48.ウィルを探す姫様
その金髪の美女はフードの付いた外套にマスク、眼鏡姿で冒険者ギルドを訪れた。
ゆっくりギルド内を歩く金髪美女。誰もその正体に気付かない。女性がカウンターに行き、そこにいたギルド嬢に声を掛ける。
「ちょっと聞きたいことがあるのだが」
「はい。何でしょう?」
女性は少し眼鏡に手をやり小声で言う。
「ここで登録しているウィルと言う冒険者が今どこにいるのか教えて欲しい」
金髪の女性は事前に彼の上官である黒ひげを訪ねたが、今はギルドのクエストを受けて居ないという。尋ねられたギルド嬢が困った顔で答える。
「ええっと、一応個人情報になるのでここで教える訳にはいかないのですが……、その冒険者の親族の方か何かでしょうか?」
「え? あっ、いや、そういう訳ではないのだが……、すまない。ギルド長と話をさせてくれないか」
「は、はい……」
困った顔のギルド嬢。やや不振な目つきで金髪の女を見てから奥にいるギルド長を呼びに行く。
「はいはい。何だい? 俺に用ってのは……」
しばらくして出て来たギルド長。やや不機嫌そうな顔であったが、眼鏡とマスクをずらして顔を見せた瞬間背筋がピンとなる。
「こ、これは、ひめっ……」
「しー!!!」
金髪の美女、エルティアが人差し指を口に当て小声で言う。
「バレたくないんだ。ちょっとお願いがあって来た」
「は、はい! なんなりと!!」
急に態度が変わったギルド長を周りの職員達が仕事をしながら横目でちらちらと見る。エルティアが尋ねる。
「ウィルって言う冒険者が今どこにいるか教えて欲しい」
「ウィル……、あっ」
ギルド長はその名前を聞いてすぐに理解した。
(『作戦コード:HI-MO計画』に違いない!! 超極秘任務っ!!!)
ギルド長の鼻息が荒くなる。
「わ、分かりました! 今すぐ確認します!!」
「あ、ああ。頼む……」
眼鏡とマスクをしたエルティアが小さく答える。ギルド長がカウンターにあった分厚い手配書の冊子を手に取り一頁ずつ調べていく。
「あ、これだ。ええっと、『研磨石採取とグレム爺さんへの運搬』ですね。今日の朝ですから今頃は研磨石を採り終えてグレム爺さんの所へ向かっている頃でしょう」
「グレム爺さん?」
首を傾げるエルティアにギルド長が答える。
「王都でも腕利きの鍛冶師です。時々研磨で使う石の採取依頼がありまして」
「なるほど。そう言えば腕の良い職人がいると聞いたことがあるな。ありがとう、感謝する」
エルティアはグレム爺さんの工房の場所を聞きお礼を言う。ギルド長が首を振って答える。
「いえいえ。こんなことでお役に立てるなら嬉しい限りです!」
そしてエルティアに顔を近付けて小声で言う。
「HI-MO計画、頑張って下さい!!」
(え?)
思わず目をぱちぱちさせてギルド長の顔を見つめる。にこにこのギルド長。姫様と国家機密を共有しているという優越感に浸り自然と笑みとなる。
「あ、ああ、ありがとう……」
エルティアが小さく礼を言いギルドを出る。そして外を歩きながら考える。
(あいつ、まさか皆に『ヒモになりたい!』とか言い触らしているのか!?)
ウィルと自分の個人的な話だと思っていたエルティア。恥ずかしくてだんだん顔が赤くなっていく。
「そのような下らないことを言うなと注意せねばな! まるで私が男を囲うようではないか!!」
そう言ったエルティアがすぐに口に手を当て周りをきょろきょろと見まわす。
(な、なんて下品なこと……、皆の模範であるべき姫が男を囲うなどと!!)
そこまで思ったエルティアがウィルを囲う生活を想像する。
(だ、だが実際『ヒモにする』とは具体的にはどうするのだろうか。ずっと一緒の部屋で四六時中甘えるように暮らすのか!?)
想像しただけで全身が真っ赤になるエルティア。ウィルと並んで食べる食事。お風呂上がりのウィル。同じベッドで一緒に寝るふたり。
(ば、馬鹿っ!! 私は一体何を考えているのだ!!)
エルティアはすぐにそのようなはしたない妄想を打ち消し、グレム爺さんの工房へと急ぐ。変装用のマスクと眼鏡をしていて真っ赤な顔が見られなくて良かったと心底思った。
「あっ、ウィル君。ここだよ、ここ!」
その頃ウィルとマリンは、洞窟で採取した幾つかの石を持ってグレム爺さんの工房を訪れていた。
王都の端の路地裏にある小さな工房。屋根につけられた煙突からはもくもくと煙が立ち上る。入口に小さく『鍛冶工房』と書かれているだけで、一見何の店かも分からない。ウィルが言う。
「ここで俺の剣も研磨してもらえるのかな」
「大丈夫だよ、きっと!」
ウィルは腰につけた青赤の双剣に軽く手を乗せ、ノックをしてから入口のドアを開ける。
「誰じゃああああ!! 無礼な奴め!!! 出て行けっ!! かぁーーーっ、ぺっ!!!」
突然工房中に響く老人の声。上半身裸、瘦せ細った体からは大量の汗が流れている。頭は真っ白な白髪。入ってきたウィルとマリンを指さし唾を吐きながら大声で言う。
「まだ分からんのか!! 出て行けったら、出て行け!! ぺっぺっぺっ!!!」
「うわっ!! な、何だよ、この爺さん、汚ねえ!!!」
思わず後退りするウィルとマリン。
「何やってるのーーーーっ、おじいちゃん!!!!!」
シュルルルル!!! ガン!!
「ぎゃっ!?」
突然店の奥から聞こえる若い女の声。同時に回転しながら飛ばされたハンマーが老人の頭に当たり、そのまま卒倒。唖然とするウィル達の前に、若いツインテールの女の子が急ぎやって来て頭を下げる。
「ごめんなさい! うちのおじいさんちゃんが失礼なことを」
足元で白目をむいて伸びる老人。言葉が出ないふたりに女の子が言う。
「あ、その制服、ギルドの人ですね! 依頼した研磨石でしょうか??」
仕事の話になりマリンが頷いて答える。
「あ、はい。ギルド嬢のマリンと言います。こちらの冒険者、ウィル君がまだ駆け出しなので一緒に来ました」
自分もギルド嬢の駆け出しじゃねえか、と思いつつウィルが小さく会釈する。ツインテールの女の子が答える。
「そうですか! 私はこの工房の受付嬢をしているリコと言います。あ、こっちで寝ているのがうちのおじいちゃんで、鍛冶師です」
「あはははっ、そうですか。大丈夫なんですか……?」
マリンが心配そうに伸びている鍛冶師グレムを見つめる。リコが言う。
「いえ、大丈夫です。おじいちゃんいつのお客さんに対して失礼なことしちゃって。あ、でもおじいちゃん、人見知りなんですよ。ごめんなさいね!」
人見知りと言うレベルじゃないだろう、と思いつつウィルがため息をついていると、リコがウィルが持っている布袋を見て尋ねる。
「そちらに研磨石が入っているんですか?」
「ああ、そうだ。ちょっとどれなのか分からないのでいっぱい持ってきた。見てくれ」
そう言って布袋を手渡すウィル。リコはカウンターにそれを置き、中をじっと見つめる。
「……」
しばらくの沈黙。リコが袋を持ち上げ、ざざっと中身を全て出す。そして言う。
「あの……、大変申し訳ないのですが、これすべてただの石です……」
「ええ!?」
それを聞いて固まるウィル達。リコが尋ねる。
「この依頼は初めてでしたか?」
ギルド職員が一緒にいて何たる失態。慌てるマリンが両手をゆらりと上げ言う。
「あ、あの、ごめんなさい! 私も研磨石って見たことなくって……」
ウィルがリコに尋ねる。
「なあ、それよりさ。俺の剣、研磨して欲しいんだけど……」
そう言って腰に付けた青赤の双剣をカウンターに置く。リコがやや困った顔で答える。
「ええっと、仕事の依頼は大変嬉しいんですが、今すっごく混み合ってまして、多分半年先以降なるかと……」
そこまで話したリコが置かれた双剣をじっと見つめ無言になる。
「……あの」
顔を上げウィルに尋ねる。
「これ、どこで手に入れたんですか? ちょっと見せて貰ってもいいですか?」
「ああ、いいぜ」
置かれた剣を恐る恐る持ち上げ、鞘から抜き出すリコ。同時に今まで床で伸びていたグレムが飛び上がり叫ぶ。
「この匂ーーーーいっ!! なんじゃああ、嗅いだことがないおおおお!!!」
カウンターに置かれたもうひとつの剣を手にし、じっと見つめる。
沈黙。先ほどまでの騒々しさがまるで嘘のように工房が静まり返る。リコがグレムに震えた声で言う。
「おじいちゃん、これってまさか……」
半裸のグレムの額から大粒の汗が流れ落ちる。そして答える。
「これは、もしかして青赤の双剣……」
お互い持った青と赤の剣を交換し、何度も頷く。リコがウィルに言う。
「これってもしかしたら、伝承の勇者様が使っていた『青赤の双剣』って言う超激レアアイテムかもしれないです!!」
「ええ!?」
驚くマリン。ウィルはまたひとつ『勇者確定』に近付きつつある状況にやや困った顔をしながら尋ねる。
「それよりその剣、全然手入れしていないから見て欲しいだけど。お金は、こいつが払うから」
そう言ってマリンの背中をドンと叩くウィル。マリンが泣きそうな顔で答える。
「ちょ、ちょっとウィル君。いくら将来を誓い合った仲だと言っても、ここのお駄賃払えるほどお給料もらってないわよ……」
リコが剣を置き、両手でウィルの手を握りしめて言う。
「お金なんて要りません! この剣を、ぜひうちで手入れさせてください!!」
戸惑うウィルが尋ねる。
「い、いいのか?」
「いいんです!! まだ未確定だけど、もし本物ならおじいちゃん昇天してしまうぐらい嬉しいはずなので!!」
そう言って見つめるグレムは興奮で顔を真っ赤にし鼻息が荒い。ウィルが答える。
「わ、分かった。じゃあ置いていくから頼むよ。全然手入れしていなくて……」
「はい!!」
そう言ってさらに強くウィルの手を握るリコ。その様子をむっとした表情で見つめていたマリンが何か口にしようとした時、工房のドアが開かれる。
「すまない。ここにウィルと言う冒険者がいると聞いたのだが……」
フードを被った金髪の女性。マスクと眼鏡を外しており一見して誰だか分る。それに気付かないマリンがリコに言う。
「ウィル君は私と将来を誓い合ったの!! リコさん、その手を……」
マリンが驚いた顔でその訪問者を見つめるウィルに気付く。ゆっくりと視線を視線を移しつぶやく。
「あ、姫様……」
少しの沈黙。エルティアが言う。
「ウィル、随分楽しそうじゃないか……」
「あ、いや、これはさ、姫様……」
リコに握られた手をすっと放すウィル。
王都の端。小さな工房で小さな修羅場が起きようとしていた。




