中にたくさんのウィルモンドがあったはず。ウィルが答える。
「あ、あれ要らないと思って燃えないゴミに出しちゃった……」
「え?」
一瞬止まる時間。そしてマリンが悲痛な叫び声をあげる。
「ええええええええええ!!!! な、なにやってるんですか!!!」
「仕方ないだろ!! 誰も要らないって言うし、じゃらじゃら邪魔だったし……」
「なんて勿体ないことを……」
ウィルが頭を掻きながら言う。
「分かったよ。また採って来るよ。それならいいだろ?」
「いいけど、間に合うの? 出発は明後日でしょ?」
「うーん、まあ頑張るよ……」
そう話すふたりにリコが言う。
「できるだけ大きなのをお願いします。そのサイズじゃとても全部研磨はできませんので」
そう言ってマリンの手に戻った指輪を指さす。ウィルが頷いて答える。
「分かった! じゃあ今から採って来るよ!!」
「あ、それじゃあこの剣を使ってください!!」
リコはそう言ってウィルが持っていた折れた黒き剣の代わりに別の剣を渡す。ウィルはそれを受け取り笑顔で言う。
「ありがと! じゃあ行ってくる!!」
「あん、待って! ウィル君!!」
ウィルはマリンの言葉も聞かずに店を出る。
その後、すぐに王城へ行きルーシアとハクに事情を説明。顔を青くするルーシアと対照的にハクが言う。
「じゃあ、俺の部下に乗ってその洞窟へ行け。間に合わなかったら俺達先に出るからな」
「ああ、絶対追いつくから!!」
今から『宝玉の洞窟』へ行きウィルモンドを採取。その後鍛冶屋で研磨していたら明後日の出発に間に合うはずがない。頭を抱えるルーシアをよそにウィルはハクの側近のドラゴンに飛び乗り大空へと消えて行く。真っ青な顔のルーシアにハクが笑って言う。
「大丈夫だって! 『六星』のうち五名が揃ってんだ。魔王の露払いぐらいどうってことねえぜ!!」
そう高々と笑うハク。それがルーシアの不安をさらに強くした。




