45.族長、ウィルに遭遇す。
「う~ん、参った。もしかして道に迷ったのかな……」
王都にある冒険者ギルドで研磨石の採れる洞窟を教えて貰ったウィル。マリンから渡された洞窟の場所が記してある地図を片手に郊外を歩くが、一向にそれらしき洞窟が見つからない。ウィルが頭を掻きながら言う。
「マリンの地図が悪いんだ! こんな分かりにくい地図じゃ誰も着けねえだろ!!」
渡された地図。言葉が読めない者でも理解できるように描かれた親切で分かりやすいギルドの地図。ウィルは自分の方向音痴に未だ気付いていない。
「困ったな、もうちょっと歩くか……、ん?」
王都郊外の街道。歩き出そうとしたウィルの目に、煌びやかな馬車を中心に馬に乗った一行がこちらに向かってやって来るのが映る。
それなりに広い街道なのだが、高貴な身分の一行なのか道幅いっぱいに行列を作って歩いてくる。その先頭の馬に乗った男がウィルに気付くと、軽く指を立てて横に振り『どけ』といった顔をする。
(なんだよ、あいつら……)
ウィルは少しむっとしたが関わると面倒なので畦道に降り歩き出す。
カタカタ……、ゴトゴト……
近付く馬車の一行。なるべく目を合わせないとするウィルがゆっくり畦道を歩く。そしてそれに気付いた。
(!!)
ウィルが立ち止まり、少し先の道の反対側を注視する。
(強い殺気!? ダークエルフか何か!! 狙いは馬車っ!!!)
ウィルがこちらにやって来る馬車を見つめる。護衛の者が数名周りにいるが誰も気付いていない。気配を消す高度な魔法が掛けらているようだ。
「危ないっ!!!」
ウィルが剣に手をかけ馬車を横切るように走り出す。驚いたのは護衛の者達。すぐにウィルに反応し、抜刀して威嚇する。
「何奴っ!? 止まれ!!!!」
「うわっ!!」
突然目の前に振り下ろされた剣。そのせいで一瞬ウィルの足が止まる。
(くそっ!!)
ウィルはすぐにその剣を体を捻って避け、反対側の木の陰にいる何かに斬りかかる。
「はあっ!!」
ザン!!!!
(……くそっ、逃げられたか!!)
ウィルの動きに気付き何もせず素早く撤退したダークエルフらしき人物。剣を収め舌打ちするウィルに、馬車の護衛の者が近付き言う。
「貴様、何者だ!!」
護衛の者は剣を抜き、ウィルに向けて言う。その目は真剣。ウィルが答える。
「何者って、ただの冒険者だよ」
「我が主を狙ったのだろ!!」
「主? 知らねえけどここに誰かいて、あんたらを狙っていたから攻撃したんだよ。まあ、逃げられたけどな。邪魔されたんで」
ウィルの不満そうな顔を見て護衛の者が言う。
「我が主の馬車の前を横切った罪、死罪に値する。その身をもって償え!」
そう言って抜刀した剣を振り上げる護衛。ウィルが困った顔をして言う。
「何言ってんだよ。訳分かんねえ、付き合ってられるか」
研磨石の洞窟が見つからなくてイライラするウィル。助けてやったのに訳の分からぬ言い掛かりをつけられて流石にキレそうになる。
ドン!!!
「うわっ!?」
ウィルの足払い。
剣を振り上げていた護衛の足を横から蹴り転ばせる。倒れる護衛を横目で見ながら歩き出そうとすると、駆けつけた他の護衛によって周りを囲まれてしまった。護衛のリーダーらしき男が前に出て言う。
「度重なる狼藉。我らが主、ラフレイン様への侮辱とみなす。ここで死せよ、少年」
護衛達の抜刀。他の者もウィルを逃がさないよう魔法の詠唱を始める。
「な~に~、どうしたのよ~??」
そんな緊張感漂う空気を一瞬で崩す声が馬車から聞こえる。停車した馬車のドアが開けられ、そこから赤いカールの髪が美しい女性が降りて来た。絹のような白い肌。下着が透けて見えそうな色っぽい服。手にしたキセルに火をつけふうと息を吐くラフレインに従者が説明する。
「はい、族長。あのガキが剣を抜いて怪しげな行動を……」
「ふ~ん……」
ラフレインの視線が茶髪のウィルへと移る。興味を持ったのか、ラフレインがゆっくりとウィルの方へ歩き声を掛ける。
「あなた、何者~?」
「お前こそ誰だよ」
その言葉にすぐに従者が反応し剣を突き付け言う。
「何たる失礼な態度!! 我らが族長様だぞ!!」
ウィルがじっとラフレインの顔を見つめてから言う。
「ああ、エルフか。通りで」
エルフとダークエルフは仲が悪いと聞いたことがある。ラフレシアがやや驚いた顔で言う。
「あら、すごいわ。分かるのね、隠してるのに~」
エルフの長耳をその赤い髪で隠しているラフレイン。それを見抜いたウィルを面白そうな目で見る。
「私はエルフのラフレインよ。一応族長やってるの。で、あなたは~?」
男と見るとすぐに興味を持つ。族長の悪癖。護衛達がため息交じりで族長とウィルのやり取りを見つめる。ウィルが答える。
「俺はウィル。一応冒険者だ。今クエスト中なんでこれで」
そう言って立ち去ろうとしたウィルにラフレインが尋ねる。
「へえ~冒険者。確か冒険者ってランクってのがあったわよね? あなたは何なの?」
ウィルが立ち止まり小さく息を吐く。これ以上絡まれないように素直に言った方がいいだろう。
「F、最低ランクだ」
「……」
静まる一同。ラフレインが赤髪をかき上げて言う。
「やだ~、超弱いじゃん~!! 何だか耳が疼くから何かあるかな~って思ったけど……」
ラフレインが氷のような目でウィルに言う。
「弱い男は目障りなの。消えてくれるぅ?」
そう言ってプイと顔を背けて馬車へと歩き出すラフレイン。そのまま馬車に乗ると護衛達と共に王都の方へと移動し始めた。
「なんだよ、あのオバサン。感じ悪いな」
ウィルはラフレイン達が去っていく姿を見ながらひとり毒づく。その後、気を取り直して洞窟へと向かった。
「……と言う訳なんだ。変なエルフに絡まれて洞窟が見つからなかった。だから一緒に来てくれ、マリン」
「……」
数時間、ひとりで洞窟を探し続けたが結局見つからなかったウィル。マリンはギルドのカウンターに口を開けて立ったまま、呆然とその茶髪の少年を見つめた。




