62.ウィルモンド
「あ、おはようございます!」
翌朝、ウィルは久しぶりに会った上官の黒ひげに会って挨拶をした。ここ数日『雑用係』として仕事はしていない。黒ひげが真剣な顔をしつつ、少し笑顔になって言う。
「おはよう、ウィル。話は聞いているぞ」
「はい……」
バルアシア王城でもすでに皆が周知のエルティア拉致事件。人気のある姫だからこそ皆は悲しみ、そしてその姫奪還の為にすぐに救助隊が結成されたことも知っている。黒ひげが言う。
「まあ、お前ほどの強さだ。当然、姫様救助隊に呼ばれるのは不思議じゃない。みんなの足を引っ張らないよう頑張って来てくれ」
「うすっ!!」
だが一般の人達は知らない。この茶髪の少年がその中心的人物だということを。ウィルが尋ねる。
「ところで来週の豊穣祭ってやれそうっすか?」
「豊穣祭? うーん、どうだろう……、姫様がいない状態で果たしてやれるかどうか……」
腕を組み首を傾げて答える黒ひげ。ウィルが言う。
「それなら問題ないっす。祭りまでには姫様戻って来るんで」
「ほお、それは頼もしい。是非そうしてもらいたいな」
「大丈夫。俺、約束したから」
「何を?」
「姫様と豊穣祭、踊るって」
「あはははっ、そうかそうか。それは楽しみだ」
豊穣祭の最後の篝火で踊った男女は結ばれる。黒ひげでも知っている祭りの云われ。強いとはいえただの『雑用係』が一国の姫と踊れるはずがない。そう言って笑う黒ひげにウィルが言う。
「じゃあ俺、しばらくここの仕事できないっすから。すんません!!」
そう言って手を上げ走り去っていくウィル。黒ひげもそれに手を振って応えた。
「ええっと、マリンマリン。マリンはいるかな……」
ウィルはその足で久しぶりに冒険者ギルドへと向かった。目的はマリンに会いグレム爺さんの工房へ連れて行って貰い双剣を貰うこと。懐かしさすら感じる活気溢れるギルドのドアを開ける。
「あ、お前、ウィルじゃないか!」
冒険者で賑わうギルド内。そこへ足を踏み入れたウィルに近くにいたひとりの冒険者が声を掛けた。屈強そうな騎士風の男。高価な装備を身に着けた冒険者を見てウィルが言う。
「あ、あんた。確か……」
見覚えはある。だが名前が思い出せない。男が言う。
「アダムだ。『推し権』で一緒になった冒険者だ」
「あっ」
思い出した。マリンに言われて参加した『推し権』。そこでやたら絡んできた面倒な冒険者。ウィルが軽く頭を下げて通り過ぎようとするとアダムが言う。
「お前には感謝している。そしてあの時の非礼を詫びたい」
「え?」
また面倒な絡みに巻き込まれると思ったウィル。意外な言葉に足が止まる。アダムが言う。
「あの皆が大苦戦した洞窟で、ほぼお前ひとりだったんだ。無傷で戻って来たのは」
最下層である十五階で輝く鎧を纏った騎士と戦ったウィル。武器を奪われたりと色々あったが大した怪我をせずに戻って来たのは間違いない。アダムが言う。
「それに窮地に陥っていた俺を誰かが助けてくれた。あれ、お前なんだろ?」
「……うーん、よく覚えてないな」
ウィルが困った顔で答える。とにかく剣を奪われ急ぎ走っていたあの時。途中何体か魔物は倒したと思うがそれがアダムを襲っていたものだとは分からない。アダムがウィルの背中をドンと叩いて言う。
「まあいいさ。それよりギルド長がお前を探していたぞ。行ってこい!」
「うわっ、わ、分かったよ」
背中を押されたウィルがギルドのカウンターへと向かう。それに気付いた眼鏡をかけたピンク髪の可愛らしい女の子が声を掛ける。
「あ、ウィル君!! こっちおいで!!」
新米受付嬢マリン。最近ようやく仕事に慣れて来たのか手際も良くなっている。
「よお、マリン。久しぶり……、わっ!? 何するんだよ」
挨拶もそこそこに、いきなり手を引っ張られギルドの別室へと連れて行かれるウィル。部屋にあった椅子にウィルを座らせたマリンの指には、先日『宝玉の洞窟』で拾った宝石の指輪がまだある。顔を引きつらせるウィルにマリンが言う。
「ウィル君。とーっても大切なお話があるからちょっと待っててね」
また婚約のことかと顔を曇らせるウィルの前に、マリンは落ち着かないギルド長を連れて戻って来た。嫌な予感しかないウィルにギルド長が興奮気味に言う。
「こ、今度の遠征、頑張ってきておくれ。冒険者が、その、『HI-MO計画』に指名を受けて従軍するなんて私も誇らしい」
(は?)
全く想像していなかったギルド長からの『HI-MO計画』と言う言葉。本意ではないが、昨日后から正式に命名されたばかりの作戦。なぜギルド長が知っているのか。マリンもそれが当たり前のような顔で言う。
「マリンもウィル君が大活躍するって絶対思っているから! 頑張ってね!!」
そう言って指につけた指輪を優しく撫でる。顔を引きつらせるウィルにギルド長が言う。
「それでここに来て貰ったのはまた別の用件で……」
まだあるのか、と内心ため息をつきながらウィルが話を聞く。ギルド長が言う。
「先日、ウィル君が持って来てくれた宝石、『宝玉の洞窟』で採って来てくれた宝石なんだが、実はあれが未確認宝石だということが分かってね。今度正式にギルドで登録することになったんだ」
「あ、あれか……」
そうつぶやくウィルの目に、ギルド長の後ろで指にはめた指輪を指さし笑みを浮かべるマリンの姿が映る。ギルド長が言う。
「あんなに美しく輝く宝石は誰も見たことが無くて。透明なのに光の当て方によって七色に輝く。それでとりあえずあの宝石のことを『ウィルモンド』と名付けることにしたよ」
「ウィルモンド……」
ちょっと恥ずかしい。だがそんなことは今どうでもいい。早くグレム爺さんの所へ行きたい。マリンが言う。
「本当はね~、『ウィル・ラブ・マリン』って名前が良かったんだけど却下されちゃったんだ~」
もっとどうでもいい。早く工房へ行かなければならない。ギルド長が尋ねる。
「それでウィル君。あれは一体何階層で採取したのかね?」
「だからそれは前にも言ったけど最下層の十五階だって。透明な鎧を着た魔物を倒して手に入れたんだ」
「……」
黙り込むギルド長。確かに宝石だけ見れば未発見の貴重な物ではあるが、だからと言ってそれが九階層でなくいきなり十五階層と言うのはやや現実味がない。ギルド長が言う。
「まあ、その辺りは今後の調査によって明らかになるだろう。また別件でウィル君には洞窟調査のクエストに参加してもらうつもりだ」
「それより……」
そう言いかけたウィルの言葉を遮ってギルド長が言う。
「ああ、分かっている。『HI-MO計画』だろ? 剣の修復を依頼しているのはマリンから聞いている。じゃあ、気を付けて。君の活躍を期待しているよ」
「あ、ああ。ありがとう……」
結局無駄な話をしたなと思いつつ、ウィルはマリンと一緒にギルドを出た。
「ウィル君、危険な任務だけどマリンのために頑張って来てね」
歩き始めてすぐマリンが言う。ウィルがため息交じりに応える。
「別にお前の為に頑張る訳じゃねえって。姫様を助けるためだ」
「あん、分かってるよぉ。それは建前でしょ? 本当はマリンとの将来の為に出世しようと頑張ってるんでしょ?」
全然分かってないじゃんと思いつつウィルが尋ねる。
「それよりも、なんだその『HI-MO計画』って? お前、あることないこと皆に話してないか?」
昨日決まったばかりの『HI-MO計画』。それをもうギルド長が知っているのは不自然だ。マリンが答える。
「いいのよ、大丈夫、ウィル君。マリンはもうすべて分かってるんだから!」
(全然分かってねえだろ!!)
そう突っ込みながら歩いていると、見覚えのある裏路地に辿り着く。そしてその先、目立たぬよう小さな煙突のある建屋の前まで来たふたりは、その古びたドアをノックする。
コンコン……
「こんにちは! ギルドの者ですが」
そう言ってドアを開けて店内に入るふたり。所狭しと置かれた数多の武具。金属が有する独特のつんとした匂いが鼻をつく。店に現れたふたりに気付いた受付のリコが慌ててやって来て言う。
「あー!! この間の人!!」
「なあ、剣はどうなった? 手入れは終わったんか??」
そう尋ねるウィルにリコが困った顔で答える。
「ごめんなさい。実はうちではできないかも……」
エルティア救助遠征の出発まであと二日。ウィルが絶対の信を置く青赤の双剣は未だ眠ったままであった。




