52.圧倒的勝利
「最強の援軍だぜ!!」
そう言って白竜のハクが連れて来たのは、先日バルアシア王国に行った際に出会った最低ランクの冒険者。ドラゴン族の援軍到着に喜んだエルフ達は、たった一体のドラゴンに人間ふたりという想定外の援軍に落胆の色を隠せない。ラフレインが大きな声で言う。
「ふ、ふざけないで! あなた、この間の最低ランク冒険者じゃないの!! これのどこが最強の援軍なのよーーっ!!」
ウィル達を指さして罵るラフレイン。ウィルがようやくその目の前の女性に気付き言う。
「あ、お前。この間会ったオバサンか」
(!!)
エルフ達の間に戦慄が走る。確かにエルフ族は人間に比べ長寿。だがエルフの中ではまだ若く美しい彼女にとって、正面切ってのこのセリフはとても容認できるものではなかった。エルティアが困った表情で小声で言う。
「ウィル、さすがにそれは失礼だぞ……」
「そ、そうか……?」
だが目の前のエルフの族長は怒りで顔を真っ赤にし、手にしていた杖を持ち上げ叫ぶ。
「許さないわ!! ここで焼き殺してあげるっ!!!」
上級魔法を唱え既に疲労困憊のラフレイン。だが怒りのエネルギーはすぐに魔力へと変換される。ハクがため息をついていう。
「何やってんだ、お前ら!? 早くあいつを倒さねーとヤバいんじゃねえのか??」
そう言って里の境界線で暴れる巨大な漆黒のスケルドラゴンを指さす。ウィルが言う。
「そうだな。さすがにあれは厄介だ。行くぞ!」
「おう!!」
そう言ってヒョイとハクの背中に乗るウィル。慌ててエルティアもその後ろに飛び乗る。ハクが叫ぶ。
「じゃあ、ちょっくら竜退治に行ってくらぁ!!」
「あ、待ちなさい!!」
ラフレインが止めるのも聞かずに大空に舞い上がるハク。
皆が無謀な戦いだと思った。白竜とて勝てるとは思えなかった。だが、この後エルフ達は里の歴史に残るような光景を目にすることとなる。
「デケぇなあ。行けるか、ウィル??」
エルフの里上空。大空から見下ろしても漆黒のスケルドラゴンは大きい。ウィルとエルティアの脳裏にはあの黒ずんだ皮膚を見てこれまでの戦いを思い出される。ウィルの後ろに乗ったエルティアが言う。
「ウィル、あれは……」
「ああ、姫様が倒した奴らのでかい奴だな」
「ふっ、そうだな」
思わず笑みが出るエルティア。自分は倒してなどいない。剣を舞って戦ったがすべてはこの目の前にいる男のお陰。
(左胸が、じんじんと疼くんだ……)
自分は『六星』ではない。だがウィルと一緒だとこんなに力が漲って来る。あんなに大きくて凶悪な敵を前に一切の恐怖を感じない。思わず笑みすら溢れる。ハクが言う。
「ウィル、周りにスケルトンもいっぱいいるぜ。どうする?」
ハクが森の上を周回しながら状況を把握する。巨大な漆黒のスケルドラゴンの他に、通常のスケルトンが溢れるほど沸いてきている。ウィルが答える。
「ふたりはあいつらを片っ端から掃除してくれ!」
エルティアが不安そうな顔で尋ねる。
「お、お前はどうするのだ??」
「俺は……」
ハクの背中で立ち上がったウィルがグレム爺さんから借りた黒き剣を抜き、前に突き出して言う。
「あいつを倒す」
(スキル『虚勢』っ!!)
ドオオオオオン……
同時に発動される勇者スキル『虚勢』。その目に見えない衝撃波が波紋のように周囲の森に広がっていく。
「ガガッ、ガッ……」
突然強い圧を感じて動きが止まるスケルトン達。ウィルが叫ぶ。
「ハク、あいつに突っ込め!!!!」
「了解っ!!」
背中で発せられる強力なエネルギーを感じ、ハクが興奮したまま強大な黒きスケルドラゴンに突入する。
シュン!!
スケルドラゴンの目前。ハクの背中を強く蹴り、ウィルが空へと舞い上がる。
「一刀流彗星漸!!!!」
空に舞い上がったウィル。そのまま黒き剣を振り上げ、巨大なスケルドラゴンに剣を叩き込む。
ガン!!! バキキキン!!!!
ウィルの剣がスケルドラゴンの右肩を直撃。その勢いで爆音を上げて砕け散る骨の肩。
「スゲエ!! さすがウィル!! よし! 姫さん、行けるか??」
「愚問だ。早く暴れたくてうずうずしている!!」
ウィルの勇者スキル『常時発動能力』で強化されたふたり。エルティアも動きが止まったスケルトンを見て、早く戦いたくて体が疼く。ハクが答える。
「じゃあ、手分けするぞ!! 頼むぜ!!」
「ああ!!」
ハクが低空を飛翔。森の木の上ぎりぎりまで来ると、エルティアがトンとハクの背中を蹴り宙に舞う。
「フレイムバースト」
手にした剣が赤く染まる。アンデッド系モンスターの弱点である炎属性攻撃。常時発動能力を受け能力が向上したエルティアが無敵の女神のように敵を消滅させて行く。
「ぎゃはははっ!! いいねえ、姫さん!!! じゃあ俺も……」
白竜が優雅に空を舞いながら大きく口を開く。
「食事の時間と洒落込むかーーーーっ!!!」
同時に森の間を飛翔し次から次へとスケルトンを嚙み砕いていく。
バキ、バキバキバキ!!!!!
白竜の通った後に散乱するスケルトンの骨の山。慌てて逃げ惑うスケルトン達を容赦なく噛み砕いていく。
「すごい……」
ウィル達を追って様子を見に来たエルフ達が、その様子を見て驚愕する。このままでは本当に三人で殲滅しそうな勢い。
「あん、あうん……」
そんなエルフの従者が主ラフレインの異変に気付く。
「あの、ラフレイン様。如何なされたのでしょうか……」
先程から小刻みに震え、呼吸が荒くなっている。まさか何かの病気ではと心配した従者にラフレインが言う。
「疼くの……」
「はい?」
そう言って頭を上げたラフレインの顔が真っ赤に染まっている。
「体が、この耳が、疼いて疼いて……、ああん……」
ラフレインは感じたことのない快感と高揚感に全身を包まれていた。そして体の奥底から湧き出す力。先程上級魔法を放ったばかりだというのに溢れ出す魔力。もっともっと戦いたいと気が狂いそうになる程体が疼く。
(本当に、勇者なの……?)
耳に『六星』の証である星のアザを持つラフレイン。エルフの間で受け継がれて来た伝承、『星が疼く時勇者現れん』初めて経験するこの心地よい疼きにラフレインが思う。
(最強の援軍……、そう言うことなのね……)
ラフレインは里の境目で巨大な漆黒のスケルドラゴンと戦うひとりの少年を見ながら理解した。安心感、漲る力、希望。すべての感覚が自分の中へと流れ込んでくる。ラフレインが手にした杖を前に掲げ詠唱を始める。
「大宙に彷徨えし数多の炎の因子よぉ、ああん……、今ここに集い、その真理たる力を発揮し果てまで堕ちてぇ……、からのぉ〜、メテオフレイムっ!!!!」
先程唱えたばかりの強力魔法。それを再び詠唱。周りのエルフ達が心配する中、その燃え滾った赤き隕石がスケルトンの群れの中へと堕とされる。
ドオオオオオオオオオオン!!!!
「あぁん、まだ行けるわよーーーーっ!!!!」
ラフレインはまるで初めて魔法を覚えたような少女のようになって詠唱を続けた。元々上級魔法使い。その彼女が常時発動能力を得て放つ魔法は初球魔法でも十分破壊力のあるものとなった。
「ど、どうなっているのだ!? これは……」
エルフの従者達が驚き声を上げる。白竜と人間ふたり、そしてラフレイン。たったこの四名でスケルトン達の屍の山を築いていく。そして皆の注目がその茶髪の少年に集まる。
「あの少年は一体何者……」
巨大な漆黒のスケルドラゴンにたったひとり対峙する少年。まるで恐れる風もなく片腕を失った敵に堂々剣を向ける。
(この剣、マジで癖があるな~)
グレム爺さんから借りた黒き剣。持つだけでどんどん力を吸われる言わば魔剣。だが吸った分だけその威力が比例して上がっていく。
(くっそ重いけど、行くか……)
ウィルが自身のエネルギーを吸い黒光りする剣を構え小さく言う。
「一刀流・重撃」
刹那。姿が消えたウィルがスケルドラゴンの頭上に現れる。
ドオオオオオオオオオオオオオン!!!!
森一面に響く轟音。揺れる空気。
ウィルの黒き剣が敵の頭上へ撃ち込まれ、一気に地面へと振り下ろされる。
「ガガ、ガガガッ……」
森で、エルフの里で無双していた漆黒のスケルドラゴン。ウィルの一撃で粉々に砕かれ、森へと散っていった。
「ハク様ーーーーーっ!!
そこへハクに遅れて援軍にやって来たドラゴン族の一団が現れる。すぐにエルティア達によって半数以下に減っていたスケルトンへの追撃を開始する。歓喜に沸くエルフ達。ボスは倒れ、残った雑兵も次々と消えて行く。
ただそのエルフ族の族長は全く別のことを思っていた。
(強い、強い強い強い強いわ!! なんて強いの!!!!)
強い男が大好物なラフレイン。夫となる相手の条件は自分より強いこと。
「あん、痺れちゃう~」
スケルドラゴンを倒し、笑顔でハク達の元に戻って来たウィルを見ながらラフレインが甘いため息を吐いた。




