54.黒騎士アルベルトの怒り
「アル、仕方ないのよ。あれは事故。私達もどうしようもなかったの」
ウィルとアルベルトの母親は、大好きだった兄を失い全く話すことを止めてしまった息子に何度も語り掛けた。
スキル判定を行った帰り道。暗い山道で父親は外れスキルだったウィルを馬車から蹴り落した。アルベルトには何が起こったのか理解できない。自分の両親がそんなことをするはずはない。だが家に帰り憧れの兄がいなくなった部屋を見てそれが事実だと実感し始める。
「アル、てめえいい加減にしろ!! いつまであんなことを根に持ってやがる!!!」
ドン!!!
「あ、あなた、やめて!!」
貧しい家でありながらも自分の飲む酒は切らせたことがない。アルベルトが反抗的な態度を取り始めてから父親の酒量は日に日に増えて行った。
(兄様、ウィル兄様……)
言葉を話さなくなったアルベルトは毎日居なくなった兄のことを思い出し涙を流した。兄から習った剣術、冗談、虫の捕り方など思い出しては枕を濡らす日々。この頃からアルベルトの中に人間に対する憎悪が蓄積されていった。そんな彼に転換が訪れる。
「アル、今王都から連絡があって、ウィルが見つかって保護されているそうよ!」
「え?」
それはまだ幼かったアルベルトを歓喜させるには十分すぎる吉報だった。母親の話ではウィルは王都で元気に生活をしており、自分達の迎えを待っているとのこと。
「すぐに兄様に会いたい!!!」
両親はアルベルトと共に王都へ馬車を走らせ、ウィルがいるという街外れの建物へと向かった。
(兄様に会える、兄様に会える、兄様に!!)
アルベルトは幸せだった。この数日間の死んだような表情とはまるで別人のように笑みがこぼれた。嬉しかった。故に気付かなかった。これが両親の謀だったと言うことに。
「君がアルベルト君だね? ギガサンダーを使うという」
ウィルがいると聞かされた建屋はどこかの軍のような場所であった。厳粛な空気、屈強そうな軍人。だがまだアルベルトは気付かない。出迎えた軍人が言う。
「さあ、おいで。こっちだ」
そう言って軍人がアルベルトの手を握り建物へと連れて移行する。それにアルベルトは抵抗して尋ねる。
「兄様は? ウィル兄様はどこにいるの?」
「……」
無言の軍人。すぐに後ろにいた両親が言う。
「アル、ウィルは奥にいるの。先にあなたに会いたいのですって!」
「……分かった」
アルベルトはそれに頷いて答えた。今彼を支配しているのは『兄に会いたい』という一心であった。
「……全く気味の悪いガキだぜ。あいつも」
アルベルトを売り、その見返りに大金を手にした父親が不服そうな顔で言った。
この時代、優秀なスキルを持つ子供は高い値がつけられ闇市場で売買されていた。貧しかった父親も金に目がくらみアルベルトを売却。大金を手にした。無言の妻に父親が言う。
「何だよ!? 不満か?? これだけあれば当分遊んで暮らせるぜ!!」
「……」
寂しさはあった。ウィルに続いてアルベルトまでいなくなって。だがもう引き返せない。涙目になる母親。そしてこの王都からの帰り道、ふたりは賊に遭遇して呆気ない最期を迎えることとなる。
「兄様はどこだよ……」
連れられて来た場所。そこは鉄格子のついた部屋が幾つもある広い施設。どう見てもおかしい。ようやくアルベルトもその異変に気付き出した。軍人が言う。
「兄様? なに言ってんだ、そんな奴はいねえよ。まだ分からねえのか?」
アルベルトがじっと睨むように軍人を見つめる。
「お前、売られたんだよ」
「……」
最愛の兄を失い壊れかけていたアルベルトの心はこの程度で動じることはなかった。だが次の言葉はそんなアルベルトの鉄の心をも打ち砕いた。
「お前の兄って使えねえ奴だったんだろ? さっき父親が笑って言ってたぞ。価値のない奴だから山に捨てて来たってな」
(!!)
自分のことなどどうでもいい。だが尊敬する兄への侮辱だけは絶対に許せなかった。アルベルトが下を向き、震えた声で言う。
「お前ら……」
「はあ? なんだてめえ!! 大人しく……」
アルベルトが顔、そして右手を上げ小さく言う。
「死ねよ、お前ら……。ギガサンダー」
ドオオオオオオオオオオオン!!!!
それが生まれて初めてのアルのスキル使用となった。王国の将校にすらなれる超優良スキル『ギガサンダー』。
我を失ったアルベルトはこれまで溜まった怒りを晴らすかのようにその強力なスキルを放ち続ける。
「許さない、人間など絶対に許さない……」
その怒りはこの『スキル絶対主義』と言う慣習を作り上げた人間達へと向けられた。自分と兄を引き裂いたこのクソみたいな常識。アルベルトはその建物を全壊させるとひとり歩き出す。
「人間を殲滅する……、憎き人間をこの世から抹殺する……」
人間でありながら魔物すら一目置く憎悪を纏ったアルベルト。その彼がこの後魔帝ガルシアと出会うこととなったのはある意味必然だったのかもしれない。
(ガルシア様、申し訳ございません。あなたへの感謝の気持ちは一度も忘れたことはありませぬが、やはり私は人間を許せない。悪の根源、バルアシアを滅ぼさぬ限りは兄も浮かばれない!!!)
黒騎士ことアルベルトは、魔帝ガルシアに命じられた『百災夜行』の行軍の中ひとりその決意を固めた。どんな理由があろうともこの気持ちに嘘はつけない。憎き対象である人間を自分が守るなどやはり無理なこと。
(私ひとりで壊滅させる……)
ガルシアから預かった魔物達に危険なことをさせる訳にはいかない。金髪の騎士は相当な手練れ。負けることはないだろうが味方の被害の拡大が予想される。馬の手綱をぎゅっと握ったアルベルトが内心誓う。
(思い切り暴れて、私も死ぬ。それでいい……)
人間への復讐を遂げられればもう兄の居ないこの世に未練はない。アルベルトは新たな決意と共に馬を進める。
(騎士様……)
そんな彼を後方から見つめるサキュバスのリリス。彼女は黒騎士から放たれる異様なオーラを敏感に感じ取っていた。
「どうかご無事で……」
リリスは馬上、小さく手を組み黒騎士の無事を祈った。
「カミング殿、あれをどう見る……?」
バルアシア王都城壁の外、遠方に広がる魔物の群れ。そこからたった一騎、黒い鎧を着た騎士が馬に乗り近付いてくる。自分の後方にはバルアシア軍。前面衝突になった際のために待機させている。これまでにない展開に戸惑う上級大将ルーシアにカミングが言う。
「あれは敵の指揮官でしょう。見れば分かります。だが僕の敵ではない。軽く蹴散らせてきましょう」
「あ、カミング殿……」
追いかけようとするルーシアを手で制し、ゆっくりと歩みを進める黒騎士にカミングが単騎近付く。両軍がにらみ合う中、その指揮官の一騎打ちが始まろうとしている。
(エルティア様はいらっしゃらないが、ここで私の力をしっかりと示し認めて貰う!!)
ここ最近はずっと不甲斐ない戦いばかり続けてきた。軍最高職の上級大将でありながら後方支援や敗戦処理などその矜持は既にひどく傷ついている。カミングが剣を抜き黒騎士に言う。
「我が名はカミング。上級大将にしてこのバルアシアの将来を背負う男。黒い騎士よ、度重なる我が国への暴挙。今日こそのその愚行にこの僕が終止符を打つぞ!!!」
対峙する黒騎士もゆっくりと太い剣を抜く。無言。カミングが苛立って叫ぶ。
「返答もなしか!! この下賤者め!! 後悔させてやる!!!!」
上級大将カミングと黒騎士アルベルトの戦いがここに開始された。




