53.王都に迫る影
「やったな!! ウィル!!!」
「うわっ!? よせっ、ハク!!」
見事巨大なスケルドラゴンを討伐したウィル。辺り一面に溢れていたスケルトン達もほぼ殲滅し『最強の援軍』の名の下に、見事森の平和は取り戻された。
ハクに抱き着かれて逃げようとするウィルを見ながらエルティアが思う。
(いつもああやって否定しているが……)
一緒にいるだけで皆に与える勇気。力。
どんな敵にも恐れすら見せず打ち倒す強さ。
――もう誰が見ても勇者じゃないか
「ウィル……」
エルティアが逃げるウィルに近付こうとした時、そんな彼女より先にその透け透けの服を着た美女が駆け付け抱きしめて言った。
「ウィル、好きよー!! 結婚しましょう!!」
「……え?」
その言葉を聞いて立ち止まるエルティア。ウィルも心底迷惑そうな顔で答える。
「な、何ってんだよ、オバサン!? 放せよ~!!」
「あん。おばさんだなんてこれでもエルフの中じゃピチピチのギャルだよ~」
そう言ってさらに強くウィルを抱きしめるラフレイン。とにかく強い男が好き。目の前で圧倒的強さを見せつけられたラフレインは、一気にウィルに魅了されてしまった。
「いいから、放せって……、げっ!!」
そんなウィルの目に目の前まで無言でやって来て仁王立ちするエルティアの姿が映る。発せられる強力な怒りのオーラ。ウィルが体を縮ませて言う。
「ひ、姫様、これは違うんだ! こいつが勝手に……」
「あぁん、何言ってるの? ウィル。あなたは私とずっと一緒に……」
「やめろって! 俺は姫様のヒモになりたいんだよ!!」
「ヒモ? だったら私と暮らせばいいじゃない~。全部面倒見てあ・げ・るぅ~」
「え? そ、そうなのか……?」
ウィルの目的は『ヒモになってぐーたらな生活を送る』こと。それが今目の前の女が叶えてくれるという。
「そうよ~。この里でふたりでずーっと一緒に、ああん~、いつも一緒の部屋で……」
「ウィル。お前はやはり人として最低なクズ男だな」
もはや怒りを通り越して表情すらなくなったエルティアが抑揚なしに言う。ウィルが我に返って答える。
「い、いや、だから俺の目的は姫様のヒモになるって……」
「ウィル。ほら、紐だ。受けとれ」
そう言ってハクが竜族の紐を差し出す。
「違うわ!! それじゃねえって!!」
会話が理解できないハク。押し返された紐を手にウィルに言う。
「そんなことより早く他の六星を探さなきゃならねえだろ? 魔王は待ってくれねえぞ」
「!!」
その言葉にラフレインが反応する。
「ちょっと待って。他の六星って、あなた達もそうなの!?」
驚いた顔で尋ねるラフレイン。それ以上に驚いた顔でハクが尋ね返す。
「はあ? ってことは族長さんもそうなのか?」
「そうよ……」
そう言ってラフレインが髪で隠していた耳をそっと出し、そこにある星形のアザを皆に見せる。
「ああ……」
ハクが頷く。エルフ族にとって急所である耳をマジマジと見られることは恥ずかしいのだが、そこにウィルがいると話は別。妙な快感がラフレインを包む。エルティアが前に出て皆に言う。
「このあと少し皆で話をしないか? ……あまり気は進まぬが」
未だウィルにべったりとくっつくラフレインを見ながら言う。ハクも同意する。
「そうだな。族長さんが六星なら色々話をしなきゃな! いいよな、ウィル?」
「分かったから、離れろって! おまえ!!」
そう言ってべったりするラフレインから逃げようとするウィル。
「あん! そんなところ触らないでよ~、感じちゃうわ~」
エルフの従者達も族長の悪癖に首を振る。
一方、新しく六星が見つかり喜ぶハクとは対照的に、エルティアはずっと無表情のままであった。
「な~るほどねえ~」
エルフの里、族長の部屋に招かれたウィル達はその豪華な純木の建物に驚きながら話を進めた。鳥の鳴き声が響く静かな森。木を大切にし森と共存してきた彼女達。至る所に長い時をここで過ごしてきたエルフ達の森に対する畏敬の念が感じられる。
族長ラフレインがハク達からおおよその話を聞き頷く。ハクが続けて言う。
「って訳だ。俺達六星は、ウィルを勇者として魔王打倒を目標としている」
ウィルがすぐに答える。
「いい加減にしてくれ! 俺はそんなんじゃねえって!! 勇者じゃないってば!!」
あくまで勇者を否定するウィル。そんなものに祭り上げられたら『ぐーたらな生活』などできない。ハクが笑って言う。
「いやいや、どれだけ否定しても無理だぜ、ウィル。勇者の元には自然と六星が集まるんだ。俺と銀髪の騎士、ワータシに族長さん。ほら、もう四人だ。後ふたりもすぐに現れる」
(……)
エルティアは自分の手をそっと左胸に当てる。ルーシアにしか話していないが自分の胸にも現れている薄い星形のアザ。これが何を意味するのは分からないが、自分も一緒に皆と戦いたい。いやウィルと一緒に戦いたい。
「なのにお前はどうしていつもそうやって他の女と……」
話し合いの席、ずっとウィルにべったりするラフレインを見ながらエルティアが声を上げる。ウィルが答える。
「姫様、俺だって早く平和になって姫様のヒモに……」
「本気でそう思っているのか!? 魔王が復活し、バルアシアは幾度も魔帝ガルシアの襲撃を受けている。それなのにだ……」
そこまで言ったエルティアにふたりの六星が声を掛ける。
「おい、姫さん。今、ガルシアって言ったか?」
「バルアシアのお姫さん、魔帝ガルシアとは一体どういう意味なの~?」
きょとんとしてふたりを見つめるエルティア。すぐに答える。
「どういう意味って、我がバルアシアに何度も襲撃をしている魔族のボスなのだが……」
ハクが尋ねる。
「姫さん、古の勇者アルンの六星って知ってるか?」
「……いや、詳しくは」
古に勇者がいて六星を率いて魔王を倒したという伝記は残っている。だがその詳細は人間族には伝わっていない。長寿のドラゴン族、並びにエルフ族が言う。
「勇者アルンの六星に『天使族ガルシア』ってのがいるんだ。うちの長老と一緒に戦った仲間だ」
「!!」
エルティアが驚いてハクの顔を見つめる。ドラゴン族やエルフとはほとんど交流などなかった為何も知らない。エルティアが尋ねる。
「だ、だがなぜ六星が人間を攻撃するのだ? 意味が分からぬではないか?」
「そうね~、確かに同じ名前だけかもしれないけどぉ、ねえ、その魔帝ガルシアって見たことあるの~?」
「あ、ああ。昔一度」
「天使族だから四枚の翼があるはずよ」
「えっ」
魔帝ガルシアには大きな四枚の翼がある。気にしていなかったのだがそれは天使族と言う意味を示す。
「そ、そんなのただの偶然に違いない……」
自国を何度も襲撃した憎き敵。それが勇者に仕える六星だったとは絶対に認めたくない。ハクが言う。
「まあ、それはこれから分かるだろう。何せこっちには勇者ウィル様がいらっしゃるんだからな! あはははっ!!」
「だから俺を勇者にすんなって……、マジで……」
一堂に起こる笑い。ただエルティアだけはそんな彼と一緒に笑うことなどできなかった。魔帝ガルシア。何度もバルアシアを襲撃した敵。その怒り、恐怖は簡単に払拭できるものではない。
そしてその不安は彼女らが不在のバルアシアで現実のものとなりつつあった。
「報告します!! 王都郊外に『百災夜行』が現れたとの知らせが入りました!!」
ウィルとエルティア達がエルフ族の救援に向かった次の日、王都バルアシアに再び凶報がもたらされた。会議中だった上級大将ルーシアとカミング。それを聞き、目を合わせ頷いて言う。
「エルティア様不在の今、この国を守るのは我らが役目。カミング殿、参るぞ!!」
「了解っ!!」
エルティア姫はいないが上級大将ふたりが揃っている。その場に居合わせた大臣達は皆安どの表情で退室するふたりを見つめた。だがその銀髪の女騎士は全く別のことを思っていた。
(ウィル様がいないと言うだけで、こんなに不安になってしまうのだな……)
彼と一緒で得られる安心感。絶対的信頼。ルーシアはこれまで戦いがまるで嘘のように、すっかり勇者ありきの戦いに慣れてしまっていた。
「ふう……」
とは言え自分は『王都守護者』。エルティア達の留守を預かる上級大将。
「行くぞ、カミング殿っ!!」
オリハルコンの長棒を手にしたルーシアが、城門を出て迫りくる魔物の群れへと駆けだした。




