49.ハクとラフレイン
「随分楽しそうじゃないか、ウィル……」
王都の端、小さな工房にウィルを探しにやって来たエルティア。そこでまた彼が知らない女と手を握り合っている姿を目撃する。ウィルが慌てて言う。
「姫様、これは違うんだ! 勝手に手を握られて……」
「それにしては随分嬉しそうじゃないか」
「そんなことないって……」
泣きそうな顔をするウィルとは別に、リコが一歩下がって頭を下げて言う。
「こ、これはエルティア姫様。こんにちは……」
「うむ……」
不機嫌そうなエルティアが軽く返事をする。そしてマリンに尋ねる。
「ギルドの女、ひとつ聞くが、お前がウィルと将来を誓い合ったというのは本当なのか……?」
何が起きているのか分からない。ただリコは突然現れた姫様とウィル達に何かあったというのは理解できた。マリンが困った顔で答える。
「ええっと……、そうです!!」
「おい!! いい加減なこと言うな!!」
すぐ反応して声を上げるウィル。マリンが尋ねる。
「えー、違うの?」
「違う! 頼むから適当なこと言わないでくれよ。俺にはヒモになるって言う重要な目的があるんだからさ……」
「あっ、HI-MO計画……」
マリンは魔王を倒すという超極秘任務『作戦コード:HI-MO計画』を思い出す。エルティアが来たのもその為であろう。恋敵モードから超重要作戦モードに切り替わったマリンがエルティアに小声で言う。
「HI-MO計画、私も応援しています!!」
「え? あ、ああ……」
エルティアはどこまであの下らない話をしているのかとウィルを睨みつける一方、一国の姫でありながら男を囲うということが知られ恥ずかしさで顔を赤くする。
「い、いや、私は別にそうすると決めたわけではないし、そ、想像ぐらいしたのは事実なのだが、かと言って……」
「うんうん」
超極秘任務が故、言葉を選び話していると思って聞くマリン。リコがカウンター越しにエルティアに言う。
「あ、あの。姫様」
「ん、なんだ?」
エルティアが真剣な表情のリコに気付き答える。リコが言う。
「あ、あのですね。ここにある赤と青の剣なんですが、もしかしたら伝承に出てくる勇者様が使っていた『青赤の双剣』かもしれないんです!!」
「なっ!?」
エルティアが、人類が渇望する勇者。
その愛用の剣が見つかったというのならばこれほど嬉しいことはない。エルティアが尋ねる。
「勇者様は双剣を使っていたのか?」
「はい、恐らくなのですが……」
伝承の勇者については不明な点が多い。
武器についての記載はほとんどなく、どんな武器なのかは明らかになっていない。ただ一部学者や鍛冶師の間で、敵を倒した際の伝記を検証した結果双剣である可能性が高いとされていた。
更に勇者の数少ない言葉に『赤は切れるが青が切れない』と言った話があり、一部の人の間では『青赤の双剣』と呼ばれるようになっていた。その話を聞いたエルティアが頷きながら言う。
「やはりそうか。ウィル、お前が勇者なんだろ?」
「だから違うって! 何度も言ってるだろ」
それを聞いたマリンが口を両手で押さえ思う。
(ウ、ウィル君が勇者!? うっそーーーーっ!!!)
超重要任務に就いていたことは知っている。ウィルが強いことも知っている。だけどまさか姫様から勇者認定されているとは夢にも思っていなかった。マリンが思う。
(勇者様の妻……、元気な子供を産まなきゃね! ああん、もうギルド職員なんてやってられないわ! 花嫁修業しなきゃ!!)
妄想の世界にどっぷりはまるマリンをよそに、ウィルがリコに尋ねる。
「で、本当にいいのか。無料で?」
「ええ。もちろんです。だって見てくださいよ、うちのおじいちゃん」
半裸の老人グレム。舐めるように青赤の双剣を見ながらつぶやく。
「すごいすごい!! ああ、美しいーーっ。ぺっぺっ!!」
「お、おい!! なに唾つけてんだよ。ジジイ!!」
舐めるように見ながら癖で唾を吐きかけるグレム。リコが慌てて謝罪しながら言う。
「ああ、ごめんなさい! おじいちゃん、興奮すると唾を吐く癖があって……、でも品質には問題ありませんので……」
「いや、心理的に嫌だろ!」
それをにこっと笑顔で返すリコ。エルティアがウィルに言う。
「ウィル、取り込み中すまないがお前に用事があって来た」
「なに?」
そう答えるウィルにエルティアが言う。
「明日から遠征に行くのだが、それにお前の同伴が決まった。拒否権はない。軍命令だ」
「明日から……」
軍命令となるとすでに上官である黒ひげも了解しているはず。となれば従うのみ。ウィルが答える。
「分かった。姫様が行くなら俺も行くぜ!」
それを聞いたエルティアの顔が一瞬ほころぶ。
「有難い。では、ギルドの娘。ウィルを連れて行くぞ」
マリンが頷いて答える。
「はい。主人の重要任務、妻としてしっかりと見送ります!!」
「……お前も連れて行こうか。監獄担当の下へ」
「??」
引きつった笑顔でそう語るふたり。小さな工房に静かな火花が散る。リコが一振りの剣を手にウィルに言う。
「あの、もしよければこれを使ってください。おじいちゃんが趣味で打った剣なんですけど、癖がありすぎて誰も扱えずに……、強さは保証します!」
手渡された黒い剣。放たれる圧は相当なもの。ウィルがそれを受け取り感謝する。
「これはありがたい! 使わせてもらうぞ!」
「はい、どうぞ。手入れはしっかりとしておきますの!」
「ああ、頼む!」
ウィルは舐めるように双剣を見つめるグレムにやや不安は感じるものの、一旦預けることにした。エルティアがウィルに言う。
「では行くぞ。あまり時間がない」
「あいよ」
揃って出ていくふたりにマリンが声を掛ける。
「いってらっしゃーい、あなた~!!」
一瞬エルティアの足が止まりかけたが、小さく息を吐いてそのまま無言で店を出た。
「ラフレイン様、間もなく到着です」
「……は~い」
突然バルアシア王国を訪れたエルフ族の族長ラフレイン。本来はそのまま里へ帰る予定だったがあまりにも頼りない人間達を憂慮し、すでに使いを送ってあるドラゴンの巣へと急遽足を運んだ。
ラフレインが乗る馬車に護衛の馬の一行。巣に近付くと警備していたドラゴンが舞い降り、尋問する。
「何奴だ?」
ドラゴンの質問に従者のエルフが答える。
「我らはエルフの里の者。族長様が白竜様との面会を求めている。取次ぎ願いたい」
「分かった。ご案内しよう」
相手は間違いなくエルフ族。ドラゴン族にとって特に交流はない種族だが敵でもない。警備のドラゴンが同行する形で白竜の元へと案内する。
(これは酷いですね……)
ドラゴンの巣では負傷した者の治療が至る所で行われていた。ミント公国の対空砲台、そして漆黒竜ドロアロスの攻撃。多くの竜達が負傷し動ける状態ではなかった。スケルトン捕食の数が減るのも無理はない。
「珍しいな。エルフの族長さんが来るなんて」
ラフレイン一行は通された盟主の前で、そう話す若き白竜を見て首を傾げながら尋ねた。
「白竜ワイト殿はどちらへ? まさか……」
ハクが座っていた椅子から立ち上がり答える。
「そのまさかだ。長老は死んだ。漆黒竜ドロイアスに討たれた。俺が新しき白竜を継ぐ者、ハクだ。覚えておいてくれ」
ラフレインが軽く会釈してから言う。
「それは知らなかったわ。ご冥福をお祈りします。で、私がここに来た理由は、もう知ってるわね~??」
「ああ、分かってる。それより先に、それ何とかしてくれ」
そう言って彼女が持つキセルを指さす。真っ赤な髪に下着が透けそうな色っぽい服。ドラゴン族にはそんな色気は無意味なのだが、キセルから出る煙は生物的に受け付けない。
ラフレインがすぐにキセルの火を消し従者に渡してから答える。
「ごめんなさいね~、気が付かなかったわ」
「いい。それより先に来た使いにはもう話したが、俺達もこの有様だ。スケルトン捕食の量は一気には増やせない」
スケルトンは確かにドラゴン族の好物だが、それはあくまで健康体が戦って捕食するもの。戦力が落ちている今の状態で死霊との戦いをそれほど増やすことはできない。
「そうね~、確かに仕方ないわ。じゃあこうしましょう。エルフからも治療班を送るから使ってちょうだい」
バルアシア王国から既に僧侶の一行が来てはいるが、それに魔法が得意なエルフが加われば心強い。ハクが答える。
「それは助かる。ぜひ送ってくれ」
ハクとしても森の生態系を壊す死霊の汚染が進むことは望まない。できるだけ皆が好物のスケルトンを食べられる状態に戻したい。ラフレインが言う。
「あとさー、念のために伝えておくけど、バルアシアからもスケルトン討伐の隊が来るんですって」
「ほお、それは頼もしい」
ハクが先日戦った漆黒竜ドロイアスとの戦いを思い出す。ラフレインが笑いながら言う。
「あはははっ、そんなに期待しない方が良くてよ」
「なぜだ?」
やや不満そうな顔でハクが尋ねる。
「なぜって、今行ってきたけど、すっごく弱いから~」
馬鹿にしたような表情のラフレイン。さらに続ける。
「国の主力を送ってくれるって言ってたけど、まあ期待薄ね~」
「国の主力……」
その言葉をハクが繰り返す。そして言う。
「なら大丈夫だ」
それを聞いたラフレインの顔から笑みが消える。
「あら、私の言ったことがお分かりじゃなくて?」
「分かってるよ。バルアシアに討伐依頼かけたんだろ? 最高じゃねえか」
「ぷっ、あはははっ! 私が期待しているのはあなた達ドラゴン族よ。人間なんて……」
「族長さんよ」
ラフレインの言葉を遮ってハクが言う。
「あんたら里に籠りっきりで何にも知らねえようだけど、今この世界に魔王が復活してるんだぜ」
「え?」
ラフレインの顔色が変わる。
「そしてバルアシアの主力。ああ、多分ここにやって来てくれる奴ってのがよ……」
皆がハクの顔を見つめる。
「俺が忠誠を誓う、勇者様だ」
魔王に勇者。それは長い間里に籠り外部との接触をあまりして来なかったラフレイン達にはまさに寝耳に水の話であった。




