50.魔王バーサス、始動。
ウィルやハク達が住む場所とは異なる世界。
魔界と呼ばれ、魔物や死霊などが棲み、太陽の日差しが届かぬ薄暗い漆黒の地。そこに古の時代に勇者アルンによって封印され復活を果たしたひとりの魔王がいた。
「バーサス様、おはようございます」
「うむ、おはよう。今日も朝日は登らぬな」
「はい」
上半身半裸。真っ黒な引き締まった肢体。バーサスは魔王城の窓から薄暗い空を見上げて言う。
「ルーズ、今日の目標は人間界の破壊だ」
「御意」
ルーズと呼ばれた数枚の黒き翼を持つ堕天使が答える。汚れたローブ、手にした杖。魔王軍の幹部であり側近である。バーサスが尋ねる。
「ドロアロスはまだ戻らぬか?」
「はい、人間の軍事大国を襲撃しているはずですが、戻りが遅いですね……」
バーサスが言う。
「なに心配要らぬだろう。まだ完全とは言えないがドロアロスを倒せる者など向こうにはいない」
「御意」
バーサスが自慢の筋肉をぴくぴく動かしながら言う。
「ワイトのオーラが消えた。多分ドロアロスに討たれたのだろう」
「あの白竜ですか?」
バーサスが拳を握って答える。
「ああ、そうだ。忌々しい『六星』のひとりだ。これで残る六星はガルシアのみだ」
「天使族ガルシア……、バーサス様」
「何だ?」
堕天使ルーズが前に出て言う。
「あのガルシアだけはこの私にやらせてください」
ルーズが顔の疼きを感じながら言う。バーサスが尋ねる。
「漆黒のミノタウロスとオークをやったのも多分奴らだろう。老いたとは言え相当の強者。覚悟はできているのか?」
ルーズが怒りの炎を目に宿し答える。
「無論です。必ずやあの偽天使を倒して見せましょう」
「うむ、良いだろう。深き恨み、しかと晴らせよ」
「有難きお言葉」
ルーズが一歩後退し頭を下げる。バーサスが尋ねる。
「時に、ルーズよ」
「はっ」
ルーズが嫌な予感と共に顔を上げる。
「今日の私の肉美は何点だ?」
そう言ってバーサスが目の前で筋肉を見せつけポーズをとる。
「百点でございます……」
バーサスが満足そうな顔で言う。
「そうか。朝日は望めなかったが今日も良い朝を迎えられた。ではルーズ」
「はっ」
バーサスが魔王城から外を見て言う。
「人間界殲滅への第一歩、憎き『六星』天使族ガルシアの討伐にこれより向かえ!!」
「御意」
ルーズは深く頭を下げつつ、顔の疼きが最高潮になるのを感じた。
「よく似合っているじゃないか、ウィル」
スケルトン討伐隊出発の朝、バルアシア王城前に集まった皆の前でエルティアがウィルに言った。今回彼は『雑用係』から一時的ではあるが『エルティア姫付き人』に昇格。王兵の証である白銀の鎧を身につけ馬に乗る。ウィルがやや戸惑いながら答える。
「あ、ああ。ありがとう、姫様。で、俺はいつヒモになれるんだ?」
「ふふっ、それは前に言ったろ? 勇者様を見出し、世界が平和になったらだ」
「そのガイコツ退治もそれに必要なのか?」
「無論だ」
ウィルが頷いて言う。
「分かった。じゃあ、とっとと行ってやっつけて来ようぜ!!」
「ああ、期待しているぞ。ウィル」
エルティアは嬉しさに体を震わせた。
一時的ではあるが初めてウィルと共に馬を並べて戦いに行ける。彼と一緒に居るという安心感。左胸の疼き。自信。もう戦う前から負ける気がしない。
「エルティア様、どうかご無事で」
馬上に並ぶエルティアとウィルに駆け付けた上級大将ルーシアが心配そうな顔で言う。『王都守護者』と呼ばれるルーシア。無論、今回も留守番である。エルティアが言う。
「ああ、ありがとう。今回はウィルが来てくれる。何も問題はない」
「はっ」
そう言って頭を下げるルーシア。勇者と見込んだウィルが同行する。姫を奪われたような気持になったルーシアだが、その相手がウィルならばそれも納得が行く。
「ウィル様」
「な、何だよ……」
無意識に自分を貶めるルーシアにウィルが警戒しながら答える。
「姫様をよろしくお願いします」
「あ、ああ……」
意外に普通のセリフだったので拍子抜けするウィル。エルティアが兵達に叫ぶ。
「ではこれより出陣する!! 敵は死霊スケルトン!!! 我らの強さを見せつけんぞ!!!」
「おおーーーーっ!!!」
ミント公国のジェラード然り、バルアシアは美しい姫君がその戦の先頭に立って皆を鼓舞する。士気上々のバルアシア遠征軍。先頭のエルティアとウィルに続き兵達が城を出ていく。
(くそっ、あのガキが……)
そんな出立の様子を城壁の上から見ていた青髪の男。エルティアと馬を並べて歩く茶髪の少年ウィルを睨みつけて言う。
「本当ならばこの僕がエルティア様と共に歩んだはず!! くそっ、絶対許さないぞ!!」
ルーシアと共に城に残ることとなった上級大将カミング。ここ最近の戦績を見ればそれも仕方ないのだが、今回外への遠征にもかかわらず声すら掛けられなかったことに苛立つ。
「必ず僕の力が必要となる時が来る。その時は、姫は僕のものだ」
そう小さくつぶやくとカミングはひとり自室へと戻って行った。
(私は、どうすればいいのだろう……)
魔帝ガルシアより再度バルアシア王国への襲撃を命じられた黒騎士アルベルト。何度も通った憎き王国への道を馬上から見つめる。
(兄様を殺した憎き人間。私は絶対に許さない!!)
実際馬車からウィルを突き落としたのは彼の両親。だが無垢だったアルベルトは、『スキル至上主義』という世論を醸成した人間にその怒りの矛先を向けた。
(だが、彼らを危険な目に遭わせることは本望ではない……)
アルベルトは自分に続くガルシア配下の魔物達を見て思う。アルベルトが皆に向かって言う。
「今日はここまで!! 野営の準備を!!」
落ちかけた日。朝から移動し続けた隊はもう疲労しきっている。馬を降り、水をグイっと飲み干したアルベルトに可愛らしいバニースーツを着たリリスが近付いて言う。
「騎士様、お疲れでしょうか……?」
アルベルトがじっとリリスを見つめてから尋ねる。
「なぜそう思う?」
「はい。いつもとは違う、オーラが……、上手く言えませんが何かに迷っているようなオーラを感じます……」
今回の遠征にはリリス族の彼女も同行して貰っていた。
ガルシアより聞かされた想像もしていなかった事実。それ以降アルベルトは深く悩み、彼の不眠症は悪化の一途をたどっていた。
「心配かけてすまない。今回の遠征も無理して来て貰っている。私は大丈夫だ。ありがとう」
リリスはその特徴である真っ白な肌を赤く染めて答える。
「い、いえ! 私は騎士様のお役に立てるのならばどこへでもお供します!!」
恥ずかしがり屋のリリス。だがアルベルトと居る時は愛おしさがそれを上回る。
「交戦が始まったら決して前には出ないように。十分注意してくれ」
「は、はい!」
リリスは黒い兜の奥に見える澄んだ瞳を見つめて返事をした。




