55.王国守護者の矜持
黒騎士アルベルト率いる魔物軍。それに対峙するバルアシア国軍。その両軍が見守る中、指揮官である黒騎士と上級大将カミングの一騎打ちが開始された。
だが、戦いは思わぬ展開となっていた。
「ギガサンダー」
ドオオオオオオオオオオオン!!!!
「ぐがっ!!」
黒騎士が放つ雷撃攻撃。遠距離戦から始まったこの戦いは、カミングが一方的に押される展開となっていた。
「はあはあ、くそ!!」
雷による全身の痺れ。スキル『魔法騎士』を持つカミングの戦闘方法は、得意の魔法で威嚇し接近戦へ持ち込み相手を倒す。だが自分が放つ攻撃魔法より相手の雷撃の方が遥かに速く強力だった。カミングが走りながら叫ぶ。
「宙に彷徨えし炎の因子よ、集え!! ブレストファイヤー!!!!」
初めての高速詠唱。窮地に追い込まれたカミングがここに来て小さな奇跡を起こした。
ドン、ドドドオン!!
思わぬ炎攻撃を受けた黒騎士アルベルトに一瞬の隙ができる。
「食らえ!!!」
そこへ得意の剣を振り上げ斬りかかるカミング。
ガン!!!
「なっ!?」
全力のカミングに対し未だ馬上のアルベルト。黒煙立つその黒き騎士を斬りつけたカミングは、煙の中に現れた太い剣によってそれが防がれたことに驚愕する。
ドフッ!!
その瞬間、カミングの頭部に鈍痛が走る。
アルベルトは剣で敵の攻撃をいなしつつ、鎧に包まれたその足で回し蹴りのようにカミングを蹴り飛ばしそして地面に降り立った。
ドン……
地面に音を立てて落ちるカミング。
黒騎士アルベルトはその横に立ち、仰向けになった敵将校を見て思う。
(弱い。これが人間の実力……)
馬から降りたアルベルトはそのままカミングの横を通り過ぎていく。そして小さくつぶやいた。
「……ギガサンダー」
ドオオオオオオオオン!!!!!
「ぎゃああ!!!」
両軍はその光景を沈黙しながら見守った。
魔帝ガルシアの片腕とも言える黒騎士。対するはバルアシア軍最高職の上級大将。誰がこのような一方的な戦いを想像できただろうか。
「止まれ。それ以上バルアシアに近付くことは許さぬ」
そんな圧倒的強さを誇る黒騎士の前に、その銀色の髪が美しいオリハルコンの長棒を持ったもうひとりの上級大将が立ちはだかった。止まる黒騎士。
「退け。退かないのなら女とて容赦はしない」
ルーシアが銀色の髪を風に揺らしながら答える。
「ほお。貴殿は戦場で男とか女とかそのような甘えたことを言っているのか? この命のやり取りをするこの場所で?」
「……」
無言になる黒騎士アルベルト。その脳裏に幼少時代のウィルとの会話が思い出される。
『アル、女を殴ってはダメだ』
村の広場で遊びながら剣の練習をしていたウィルら子供達。その際、腕っぷしの強い女の子をアルベルトが思い切り殴り女の子が号泣した。アルベルトが尋ねる。
『どうしてですか、兄様?』
『どうしてって、まあ、そういうことだ』
歯切れの悪いウィル。特に理由などなかった。アルベルトが再度尋ねる。
『でも兄様。女でも敵で剣を持っていたら戦わなけばこちらが負けてしまいます!』
『ううっ、そ、そうなんだが。アル、いいんだ。俺がそう決めたんだ』
『あ、はい! 分かりました、兄様!!』
尊敬する兄。その兄の言葉はまるで魔法のように彼に響き、それを素直に受け入れた。
ルーシアは倒れたカミングを王兵達が運び去っていくのを確認してから大声で言う。
「バルアシアに敵する下賤者が!! この『王都守護者』ルーシアが返り討ちにしてくれんぞ!!!」
クルクルとオリハルコンの長棒を回すルーシア。不気味な黒い鎧を纏った未知の敵。だがカミングが倒れエルティア不在の今、自分が壁になってここを死守しなければならない。
「はああああああ!!!」
ガン!!!!
ルーシアの速攻に一瞬ギガサンダーを撃つのを躊躇ったアルベルト。それがこの戦いで初めての彼の被弾となる。ルーシアが叫ぶ。
「爆ぜよ!!!!!」
ドオオオオオオオオン!!!!
「ぐわああああ!!!!」
ルーシアのスキル『爆裂』。触れたものを一瞬で爆破する優良スキル。対象物との能力差が多ければ一瞬で粉々にするがさすがに黒騎士は破壊できない。不意の攻撃を受けたアルベルトが初めて後退し、体勢を整える。
(これは厄介なスキル……)
触れ合う度に爆発を起こされれば接近戦は不利となる。しかも敵の想像以上の俊敏さ。ギガサンダーが魔法の類である以上どうしても一瞬の間ができ相性が悪い。ルーシアがさらに追撃を行う。
「はあああああああ!!!!」
自慢のオリハルコンの長棒にスキル『爆裂』。これに彼女の俊敏さが加わり、一騎打ちだろうが多勢だろうが誰に対してもその強さを発揮する。故に一兵卒から一気に軍最高職まで上り詰めた。そしてその心の強さも彼女を無敵にさせた。
(エルティア様を守る!!!)
ドンドンドン、ドドドドドオオオン!!!!
恩人であるエルティア。愛おしい姫様。すべての想いがルーシアに力を与えた。
黒騎士愛用の太い剣。硬い剣が、それ以上に硬いオリハルコンの長棒に触れる度に小爆発を起こす。耐えきれなくなった黒騎士が大きく後方へと跳躍。再度体勢を整える。
(想像以上に強い。あの金髪の騎士以外でもこれほどの者がいたとは……)
これまで何度か攻めたバルアシア。ただアルベルトが直接誰かと剣を交えることは一度もなかった。あくまで後方からの指揮。銀髪の騎士の活躍は聞いていたが実際は想像以上に強かった。アルベルトが剣を構え小さく言う。
「ならば私も少し本気を出す」
不気味な圧。対峙するルーシアがその黒い騎士をじっと見つめる。
「サンダーボルト……」
小さく何かを唱えた黒騎士。だが何も起こらない。いや、実際には起こっていたのだが一騎打ちに興奮していたルーシアにはそれに気付く余裕がなかった。
「行くぞ!!」
再びオリハルコンの長棒をクルクルと回し黒騎士に接近するルーシア。アルベルトはそれに剣を構え余裕をもって応戦する。
「爆ぜよ!!!!」
ガン、ドオオオオオオオン!!!!
「きゃっ!!」
スキル『爆裂』。同時に起こる爆発。後退りするアルベルト。だが今回はその爆発を起こしたルーシアも後方に吹き飛ばされた。
(手が、痺れる……)
ルーシアは長棒を持つ手が感電したかのようにじんじんと痺れていることに気付いた。アルベルトが言う。
「私は雷を従える者。この剣に触れると強い電撃がお前を襲う。爆発も大したスキルだが、もうお前に勝ち目はない。とっとと失せよ」
ルーシアはその言葉を黙って聞いた。
未だ痺れる両手。自慢の爆裂を何度か食らわせたが一向にダメージが入らない。根本的な何かが違う。だがそれで諦めるような彼女ではなかった。
「よく喋る魔物だ。それほど言葉が上手いのならば人間の感情も理解できるだろう? この線は何があっても超えさせないと!!」
「愚問だ。私は貴様ら人間を蹂躙するためにやって来た。私ひとりでも十分。死にたいのならば死ね。憎き、人間よ!!!!」
黒騎士アルベルトの突撃。この戦いで初めて自ら動いて敵にぶつかる。ルーシアが長棒を構えて答える。
「来い、下賤者っ!! 姫様が愛するこの国を、私は守るっ!!!!」
復讐と謝意のぶつかり合い。その両者の矛が再度交わった。
漆黒のスケルドラゴンと溢れ出るスケルトンらを無事討伐したウィル達。
討伐後の情報交換や、新たに『六星』としてウィルの仲間に加わったラフレインらと食事を終え明けた翌朝、その早馬に乗ったバルアシア兵がもたらした情報に皆が顔色を失った。
「申し上げます!! バルアシアに『百災夜行』襲来!! 姫様には一刻も早いご帰還をとのことです!!」
「百災夜行だと……」
自分が不在のタイミング。守りに両上級大将を残してきたが不安は拭えない。ハクが言う。
「俺の背に乗って行きな!! 特急で送るぜ!!」
「私も行くわ! 天使族ガルシアとの関係も知りたいし、ウィルと一緒に居たいし……」
エルティアはラフレインの最後の言葉にやや不満そうな顔をするものの、結局ウィルと族長をハクの背に乗せエルフの里を飛び立つ。
「お、重いな……、さすがに三人は……」
成長した白竜ならいざ知らず、まだ成長途中のハク。人間三名はやや定員オーバーだ。一番後ろに乗ったラフレインが怒った口調で言う。
「まあ、なんて失礼な竜族ちゃんなのかしら~、レディに向かって『重い』とは!!」
そう言って持っていた杖でハクの背中をドンドンと叩く。
「ぎゃっ!? 痛ってええ!! なにしやがるんだ、このクソババア!!!!」
「クソ……、もー許さないわ!!! 丸焼きにして埋めるわよーー!!!」
「やれるもんならやってみろ、クソババア!!!」
上空で喧嘩を始めたふたり。ウィルが呆れた顔で言う。
「何やってんだよ、こんなところで喧嘩するなよ」
「だってよ、ウィル……」
「だってさあ~」
エルティアが真剣な顔で言う。
「ふたりともお願いだから私に力を貸してくれ」
「……分かったよ」
「仕方ないですわね~、愛するウィルの為ですからね~」
ため息をつくエルティア。静かにウィルに尋ねる。
「ウィル、また力を貸してくれるか?」
ウィルが前を向いたまま答える。
「だって姫様また無鉄砲に突っ込むんだろ? じゃあ仕方ないじゃん」
「ふふっ、そうだな。だがお前が来てくれるなら私も安心だ」
「なあ、それよりいつになったらヒモにしてくれるんだよ?」
エルティアが笑って答える。
「魔王を倒したらな、お前が」
「はあ? なんかハードル上がってね? 俺には無理……」
「できたら無条件にヒモにしてやろう。生涯私が面倒見てやる」
綺麗な朝日。大空に舞ったエルティアは思った以上に気持ちが昂っていることに気付き顔を赤くした。ウィルが言う。
「はあ、何かいつもその言葉に騙されているような気がするんだがな……」
「嫌か?」
ウィルが振り向いて答える。
「嫌じゃねえぜ!!」
大空を舞うハク。その背に乗りながらエルティアはウィルの言葉に笑顔で応えた。




