44.魔帝ガルシアの告白
「そんなことが……」
バルアシア王城、最上階にある特別会議室。歴史ある調度品や重厚なテーブルや、椅子が置かれた国の最高決定会議が度々行われる場所。そこに集まった后をはじめ上級大臣達は、エルティアやルーシアからもたらされた信じられない話に耳を疑った。后が尋ねる。
「それではバルアシアはミント公国、並びにドラゴン族と提携してその魔王に対抗するということですね?」
真剣な顔をしたエルティアが頷いて答える。
「はい。それにはまず勇者様に集う『六星』のうち、残り三名を探し出すことが先決になりますが」
エルティアらの話によれば『六星』のうち三名、ルーシア、ジェラード、ハクはすでに確認済み。魔王に対抗するには伝承通り残り三名を探し出す必要がある。別の大臣が尋ねる。
「では魔帝ガルシアとは一体何者になるのでしょうか?」
これまで皆が思っていた魔物のボス。『百災夜行』を行い、このバルアシアへも度々襲撃した。新たに魔王がいるというならば魔帝とは一体どんな存在なのだろうか。
「……」
静まり返る一同。大臣の疑問は当然ではあるが、誰もその答えを持ち合わせていない。
(魔帝、ガルシア……)
ただ后だけがひとり、その名前を悲しそうな表情で心の中でつぶやいた。別の大臣が話題を変えるように尋ねる。
「もうひとつお聞きしたいが、その子供がなぜ勇者様だと言えるのでしょう?」
エルティア達の話によれば魔王討伐において、最も大切で中心になる勇者が無名の少年だと言う。ルーシアが立ち上がって言う。
「それは先日のドラゴン討伐の際に申し上げた通り。ウィル様は間違いなく勇者です。かなりクズ、いやほぼクズでできている方ですが間違いなく勇者だと思っています!」
熱く語るルーシアであるが、無意識に出るウィルの人格否定が皆の顔を難しくする。后が言う。
「いずれにしましてもこの度の戦いでミント公国との親交を深め、敵であったはずのドラゴン族と友好関係を築けたことは素晴らしい功績でしょう。ルーシア、カミング両上級大将、そしてエルティア。よくやってくれました」
名を呼ばれた三名が立ち上がって胸に手を当て頭を下げる。カミングもウィルの治療のお陰でほぼ全快。ただ忸怩たる思いは拭えなかった。后が言う。
「それでは今後はこの三名を中心に残りの『六星』探しを進めていきたいと思います。また近いうちにミント公国とドラゴン族との会談も実現させましょう」
大臣達から湧き上がる拍手。魔王や漆黒のドラゴンという想像もできない強さの魔物が現れた以上、国を超えて協力するのが必須。それは皆も十分理解できた。だがエルティアが思う。
(なぜウィルの事を認めてくれないのだ……)
それでも『ただの雑用係』であるその少年を認める者はエルティアとルーシア以外いなかった。治療を受けたカミングでさえ身分の違い、そして勇者だというのにまともな攻撃スキルがない彼を見下していた。
(なぜ自分に『星のアザ』がないのだ……)
『六星』の証である星形のアザ。バルアシアで上級大将まで上り詰め、『無敗の両刀使い』と呼ばれた自分なのに世界を救う戦いでは蚊帳の外。あのうだつの上がらないガキが勇者なはずがない。みんな騙されている、勘違いしている。
そう思ったカミングがぎゅっと拳を握りしめた時、急報を告げる伝令がやって来た。
「お、お伝えします!!」
王族、上級大臣が集まる会議室。そこへやって来た伝令に后が尋ねる。
「どうしましたか?」
伝令が緊張した顔つきで皆に伝える。
「は、はい! エルフ族の族長が、バルアシアにやって来るとの早馬が入りました!!」
エルフ族。人間やドラゴン族とは一線を画す高貴な種族。一部王都にもエルフがいるが、基本あまり他者との交わりを好まず森の奥でひっそり鎖国のような暮らしを続ける種族。
その彼らが何の用だろうか。ただこの訪問がバルアシアにひとつの選択を迫ることとなる。
(ワイトが、逝ったか……)
辺境の漆黒の大地にある魔帝城。その最上階でひとり椅子に座りながら、その真っ白な翼を生やした筋肉質の男ガルシアが悲しみに耽った。
思い起こされる数百年もの昔の戦い。『六星』として白竜ワイトらと共に、時の勇者を助け魔王を封印した。その後、寿命の短い仲間から次々といなくなり、長寿であるドラゴン族と天使族の自分が残った。
「私、ひとりになってしまったか」
悲しみ、寂しさはある。だが次にやるべきことは明白だ。
「お呼びでしょうか、ガルシア様」
椅子にどっしりと座る魔帝ガルシアの前に現れた漆黒の鎧を纏った騎士。ガルシアは立ち上がりその黒騎士に言う。
「再度襲撃を行う。その指揮を取れ。行き先は、バルアシアだ」
「御意。だが、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
「申せ」
黒騎士が軽く会釈をしてから尋ねる。
「私は先日の単独行動で一介のゴリラに完敗しました。その愚かなる私が皆の指揮を執るなど羞恥に耐えられませぬ。何卒ご再考を」
しばらくの間をおいてガルシアが尋ねる。
「お前にひとつ聞いてみたかったことがある」
そこまでガルシアが言った途端、場の空気が一変する。
バサッ!!!
突如開かれるガルシアの純白の翼。それを合図に一気に黒騎士へと詰め寄る。
ガン!!!
「くっ!?」
ガルシアの攻撃。右拳のストレートが高速で打ち込まれ、それを黒騎士が右腕を立ててガードする。
カラン、カランカラン……
魔帝ガルシアの強撃。瞬時にガードしたものの黒騎士が腕につけていたガードが外れ、音を立てて床に落ちた。ゆっくりと後退する黒騎士。そして尋ねる。
「ガルシア様、これはどういう意味でしょうか?」
突然の攻撃。意味が分からない黒騎士がやや戸惑う。ただ恐怖ななかった。何故ならそこに『殺意』はなかったからだ。ガルシアが翼を戻し尋ねる。
「その腕に見えるアザ、『星形のアザ』が何か考えたことあるか?」
黒騎士が露になった肌に浮かぶ星形のアザを見つめる。
「いえ、考えたことはございません」
尊敬していた兄を殺した人間。その人間に復讐する為だけに人生の大半を過ごしてきた。だから人間を捨て魔族と呼ばれる者の側に立った。それ以外何もない。ガルシアが椅子に座り黒騎士に言う。
「頃合いだ。お前に伝えなければならないことがある」
「はっ」
黒騎士がガルシアの元へ行き、片膝をついてそれに答える。ガルシアが言う。
「私は古の時代、勇者アルンと共に魔王バーサスと戦った『六星』がひとり天使族ガルシアだ」
「え?」
突然の言葉に驚き、黒騎士が頭を上げる。
「私達天使族は長寿であるのだが、それでも私は少し長生きをしすぎたのかもしれん。今、この世に残っている同志はもういない」
「……」
黒騎士の心臓が激しく音を立てて鼓動する。
「私の目的は復活した魔王バーサスを倒すこと。古の時代、勇者アルンですら封印しかできなかった魔王を、今度こそ倒したい。その為に私は求めている、魔王を倒す新たな勇者を」
「ガルシア様、何を言っているのか全く理解できません……」
黒騎士の声は震えていた。
人間が憎くて魔族に身を転じた。人間に復讐したい。滅ぼしたい。だが主の話では、まるでその人間を救うために行動しなければならないことになる。ガルシアが立ち上がって言う。
「度重なる人間への襲撃。それには意味がある」
「はっ……」
ガルシアを見上げ黒騎士が返事をする。
「『世が乱れる時、勇者が現れる』、私は演じたのだ。勇者の敵を……」
「な、なぜそのようなことを……!?」
黒騎士の問いかけに達観したような表情でガルシアが答える。
「こうしていればきっと現世の勇者が現れる。だから人間を襲った。彼らが酷く傷つかない程度にな。さすがに『魔王』は名乗れず『魔帝』としたが」
(!!)
黒騎士はようやく合点がいった。
何度も自分に命じられた『傍観』命令。それは人間を殺さないようにするための配慮だったのだ。
「納得できません!!」
黒騎士が初めてガルシアの意に反した。
「私の目的は人間の殲滅。それを真逆の立場になれとは……」
ガルシアがじっと鎧兜の奥にある黒騎士の目を見て言う。
「本当に人間が憎いのか? 本当に人間を滅ぼしたいのか? その目を見ていると私にはそうには思えぬ」
「わ、私は……」
何かを言おうとした黒騎士を遮ってガルシアが言う。
「その星のアザ、『六星』の宿命には何人たりとも抗えぬ。私も、そしてお前もだ。アルベルト」
(くっ……)
黒騎士アルベルトが無念そうに床を見つめる。様々な感情が入り乱れ、まだ頭の整理がつかない。ガルシアが翼を広げ、右手を前に差し出し大声で言う。
「行け、アルベルト!! 人間を攻撃し、勇者に出会うのだ!!!」
「……御意」
黒騎士アルベルトは軽く頭を下げて退出する。歩きながら窓の外から見える暗き空を見てつぶやく。
「兄様、ウィル兄様。アルは、アルは一体どうすればよろしいでしょうか……」
鎧兜の奥、透き通ったアルベルトの目から涙が零れ落ちた。




