56.黒騎士vs王都守護者
「はあああああああ!!!!」
ガンガンガン、ガガガガン!!!!
ドドドド、ドオオオン!!!
スキル『爆裂』を有する上級大将ルーシア独特の戦闘の音。オリハルコンの長棒が交わる音に続き起る小爆発の音。低レベルの魔物なら一撃で粉々に吹き飛ぶが、黒騎士はそのすべての攻撃を剣で受けながら反撃をする。
「ギガサンダー!!」
ドオオオオオオオン!!!
「くっ!!」
少しでも気を抜けば突如頭上に落ちてくる雷撃の餌食になる。両手は黒騎士の電撃の剣による感電で、既に感覚がないほど痺れている。強固で爆撃にも耐えるオリハルコン。だが不運にも電流をよく通す金属でもあった。
(手が痺れる。いや、熱い……)
強力な電圧で手の皮が少し焼けてしまっている。ルーシアは着ていた衣服を一部破り手に巻いて応急処置をする。黒騎士アルベルトが言う。
「強いな。だが私の邪魔をするならすべて雷撃の餌食とする!!」
「ふざけるな! 私は『王国守護者』。刺し違えても貴様を倒す!!」
黒騎士とルーシアの長きに渡る戦闘。それがようやく終わりを告げる。ルーシアがオリハルコンの長棒をクルクル回し突撃。アルベルトが剣を構えそれを迎え撃つ。
「爆ぜろっ!!!」
(!?)
長棒の射程距離より少し手前、ルーシアは突如地面に向かってオリハルコンの棒を叩きつけた。
ドオオオオオオオオン!!!!
棒が地面に当たり爆発を起こす。立ち込める黒煙に砂ぼこり。ルーシアの意外な行動と目の前の爆発に一瞬気を取られた黒騎士に隙ができる。
「はあっ!!」
だがそこは攻撃センス抜群の黒騎士。すぐに黒煙の中のルーシアの攻撃を警戒しつつ、太い剣で斬り込む。
ガン!!!!
黒騎士の剣がルーシアの白銀の鎧を捉える。迸る電撃。咄嗟の反撃。黒騎士は最善を尽くした。だがすぐにそれが間違いであったことに気付く。
(軽い!?)
ルーシアに斬り込んだ剣の感覚が軽すぎる。耳に響く乾いたような軽い音。そして剣を振り抜いた方向に音を立てて転がっていく白銀の鎧と長棒。瞬間気付いた。
(やられた!!!!)
黒煙でまだ利かぬ視界。耳と感覚で敵の動きを探るが遅かった。俊敏なルーシアは爆発と黒煙に紛れ黒騎士の横に跳躍。一瞬の隙をついて、彼が気付くより先にその後頭部へ回し蹴りを叩き込んだ。
「爆ぜろおおおおおお!!!!」
ドオオオオオオオオオオオン!!!!!
「ぐわあああああ!!!!!」
ルーシアは自身に付けた足の保護具を武器に見立てスキル『爆裂』を発動。こうすることで囮に使った長棒が無くとも爆裂を放つことができる。だが一方でそれは諸刃の剣となる。
「ぐっ……」
後頭部の攻撃を受け前に吹き飛ぶ黒騎士。
だがルーシアもその場に倒れ込み、蹴り込んだ足を押さえる。
「ルーシア様!!!」
後方で壮絶な戦いを見ていた部下達が心配そうな声を上げる。ルーシアの足の保護具は爆発により粉々に砕け、大量の出血をしている。自身の体を無事として使った代償。それでもあの黒騎士だけは倒したかった。
「騎士様!!」
そして黒騎士。頑丈な黒き兜のお陰で一命は取り留めたが、その兜はルーシアの捨て身の攻撃によって粉々に破壊されてしまった。露わになる黒騎士の素顔。それは赤い髪のまだ幼さの残るような少年の顔であった。
「騎士様、騎士様、お怪我はございませんか!?」
今回付き人としてアルベルトに同行していたリリスがたまらず駆け付ける。
「あ、ああ、大丈夫だ……」
顔から血を流し、軽い脳震盪を起こしている黒騎士が小さな声で答える。
「あいつ、人間、なのか……??」
それを離れた場所から見ていたルーシアが驚いて思わず声を出す。てっきり魔物だと思い込んでいた黒騎士。だがどう見てもそれは人間の姿にしか見えなかった。
「騎士様、一旦引きましょう。すぐに治療を!!」
「不要だ!! これは私の戦い。リリス、ここは危険だ。すぐに下がれ!!」
「下がりません!! わ、私が下がる時は騎士様と一緒の時です!!」
「リリス……」
軽い脳震盪のせいで意識がぼんやりするアルベルト。幸いルーシアの足の怪我も酷く反撃される心配はないが、今この状態で戦場に立つのは危険極まりない。
一瞬停滞する両者の戦い。だが意外なところから別の戦いが開始される。
「全軍突撃!!! ルーシア様を救え!!!!」
ルーシアの後方に待機していたバルアシア軍が、大将の負傷を見て突撃を開始する。バルアシアにしてみれば、両上級大将を負傷させた敵の指揮官が弱っている今が最大の攻撃のチャンス。控えていた将官の号令と共に全軍突撃を開始する。
「突撃、突撃!! 騎士様を助けろっ!!!!」
そして全く同じことが黒騎士アルベルトの後方の魔物達にも起こる。彼らからしてみても厄介な上級大将が負傷した今が王都攻撃の最大の好機。『打って出るな』と命じていた黒騎士の指示も忘れて全軍突撃を始める。
「ま、待て、お前達!! 守れ、守備を固めろ!!!」
ルーシアの叫び声も空しくバルアシア軍が突進してくる。
「動くな!! 動くなと言っただろ!!!!」
同じく魔物達の突撃を見てアルベルトが叫ぶもその勢いはもう止まらない。
「ルーシア様、一旦後退を!! 怪我の手当てを致します!!」
ルーシアの元に辿り着いた王兵がすぐに声を掛ける。
「馬鹿者!! なぜ打って出る!? 私は専守防衛だと言ったはずだぞ!!!」
「申し訳ございません、ルーシア様!! 後でお叱りは受けます!!!」
そう言って王兵は足を負傷したルーシアの肩を担ぎ、半ば強引に後方へと退避していく。
「くそっ、くそくそくそっ!!!」
城壁近くまで後退してきたルーシアは、地面に仰向けになり自分の不甲斐なさを嘆いた。相打ち覚悟で行った捨て身の攻撃。だが敵将校は大したダメージも受けていないようすら見える。それに引き換え自分はひとりで歩けないほどの怪我を負ってしまった。
「すぐに治療します!!」
僧侶が急ぎルーシアの足の治療を始める。だがもうすぐに戦場に立てることはないと彼女は分かっていた。
「うおおおおお!!!!」
ガンガンガン!!!!
ルーシアやアルベルトの心配をよそに、バルアシア軍と魔物達の正面衝突がついに始まった。響く叫び声、武器の交わる音、砂埃、悲鳴。静かだった戦場がいきなり混乱の地へと変わる。
「騎士様、早くこちらへ!!」
まだ脳震盪でふらつくアルベルトの手を取りリリスが後方へと移動する。上級大将ルーシアの捨て身の攻撃。硬い漆黒の兜に覆われていたから無事で済んだものの、もしなければ間違いなく頭を吹き飛ばされていた。アルベルトは額から流れる血を拭きながらリリスに言う。
「すまない。少し休めば大丈夫だ。戦いが長引けば死傷者が増える。少しでも早く私が戻らなければ……」
「騎士様は、休憩してください!! もっとみんなを信じてあげてください!!」
「そうはいかない。これは私の戦い。それに皆を巻き込むのは……」
やや興奮したアルベルトが眩暈を起こし、その場に座り込む。それを見たリリスが優しく言う。
「皆さんだって戦いに命かけています。それは騎士様だろうが、他の魔物であろうが関係ないです。だから今は少しだけお休みください」
「……リリス」
アルベルトが顔を上げる。
自分が間違っていたのか。これまで長く一緒に戦ってきた仲間をもっと信じるべきなのか。
そう思ったアルベルトが小さく息を吐いた時、リリスの視線が自分の遥か後方の頭上にあることに気付いた。
「騎士様、危ないっ!!!!」
(え?)
突然押される感覚。
後ろに、仰向けに倒れたアルベルトの目に、何かの衝撃弾が高速で通過するのが映った。
ドン……
「ぎゃっ!!」
悲鳴。
吹き上がる鮮血。
小さく声を上げ倒れるリリス。
彼女の血を浴びて起き上がったアルベルトの目に、その無残な姿で倒れる彼女の姿が映る。
「リリス、リリスっ!!!!」
胸にぽっかりと空いた穴。まだ息はあるがもう返事をすることすらできない。
「あらあら。私としたことが外してしまったようですね」
アルベルトの背後から聞こえる聞いたことのない声。振り返るアルベルト。そこへ黒き四枚の翼を携えた天使族の男がゆっくりと地面に降りてくる。汚れた白のローブ。顔の半分は包帯で見えない。アルベルトが尋ねる。
「お前がやったのか……?」
天使族の男が答える。
「そうですよ。憎きガルシアの軍勢。将校のお前を殺ろうと思ったのだけど、まあ女に助けられるとは情けないことで」
アルベルトが怒りに震えながら言う。
「お前、誰だ……」
「私ですか? 私は魔王バーサス様の側近ルーズ。元天使族です。まあ今は堕天使ですが。それよりね、死んでくださいよ。クソみたいなガルシアの従者が!!」
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」
アルベルトの咆哮。
そこにいた皆が一瞬、動きを止めるほどの迫力。
「許さない、許さない……」
アルベルトは地面に倒れ動かないリリスを見てから叫ぶ。
「お前をぶっ殺す!!!!!」
同時にタガが外れたアルベルトの怒りが爆発。魔物すら怯えるほどの怒気。我を見失ったアルベルトが怒りに任せ暴れ始めた。




